懐かしのサン・ドニ ...

by トールハンマー




(1)

サン・ドニ
あの夏の日の禁忌に



−夏は好きだ。
そう言ったのは、あいつ。

あれは、サン・ドニの海、
光る砂と明るすぎる紺碧の海原。
噎せ返るような熱気に揺らめく水平線と融合する、空と風と漣[なみ]、
照りつける陽に、いくら晒されても白いままのあいつ裸身[からだ]。

「泳がないのか」
そう問うた俺に、あいつは砂に寝そべったままで取り合わない。
途切れる会話。
いつものことだ。柄にもなく気を使ってかけた言葉に後悔する。
そっけない態度はお互い様だが、頑ななのはあいつの方だ。あからさまでは決してないが、視線はいつも俺を素通りする。
それが無性に腹立たしく思う時、自分の中に孕む焦燥が何なのかを思い知らされる。
だから背を向ける。悟られてはいけない。
そうして、いつも、いつも、俺はあいつを避け続けた。だが、そんな思いをいとも容易く見透かすように、いや、はなからお見通しだとでも言うように、時折、あいつは揶揄うように、艶を含んだ声で俺を呼ぶ。

「ジョー・・・」

白昼夢・・・・、

腕を翳して燦々と降る光の向こうを眺めていたあいつの視線が、海鳥の翼を追って戻って来た。
そして、あいつは俺の腕についた小さな傷に気づいて腕を伸ばした。
「血が出てる」
「ああ? さっき岩で擦った。切れてたのか」
「止まらないだろう、戻るか?」
腕を引き寄せ、あいつはその傷口に口をつけた。
長い髪が背中で割れて、白い項が露になる。
光と砂に塗れた肌が眩しくて、思わず目を閉じた。
腕が焼けるように、熱かった。


その肌に、触れてはならないと思っていた。
汚してはならないと思っていた。
それは、幼い日より我知らず立てた戒禁。
指先ひとつ。触れれば押さえがきかなくなる。
獣のように貪り、奪い尽くすのがわかっていた。
無理矢理腕を捻り、牙を剥き、抗う悲鳴を塞いで、己が身を打ち込む。
そして、苦痛に戦慄く白い肌が、汗を噴き、やがて淫らに色めいていく様に、懸命に歯を食いしばるあいつの、跳ね上がる腰を、背を、力任せに押さえ込む狂喜とエクスタシーとに恐怖した。
だから、女を抱いた。
15の時だった。


「遅かったな」
門扉を潜って屋敷に入る手前にあるテラスで、あいつはいつも俺の帰りを待っていた。
門限があるわけじゃないが、夜の11時を過ぎると玄関のロックが掛かる。鍵は持っていたが、使用人たちも寝静まった廊下を歩くのは憚られた。だから、自分の部屋に一番近いテラスから屋敷に入る。
「あの人、戻ってるのか?」
「いや」
「なら、構うな」
言ってそそくさと2階の自室へと引き上げる。
ちぇ、お節介が! うざいんだよ!!

滅多に帰宅しないここの主は、だからといって放任主義では決してない。だが、決められたスケジュールを優秀にこなしている間は、お咎めはなしだ。
拘束時間以外は、ここで自由に過ごすことが許されている。
勿論、見つからなければ酒も煙草もオーケーだ。ドラッグと友人を連れ込むことは厳禁だが外出は自由で、だから、不自由はない。
オフの日には、あいつも俺に付き合って街へ出て破目を外したり、映画やフットボール観戦に興じた。
あいつも俺のことは、憎からず思っているらしくて、夜遊びは控えめだが、誘えば嫌とは言わない。
髪を伸ばしたあいつは、空色の瞳が印象的で、街に連れ出すと結構目立つ。カフェやラウンジでは女ばかりか男にまで声をかけられる。だが、どんなにしつこく迫られても当人はまるで無視で、そんなあいつを隣に侍らせている俺は、至極気分がいいのは確かだった。
与えられた科目を黙々とこなしてゆく努力家の優等生と誉れの高いあいつと、気紛れで講義にもろくに出ない成績にムラのある俺とでは、とうてい交友関係など保てないだろうと考える周囲の目に反して、俺たちはそれなりに上手くやっていた。
そう、あの日を境に、こうなるまでは・・・・、

いつものように午前様でテラスに帰り着いた。
遅かったな、女もたいがいにしろ・・・・、あいつの小言が頭を掠めた。案の定、テラスの隅にあいつの姿があった。
だが、様子が少し変だった。
Tシャツ1枚で膝を抱えている。シャワーを浴びたのか髪は濡れたままだ。夏の終わり、まだ風は生暖かいが、あれでは身体が冷えてしまう。
そう思ったが、声をかけはしなかった。呼び止められれば、いつものように鼻であしらうつもりで傍らを足早に通り過ぎた。
あいつは、黙ったままだった。
黙って俺の足音を見送った。
・・・・、
どうにも物足りなくて、気になってこっそり振り返って盗み見る。
あいつは抱えた膝に頭をつけて、蹲っていた。
長い髪の先から、ポタリポタリと雫が滴り落ちていた。
どうしたんだ・・・・?
ゆっくりと近づいてみると、ピクリと肩を震わせた。
「おい」
何があった・・・・?
「風邪をひくぞ、そんな格好で」
聞こえているだろうに、だが、あいつは身動き一つせず、俺の声を無視した。カフェやラウンジであしらう女や男どものように。
「あの人が帰ってるのか? 何か言われたのか? おい、なんとか言えよ!」
思わず手が出た。腕をつかんで引き摺り上げる。
「放せ・・・・!」
長い髪を額に貼り付けたまま、あいつは顔を背けて俺の視線から逃れようともがいた。その抵抗が一気に頭に血を昇らせた。
力任せにこちらを向かせ、顎を掴んで視線を合わせる。
その拍子に、不意に目に飛び込んできた鬱血の痕、白い首筋にくっきりと印された赤い刻印。
「へぇ、もしかしてソレを咎められたのか?」
なるほど、俺が何をしようと目もくれないあの人だが、この品行方正な優等生にはそういうわけにはいかないらしい。
「ふん、気にすることかよ」
心配して損したと、俺は頭に昇った血もそのままに2階への階段を駆け上がった。

それから、3日後のことだった。
いつもの時間、いつもの場所にあいつの姿はなかった。
俺のことになんか構ってる暇は、なくなったってことか・・・・と、思いながら、まあ、いい傾向だと北叟笑む。
だが、階段を上がったところで、あの人と鉢合わせした。
・・・・どうして、こんなところにいるんだ。
主の部屋は3階の東の端だ。戻っているならこんな時間、寝室か書斎にいるのが常なのに。
ガウン姿の彼の後ろには、あいつの部屋のドアがある。
あいつ、帰ってたのか・・・・、てっきりこの間のキスマークの女のところにいるとばかり思っていた。
「あいつ、どうかしたんですか?」
親指を立ててドアを指す。だが、
「君こそ、こんな時間までどこをほっつき歩いていたのだね。最近、夜遊びが派手だと聞く。少しは慎みたまえ」
俺の質問には答えず主は鋭い視線で一瞥すると、ガウンの背を返した。
畜生! 告げ口しやがったな!
目の前のドアを力任せに押し開ける。バタン!と派手な音が響く。
「おい!健!」
当然、そこにいるだろうと思っていたあいつの姿は、だが、ソファにもデスクにもなかった。
気づいて寝室に目を向けると、半分開いたままのドアの隙間。ベッドの上にシーツの塊があった。
違和感。
不意にさっきのあの人のガウン姿が脳裏に甦った。胸元からはパジャマの襟は見えず素肌が見えていた。
・・・・まさか!
駆け寄ってシーツを剥ぐ。
固く握り込まれた拳に阻まれたが、お構い無しに剥ぎ取った。
青ざめた顔のあいつが、怯えたように俺を見た。
その身体のそこここに鏤められた、赤く爛れた花弁の形。痛々しいほどに。
「ケ・・・ン、おまえ、あの人と・・・・」
言い逃れのできない事実を曝し、あいつの全身がガタガタと震えた。そして、間をおかず、
「出て行け!!」
悲鳴が、喉を裂くような悲痛な悲鳴が、
響いた。

俺より一回り華奢なあいつの身体は、流れる血のせいかいくら訓練を積んでも強靭な筋肉を纏うことはない。しなやかで柔軟でスマートなその肢体を羨ましく思う者もいるが、あいつにはそれがコンプレックスらしい。
しかし、護身術やマーシャルアーツなど特殊な訓練を積んだ者が、壮年のそれも体術に何の心得もない男にそう易々と組み敷かれるとは思えない。
きっと、戦闘能力と抵抗とを封じ込めるに十分な公約が交されたに違いない。
それが何なのか、俺にはわからないが、はっきりとわかったことが一つあった。

その肌に、触れてはならない。

あいつは、あの人のものだ。
そして、
俺はまだ、あの人に逆らうつもりはなかった。


(2)

あれから2年。
17歳の夏。

サン・ドニ。

あいつと俺の、少年の日の最後のシーズン。
カリブの小さな島。

「おまえは平気なんだろ。」
そう尋ねたら、あいつは、いつものようなそっけなさで頷きそうな気がした。
俺は唇を噛んだ。

別離。

これが最後かもしれなかった。
この休暇が終われば、スケジュールは最終段階に入る。それぞれの訓練のために離れ離れになる。
そして、次に顔を合わす時には、お互いプロの戦闘員だ。こんな風に二人きりで思い思いの時間を過ごすことはないだろう。
これが、
最後かもしれない・・・・、
そう思う心が、封印した熱を燻らせ始める。

「誓えよ、ジョー。俺も約束するから」

・・・・生きて、最後まで。

あいつの言葉が、まるで挑発のように聞こえた。
抑えがきかなかった。
腕を伸ばして引き寄せた身体に、飢えた獣のように貪りついた。
熱いものが下腹に溜まって、呼吸がままならない。

触れては、いけない。
その肌に、

触れては、イ・ケ・ナ・イ・・・・、

思うほどに身体は熱を帯び、胸の鼓動を不規則に高鳴らせる。苦しいほどに。
そんな俺を、あいつは無言で見つめ、不意に小さく唇を開いた。

ジョー・・・・、

俺の名を呼んで、両手を背に回し、髪を縛ったバンダナを解いた。
そして、あいつの長い髪が白い肩に広がるのを、俺は見た・・・・・。

紺碧のカリブ、大海原から吹く潮の香のする爽やかな風。
漣の、耳に届く音に、甘く溶ける声。
ひんやりと滑らかなシーツの上で絡め合う四肢と指。
白い、
いくら陽に晒されても、白いままの、
あいつの肌。

その日の夕暮れだった。
水平線に沈む太陽が赤く染める砂の上に、一機のヘリが降り立った。
明日、シティへと帰るための迎えだ。
とうとう来たか・・・・、
ツキンと棘が刺さったようなセンチメンタルな痛み。らしくない。
ささやかではあったけれど平穏な日々。
それは、気づかずにいたが、幸福と言えるものだったのかもしれない。
だが、もう、後戻りはきかない。
諦め? いや、諦めであるわけがない。
あれは、俺が復讐を遂げるための場所へと導く道案内だ。
流された血は、それを流させた者の血をもってしか贖えない。
単純な、それが、生まれ育った一族の掟。
そのために俺は、あの人の側に甘んじてきた。

「ジョー、夕食は7時から、失礼のない服装で食堂に集合だ」
「えっ? 島田が来たんじゃなかったのか?」
失礼のない服装と言いながらTシャツとショートパンツ、シャワーを浴びた後のままの姿で、あいつが俺の部屋に尋ねて来た時には、陽はすっかり沈んでいた。
「島田さんと、博士が一緒だ」
「博士が?」
フェイントだった。最後の夜だったのに。
「遅れるな。ここで小言を言われるのはゴメンだからな」
「ちぇ!」
俺の舌打ちに、あいつはクスリと笑う。
だが、その悪態の意味をあいつは知らない。この熱の疼きを、あいつは知らない。
踵を返す素足の足首、すらりと伸びた腿が露になって、目の毒だ。
「健・・・・!」
思わず呼び止め、だが、伸ばした手を握り込む。
振り向いたあいつは、小首を傾げ俺を見る。引き止めたのに何も言わない俺を。
「いいな、遅れるな」
もう一度言うと背を向けて、隣の部屋のドアを開けた。
パタンと微かな音がして、
それきり、波の音だけが残った。

・・・ったく!
なんで、あの人が来るんだ?
迎えにはボディーガードの島田だけが来るはずだった。わざわざあの人が来るなんて、何の気紛れだろうか?
今後の心構え・・・・なんかを、滾々と語って聞かせるつもりなんだろうか?
うっぜぇ!
悪態をつきながらも、言われたとおりにクローゼットを物欲する。
あの人が来たわけがわからないままも、顔を合わせるのが気不味いと感じるのは、うしろめたいことがあるからだ。
あいつを抱いた。
それを、あの人が知っているわけはないのに、なんだか悪戯を知られてしまった子供のような気分だ。
・・・・ちっ!
麻の上下を引っ張り出してTシャツの上に引っ掛ける。
これでよし!とクローゼットの扉を勢いよくバタンと閉めた時だった。
ドアがノックされて、聞き慣れた低い声が聞こえた。
「ジョー、入りますよ」
島田だった。
「なにか用か?」
いつものようにぶっきらぼうに返す。島田は黙って部屋に入ってくると無表情に俺の前に立ち、徐に腕を伸ばして上着の襟に手を掛けた。
「Tシャツより、コットンのシャツの方がいいですよ」
言って、勝手にクローゼットをあさって、淡いメロングリーンのコットンシャツを選び出す。
わざわざ俺の服装チェックに来たのか?と、不機嫌になる俺に、島田は無表情のまま肩を竦めと、早く着替えろと目配せする。
「ご挨拶に伺っただけですよ」
「明日は何時だ?」
「朝7時には出発します」
それだけ言うと島田は部屋を出て行った。ヘリは7時きっかりに、離陸するということだ。
これで、カリブの海ともお別れだ。
ふと、あいつと絡め合った身体に、淫らな熱が甦った。
誘ったくせに、濡れ事に従順でないのか?あいつの身体は、滾った俺の屹立を容易には受け入れなかった。
無意識に拒む腕を払い、無理矢理に推し進める俺の下で唇を噛み締めながらも、だが、最後には、縋るようにしてあいつの腕がこの背に回った。
あいつは、俺を拒まなかった。

夕食は、会話も進まないうちにデザートのフルーツまでを終えた。
フルコースで味わうのは、ここでは初めてのことだ。それもこれもあの人が来たせいで、急なメニューの変更に、別荘の料理人たちはてんてこ舞いだった。
食前酒とデザートワインの手配に時間がかかり、ディナーがスタートしたのは、窓辺の夕焼けもすっかり星空に塗り替えられた頃だったが、俺は食欲も湧かないまま上品なカトラ
リーの並ぶテーブルに着いた。
あの人は、いつものように姿勢を正しきっちりとスーツを着込み、ストークの長いワイングラスをゆったりと傾けていた。
あいつは、皺一つない白いコットンのシャツにネクタイを締めている。
メインディッシュに添う赤ワインを、あの人があいつのグラスに注ぐ。略式だがこういう改まった食事の時には、未成年の俺たちにもワインだけはふるまわれる。
「ジョー」
あいつのグラスを満たすと、今度は俺のグラスにボトルの先が向けられた。
普段なら給仕の仕事だが、ここではそれは望めず、主自らのふるまいにちょっと緊張しながらも、ゆっくりとグラスを上げた。
赤い奇麗な色の葡萄酒が満ちるのを眺めながら、俺は、その時、ふと向かい側のあいつの視線を感じた。
それは俺の手元に据えられ、じっとこの動きを見ていた。
指先が熱く熱を孕む。
この指は、あいつをあやした指。
火照った肌を這い、思うさま啼かせて、迸る熱を導いた指。
芳香とした雫がまったりとグラスの表面を滴り、ついとボトルの口が上がった。それにつられて顔を上げる。
透明の氷を盛った銀製のワインクーラーに、細身のボトルがザクッと音を立てて戻された。
あいつの瞳が、俺の視線と対峙していた。

・・・誓えよ、ジョー。俺も約束するから、

そして、
あいつの言葉が、まるで、あの時のままに耳元に甦り、俺の鼓動を危うくした。

明日、7時にヘリに乗り込むためには、遅くとも1時間前には起床し、身支度を整え朝食を済ませておく必要があった。
いや、あの人と一緒に朝食を摂るのなら、もう後30分は余裕を見た方が良さそうだ。パンと玉子料理とサラダの軽いものだろうが、淹れたてのコーヒーを優雅に味わい、ゆっくりと寛ぎながら食すのが上流階級のマナーだそうだ。
パンは焼きたての胡桃の入ったものが用意されるだろう、それにはいちいち密壷から取り出したメープルを掛けるのがあの人の拘りだし、オレンジのフレッシュジュースも付くだろう。デザートにはフルーツとヨーグルト。そうなればますます時間はかかる。
そんなことをつらつら考えていたのが悪かったのか、ベッドで横になっていても一向に睡魔は訪れない。
時刻は23時を回っていた。
明日からは、今以上に厳しい訓練が始まるというのに、眠れない原因がこれかと思うと自分の神経の図太さに感心する。と同時に、こんな些細なことが原因で眠れないのは、神経質という方が正しいのだろうかとも考える。
眠れない・・・・、
ベッドから降りてパジャマの下だけを着けた上半身にTシャツを被る。
最後に、カリブの海を眺めておこうと思った。
窓の外には細い月。
か細い月明りが凪いで静まり返った黒い海に、一条に降りている。
ぞくっとするほど幻想的だ。
不意にあいつのことが頭を過ぎった。最後の夜。
だけど、
とっくに熟睡だろうな・・・と思いながら、ドアを開けて廊下に出る。
ところが、隣の部屋から微かな物音が聞こえた。
起きているのなら誘おうと、そのドアをノックしかけて、だが、手を止めた。
オーク材の重厚感のあるそのドアは、ロックはおろかきちんと閉まってもいない。ちょっと手を掛けただけで内側に開いてしまう。
無用心だな、と思いながらも、こんなところでセキュリティーに拘ることもなかった。ここは主が所有するプライベートビーチで、大海に浮かぶ孤島だ。勿論、島全体が主の所有地だ。
健・・・・、
声を掛けようとドアを押し開けた。だが、そこで、足元が固まった。
確かに、あいつは起きていた。
起きていて、あの人に抱かれていた。


(3)

「う、ん・・・っ、うっ・・・・」
湿った粘膜の触れ合う音がした。
口腔に深く差し込まれた舌に、うまく応えられないのか、あいつが苦しげに喉を反らしている。
その身体を押さえ込み、更に深く味わおうとする舌に、懸命に顔を背け身を捩る。
だが、その抵抗は下肢に伸ばされた手によって、簡単に封じ込められた。
立てた膝を鷲摑みにされ、大きく広げられる。
指が絡められて、あいつの腰が跳ね上がった。
「くっ・・・、つっ・・・」
噛み殺すような声が歯の間から漏れ、シーツを手繰りよせた指が爪を立てた。

カッと頭に血が昇った。
だが、身体は凍えたように動かない。
知らず握り込んだ手には、冷たい汗が噴き出した。
健が、あの人に抱かれている。
わかっていたことだったが、実際にこの目にする驚愕は大きい。
喉を仰け反らせ、唇を濡らし、髪を乱して、腰を震わせ、あんなあられもない姿で・・・・、
心臓がドクンと大きく脈打った。
それは次第に早くなって、冷たいと思っていた身体に一気に火をつけた。

「あぅ・・・あ、あぁぁ・・・・」
覆いかぶさった背中が、ゆっくりと上下し腰を突き上る。
揺さぶられた身体の両側で、抱え上げられたあいつの足がビクビクと震えている。
「力を抜きなさい」
「・・・い、やだ」
「どうして? いつもは素直なのに。それとも・・・」
「・・・っあ・・」
「“ここ”では、いやなのか?」
手首を摑まれ、貫かれる痛みから逃れようと、あいつの身体がベッドをずり上がる。
「・・・・強情をはっていては、いつまでも辛いままだぞ」
それでも、あいつは髪を乱し、瞳を潤ませながらも拒絶した。
「困った子だ」
諦めたような溜息が漏れたかと思うと、大きな背中が後方へずれ、繋がりを解いた。そして、まだ開かせたままの太腿の間に、あの人は顔を埋めた。
きつく目を瞑ったあいつの白い顎が、大きく跳ね上がる。同時に高い声が上がった。
「・・・いや、だ!」
「いやならこんなふうには、ならないだろう?」
息を乱し腰を捩るあいつの顔を上目遣いに見ながら、追い詰めるように舌が動く。
「うぅ・・・・、ふぅ、あぁ・・・・」
感じているのか、あいつの声が熱を帯びる。思い通りの反応を示すあいつに満足したのか、あの人の口角が上がる。
一度達したあいつの身体が、まだ吐精の興奮から冷め切らないままに、再び貫かれる感触に震えを走らせる。
あんなに感じさせられては、もう拒むのは無理だ。
「あ、う・・・いやだ、ふっ・・・あぁ・・・」
だが、気丈にも“命令”には従わない。乳首を吸われて更なる快感に戦慄くとも。
「おまえがいやでも、ここはもう我慢できないと言っている。ほら、もっと突いて欲しいと・・・・」
「嘘・・・だ、ちがう!」
「何がちがう? こんなに締め付けて・・・・、悦いのだろう?」
髪を振り、唇を噛む。
「啼かせてやる」
あいつを組み敷いた背中が力を帯びる。一気に貫こうとする行為に、あいつの喉から悲鳴じみた喘ぎが漏れる。
「いや・・・だぁ、あぁぁ・・・!」

思わず耳を抑えた。
やめろ!と、喉まで出かかった叫びを飲み込む。これ以上はいたたまれず部屋を出ようとした時だった。
「許さないぞ」
ゾッとするような低く冷たい声が聞こえた。身に覚えがあることが足を止める。振り返る。
あの人は、あいつから身体を離し、侵入者に気づいているのかいないのか、だが、呼吸を乱したあいつを見下ろし、はっきりとこう言った。
「私の以外の男に、抱かれるなど・・・・」

それは、掌に収まってしまうほどの小さなものだった。
それでも、あいつはそれを目の前に見せられて息を呑んだ。
「いやだ。それは・・・、いやです」
声はか細いが、無理強いしようとする腕を拒絶する力は強かった。だが、
「私に逆らえるのか?」
その一言に瞠目し、あいつの瞳が凍った。抵抗していた手があの人の腕を滑るようにしてシーツに落ちた。
「いい子だ。素直にしていれば酷くはしない」
抗って乱れた息に上下する胸に舌を這わされて、あいつの喉が鳴る。
その隙を狙って器用な手が、あいつの後ろの部分に届いた。
「くぅ!」
逃げを打つ腰を押さえ込まれながら、弓なりに反ったあいつの濡れた胸の先で、赤い突起が尖って見えた。

「あ・・・、あぁ・・・っ!」
ベッドの支柱に両手を縛られ、あいつの身体が波打つように蠢いている。
体内に埋め込まれた器具によって、下腹部を小刻みに痙攣が走る。
その白くしなやかな胸元や腹部から、みるみる汗が浮き上がってくる。下肢がだらしなく左右に広がるのを懸念して、膝頭が何度もぶつかり合った。それも力尽きそうになると今度は、踵がシーツを何度も蹴った。
「どうした、イきたいのだろう? なら、イけばいい。それとも、こんなになっていても後ろだけではイけないか?」
いたぶるような言葉が、屹立を濡らしたあいつを焦らすのか、更に切迫した快感に自ら腰を突き上げる。
「あ、・・・・ああっ、あっ・・・!」
「どうして欲しいんだ?」
「・・・やめて・・・ください」
「嘘をつくな」
「いやぁ!」
「強情だな、気持ちがいいのだろう? それともまだ足りないか?」
ベッドサイドに伸ばした手が、そこにある薄いリモートコントロールに触れた途端、あいつの全身が跳ね上がった。
そして、追い詰められ、切羽詰った叫びが、
「ジョーー!!」
俺の名を呼んだ。
その時になって初めて、あの人は後ろを振り返った。
目と目が合った。
ハッと息を呑み後退さった俺に、まるで組み敷いた獲物を見せつけるかのように、あの人は傲慢な唇を歪めて微笑った。
これは、私のものだ。おまえなどに渡しはしない・・・・と。
そして、
こちらに顔を向けたままで、その手をあいつの屹立に添えた。
くっ・・・と、喉で潰れた呻きが漏れた。
縛られた腕が激しく抗い手首に赤い痣をつける。あいつは懸命に頭をシーツから浮かせて、身を強張らせた。
もたらされる快楽に溺れることを恐れるかのように。
それが、最後の抵抗だった。
震えだした唇が何かを訴えるようにして動いた。が、もうそれは吐息とも声とも判別がつかないほどに乱れ、聞き取れなかった。
だが、あの人の耳には届いたらしく、ゆっくりと視線をあいつの上に戻すと、促すように指を動かし始めた。
一際大きくあいつが声を上げ、ガクガクと全身を震わせた。迸ったものがあの人の手を濡らしたが、それはほんの始まりにすぎなかった。二度目のそれは直ぐに訪れた。苦悶の表情で後頭部をシーツに押し付け、身体を仰け反らせたまま硬直し、弛緩したかと思うとすぐさま次の波が襲った。
あいつは、もう声もなく痙攣を繰り返していた。
「どうした、もう、ジョーを呼ばないのか?」
応えはない。
「悦いか?」
その声には、まるで操り人形のように頷いた。
そして、
「・・・悦い」と、掠れた声が聞こえたのを最後に、俺はその部屋を飛び出していた。

・・・・あ、・・・ふ、っう・・・・、イイ・・・、
博士・・・、もう・・・、
ああっ!・・・・、イク!

黒い海に細い月。

気味が悪いほど静まり返った廊下を走る俺の耳に、もう何度目とも知れないあいつの絶頂の声が聞こえた。

                        *

「ジョー! バードミサイルは博士の許可がないと・・・」
「煩せぇ! 始末書なら何枚だって書いてやる!」

両親を殺したギャラクターを絶対に許さない・・・・。俺は、口癖のように唯それだけを、あいつに繰り返した。
あいつは、聞き慣れたミッションのマニュアルの一文でも聞くように、その度に頷いた。
だが、あいつは、俺の本当の復讐の意味を知らない。
確かにギャラクターは憎い。必ずこの手で殲滅させてやる。
だが、俺が、本当に復讐を誓った相手は、他の誰でもない、

サン・ドニ、
あの夏の日の禁忌。
光る砂と明るすぎる紺碧の海原。
照りつける陽に、いくら晒されても白いままのあいつ裸身[からだ]。

うねる熱情に身を火照らせ、髪を乱して抵抗の涙を見せたあいつに、楔を打ち込み極まりの声を迸らせた、

あの人だ。



END



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