冷たい月 −ブラインド 2−

by ハッチ




「…ブラインドを閉めろよ。」

二人きりでの任務だった。
夜明けが近い蒼く寒々と冷えた夜の帳の中に取り残されていた。
敵の包囲網の中、繁華街の外れに廃屋と化した部屋を見つけて潜んだ。
階下の酒場では二人の気配を消すほどの人々のざわめきが無い。それほどに寂れた町であったし、夜明け前の闇の静寂も手伝って一層張り詰めた緊張感を含んだ空気が彼らを取り巻く。
窓際に立ち、壊れかけたブラインドのスラット(羽根)をマグナムで押し上げて外の様子を伺う。蒼白い暁色が斜めに部屋の中に差し込む。
「ココではお前の殺気の方が窓からこぼれて目立ちそうだ。居たのも雑魚共ばかりだったし奴らがココを突き止めるとは考えられない。夜が明けるまで待って迎えを呼ぼうぜ。」
リーダーであるくせに暢気に構える言い草は気に食わなかったが実際事実だった。
事前情報より小規模の中継基地だった。あの様子では部隊長ですら紫の仮面の司令官などモニター越しにしか拝んだことの無いような感じだ。奴らがココまで追って戦闘服姿で無い二人を発見するなどとは到底考えられない。その程度の基地だった。

傾いて架かっていたにも拘らずスラットは素直に閉じた。マグナムもジーンズのベルトに押し込む。
「・・・ったく、無駄骨折らせやがってよ。」
暗く冷たい床に座り込み埃に塗れた髪を掻き揚げる。ため息混じりに愚痴りたくなる程走らされた。だからマシン抜きでの任務は嫌なんだ。
気がつけば規則正しい呼吸音が聞こえる。
「寝ちまいやがった・・・!いつもながらあきれる心臓だぜ。」
暗闇でよく見えないがそのまま部屋の隅で眠り込む姿は容易に想像できた。チーム一個隊で行動しているときには決して見せない姿だが、不思議と二人の行動となると必ず先に寝てしまう。
おかげでいつも自分が見張り番になってしまう。とんだ貧乏くじだ。
ジーンズのポケットからかろうじて原型を留めている煙草を見つけて火をつける。
ゆっくりと吸い込み、そして吐きだす。闇の中の見えない煙を眺めていた。

「・・・ブラインドを開けてくれ。ジョー。」

数少ない煙草がなくなりかけた頃、ふいに暗闇から声が聞こえた。
「寒くなった。そのあたりに毛布があったみたいだった。暗くて見えないんだ。」
「そこにあるぜ。夜目がきかねぇ奴だな。」
「だから暗くて見えないって言ってるだろう。ブラインドを開けろよ。」
「嫌こった、俺だって眠いんだ。立ち上がるなんか御免だね。」
床で煙草を揉み消すと暗闇からの声の無視を決め込んだ。
けだるそうな反論の声は諦めを含み次第に又規則正しい呼吸音へと変わっていった。
立ち上がりスラットを開く。蒼い月灯りが部屋に無言で差し込む。

その月灯りの到達点に堕天使が眠っていた。

蒼白い灯りに照らされて白い肌はより一層透明度を増し、そのまま蒼い陽の中に溶けていってしまいそうな錯覚にさえ陥った。長い睫毛がその白い肌にくっきりと影を落とし光を捉える。軽く開いた唇から唯一現実味のある息遣いが聞こえる。
しばしその姿に見入っている自分がいた。

寝返りを打たれ顔が見えなくなって我に返った。
しかたねぇや、と苦笑いしつつ埃っぽい毛布を拾い上げ、寝ている堕天使に近づいたとき、うっかり抱えていた毛布の端を踏みつけてしまった。
「潜伏中」の三文字がいきなり頭の中を駆け抜け、音をたてまいと目の前の白い肌に全体重を掛けて倒れこむ。反射的に相手の口を掌で押さえる。
不意を食らって押さえ込まれた方も持って生まれた本能として、相手の頭を抱え込み咽喉をいつでも締め上げられるように掴んでいた。そしてその行動とは全くそぐわない澄みきった青い瞳が月から零れ落ちた夜露を弾くかのように眩しく目の前で瞬いた。
「わ、悪かった。つまづいちまって・・・。」
口を押さえ込んだ手と咽喉を捕らえていた手が同時に緩む。
起き上がろうと床に手を着いたがほんの少し顔を上げただけで止まってしまった。
青い瞳は何度か瞬くと又ゆっくりと閉じて長い睫毛の影へと取って代わった。
そして起き上がろうとしていたその体はゆっくりと白い肌に吸い寄せられるように又体重を掛けて倒れていった。頭を静かに抱え込む。
「寝てろよ。又俺が見張りだ・・・。」
手の中に収めたぬくもりをどこかかみ締めるかのように目を閉じて呟く。
生きている現実(いま)を、自分を、そして腕の中のぬくもりを、現実として確かめるかのように・・・。

咽喉から離れた腕が静かに首に回された。
「寒かったぜ。ジョー・・・。」


いつしか眠り込んでいたらしい。自分に限って任務中の熟睡など考えられない。しかし頭の冴えと反比例して体はけだるく動きたくなかった。堅い床と壁に凭れ重く埃っぽい毛布を被らされていたにも拘わらず極上のベッドで眠ったような妙な心地よさがわからなかった。

「もう少し寝てろよ。ジョー。今度は俺が見張っててやるから。」

ブラインドのスラットが広く開けられた月明かりの中に健は立っていた。窓際に持たれかけ腕を組み、ついさっきまで自分がそうしていた場所に健がいた。自分はどこにいるのだろう。

白い肌に白い影。
蒼い瞳に蒼い満月。
自分を射る柔らかな眼差し。
さっきまで胸に抱いていたのは幻か。じゃそこに立っているのは天使か?悪魔か?それとも・・・。

― 健・・・。
呼ぶ名前も声にならない。
手を伸ばして触れてみないとわからない。重い毛布からゆっくりと手を引き出す。

「しかし、よく寝てたぜ。任務中にそこまで寝られるってさすがだな。ジョー。」
蒼い瞳の堕天使がほくそ笑むようにつぶやいた。

― 朝になったら覚えていろよ。だからお前は嫌ぇなんだよ。
伸ばそうと思った手を又毛布の中に引き戻す。「潜伏中」の三文字が又脳裏をよぎった。
蒼い月灯りが指すその部屋に現実が戻った。

あれは幻だったのか。でもあんな幻ならたまには悪くねぇな・・・。

「・・・ブラインドを閉めろよ、健。」

殴るのは朝で待とう。今は奇跡のような夜明け前のリーダーの復活に感謝しつつ、このまま寝かしてもらうとしよう。

もう一度目を開くとスラットを閉じていきながら健の姿が蒼い月の光を受け、闇に溶け込むように見えなくなっていった。


* * * *


キンと張った冷えた空気にふと呼び覚まされた。
蒼白い暁色の薄い闇の中に白い影を見た。
後ろから絡みついていた細い腕と体温を無意識に解き、ゆっくり起き上がり影を探す。

「・・・Ken。」

ほんの少しだけ開いていたスラットから射す夜明け前の蒼い斜陽の中で健の微笑を見た。
ひどく懐かしく、でも曖昧で現実味の無いその姿に思わず声が漏れた。
刹那、手を差し伸べても何も届かない。何も触れない。
白い影はここにはいない。

「最後に見た夢がお前だとはな・・・。ベッドの中の女が泣くぜ。」

焦がれた幻の代わりに指先に触れたのは冷たい金属の破片。まるで死神からのインビテーションのように薄情で鋭利で凍て付いている。
幻の代わりに死神の羽根に接吻ける。軽い金属音が答えるかのようにかすかに響いた。



「ブラインドを閉めて・・・。」

脱ぎ捨てたジーンズのポケットから煙草を探す為スラット(羽根)を薄く開いた。
ベッドの中で女が口を聞いた。


END



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