RAINY BLUE 3

by さゆり




(1)

「雨は嫌いだ」
 彼はいつものようにそう呟いて、気紛れな秋の雨に滲む街の灯にカーテンを引いた。
「ああ、雨が嫌いなのは知ってるさ…」
 俺はソファから片腕を伸ばしてその細い腰を引き寄せ、
「だがその理由はまだ訊いたことがなかったな。なあ、どうしておまえは雨が嫌いなんだ?」
 本当は俺になぞ抱かれたくもないクセに、なのに俺のところへ来なきゃならんほどの特別なワケでもあるって言うのかよ?と、チョコレート色の髪に接吻けながら訊ねた。
「よせよ!」
 抱き寄せた腕に彼の抵抗が伝わって来たが、俺はこれまでにない強引さでそれを無視して髪の中を舌で弄り、柔らかい耳朶を噛んだ。
「よせってば。こんなところで…」
「へ、今さらも何を言いやがる。ヤルことはどこだって一緒だろう?」
「う…」

 そう、ヤルことは同じだ。そしてそれはおまえが望んだことだ。
 あの雨の夜、ずぶ濡れになっていたおまえと出逢ったのは単なる偶然だったし、要らぬお節介で部屋に連れ帰ったのは俺だがな、しかし " 抱いてくれ " と俺の腕を引いたのはおまえなんだぞ、と彼の耳の中と自分自身に繰り返して、俺は抗う彼を初めて力ずくで押さえ込んだ。こんな真似は今までしたことはない。そうさ、気紛れな子猫は必ずプイと出て行ってしまうものだと分ってもいるし、その人恋しげな眼差しや柔らかい喉声が決して俺に向けられているものでは無いとも知れている。そうさ、俺達は友人でも恋人でも無く、だからずっとお互いの名前さえ知らないままでいられたのだ。
「さあ、言えよ!雨が嫌いなワケとー」
 切なげなブルーの瞳が、瞬きもせずに俺を見上げていた。
 その瞳が「何も訊かないでくれ」と、言っているように思えた。
 だから俺は何も言いやしなかったし、何も訊きやしなかった。
 俺だって何も訊きたくはなかったし何も知りたくもなかったさ。
 だが、そうしてはいられなくなった…
「おまえ自身のことと、俺のところへ来る理由と、それから " ジョー " って奴のことも、な!」
 押さえつけた彼の身体が一瞬だけ信じられぬほど硬くなった気がした。
「?」
 いや、ただの錯覚だったのか?−と思う隙を待っていたように、彼は苦もなく俺の腕と体重の拘束を振り解いてソファの上に半身を起こしていた。嘘だろう?俺は軍隊経験がー実戦の経験があるんだぜ。
「おまえ…」
 こんな細っこい坊やのクセしやがって、と呆然と凝視める俺の目を真っ直ぐに凝視め返して、
「帰る。そして、もう二度とあんたのところへは来ない。それでいいだろ?」
 彼はそう言って立ち上がった。
「待てよ!」
 掴んだ彼の手のその冷たさに、俺は今更のように驚き、と同時に些かの冷静さを取り戻したのだと思う。
「すまなかった。だから待て、いや、話を聞いてくれ」
「……」
「その、外は雨だ。だから、せめて雨がー」
 フッ、と彼の口元がいつものように少し寂しげに微笑んだ。
「ああ、雨が上がるまでの間なら…ね」
「そうか」
 良かった、と俺も彼に笑い返して、額に落ちたチョコレート色の彼の前髪を整えてやった。

 そうしてはいられなくなった…
 その発端は夕刻、俺が仕事場から持ち帰った1本のワインだった。
「見ろよ、BC島のマルサラだぜ」
 以前、このワインを彼が喜んだのを憶えていた俺はファンからのプレゼントだというそのボトルを掲げて見せた。
「ファンからって、あんた、歌手か何かなのかい?」
「歌手でもスターでもないがね、俺は作家なのさ」
「ふ〜ん、作家だったのか。でもそうは見えないな」
「ちぇ、どうせそうだろうよ。ふん、こう見えても本はけっこう売れてるし、ファンもいるんだぜ。だけど今時の若造は本なんか読まないんだろ?」
「そうでもないよ。俺、本はよく読むんだぜ。あんたの本も読んだこと、あるかも知れない」
「へえ、そうかい?ああ、そっちの書架にあるのが俺の本だが…」
 話をしながら、俺は件のワインのボトルネックに掛けてあった銀色のリボンをナイフで切った。
 いや、切ったつもりだったのだが、ナイフが鈍らだったのかそのリボンが思いの他頑丈だったのか、銀色の繊維の筋が数条、コルクカバーの銀紙に引っ掛かってしまい…
「うん?何だ、こりゃ。まあいいさ、どうせカバーも剥がさなきゃコルクは開かないんだからー」
「!」
 彼は無理にそれを引き千切ろうとしていた俺の手からそのボトルを引っ手繰ると、
「伏せろ!」
 目を丸くする俺を蹴り倒したテーブルの影に押し込んで、ルーフバルコニーへとボトルを投げた。
「おい!いったいー」
 ガラスが割れる音がしたと思った次の瞬間、閃光が走り、グワンと耳を圧する大音響が響いた。バラバラと色んな物が降り掛かって来る中、俺はかつて戦場を思い浮かべていた。
 この音、この匂い。起爆薬が爆発して炸薬の爆発を誘発して…
「ちくしょう!何がマルサラだ。爆弾じゃないか!」
 カッとなって喚き散らす俺に彼は頷いて見せると、いやに落ち着いた声で言いやがった。
「ああ、なかなか良く出来たIEDだな。あのボトルに詰まっていたのはおそらく過酸化物系の液体爆弾で、あのリボンに信管が仕掛けられていたんだろう」
「おまえ…」
 こいつはいったい何者なんだ?と、俺は改めて彼を凝視めた。
 まだ幼さを残してさえいる優しげなその面差しの裏にいったい " 何を " 隠していると言うのか…
 時に哀しげに、また儚げにさえ見える彼の空色の瞳に、ゾッとするほど冴えた光が在ることに、その時、俺は初めて気付いた。


(2)

「まったくもう!」
 警察よりも消防よりも先に駆けつけてくれたマネージャーのリロイは、髪を掻きむしりながら吐き捨てるように言った。
「よせよ、リロイ。そんなに乱暴に引っ掻き回したら大事な髪が根こそぎ抜けちまうぞ」
「ふん、俺の頭髪の心配よりも、まず自分自身の命を心配するこったな、ディー。だから言ったじゃないか、あんなに口を酸っぱくして、俺がー」
 分かったよ、と俺はその有能なマネージャーの肩を叩いた。
「ご忠告は身に沁みてたつもりだ。だがな、俺は俺のスタイルを変えるつもりはないし、第一変えたら困るのはおまえだろ?違うか?リロイ」
「そりゃあ、まあ…」
「とりあえず俺はダグラスファーのログハウスだの、Eタイプのジャガーだのを手放す気はないし、スタイルを変えろと言われたところで、はい、そうですか、と変えられるほどの器用さも才能もない。ま、そんな事は俺よりもおまえのがよく知ってるだろうけどな」
「でもー」
 リロイが眉根を寄せて、何かを言い出そうとしたちょうどその時、
「少々お話を伺わせて頂いてもよろしいですか?」
 と型通りにバッジを提示しながら刑事が割り込んで来た。
「ええ、どうぞ。ご苦労様です。はい、何なりとお訊き下さい」
 今しがたの興奮ぶりが嘘のように、前髪を軽く撫で付けて誠実そのものといった口調で応じるリロイを見ながら、まったく大したマネージャーだよ、おまえはーと俺は軽く笑ってしまった。もう俺が口をきく必要はない。すべてこのリロイが片付けてくれる。
「こちらがMr.ディー・A・ファレンティーノ、この部屋にお住まいの方ですな?」
「ええ。しかしPNの "リー・ローランド" の方が通りが早いかと思います。私は彼のマネージャーでしてー」
 差し出されたネームカードを見、それから刑事は意外なプレゼントを貰った子供のように、そして半ば驚いたように俺の顔を見た。
「やあ、作家のMr.リー・ローランドでしたか!へぇ、あなたが?いや、いつも読ませて貰っていますよ。これはこれはお目に掛かれて光栄です」
 差し出された右手を握り返して、俺は微笑んだ。たぶんここで愛想を振りまかなかったらリロイは俺の靴を蹴るだろうな、などと考えると、さして無理せずに微笑む事は簡単だった。
「そいつは、どうも」
「刑事さんがリーの作品の愛読者だったとは幸いです。ご存知の通り、リー・ローランドは極端なマスコミ嫌いでしてね、著書にプロフィールや近影を入れる事もしないくらいです。ですから、その、今回の件も御内密に願えると助かります」
 リロイは隣のダイニングで制服の警官から事情徴収されている "彼" をチラッと横目で見ながら言った。
(彼は俺の命の恩人だぞ!)
 俺は喉元まで出掛かった言葉を飲み下した。
 それは事実だが、それを告げる必要はない。
 何故ならば、彼はこの物騒な爆弾事件にまったく似つかわしくない青年だったし、それに彼自身がそれを望んでいなかったからだ…

「リロイか?俺だ。ちきしょう!またやられたぜ」
 1時間ほど前のことだ。旧式な電話機のコードを引っ張れるだけ引っ張って、俺はまだくすぶっているルーフバルコニーの状況をなるべく正確に伝えるべくがなり立てていた。
「ああ、今度は本当に爆発しやがった。今日、オフィスに届いたあのワインだ。あいつを開けようとしたらいきなりボカーンと来やがったんだ。え?いや、怪我はない。彼がー」
 バルコニーから戻って来た彼が、シッと人差し指を唇に当てたのに気付いて、俺はその後を、
「い、いや何でもない。とにかくこっちへ来てくれ!警察と消防と保険会社?そんなもんまだだよ。ああ、そっちにはおまえから連絡して、適当に呼んでくれ。頼んだぞ!」
 などと誤魔化して受話器を置いた。
「警察が来たら、これを渡してくれ。リボンの燃え残りだ。手掛かりになるだろう」
「ああ。しかし危なかったぜ。もし、おまえがいなかったら…」
 ふふっ、と彼は小さく笑った。
「単なる偶然さ」
「うん?どう言うことだ?」
「俺がいたのも偶然だし、俺がワインボトルに仕掛けられたIEDがあるってことを知ってたのも偶然だし、ジャグジーに水が入ってたのも偶然だろ?」
「ジャグジー?」
 ああ、と彼は頷いた。
「もう使い物にはならなくなっちまったけどね。少なくともあんたが水を抜き忘れてたお陰で、被害を最小限に留めることが出来たよ」
 その空色の瞳に、もうあのヒヤリとするような鋭さはなかったが、俺はさっき感じた違和感をますます強くして、再びまじまじと彼を凝視めてしまった。だってそうだろ?この部屋の住人であり、当然ここにある物すべての―ルーフバルコニーに設えられたジャグジーも含めて―持ち主である俺でさえその存在を忘れていた屋外のバスタブを狙ってボトルを投げたって言うのか?この坊やは…しかも "一瞬" の内にそこまで判断して…?
「おまえはー」
 いったい何者なんだ?と訊ね掛けたのと、
「さっき電話で "また" って言ってたけどー」
 と彼が言い出したのはほぼ同時だった。
「え?ああ、そう。 "また" ってのはこれで、えーと何度目かな?3度、いや、ちょっと待ってくれよ。リロイなら正確に回数も日時も憶えてるんだが…」
「つまり何度も今日みたいな目に遭ってるってことだね。『砂漠の黙示録』シリーズの著者、リー・ローランドとして」
 へぇ、と俺は片眉を上げた。
 勝手な思い込みなのだが、俺は彼が俺の本を読んでいるとか、そして大金を稼がせてくれたが思わぬ厄介の種ともなった件の本にまつわる一連の騒ぎや報道を知っているとは何故か微塵も思ったことがなかったのだ。
「こいつは驚いたな」
「どうしてさ?」
「いや、おまえが案外と世間のことを知ってるもンだから、つい」
 思わず笑い出した俺に怪訝そうに首を傾げた彼だったが、急に、いやだな、と呟いて苦笑して見せた。
「俺ってそんなに世間知らずに見えるかな?それに本はよく読むってさっき言ったろう?」
「いや、失礼。なに俺が勝手に思い込んでただけさ。確かにおまえは未通女いけどな、だけどそれだけじゃない」
 そう、それだけじゃない。
 彼はある雨の夜に拾った気紛れな子猫で、「雨が嫌いだ」と言っては幾度かの雨の夜を俺の腕の中で過ごした。慣れるワケでもとりわけ親密になるワケでもないが綺麗な顔と繻子の肌を持った、どことなく育ちが良さそうな彼を拒む理由もない。だが、その人恋しげな眼差しや柔らかい喉声は彼を抱いている俺を通り越して、誰とも分からぬ "ジョー" という男に向けられる。そう、いつだって彼が求めるのは俺ではなく、「捨てて来た」とか言う "ジョー" なのだが…
 それならば、それでいいさ。
 俺はそう思うことにしていたのだが…
「なあ…」
「うん?」
「おまえはいったい何者なんだよ?」
 と、俺はやっとそれを訊ねることが出来た。


(3)

「ああ、雨が上がるまでの間なら…ね」
「そうか」
 良かった、と俺も笑い返して、額に落ちたチョコレート色の前髪を整えてやった。滑らかで豊かな彼のレイヤーヘアは肩甲骨に届くほども長く、雨夜の暗がりで見た時には一瞬、女かと思ったくらいだ。ヘアスタイルのせいだけでなく、彼の顔はこうしてまじまじと見ても女と見紛うほどに優しげで、美しい。痩せてはいるが、決して華奢という身体付きではないし、まして彼の態度や言動はむしろ非常に男っぽいのだが、しかし一見しての印象はやはり " 男っぽい " と思わせる類いのものではないだろう。
「おまえのお袋さんって、きっとすげえ美人なんだろうな」
「え?」
 唐突な俺の言葉に空の色の瞳が丸くなる。
「いや、何ね、俺のお袋もなかなかの別嬪だったんだけどな…」
「だけど、あんたは親父さんに似たってのかい?」
 ああ、と頷いて肩をすくめる俺を可笑しそうに凝視めながら、彼は、
「確かに俺はお袋そっくりだってよく言われるよ。けどさ、男なら親父そっくりって方がいいんじゃないかな?…少なくとも外見だけは、ね」
 と笑った。
「あんたは男らしいイイ顔してる。あんたの親父さんはきっとイイ男なんだろうな。短気だけど、優しくて気風が良くて―」
「ちぇ、お袋みたいなことを言うなよ。馬鹿な女だよな、私生児の俺を産んで苦労ばかりしてたクセに、口を開けば " パーパはイイ男だったのよ " ってそればかり言ってたっけ。こっちはお袋を泣かすそんな野郎はパーパなんかじゃねえ、いつかブッ殺してやると思ってたのにさ」
 フッと目を逸らした彼の横顔に、俺は俺自身と共通のある感情を発見した。
 その感情とは――そう、" 嫌悪 " とか " 憎しみ " と呼ばれる類いのものだ。
「へぇ、おまえも親父が嫌いか?」
 ゆっくりとひとつ瞬いて、彼は小さく頷いた。
「ああ、大嫌いだ」
「やはりお袋さんを泣かせるからか?それともおまえ自身のことで何か―」
 いいや、と首を横に振って、
「親父は俺が4つの時に俺とお袋を捨ててどこかへ行っちまいやがった。そりゃ今、考えるとお袋はずいぶん泣いただろうとは思うけど、幸いなことに俺はそんなお袋の姿はちっとも憶えてやしない。優しかったけどさ、身体が弱くてね。ほとんど一緒に暮らすこともないまま、俺が11の時に逝っちまった。で、俺は親父の親友だった博士に育てられて、そのまま息子になったってワケさ」
「なるほどな」
 それで、と彼はジッと俺の目を凝視めた。
「親父さんはブッ殺せたのか?」
「えっ?」
 物騒な問いに今度は俺が目を丸くしちまったが、驚いて見返した彼の顔には特に険しいものは感じられなかった。
「ん…あ、いや。だけど極道なロクデナシ親父は誰かに撃ち殺されたらしいぜ。へへ、ざまあみろだ」
「ふ〜ん。俺の親父も2年前に死んだらしい……だからもういいんだ。俺はずっとひとりになりたかったから…」
 やっとひとりになれたんだ。やっと好きな事が出来るようになったんだ。だからこれでいいんだよ、と彼はひどく重苦しくて、そして少々ワケの判らないことを驚くほど軽い口調で言い、ひとり納得したように機嫌良く笑った。" 好きな事が " ってのは理解出来るが、 " ひとり " って事はないだろう?立派な養父がいるってのに…
「帰る家はあるし、仕事もある、か?ふン、それにおまえは何もしなくたって一生食うに困ることはないんだろうしな」
「…ああ、そうさ。その通りさ」
 実の親との縁は薄かったようだが、それでも誰もが羨むであろうバックを持ち、恵まれた人生を歩んでいる筈なのに、彼は眉を寄せて投げ遺りにそう応えた。そんな彼を眺めながら、俺は数刻前のやりとりを反芻していた。
 
『何者って…ああ、そう言えばまだ名前も言ってなかったんだっけ。ふふふ、今さらだけど初めまして、Mr.リー・ローランド。俺はケンです。どうぞよろしく』
 戯けた仕種で差し出した右手を無視して、俺は重ねて訊いた。
『それだけかよ?』
『それ以外に何が要るんだい?名前なんか知らなくたってベッドの中じゃ少しも困りゃしないし、それにあんただって今の今まで何も訊きやしなかったぜ』
『巫山戯るな!もうじき警察が来るんだぞ!そんな答えで奴らが納得するとでも思ってんのか?』
 カッとなって怒鳴った俺の短気をまるで面白がってでもいるように、彼は大袈裟に肩をすくめて見せた。
『あのさ、俺は犯人じゃないんだぜ?』
『いや、その、すまない。だけど警察が来たらいろいろと面倒な事になるし、おまえにも厄介を掛ける事になる。だから巻き込まれるのがイヤなら、今の内に出て行ってくれ。その、いろいろ訊かれたりするのが困るなら、な』
『別に困りゃしないよ。フルネームはケン・ナンブ、歳は21、家は西海岸のユートランド、仕事は軽飛行機のパイロット。こっちに来てるのは仕事の都合ってやつで―、と、こんな事でいいんだろ?』
 澱みなく答えたそれらは、いつも気にしている頭髪が乱れるのも構わずに駆けつけてくれたリロイと、その直後にやって来た警察の事情徴収によって、" 事実 " だと判った。加えて、あのDr. コーザブロウ・ナンブの養子だということ(街角のタントとでも思ったのか、胡散臭げな眼差しを向けていた警官とリロイが彼のIDを確認した時の顔は傑作だった)や、ISOのマントルプロジェクトに携わっていること(ソーラープレーン開発チームのテストパイロットならば、なるほど雨の日は暇なのだろう)と、いった彼が告げなかった部分まで図らずも知ることになったが……

『とりあえず今夜から暫くの間、Mr.リー・ローランドとMr.ケン・ナンブのおふたりには安全確保の為、我々が用意したホテルに移って頂きます』
 一通りの捜査を終えた後、俺の愛読者だとかいう刑事がそう告げた。イヤだと言ったところで刑事とリロイに「保安上、どうしても必要なことだ」と押し切られるに決まっているから、俺は素直に従うことにした。しかし、彼は…?と見遣ると、
『はい、分かりました』
 と、頷いている。
『すまん、すっかり迷惑を掛けちまったな。ところで明日は晴れの予報だけど、仕事の方は大丈夫なのか?』
『そうだね……あの、電話をお借りしてもよろしいですか?』
『ええ、どうぞどうぞ』
 養子とはいえDr.ナンブの御曹子と判明してからの警官達の態度は初っ端とは打って変わっており、若造相手に追従じみた仕種で自分のセルを差し出したのには思わず失笑してしまったが、そう言えば彼は誰もが当たり前に持っているセルを持っていたことがなかったなあ、と今さらのように気付いて、俺はまた少し驚いた。そんなことにさえ気付かなかったのは俺自身がセルを持たないからだと言ってしまえばそれまでなのだが…
『俺です。ジェーンからお聞きになっていると思いますが……はい、そうです。ええ、警察の方の指示で……はい、ありがとうございます、博士。はい、では…』
『へぇ〜、Dr. ナンブに掛けたんですか?』
 刑事は興奮した面持ちで彼の手から返って来たセルをいじっていたが、すぐにがっかりした表情を浮かべた。
『すみません。博士のプライベートナンバーだったものですから、履歴は消させて頂きました。でも博士の了解が取れましたので、俺もホテルへ移ります』
 それでは、と促されて立ち上がったのを機に、俺は彼に小声で訊ねた。
『おい、本当に大丈夫なのか?』
 ああ、と彼は微かに笑って、
『代わりのパイロットなんか、いくらでもいるさ』
 と、事も無げに言ったのだが……

 ああ、あの時も彼は今と同様、どこか投げ遺りな態度だったな、と俺は思った。



to be continued.....




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