SCANDAL MOON 7 - Tempter -

by トールハンマー

      「ジョー、ちょっと車を止めろよ」 
       ナビシートでケンがそう言うのを、ジョーは不思議そうな目で見た。
      が、直ぐに意味を察したのか、ガードレールの脇に車を寄せるとブレーキを踏んだ。
      「外に出るか?」 
       言いながらも早イグニッションスイッチを切って、キィを抜いているジョーに、少々
      頬を紅潮させたケンは黙って頷いた。そして先に外に出た背中を追ってナビシートのドア
      を開ける。 
       途端にひんやりと冷たい空気に全身が包まれた。
      夜の海、 
       闇の中に水銀灯に照らし出された限りの風景は、凪いでいるせいで波のさざめきがな
      く、静まり返っていてあまり気味のいいものではなかったが、水平線の上でやけに近くに
      見える明るい月が綺麗だった。
      「珍しいな、おまえが酔うなんて。」 
       フォーマルスーツのボウタイで戒められた襟元に、指を突っ込んだケンにジョーは言っ
      た。 
      「酔っちゃいないさ。俺は」
       ケンは波打ち際に寄ると、両手を広げて深呼吸をした。
      「いい気持ちだ」 
       そして、長い髪を首を振って払うと、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
      「ああ、やっと息が出きる」 
       パーティーには、極上のワインと煌びやかなご婦人と、危険な駆引きがつきものだ。
      うっかり気を許せばしっかり危ない目に合う。
       ケンはラブゲームの名残りの甘ったるいフローラルの香を払い去ることが出来てホッと
      一息ついた。 
      「なんだよ、散々、モテていやがったくせに」
       ジョーは煙草を咥えると、スーツには不似合いな使い捨てのライターで火をつけた。
      ジッと先端に燃え移る炎が、彫の深い横顔に更に陰影をつける。
      「おまえこそ、楽しんでたじゃないか。ワインが過ぎたんじゃないのか? 少し冷まして
      帰ろうぜ」 
      「なんだよ、おまえ、俺のために車を止めさせたってのかよ」
      「飲酒運転で捕まっちゃ、また博士に小言を言われるんだ」
      「ふん、そんなドジは踏まねぇよ」 
       言いながらも今夜のアルコールの量は、お互い慎んでいたとは言いがたかった。
       ご婦人方の甘い囁きにガードを緩めた訳では決してないが、髪やスーツについた香水の
      移り香がそれを否定しきれないと物語ってはいる。
      「おい、ケン!」 
       不意にジョーが傍らに寄り添った。 
      「ああ、さっきから目障りだったんだ」
       ケンの顎が微かに動いて、背後の気配に注意を払う。
      「気がついてたのか?」 
       二人の後で砂を踏む足音を殺した数人の男たちが闇の中に潜んでいた。
      「気がつかなかったのか? やっぱり、酔ってるのはおまえの方だ」
      「何を!!」 
       ひそひそ話に急に大声が上がったのを合図にしたように、闇の中からライダースーツを
      身に着けた厳つい輩が現れた。 
       1人、2人、3人・・・、全部で6人。形の悪い唇に薄ら笑いを浮かべたリーダー格の
      男はジャラジャラと腕に巻き着けた太い鎖を弄んでいる。
      「趣味が悪いぜ」
      「ああ、まったくだ」
       ケンが肩に被った髪を、煩わしそうに手の甲で払った。
      「おい、怪我したくなかったら金を出しな。持ってるやつは全部な」
       男が近づくにつれて風が出てきたのか、波がざわめきはじめた。
      「金なんか・・・・」 
       ジョーが指から煙草を弾いた。 
      「持ってねぇよ」
       いきなり男の顎を蹴り上げ首に腕を廻しながら、その鎖を握って後ろ手に捩じ上げる。
       ほんの一瞬の出来事で男は何が起こったのか把握できていない様子だ。
       漸く身動きならない状態に気づいたらしく、目を剥いたが既に遅すぎた。
      「大将の首の骨が折れないうちに、さっさと退散するんだな」
       ううっ・・・と歯を食いしばり呻き声を上げるリーダーを見て、一も二もなく逃げ出し
      て行くだろう、見たところ年端も行かない手下共を想像したジョーは、しかし、自分の目
      を疑った。
      「それは、こっちの台詞だよ。おじさん」
       なんだとぉ!! “おじさん” 呼ばわりされたのも信じがたかったが、そいつの腕に
      ケンが捕まっているのはもっと信じられなかった。
       ・・・・・・あいつ! 酔ってるんじゃないか、やっぱり!
      「さあ、リーダーを放せよ」 
       そいつが言うと残りの4人が、さっとケンの回りを取り囲んだ。
       ・・・・・・何やってるんだ! さっさとのしちまえよ!
       が、ケンは身体に巻きついた腕に手を掛けてはいるが、振り払えないでいる。
      「ケン! てめぇ、いいかげんに!!」 
       叫んだ先でナイフが光った。ケンの喉に突き付けられる。
      「畜生、解ったよ」
       ジョーは男を放した。途端に鎖が鳴った。 グッと耐えたジョーの首筋を腫れ上がらせ
      ドレスシャツのボタンを弾けさせた。
      「形勢逆転だな」 
       男が鎖を振り上げる。そして容赦なく振り下ろす。
       腕を重ね顔面を庇うジョーの手から血が滴り、鎖が赤く染まった。
      「よせ!」 
       ケンが叫ぶ。 
       その様が気に入ったのか、男はこれ見よがしに暴行を加えた。
       とうとう、ぐったりとしたジョーが砂の上に無防備に身体を伸ばしてしまう。
      「ジョー! くそ、放せ・・・・」 
       もがくケンは髪を振り乱し、思うように動かない身体でジョーを呼ぶ。
      「ふっふっふ・・・・・、今度はおまえの番だ」
       ジョーの懐から現金と車のキィを盗み取ると、拳銃を持っていないのを確認してから男
      はケンのところまで歩み寄った。そしてスーツの内ポケットに手を突っ込むと目的の物を
      奪った。
      「ふふん・・・、いい匂いがするな」 
       身体を近づけた男が肩に乗った髪を掴んで、クンクンと鼻を鳴らした。
       言われて初めて気が付いた。そうだ、香水の匂いだ! ケンはパーティーでご婦人たち
      からもらった移り香が残っているのに気づいた。が、いや、違う。香水の香は自分を捕ま
      えている若者の身体から芳香している。 
       そうか、何か薬が仕組まれているに違いない。パーティーで体内に入った毒物性の気体
      が媒体となり、再び吸収することによって誘発するんだ。
       そう思った瞬間、激しい目眩に襲われた。立っていられなくて膝を折りそうになる身体
      が、無骨な太い腕に捕まった。
       畜生・・・・・、様ぁない・・・な、いったいどの女だ・・・? と、今更遅い後悔を
      する。 
       お高くとまった上流階級の見目お美しいご淑女は、とんだヒモ付だったって訳か・・・
      スキャンダルだぜ、これは・・・・、 
       ケンは力の入らない身体で、それでも男の腕から逃れ様と足掻いた。しかし、抗えば抗
      うほど吸い取られるように力は失われていく、仰け反れば仰け反るほど腕が身体を締めつ
      けた。 
      「ジョ・・・・、」
       呼ぶが・・・・・、既に声にはならなかった。
      「どうした、もっと大声で叫べよ、助けてくれって」
       男はベルトに付けていた血のついた鎖を外してケンの腕を縛った。 
       軽く押すだけでケンの身体は砂の上に転がった。その上に被さって男がボウタイを毟り
      取り白いドレスシャツの胸を乱暴にはだけさせた。
      「な・・・、おい、冗談・・・だろ、よせ・・・よ、大将・・・・・、」
       俺は、あんたのようなタレ目はタイプじゃないんだ!!と、怒鳴ってやろうとしたが、
      叶わなかった。 
       呟くほどにしか聞きとれないケンの抵抗を男は唇で封じた。
      「おとなしくしてな、悦い思いをさせてやるから」
       歯の間から淫靡な笑いを洩らして男が言った。
       よせ!・・・いやだ!! 気持ちが悪い!
       咄嗟に歯を立てた唇から生温かいものが滴った。
      「この野郎! せっかく優しく扱ってやろうと思ったものを!!」
       余程深く切れたのだろう、ボタボタと落ちる血を男はジャケットの袖で抑えながらも片
      手をケンに振り上げた。 
       煽ってしまっては逆効果だと解ってはいるが、まさか素直に抱かれてやる訳にはいかな
      い。 
      「ジョー!」 
       今度は声が出た。しかし、ジョーは砂の上に伸びたままピクリともしない。
       あんの野郎! アルコールが回っちまったんだな!!
       思う間もなく振り下ろされた手が続け様に頬を打つ、一瞬、意識が遠のいた。その隙を
      狙って 
      男はケンの胸を貪りにかかった。
       くそ! いい気になりやがって、 ジョー、おい!目を醒ませよ!なに呑気に寝てるん
      だぁ! 
       ケンは縛られた左手首を砂に叩きつけた。
       ビィーンとジョーのブレスレットが鳴った。
       身体が咄嗟に反応してとび起きる。通話をオープンにしたところで眼前の惨状に気づ
      く。
      「ケン!」
       叫ぶと、砂に塗れ髪を乱したケンがこちらを見た。
      「畜生!」 
       駆け寄り様、2人を取り囲んでいる輩共を血祭りに上げる。1人は鼻の骨を、もう1人
      は顎の骨を、残りの3人は肋骨と腕を砕かれて悲鳴を上げた。見る間の出来事だった。
      「大将、あんたの番だ」 
       ジョーの腕がケンから男を引き剥がす。男は、ジョーを見るなり「ヒッ!」と喉を鳴ら
      した。 
      「どうする? ケン」
      「・・・・・・・・!」
       よろよろとまだ力の入らぬ足で立ち上がったケンは、だが、ブラックフォーマルの砂を
      払うと、キッと睨んでしっかり拳に力を込めた。
       大きな図体がいとも容易く宙に浮き、そのままドサリと砂の上に落ちた。悔しげに頭を
      持ち上げた男は、しかし、立ち上がることすら叶わなかった。
      「Well done」
       口笛つきでジョーが言う。 
       だが・・・・、ケンは肩で息をしている自分に気づいて、咄嗟に背を向けた。
       こんな醜態を・・・・ジョーに知られたくはない。女の色香をマーキングされた上に、
      男にヤられそうになったなんて・・・・・、
       クッと唇を噛んだ。ところが、 
      「おい、ケン、おまえ、俺を試したな。おかげでこの様だ。どうしてくれる!」
       顔を上げると、ジョーの苦虫を噛み潰した顔があった。そして、今夜のパーティーにと
      新調したブラックフォーマルは、ズタズタに引き裂かれ、見るも無残な体裁を曝してい
      た。 
       が、言われた意味が解らず、ケンは言葉を留まらせた。
      「俺は、酔ってなんかいねぇんだ」 
       ジロッと睨めつけて、ジョーは破れた上着に煙草を探った。
       ジョー・・・、おまえって奴は・・・・、ああ、そうだ、だから・・・大好きだぜ。
      「悪かったよ、酷い目に合うところだった」
       ケンはしっかり苦笑した。 
      「悪戯が過ぎるんだよ、おまえは。いつもな!」
       きつく言い聞かされて、ケンは口を尖らせる。だが、弁解はしない、今はジョーの
      Funkyな誤解に甘えておこう。 
       そして、 
      「フン、今日は大猟だったってわけだ」 
       仲間に見捨てられた哀れなリーダーの懐に収まった収穫物を取り上げて、咥え煙草で言
      うジョーに、獲物は自分だけではなかったんだと・・・・、今度は、ちょっと(そういう
      問題ではない気もするが・・・)安堵する。
      「ポリスには、おまえが届けろよ」 
       と、手渡された物(ブツ)は、なるほどどっしりと掌に重たかった。
       ちぇ、男ってのは、どうしようもないな・・・、小さな溜息に、しっかり今日の自分を
      戒める。が、気づかれないようについた舌打ちが、やけに大きく耳に残ってチラリとケン
      はジョーを見た。
      「なんだ?」
      「いや・・・・」
       唇に煙草を挟んだままで、ポケットチーフを抜いて血の滲んだ手に巻きつけている
      ジョーの、俯いた額に乱れる前髪が作る表情が色っぽい。
       ちぇ、どうしようもない・・・・・、 
       そして、砂の中に光る粒を見つけて指を伸ばすと、ケンはジョーの手首を掴んだ。
      「あーあ、酷いな・・・」 
       ウェディングドレスのように白かったシャツの袖口は鎖の跡と血で汚れていて、とても
      ダイヤのカフスが似合うとは思えなかったが、かまわずにボタンホールにプラップを差し
      こんだ。 
       誰のせいだと言わんばかりのジョーの顔は、だが、俯いているケンには見えない。
      「ブレスレット、壊れていないとは思うが、帰ったら博士に見てもらった方がいいな」
      「ブレスレットを傷つけられるようなヘマはしてないぞ、俺は!」
      「ああ、解ってるさ、だが、念の為だ」 
       顔を上げると、ジョーの眉間に寄せた眉があった。クスッと笑って煙草を摘んで接吻け
      る。 
       驚いたプルシャンブルーが身じろぐように二度瞬いた。だが、唇は素直だった。次いで
      従ったジョーの手が柔らかいブルネットに差し入れられ身体を傾けると、仰け反ったケン
      の首を支えた。 
       クックッ・・・・、小さく洩れた笑い声に、からかわれたのか?・・・・と、離れよう
      とする身体にケンの腕が絡みついた。
      「ケン・・・?」 
       これは夢・・・・か? 手の中にあるものの感触を確認するように力を込めると、うっ
      すらと開いたケンの瞳に、映っているのは願い星(ブルームーン)・・・・・、
       ジョー・・・・、微かに聞こえたような気がして尚更熱くなる。
       重ねた唇と絡めた指、繚乱の花の香は・・・・・今はさざめく潮の匂い、それでも、
       Love me please・・・・・・・、
       一つ残らず願いよ、叶え・・・・・・、
       呼んだ唇も応えた唇も、これは酒のせいだと責任転嫁。
      「さ、帰ろうぜ。運転は俺がするから」 
       触れ合った感触を名残惜しみながらも、さっさと背を向けるケンの影が、水銀灯の描き
      出す風景の中から消滅する。  
       それを追うジョーの足元で砂が鳴る。 
      「待てよ! ドライバーズシートは譲らないぞ!」
       駆け寄る先で振り向く瞳、見つめ合って一呼吸、そして・・・・、それから、
      「酔っているのはおまえだ!!」 
      と・・・・・、揃えた声をスキャンダラスな月が聞いていた。
     
                                             
    
     To be continued



       正装・・・にプラスワン! トールハンマー - 2002/10/03(Thu) 20:10 No.168 

      「SM7」にして、初めての同意の上のキスシーン! 
      これも30周年ということで、おおめに見てくださーーーい!