Panini

by 廖化




(1)

 小鳥達のさえずりが一日の始まりを告げていた。自宅であるトレーラーハウスを出るとジョーは大きくのびをし、土の香りを含んだ朝の空気を胸一杯に吸い込んだ。ここしばらく、自宅を置いているサーキット近くのオウクパークでは、しらかしの並木の枝々が柔らかな新芽の緑に包まれ、花壇では早咲きの花々が色を競っていた。一年中温暖で季節の変化が感じにくいと言われるユートランドだが、季節は確実に春へと移行していた。
 よし、朝食は最近パークの南門近くに出来たカフェで取ることにしよう。先日この店をサーキットクルー達が話題にしていた。元々がパン屋だというこのカフェは各種のサンドイッチやベーグルもうまいが、特にパニーニが絶品だと褒めていた。そこではサルシッチャ(ソーセージ)、プロシュート(生ハム)、サラミ、各種チーズ、揚げナスやズッキーニやキノコのマリネ、カポナータ(野菜の煮込み)、ドライトマトなどの具材を客の注文に応じてパンにはさみ、オリジナルのパニーニに仕上げてくれるのだそうだ。俺だったら焼きたてのサルシッチャにカポナータを添えて、おまけにドライトマトも入れてもらおうか・・とジョーが具材を選び完成品を想像しているところに、
「モーニン、ジョー。」
と現れたのはサーキットのメカニックの若手だった。デイパックを背負い両手に大きなバッグを抱えている。
「エディ、どうした、こんな朝早くに。それに何だ、その荷物は?」
「はは、見ての通りの家出だ。で、ものは相談なんだが・・・」
「ここに置いてくれ、か?」
「情けないけれど、こういうときに転がり込む女もいなくてね。一人者というとお前しか思いつかなくてさ。とりあえず2〜3日いいかな?」
 エディは陽気なカリビアンらしく冗談混じりに話したが、浮かべた笑顔に硬さがあった。
「家出って、・・原因はもしかしてオヤジさん、か?」
「ご明察。とうとう大喧嘩しちまった。」
 エディが父親とぎくしゃくしていることはジョーもうすうす知っていた。

(なぁ、ジョーはどうやってオヤジさんを説得してレーサーを続けているんだ?)
 以前サーキットで一緒にジョーの愛車を整備しているときに、エディが彼には珍しく思い詰めた表情でジョーに話しかけてきたことがあった。
(説得するも何も、俺のオヤジはとっくにいないぜ?)
(ああ、ジョーは養子なんだろ。で、お養父さんって人はどこかの国際機関のお偉いさんで、自分の仕事をジョーに手伝わせているからジョーは遠征が出来ないし、しょっちゅう呼び出されてレースに集中できないそうじゃないか)
 任務のたびにレースをキャンセルする自分を、ピットクルー達はそう理解しているらしい。正確には『義父の仕事を手伝っている』のではない。主力メンバーとして最前線に立っている。しかし、「科学忍者隊の出動命令が出たから行って来る」とは大っぴらには言えない以上、これはこれで周囲が納得する解釈ではあるのだろう。ただ南部への誤解は解いておきたかった。
(確かに今、あるプロジェクトを手伝っている。でも、そいつは今この時期にどうしてもやらなきゃならねぇ仕事だと、俺も納得しての事なんだ。無理矢理やらされているわけではないし、俺がレーサーをしていること自体は反対されていないから。・・・チームのみんなには迷惑をかけてばかりで悪いと思っているし、そっちとレースとどっちが大切なんだ?と言われるとそれも困るけどよ)
 言葉を選びながら神妙に話すジョーにエディは笑顔を向けた。
(ジョーは車が好きだろう?)
(ああ)
(お前のドライヴィングは見ているだけで、走る楽しさや高揚感が伝わってくるんだ。お前がどんなに車が好きで、レースを愛しているかもさ)
(そうか? うん、エディ達が最高の状態に仕上げてくれたこいつで コースを走り抜ける快感と達成感は何にも変えられない) 
 ジョーの答えにエディも満足そうにうなずいた。
(ジョーは今、優先して行うべきことと、好きなことの板ばさみってことなんだな。で、いつ終わるんだ、そのプロジェクトとやらは?まさか十年、二十年かかるわけではないのだろう?)
(え?ああ、そんなには)
 もちろん、短時間で済ませるにこした事はない。なかなか奴らの実態がつかめない状態が続いているが、さっさとかたをつけてやる。
(早く終わらせちまってレースに専念しようぜ。楽しみだなぁ、お前が本腰を入れたら、俺達のチームは絶対連戦連勝だぜ。まずは国内チャンピオンを目指して、次は世界だ。)
 確信をこめたエディの言葉に、ジョーは、え?と彼の顔を凝視してしまった。奴らを倒して安定した世の中を確保する、そこまでを考えるのが限界で目的が達成された後に、自分がどう生きていくのかを思い描いた事はなかった。いや、敢えて考えないようにしていたのかもしれない。先を考える事で奴らを倒すという強い意思が揺らぐ事をどこかで恐れていたのだろう。そう、自分の未来を想像するには、今はまだ早い。
(で、なんで急に俺にオヤジの話なんか聞いたんだ?)
(んー、まぁ、何か参考に出来たらと思ってさ)
(ってこたぁ、エディのオヤジさんがエディのメカニック整備という職が気に入らないっていうのか?)
(ああ、もっと稼ぎがいい職にしろ、ってさ。俺は儲かる仕事より、好きな仕事の方が働き甲斐があると思うんだけどね)
 どことなく寂しそうなエディに、ジョーはかける言葉がなかった。
(すまねぇな。なんの力にもなれなくて)
(いやいいよ。でもオヤジのヤツ、顔を合わせるたびに何かしら文句をつけてくるんだ。今のところはなんとかかわしてはいるけど、このごろさすがに鬱陶しくなってきた。家を出る事も考えたけれど、母親に家族は一緒にいたほうがいい、と言われるとそれもできなくてな)
 その後も言葉の端々に父親へのぐちが滲む事があったのだが・・・。

「昨夜はオヤジもアルコールが入っていたこともあるんだろうけど、お互いヒートアップしちまって売り言葉に買い言葉、『俺の言うことが聞けないんだったら出て行け!』『ああ、出て行ってやらぁ!』ということになっちまってね。」
 エディがため息をついて軽く肩をすくめたときだった。
「あ〜、腹減った〜。」
 気の抜けた声と共にトレーラーハウスの戸口に健が現れた。
 ああ、そうだ、昨夜はこいつが泊まったんだっけ、とジョーは思い出した。夜も更けたころにやってきて、『近くを通ったから・・』と特に用もないようだったが、話しながら軽く飲んで、それから・・・。
「ああ、いい天気になったな。」
 空を見上げ朝日のまぶしさに目を細めながらに髪をかき上げる健の仕草に、ジョーはちょっとドキリとした。伏せられた睫毛や、パジャマ代わりに羽織ったバスローブの襟元からのぞいた柔らかな光を浴びて白く輝く肌や、いつも以上に無造作にはねた髪にからむ指がなにやら艶かしい。
(何でこいつを見て、こんなに動悸がするんだ?)
 ジョーの傍らに立つエディも同じことを感じているのだろう、頬を染めて健に見入っていた。そんな自身の魅力を自覚しているのかどうか、寝坊助野郎は再び髪をかき上げながら言った。
「ジョー、ゆうべはやけに激しかったな。おかげで眠れなかったぜ。」


(2)

 その瞬間、エディが大きく息を飲んだ。気配にジョーが振り向くと首まで真っ赤になったエディが、健とジョーとを交互に見ているところだった。そして、
「すまん、パートナーがいるんでは、俺なんか泊められないよな。」
(ん?)
 今の言葉の中に引っかかる物を感じてジョーはエディの発言を反芻してみた。
(・・・パートナー・・・!? この場合のパートナーってのは仕事上の相棒ではなくて、生活上の・・・?)
「おい、エディ!」
 ジョーはつかみかからんばかりの勢いでエディに大声を出していた。
「誤解するなよ、こいつは昨夜たまたま泊まっただけのダチで・・」
 焦るジョーをエディは真剣な眼差しで制した。
「わかった、ジョーが隠しておきたいのならば口外はしない。約束する。それに、いいか、お前がどんなパートナーを持っていようとレーサーとしての腕は買ってるし、これからも同じレーシングチームの仲間だからな。」
(わかってねぇ!)
「エディ、ちゃんと俺の話を聞けよ!」
 しかしエディにはジョーの言葉など全く届いていない様子だった。
「いやぁ、意外だったなぁ。まさかジョーがそっち系だったなんて。それもこんな別嬪さんと・・・。びっくりして毒気を抜かれたというか、オヤジとの喧嘩なんてどうでも良くなっちまいそうだ。」
 エディは両手で荷物を抱えなおした。
「今日は、仕事が終わったら真っ直ぐ家に帰るよ。オヤジとも落ち着いてもう一度じっくり話をするから、俺のことも心配しないでくれ。じゃあ邪魔したな。」
 そうしてエディはまだ必死に言い訳をしようとしているジョーに背を向けると、そそくさと小走りに去っていった。その後姿をただ茫然と見送るしかないジョーの背に
「俺、何かまずいことを言ったかぁ?」
と、まだ半分眠っているような健の声がかかった。
「ああ、最悪だぜ。」
 ジョーは最上級の睨みを効かせて健を見据えた。ジョーの眼光は鋭い。その威力たるや、表情も完全に隠すと言われるバードスタイルのバイザー越しにでさえ、ギャラクターの猛者どもをもたじろがせるほどだ。しかし さすがはガッチャマンと言うべきか、健は全く気にする風もない。
「つまり俺達は同棲している仲だと思われたんだな?」
「そうだ。全くなんだあの言い方は?誤解してくれ、と言っているようなものだろうが!」
「でも、昨夜はすごい雷雨だっただろう?雷鳴や雨音が激しくて眠れなくてさ。」
「だったら、変に省略しないでそう言えばいいだろうが!」
 エディは人のプライバシーをへらへら吹聴するようなヤツではない。しかし感情がすぐ顔に出るタイプだ。落ち着かない様子で仕事をしていれば周囲から不審に思われ、問い詰められれば話してしまうかもしれない。『昨日、オヤジとけんかして』とうまくかわせればいいが、根が素直なヤツだけに臨機応変に対応できるかどうか・・。くっそう、これからどんな顔してサーキットへいけばいいんだ?
 肩を落としてしまったジョーを健が励ました。
「ジョー、ここはリベラルな街として名高いユートランドだぜ。ゲイだからといって特別な扱いを受ける事はないし、交友関係も変わりはしないさ。」
「何だとぉ?」
 再びジョーの厳しい視線を浴びせられた健は少し首を傾げた。
「あ、女の子に相手にされなくなるか・・・。それなら、バイだってことにすれば、女の子とだってつき合えるし何の支障もないじゃないか。」
 いや、ある!大いにある!
(うをぉおおおおおーーーーーー!)
 と叫びたくなったジョーに追い討ちをかけるように、健が特上の笑顔を浮かべた。
「なぁ、このごろこの近くにできたカフェのパニーニがうまいって「J」で聞いたんだ。テイクアウトもできるそうだから朝飯はそれにしようぜ。」
(テイクアウトぉ?作りたてをその場で食うのが一番だろうに何でテイクアウトだぁ?)
 怒りのボルテージが上がってきているジョーは、健の一言一言に噛み付きたくなる。
「だったら自分で買って来い。バイクで行けば2〜3分だ。」
 ジョーは傍らに止めてある健の愛車を示した。が、健はあっさりと
「あ、こいつも空腹なんだ。たぶんカフェに着く前にエンストする。」
 (何ぃ?)ジョーがバイクの計器を覗き込んでみると、燃料タンクの残を示す矢印が限りなくEに近いところにあった。
「・・・健、お前昨夜は最初っから俺ン所に泊まるつもりだったな?」
(そして朝食とガソリンをせしめる算段だったのか)
「ああ、上手い具合に雷雨になったよな。おかげでわざわざ泊まる理由を考えずに済んだぜ。」
 そして健はうーーーんと大きくのびをした。
「やっぱりまだ眠いや。俺はもう一眠りさせてもらうから、その間に俺には朝食を、こいつにはガソリンを頼むぜ。」
 にっこりと言うだけ言うと、健はトレーラーハウスの中に消えていった。
(このオケラ野郎がぁーー!!)
 思わず拳を握ったジョーが見上げた空は、件のオケラ野郎の瞳のようにどこまでも青く青く、清々しかった。


    終わり



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