I wish...

by 廖化




「ジョーは残れ。」
南部の声に走り出した5人の足が止まった。一瞬の沈黙の後
「博士、俺は行くぜ。これ以上奴らに好き勝手な真似をさせてたまるか!」
 振り向きざまに叫んだジョーの抵抗も
「残りなさい。これは命令だ。」
との厳とした南部の声音に封じられた。
(ここまでか。)
 ジョーは観念の目を閉じた。

  昨日、ずっと隠してきた不調を南部に知られた。呼び出しに応じれば忍者隊の任を解かれることはわかっていた。それでも来てしまったのは 未練がましいがもう一度だけ皆の顔を見ておきたかったからなのかもしれない。覚悟していたとはいえこうしてはっきりと戦線離脱を言い渡されて胸の内に湧き上がってきたのは、自分はこの世では完全にお払い箱かとの自嘲と でもこれでもう誰にも隠し事をしなくてもいいという安堵感だった。怪訝な顔をする4人に愛機を託した。これで皆は不自由なく戦えるだろう。レーダー担当者が欠けるので少々不便かもしれないが どうせここしばらくたびたび席をはずしていたのだから4人での戦闘体制は確立しているはずだ。彼らと顔を合わせる機会はおそらくもう、無い。言っておきたいことがいくらかはあったはずなのに、しかし意外と言葉は浮んでこなかった。ただ、皆の顔を脳裡に焼き付けておきたかった。健の瞳が「あとでゆっくり話を聞かせてもらうからな」と言っているようだったが、すまねぇ、俺には「あとで」はもうねぇんだ。一方的に別れを告げた自分を残して 皆の足音が廊下を走って行き角を曲がり そして聞こえなくなった。

「ジョー。」
 静かに名前を呼ばれて振り返る。
ここにもう一人、別れを告げなくてはならない人が、いる。
「こちらに座りなさい。」
 言われるままに示されたソファに腰を下ろすと南部も隣に座った。
「手を・・。」
 脈でも診るのかとジョーが差し出した手を南部は両手で包みこんだ。
「大きくなったな。ここへは私が抱いて連れてきたのに。」

「・・そう、でしたね。」
 島で受けた傷の治療のために入院していたユートランド市内の病院から退院許可が出ると 南部は当然のことのようにジョーをここへ連れてきた。一本道の先に見えてきた赤い屋根の大きな建物は児童養護施設なのだろうか。ぼんやりと車窓から建物を眺めていたジョーを抱いて車から降りた南部は 家の中に入るとそのまま内部を案内して回った。
『他の施設はおいおい説明するとして、君の生活に関係ある部分を教えておこう。・・こちらがリビング、テラスから庭にも出られる。キッチンは向こう。君には階段を上ってすぐのゲストルームを自室として使ってもらおう。』
 整然とした人気(ひとけ)のない、一般家庭とも児童養護施設とも違う室内の様子に ジョーは南部の袖を引いて尋ねた。
『ここは?』
『おや、まだ話していなかったかね。私の私邸だよ。』
 あっさりと言われてジョーは驚いた。これが個人の家? 科学者だと名乗ったこのシニョーレは一体何者なのだろう?この街で頼りに出来るのはシニョーレだけなのだから 彼の側にいられる事は心強い。でもシニョーレの家に住むということは・・?
 自分はどんな顔をして南部を見たのだろう。南部はジョーに笑いかけると諭すように話した。
『私は君の親になろうというわけではないのだよ。私は独り者だし不在がちで子供の養育者としては決してふさわしい人間ではない。せいぜい君の身元引受人か保護者というところだろう。』
 それは本心だったのか、それとも親を失ったばかりですぐに他人を親と呼べるものではないことを考慮してくれたのだろうか。
『ともかく今日から私達が同居人となるのは確かだ。よろしく。』
 そう言って握手を求めて差し出された手は父親よりいくらか華奢だったが 握ってみると力強さと温かさは同様だった。それは今でも変わらない。この手が自分を暗殺者の手から救い出し10年間生育してくれたのだ。成長の過程でも南部の手に救われた場面は幾つもあった。頬に添えられた手が悲しみや寂しさを癒してくれた。肩に置かれた手が励ましをくれた。南部に何か一言 謝辞を伝えなければと思うがなかなか言葉にならない。そうしてようやく紡いだ言葉もひどく抽象的なものでしかなかった。
「博士、その、長い間、お世話になりました。本当にありがとうございました。」

 南部を見つめているのは静かな落ち着いた瞳だった。彼の故郷の海を思わせる深い青をたたえた瞳は 常にまとっている挑戦的な色は無くどこまでも澄み切っていた。彼は自分の体調も予後も全て承知の上で礼を述べているのだ。
 10年前、両親を失った初対面の彼を引き取ろう、とまで自分に思わせたものは一体何だったのだろう?彼の両親暗殺事件の背景を語る神父の口から聞いた“ギャラクター”なる組織と友人に追わせている秘密結社との関連を直感し もしかしたらこの子から何か聞きだせるかも知れないと考えた。。それにこの子の安全のためには島からなるべく遠ざけたほうがいいはずだ。そう思って彼をユートランドへ連れてきてしまった。しかし後から考えてみると両親と故郷を失った彼から更に 言語、文化、生活習慣、までをも奪う結果になってしまった。果たして故郷から彼をここまで引き離す必要性はあったのだろうか?神父に頼まれた通り本土に脱出させ、あとは当地で養家を探してもらえばよかった事ではないのだろうか。更に友人からは任務のためとはいえ妻子から引き離しておきながら 自分が子供を養育する事に矛盾と後ろめたさを感じていた。それ故・・、。
「ジョー、私は、お前と真っ直ぐに相対し育むことができただろうか?」

「もちろんです。」
 むしろ両親より南部の方が正面からジョーに向き合ってくれたかもしれない。無論、両親は自分に絶対的な愛情を注いでくれていた。ただ 島での生活の中でジョーが感じた疑問に対しては −−今ならば納得できるのだがーー『それはお前がもう少し大きくなったらわかるだろう。』と口を濁す事が多かった。それに対し南部はジョーの問いかけには必ず返答をしてくれた。両親殺害の背景、“ギャラクター”なる組織の存在、島を出なくてはならなかった経緯などひとつひとつ丁寧に対応してくれた。当時、音の羅列にしか聞こえなかったこの国の言語が、南部の口から発せられると言葉はわからなくても概要が理解できる事が不思議だった。おそらくそれは周囲がジョーを異国から来た孤児という扱いをする中、南部だけがジョーを一人の人間として接してくれていたからだろう。そばにいて真摯に対応してくれる人がいる。その安心感に支えられすがりながらここまで来たのだ。ずっと自分一人突っ張って生きてきたつもりだったが、こうして顧みてみるといかに南部の庇護下で甘えていたかが身に染みた。
「博士には大事にしてもらいました。無愛想で自己中心的なガキで御迷惑だったでしょうが・・。」

「そんなことは無い!」
 南部の声が乱れた。当初精神的ダメージが大きかったためだろう、表情に乏しかった彼が街での生活にも慣れ徐々に快活さを取り戻していく中で 時折両親の暗殺者への強い憎しみを見せることがあった。その感情の激しさに当惑もしたが、これは彼が育った環境の影響で 成長し彼が進むべき道を見つければやがて薄れていくだろうと考えていた。それなのに『俺はレーサーになる。』と語り始めた彼の夢を取り上げ くすぶり続けていた憎しみを利用する形で戦いに巻き込み 挙句、この始末とは・・。 
 昨晩南部は街医者から転送されたCT画像を眺めながら一晩過ごした。そこには南部を責めるかのように病巣部の陰影がくっきりと映し出されていた。
(あの時、ベルクカッツェの正体の分析に忙殺されていたとはいえ 私がもっと冷静だったら・・。)
 南部には悔やんでも悔やみきれない場面があった。
『気分が悪くて。』
 任務に不参加だった理由を問われてジョーはそう答えたが これを甘えと取った南部は彼の言を突っ撥ねた。普段ならば人前で弱音を吐く彼ではない。そんな彼が思わず口にしてしまうほど体調が優れなかったという点にどうして気がつかなかったのだろう。更に自分のこの態度が再び不調を言い出しにくい状況に追い込んでしまった。彼が必死に助けを求めて差し伸べてきた手を自分は残酷に払いのけてしまったのだ。あの時彼の身に起こっている事を正確に把握していれば、その後の身体的、精神的な苦痛は緩和できたはずなのに。
「いいかねジョー、とにかく早く治療を受けなさい。お前の不調は外傷性脳内出血による血腫の形成が原因だ。血腫が周囲の組織や神経を圧迫する事によって諸症状が生じていると思われる。故に血腫さえ除去すれば・・、除去さえ出来れば・・。」

 だが脳内血腫は形成された位置により容易に除去できる場合とそうではない場合とがある。そして自分のケースが後者であることは昨日の街医者の話から推測できたし 今の南部の表情と口調がそれを裏付けていた。これから治療を受けたとしても完治する可能性は低い。ならば。もう自分の行く道は唯一つ。ジョーは改めて南部の顔を見た。
「博士、俺は運はいいほうですよね。今までも窮地に追い詰められながらも何とか切り抜けて来ましたよね。」
 
 その瞳にはいつもの挑戦的な色が宿り 口元には彼独特の自信を秘めた笑みも浮んでいた。
「そうだとも、お前には何回も冷や冷やさせられたがその度にお前は生き抜いてきた。だから今回もきっと・・。」
 今度こそ差し出された手を必ず握り返さなければならない。出来うる限りの治療を施し再び健康を取り戻してやらなければ・・。

 ジョーの手を包む南部の両手に力がこもった。暖かさが、想いの深さが伝わってくる。この手に全てを委ねれば、過去に何回も救ってくれたこの手に身を任せれば苦痛から解放された平穏な最期を迎えられるのだろう。そうすることが南部への最初で最後の親孝行になることもわかっている。しかし元々ベッドで大人しくしていられる性分ではないし今の戦況ではそれも許されまい。奴らがとてつもないたくらみを実行に移しつつあることは昨日のベルクカッツェの言葉からもわかるではないか。そう、もう自分は決めたのだ。これからは・・、たいして長い間ではないが一人で戦うのだと。
 昨日自分に残された時間が短い事を知って では自分はその間に何をしたいのか 何ができるのか 混乱する思考の中で考え続けた。気が付いたら訪れていたサーキット場で私物を処分し 走り込んだコースを一人歩いた。 未明に戻ったトレーラーハウスの中を事務的に片付けて施錠した後 鍵は川へ投げ込んだ。朝日に光る川面を見ながらようやく出した結論に 結局俺にはこれしかなかったのかと苦笑が浮かんだ。それでもしたいことがあって良かった。そうでもなければ突きつけられた現実に潰されていただろう。自分が何処でどんな最期を迎えようと構いやしない。ただ最期まで足を止めることなく前を見て走っていたい。そのためにもまだやれることが、やるべきことがあるのは有り難かった。
(すみません、博士。俺は行きます。博士を、皆を置いて。)

 室内の空気が震えた。窓へと目を移す。
「ゴッドフェニックス・・。」
 ジョーは一度南部の手を握り返すとその手から離れて窓辺へと寄り 大空を行くゴッドフェニックスの勇姿を見送った。
 (あばよ、ゴッドフェニックス、相棒G2号機、いつまでも共に在ることが当然のように思っていた、健、竜、ジュン、甚平、そして、・・・。)
 突然姿を消した自分を皆はどう思うだろうか。親しい者を突然亡くす痛みを誰より知っているはずの自分が仲間に同じ思いをさせてしまうことに今気付いた。しかしだからといって今さら心変わりは出来ない。不義理なやつだったと思われても仕方ない。思っていた以上に残された時間がなかったんだ。勘弁してくれよな。最近の体調から両親との再会が近い予感はあった。しかしそれはまだ何ヶ月かは先のことで それまでには奴らを壊滅させるのだと思っていた。だが自分には来月のカレンダーをめくる猶予もなかったのだ。
 そっと右手が左手首に伸びた。そこにある金属の感触を確認する。任務からは外されてもこいつを通して皆とはまだ繋がっている、そう思うと妙に心強く 一人で戦うと意気込んでいた自分が可笑しくもあった。
(とにかく行くだけ行ってみる。何かをつかんだ時はすぐに連絡する。必ず。)

 机上のインターフォンが鳴り南部が受話器を取った。
「南部です。あ、アンダーソン長官、・・はい・・、え?今度はホントワールで地震ですか!? はい、あ、お待ち下さい、今、画像が受信できる場所に移動しますので。」
 保留ボタンを押し受話器を元に戻すと南部はジョーに声を掛けた。
「私は少し席を外すがお前はここで休んでいなさい。」
 あわただしく部屋を辞す南部の背中に黙礼すると ジョーは窓から外へと身を翻した。

「ジョー、すぐISO本部に行く。迎えのヘリが来るからお前も一緒に・・。」
 しかし南部がアンダーソンとの通話を終えて戻った部屋にジョーの姿は無く 大きく開け放たれた窓が彼の出奔を物語っていた。
 何故?一体何処に?きびすを返そうとして南部は動きを止めた。
(私は何をしようとしている? 今すぐISO本部へ行かなければならない身でどうやって彼を探し出して連れ戻すというのだ?)
 南部は窓辺へ歩み寄ると 遠くに見えるユートランドの市街地へと目をやった。
『俺は運はいいほうですよね?』
 彼の言葉は治療に前向きな姿勢を見せたのではない。あの時彼は既に飛び立つ決心をしていたのだ。彼のことだ、猛禽の嗅覚をもって敵陣へ乗り込んで行ったに違いない。困難に当たっても顔を上げ続けている子だった。だから今も、最期までも前を向いて進み続けるのだろう。
 先ほど自分の手を握り返してきたジョーの手の感触にふいに10年前の場面を思い出した。BC島から神父が手配してくれた小型漁船で離れる折、腕に抱いていたジョーがまだはっきりとしない意識の中で 何かを求めるように右手を宙へと彷徨わせた。思わずその手を取ると弱々しい力ながら南部の手を握り返し、それまでの苦痛の表情が消え 落ち着いた呼吸を刻み始めた。船から下りる際に抱き直そうとした時も掴んだ南部の手を離そうとはしなかった。私があの子を手元に置いたのは彼の安全のためでも、情報入手のためでもない。それらは後付の理由に過ぎない。自分はただ、あの時の腕の中の重みを、存在を失いたくないだけだったのだ。
「せめてお前の最期が平穏なものであるように。」
 もはや再会は望めないジョーのために南部はそう祈っていた。

 小さくヘリコプターのローターの音が聞こえてきた。急いで部屋から出ようとした南部はソファの上に目を留めた。
 (?先程までは何も無かったはずだが?)
 手にとってみるとそれは数本の紫色の花と緑の葉をつけた小枝の束であった。
 (これは、ジョー、お前が?)
 彼が丹精していた花壇からのものと思われる花束に 南部は胸が熱くなった。
 (このような時 血の繋がった親であればなりふり構わず後を追い最期を看取ってやるものなのだろうか、自分の立場を言い訳にして そうしない私は薄情な人間なのだろうか。)
 爆音を響かせてヘリコプターが敷地内に着陸した。
 (さぁ、もう行かなければ)
 南部は花束を見つめた。
 (ジョー、これから奴らとの戦いの最終局面に入る。以前のV2計画と同様の全地球規模の作戦であることは間違いない。私は国際科学技術庁の人間として、科学忍者隊の司令官として、その務めを果たそうと思う。お前がお前の選択した道を行ったように 私も私の成すべきことをしよう。)
 南部は花束をソファに戻すと部屋を後にした。


 後日 南部はこの花の意味を知る。
  紫の花はゲンティアナ(りんどう)。  花言葉は「勝利を確信する」
  緑の小枝はジョーの故郷に多く茂るオリーブ。 花言葉は、「平和」



     終



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