L' ARBRE DE NOEL '06 - Ave Maria -

by さゆり




(1)

 樅の木には星の飾りと赤いリボンを、
 ジンジャーブレッドハウスには砂糖の雪とキャンディーで飾りを、
 ご馳走には焼いた七面鳥と丸太に似せたブッシュ・ド・ノエルを、
 窓の外には白い雪とスノーマンを‥‥

「そうか、クリスマスなのか‥‥」
 信号待ちのウインドウ越しに広がる懐かしい色合いと暖かな光りが溢れるユートランドの街並に、ふと俺はそう独り言ちた。
(ちぇ、せっかくのクリスマスだってのによ!)
(文句を言うなよ、ジョー。任務なんだから仕方がないだろ)
(ふン、イブを一緒に過ごす相手もいねえ奴は気楽でいいぜ)
(一緒にって、Jでパーティーだろ?なら任務の時と面子は変わらないじゃないか?)
(なんでイブの夜にまでおまえらとツラ突き合わせてなきゃならねえんだよ。決まってるだろ?相手といえば女だよ、女!)
(ふーん‥‥)
(何が「ふーん」だよ?ケン、おまえの色気の無さにはいい加減呆れるぜ)
(俺はおまえの気の多さに呆れるよ、ジョー)
(てやんでぇ‥‥)
 浮いた噂のひとつも無いクセに――と、あいつは笑ったっけ。
 あれはいつのイブの事だったろう?‥‥去年?いや、もっと前だったろうか?
 あいつとのつきあいは結構長かったけれど、任務中に迎えたクリスマスは限られている。それなのにもう " いつ " と思い出せないのは何故なんだろう?やはり思い出したくないからなのかな?平気な顔をしていても、何でも無いさ、と思っていても、俺はどこかで忘れたがっているのかな?
 今までの事を‥‥あいつの事を‥‥
「ふふ、俺にも人並みの感傷ってやつがあったんだな」
 動き出した車列にアクセルを踏み込もうとしたその時、
 バシンッ!
 ナビシートのウインドウを叩かれた。
「なんだ?」
 慌ててブレーキに踏み変えた俺の目に飛び込んで来たのは、ひとりの若い女だった。

「じゃあこの車を見て、俺をジョーだと思ったんだね?」
「え?ええ、まあね」
 そりゃそうだ。これはあいつの車だし、街中でこんな派手なペイントのストックカーを乗り回す奴なんてあいつぐらいだものな。
「で、あいつに何か用?」
 訊いてしまってから " しまった " と思った。
 風体から見て、どうやら彼女は街の女のようだ。うんざりするほど聞かされたあいつの " 女 " のひとりなのかも知れないが、いまさら現れてもらっても俺にはどうする事も出来やしないぜ。だって、あいつはもう‥‥
「そう、やっぱりジョーはもういないのね」
「えっ?」
 まだ何も言ってやしないのに、何だってそんな事を‥‥
 俺がよほど驚いた顔をしちまったのか、彼女はちょっと戯けた仕種で肩をすくめると、
「ねえ、あんた、ケンって人の家、知ってる?」
 と訊ねた。
「ああ、知ってるとも」
「ほんと?ね、教えてくれない?」
 俺の家を知りたいって事は、つまり俺に用があるってことだ。でもいったい何だろう?
「そりゃ構わないけどさ、そこへ何しに行くんだい?」
 ふふっ、と彼女は悪戯っぽい笑顔を見せて言った。
「実はね、ジョーに頼まれたケンへのクリスマスプレゼントを預かってるの」
 え、ジョーから俺へのクリスマスプレゼント?‥‥いくら考えても思い当たる節はひとつも無かったし、彼女も小さなバッグを持っているだけで‥‥いや、サンタクロースじゃないんだから大きな袋なんか担いでるワケはないんだが‥‥でも何だろう?あいつの悪戯かも知れないぞ、と思ったが、しかし聞いてしまった以上、無視するワケにもいかなくなって、
「乗りなよ」
 と、ナビシートのドアを開けた。
「え?」
「なにね、ちょうど俺もそこへ行くところだったのさ」
 そう、家へ帰るところだったんだから嘘じゃないよな、と心の中で呟いた俺に、なあんだ!と微笑んでシートに収った彼女は仄かな百合の香りがした。

「へぇ〜、本当に飛行場なんだ」
 薄らと残る夕日の名残りに浮かぶ愛機のシルエットを見つけて、彼女が少女のような声を上げた。
「うん、ちっぽけな飛行場だけどね」
「ケンの家は飛行場にあるからすぐに分かるってジョーは言ったの。でも飛行場って空港の事かと思っちゃって‥‥そっちに行ってみたんだけど、家なんかありません、って‥‥」
「ははは、そうだろうね。さ、入って」
 当たり前のようにドアを開け、灯りを点けた俺を彼女は不思議そうに凝視めた。
「あの、ケンって人はどこ?」
「ごめん。言いそびれてたけど、俺がケンだよ。だから、どうぞ」
「あなたが‥‥ケン、なの?‥‥いやだ、こんな偶然ってあるのかしら?」
 俺は招じ入れた彼女に一応椅子を勧めたものの、
「で、ジョーから頼まれた物って?」
 と、些か性急な口調で訊いた。冗談にしろ悪戯にしろ、それが何なのかがはっきりしない事には落ち着かない。
「ジョーからあなたへのクリスマスプレゼント、それはね‥‥」
 彼女は羽織っていたコートをふわりと脱ぐと、可愛らしくウインクしながらゆっくりと言った。
「わ・た・し」
「えっ‥‥?」
 ‥‥あの馬鹿野郎‥‥!
 くだらんお節介をするな!と、あの色男気取りをぶん殴ってやりたいが、今となってはそれももう不可能だ。いや、あいつの車なんかに乗ってるからこんな目に遭うんだ。つまらん未練だの感傷だのはきっぱり捨てて、もう金輪際あいつの車になんか乗らん!‥‥だが、彼女には罪は無い。悪いのはあいつで、彼女はただ頼まれて俺の家を探してただけで‥‥待てよ?なんで " 俺 " じゃなくて " 俺の家 " なんだ?
「あの、ええと、その前に訊きたいんだけど、プレゼントが君なら何故 " 俺 " を探さずに " 俺の家 " を探してたのさ?普通、イブの夜に独り者の若い男はひとりで家にはいないんじゃないかな?」
 ええ、と彼女は頷いた。
「私もそう言ったのよ。だけど、ジョーは " あいつのこった、きっとひとりで家にいるさ " って。まさかと思ってたけど、当ってたわね」
「ああ、そう。うん、ま、そうだね」
 ったく、なんでこういうところばかり勘がいいんだか!
 くそっ、ジョーの奴!‥‥勝手な事ばかりしやがって!
「ね、ここで脱いでいいの?」
「え?い、いや、待って!ここで脱いじゃダメだ」
「じゃあ、ベッドへ行く?あっち?」
「いや‥‥」
 するりと立ち上がった彼女の腕を思わず掴んだ俺の鼻孔を仄かな百合の香りがくすぐった。


(2)

(なあ、ケン。おまえ、マジで惚れた女はいねえのかよ?)
(俺だって女に惚れたことくらいはあるさ)
(おお、そっか。で?それでどうなった?)
(どうもクソも今はそんな事に関わっている場合じゃないだろ?ジョー)
(あのなあ、ケン、そンならおまえはいつになったらそンな事に熱心になる、つーんだよ?平和になったら、か?へん、馬鹿言ってんじゃねえよ。惚れた女のひとりもいねえ奴に平和だの正義だのが守れるものか)
(はいはい‥‥)
(何が「はいはい」だ、気の無い顔しやがって。だけどおまえみたいな奴に自力でどうにかしろと言っても無駄かもな。そうだ、手近なとこでジュンはどうなんだ?)
(おいおい、ジョー、手近なとこって、そりゃいくら何でもジュンに失礼だろ?)
(ジュンはおまえに惚れてるぜ。面倒が無くてちょうどいいじゃねえか?な、そうだろ、ケン。こいつをモノにしない手は無いぜ)
(ばーか!ジュンは有能なチームメイトだ。それ以上でも無ければそれ以下でもない。余計な真似したらタダじゃおかんぞ、ジョー)
 ヘン!と、あいつは鼻で笑ったっけ。それでも確かに余計な真似はしなかった。そう、最後の最後までは‥‥
(ジュン‥‥ケンと仲良くな)
 ジョーの馬鹿野郎。あんな事を言い残しておいて、このクリスマスプレゼントはいったい何だ?俺にどうしろって‥‥
「きゃ‥‥」
 思わず彼女の腕を掴んだ俺は二、三歩後退りしちまったらしい。背後にあったソファに足を取られてそのまま腰を下ろす格好になった。もちろん腕を掴まれたままの彼女は引っ張られて俺の胸の中に――。
「ご、ごめん。大丈夫?」
 慌てて抱きとめた仄かに甘い百合の香りの主は、
「ええ、大丈夫よ」
 と、優しく微笑んでくれた。すぐ近くから俺を凝視めている青い大きな瞳を、俺は " 奇麗だな " と思ったけれど――
「ごめん、やっぱり受け取れないよ。君はとても素敵だけど、俺はジョーみたいに冗談の分かる奴でも洒落者でもないんだ。だから、ごめん‥‥」
 怒るかと思ったが、意外なことに彼女は「ええ」と静かに頷いた。
「ジョーが言った通りね。" あいつはおまえに手を出しやしない " だから心配すんなよ、って‥‥」

(あいつは俺みたいにいい加減な男じゃない。クソが付くほど真面目で、バカみてえに不器用な奴なんだ。そう、切なくなるくらいに、な)
(まあ)
(だからあいつがオタオタし出したら、ジョークよ、って笑って、こいつを渡してやってくれ)
(いいわ、引き受けるわ。でもどうしてそんな事、私に頼むの?自分で渡せばいいじゃない?)
(ん‥‥どうしてかな?うまく言えねえけどよ、ま、クリスマスくらいあいつを笑わしてやりてえんだ。それに、たぶんその頃、俺はもう‥‥)
 
「それはいつ頃の話し?」
「9月の半ば。ジョーと会ったのはそれが最後だったわ。はい、これがジョーからあなたへの本当のプレゼントよ」
 彼女がその白くて細い首から外して手渡してくれたのは、あいつが掛けていた金のペンダントだった。" マーマが掛けてくれたお守りなんだ " と大切にしていたたったひとつの形見の品だった。
「これ、マリア様のメダイよ」
" O MARIA SINE LABE CONCEPTA ORA PRO NOBIS QUI CONFUGIMUS AD TE.(原罪なくして宿り給いし聖マリア、御身に依り頼み奉る我等の為に祈り給え) " 
 そう刻まれているのだと、そして私の名前もマリアなの、と彼女は微笑んだ。
「ジョーとの約束を果たせて良かったわ。私ね、故郷に帰るの」
「故郷に?」
「ええ。私のおなかには赤ちゃんがいるの。だからこんな商売はやめて、故郷に帰って‥‥私もジョーと同じようにひとりぼっちだから故郷に家族がいるってワケじゃないけど、でも子供を育てるにはいい所だし、それにジョーったら今日のお届け物で驚くくらいお金をくれたから―」
「ね、それは‥‥それはジョーの?」
「そうよ」
 清らかな百合の香りを纏って、彼女は美しくて限りなく優しい笑みを浮かべた。
 ジョーはどこ?とも、どうしたの?とも訊かず、ただ彼女はあいつの形見を――
「じゃあね、ケン。どうもありがとう。メリークリスマス!どうぞ楽しいクリスマスをね!」
「待って!」
 え?と振り返った彼女を俺は抱きしめた。
 抱きしめて、それからひざまずいて彼女のふんわりと柔らかい白いドレスのウエストの辺りに頬を押し当てた。
 ジョー‥‥馬鹿野郎‥‥
 おまえって奴は‥‥勝手な事ばかりしやがって‥‥

 Ave Maria, gratia plena,
 Dominus tecum,
 benedicta tu in mulieribus,
 et benedictus fructus ventris tui Iesus.
 Sancta Maria mater Dei,
 ora pro nobis peccatoribus, nunc, et in hora mortis nostrae.
 
 めでたし 聖寵(せいちょう)充ち満てるマリア、
 主(しゅ)御身(おんみ)とともにまします。
 御身は女のうちにて祝せられ、
 ご胎内の御子(おんこ)イエズスも祝せられたもう。
 天主の御母(おんはは)聖マリア、
 罪人(つみびと)なるわれらのために、
 今も臨終のときも祈り給え。


 樅の木には星の飾りと赤いリボンを、
 ジンジャーブレッドハウスには砂糖の雪とキャンディーで飾りを、
 ご馳走には焼いた七面鳥と丸太に似せたブッシュ・ド・ノエルを、
 窓の外には白い雪とスノーマンを‥‥

「あ、父さんだ!父さんが帰って来たぁ」
「父さん、ねえ見て見て!ほら、クリスマスツリーの星、僕が飾ったんだよ」
「あはは、すごいな、ジョージ」
「僕だってトナカイ吊したもん。サンタさんも吊したもん」
「そうか、偉いね、ケンジ」
「おかえりなさい、ケン。疲れたでしょ?お仕事の方は大丈夫なの?」
「ただいま、マリア。うん、ちょっとね。でも――」
 でも、愛する家族のためならば、忙しいのなんか何でもないさ、と俺は笑って愛する息子達を抱きしめ、愛する妻にキスを贈った。

" 惚れた女のひとりもいねえ奴に平和だの正義だのが守れるものか "
 ああ、おまえのお陰でやっと判ったぜ、ジョー‥‥
 ふふ、ありがとな‥‥メリークリスマス!ジョー‥‥



- THE END & HAPPY CHRISTMAS ! -




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