Two days before the day

by さゆり




Ver.1

「いい加減にしろよ‥‥もう気がすんだだろ?」
 いつもよりも幾分ハスキーな掠れ声でそう言うと、あいつは俺の腕を解いて大きく畝ったシーツに俯せた。
「いいや、まだだ。まだ足りねえ」
 と、まだ大きく上下している肩甲骨の辺りに接吻けて、俺はあいつを抱き寄せた。身体を反転させて俺を凝視めたスカイブルーの瞳が問う。
(いったいどうしたんだ?ジョー)
 と。
「別に。どうもしやしねえさ。ただ−」
「ただ?」
「ああ。俺はただおまえと‥‥」
 その先は言わずに、俺はまだジッと俺を凝視めたままのあいつの口唇を口唇で塞ぐと、もうすっかり乱れてしまったそのチョコレート色の髪に指を差し込んでゆっくりと弄りながら、もう片方の指でまたあいつを煽り立てて行った。
「う‥‥」
「へへへ、おまえのここもまだ足りないらしいぜ、ケン」
「馬鹿!」
 おまえがしつこいからだ、と軽く眉を寄せたけれど、あいつは本気で怒ることも、しつこいと言う愛撫から逃れることもなく、そのまま目を閉じて再び俺に身を任せた。再び?いや、もう何度目だろう?この二日、昼となく夜となく俺は飢え切ったようにあいつの身体を貪り続けている。そしてあいつもまた、そんな俺から離れようとはしない。
 
 二日前、俺はやつらに取っ捕まった。
 素顔の割れた俺を追い回し、捕まえるなんざ造作もないことだったろうさ。
 逃げ遂せて、ふと思ったことが二つ。
 (もう自由に車を飛ばすことも出来ねえんだな)
 そして、
 (俺はいつまであいつといられるんだろうか?)
 夜の街を彷徨いながら、俺はその二つを胸の中で幾度も幾度も繰り返し‥‥
 (どうしたんだ、こんな夜更けに?)
 無言のまま抱きしめて、俺はあいつを激しく求めた。
 (この痣‥‥いったい何があったんだ、ジョー?)
 戸惑いを浮かべたその瞳に、俺は何も答えなかった。

「は、あぁ‥‥」
 その夜から、俺は切ない声を漏らすあいつをまるで責め苛むように犯し続けた。
「ジョ‥‥ォ」
 背を反らせて、あいつがもう何度目なのかも定かではない絶頂を迎えるのを溶け合っている熱い部分に感じながら、俺は恍惚とあいつの顔を見下ろす。伏せた睫毛を少しだけ上げたその瞳はいつものターコイズのような明るいスカイブルーではなく、空の遥か彼方に広がる永遠の夜空を透かすラピスラズリにも似た深い蒼に染まっている。金色の微かな煌めきはあいつの瞳を艶かしく潤ませている涙なのだろうか?
「なあ−」
 深い息とともに弛緩したあいつの両肩を掴んで上半身を引き起こすと、
「くっ」
 まだ硬いままの俺に繋ぎ留められているあいつは苦しそうに眉を寄せて小さく呻いた。その眉根に接吻けて、俺は微笑いながら訊いた。
「なあ、おまえ、あいつと心中でもする気だったのか?」
「‥‥まさか」
「ふーん。だけど、あいつはずいぶんと嬉しそうだったぜ?おまえが俺を置いてあいつを連れてった時には、よ」
「それは、おまえが−」
 分かってるぜ。俺がヤバイっておまえは勘付いてるんだよな、ケン。
 空元気なのも、取っ捕まったことも、知らなきゃいいことを知っちまったことも、それから何でこんなことをしてんのか、もな。いや、はっきりとは分からないかも知れないが、おまえも俺も感じているのさ。そう、もうじき終わりが来るってことを‥‥
「俺がどうしたって?」
「うっ−」
 咥え込まされたまま、体位を入れ換えて俺の上に乗らされたあいつは白い喉を仰け反らせ、いやいやをするように緩く頭を振った。言えよ、俺がどうしたって言うんだよ?とさらに結合を深くすると、チョコレート色の長い髪が背を掴まえている俺の手の甲でさらさらと音を立てた。
「へん、俺は何でもねえんだ。まだそんなことを言いやがるのか?」
 ならばおまえの身体に分からせてやるぜ、と激しく突き上げ続けた。
「ジョー‥‥」
 辛いだろうに、それでもあいつは囁くように俺の名を呼んで、求めるままに俺の動きに応じる。反らせていた背を撓め、俺の脇に両手をついて、戦慄く口唇を俺のそれに重ね、甘い吐息を漏らし、深く受け入れている俺をさらに熱く包み込み‥‥
「−!」
 刹那、俺は両の手を伸ばしてあいつの喉元を掴んでいた。
 もうじき何もかもから解き放たれるだろう。だが、俺は―?
(ケン、俺はただ‥‥ただおまえと‥‥)
 怪訝そうな、しかし同時に " 何もかも解っているさ " という風に、あいつは少し寂しげな、だが限りなく優しげな眼差しで俺を凝視めてゆっくりと頷いた。
 もうじき何もかもが終るだろう。そうしたら、おまえは―?
「死ぬなよ、ジョー」
(もし死んだら‥‥ジョー、俺はおまえを‥‥)
 微かに震えるあいつの口唇が " ・・て行くぞ " と告げたのを見て、俺はフッと笑った。そしてその決意に、
「ああ。おまえもな、ケン」
 と頷き返して指を開くと、それからはただひたすらあいつとの−恐らくこれが最後だろう−行為に熱中し、やがてもう何度目なのかも分からない絶頂を迎えてあいつの中に俺の名残りを注ぎ込んだ。
 
 ‥‥もう思い残すことは‥‥無えや。


 To that scene of #103.....



Ver.2

「いい加減にしろよ‥‥もう気がすんだだろ?」
 いつもよりも幾分ハスキーな掠れ声でそう言うと、あいつは俺の腕を解いて大きく畝ったシーツに俯せた。
「いいや、まだだ」
 と、まだ大きく上下している肩甲骨の辺りに接吻けて、俺はあいつを抱き寄せた。身体を反転させて俺を凝視めたスカイブルーの瞳が問う。
(いったいどうしたんだ?ジョー)
 と。
「別に。どうもしやしねえさ。ただ−」
「ただ?」
「ああ。俺はただおまえが‥‥」
 その先は言わずに、俺はまだジッと俺を凝視めたままのあいつのすっかり乱れてしまったチョコレート色の髪に指を差し込んでゆっくりと弄りながら、口唇に軽く接吻けた。
「よせよ。なあ、俺が何だって言うんだ?」
「ん?いや何、へへへ、つまり俺はただおまえがまだ達ってないから達かせてやろうかと−」
「馬鹿!」
 おまえに抱かれて達けるもんか、と眉を寄せたけれど、あいつは本気で怒ることも、俺の腕の中から逃れることもなく、そのまま目を閉じてクスッと笑った。
「何が可笑しい?」
「おまえの女好きは知っていたけど、まさか男まで好きだったとは知らなかったぜ、ジョー」
 馬鹿野郎、と俺も思わず笑い返してあいつの額を小突いた。
「へん!誰が男なんか好きなもんか」
「それなら何故、俺を抱いた?」
「‥‥」

 昨日、俺はやつらに取っ捕まった。
 素顔の割れた俺を追い回し、捕まえるなんざ造作もないことだったろうさ。
 逃げ遂せて、ふと思ったことが二つ。
 (もう自由に車を飛ばすことも出来ねえんだな)
 そして、
 (俺はいつまであいつといられるんだろうか?)
 夜の街を彷徨いながら、俺はその二つを胸の中で幾度も幾度も繰り返し‥‥
 (どうしたんだ、こんな夜更けに?)
 無言のまま抱きしめて、俺はあいつを激しく求めた。
 (この痣‥‥いったい何があったんだ、ジョー?)
 戸惑いを浮かべたその瞳に、俺は何も答えなかった。

「‥‥つまり、俺は女の代わりってワケか?」
 答えない俺に代わってあいつはまたクスッと笑いながらそう言った。
「ま、いいさ。この状況じゃ、いくらおまえでも街の女とどこぞへシケ込んでるワケにも行かんだろうしな」
 するりと俺の腕とシーツから抜け出したあいつはそんな軽口を叩きながらローブを羽織ると、よく冷えた缶ビールを持って来て訊いた。
「な、煙草あるか?」
「ああ。ポケットに入ってる」
 1本貰うぜ、と引っ張り出したパッケージを手に、あいつはちょっと困ったように俺を見た。
「どうした?そいつじゃいやか?」
「いや、最後の1本だから−」
「なに構わねえさ。遠慮せずに吸えよ」
 ん、と頷いてあいつは火を点けたそれを深々と吸い込んだ。
「ふふ、似合わねえな」
「ふん、どうせ俺はベビーフェイスだよ。だけど‥‥」
「だけど?」
 だが、あいつはその先を言わず、黙ったままTVのスイッチを押した。床に置かれ埃を被った14インチのブラウン管にこうした深夜によく放映されているのだろう、何度か観たことのある古い西部劇が写し出された。
 フッ、とあいつの口元が綻ぶ。
「見ろよ、ジョー。あれが俺の憧れさ」
「ん?‥‥銀バッチのシェリフか?」
「いや、ビリー・ザ・キッドの方だ」
「へぇ、そいつは意外だな。おまえのヒーローが正義の保安官じゃなくてアウトローの方だったとは、な」
「それも俺には似合わない、か?」
 ああ、と頷いて、俺があいつの指から吸い差しの煙草を取ると、まるで物々交換のようにあいつは俺の手からビールの缶を取り上げた。
「もう1本、持って来いよ」
「そうしたいところだが、ビールもこれが最後の1本なんだよ」
「チェッ、何もかもが " 最後 " ってワケか」
 ああ、と今度はあいつが頷いた。頷いて、穏やかな微笑みを浮かべた横顔を見せて、あいつはブラウン管の中に繰り広げられる正義と悪のガンファイトをジッと凝視めながら言った。
「そうだな。たぶん次に出撃したら、今度という今度は俺達も揃って無事に帰っては来られないだろうぜ。そして、たぶんその出撃はもう間もなくだろう。だから、たぶんこれが " 最後 " の夜ってことになるんだろうさ」
「ああ、たぶん、な」
 と、俺も頷くしかなかった。
 地球はその運命を掛けて戦わなければならなくなる−博士はそう断言したが、
 あんな化け物を相手にどうやって戦えと言うんだ?奴らの本当の狙いは何だ?
 いや、俺はその戦いにさえ‥‥

「で、ジョー、誰にやられた?」
「え?」
「その痣さ。まさかおまえ " ちょっとゴロ巻いて " なんてとぼけたことを言うつもりじゃあるまいな。この街にはおまえを痣だらけに出来る奴らなんかいやしないぜ‥‥そうさ、この俺以外にはな」
 フンッ、と俺はそっぽを向いた。
(訊くなよ、ケン。頼むから何も訊かないでくれ!)
 本当の理由を知られたら、おまえは俺を置いて行くだろう。
 足手まといにはならねえから、頼む!ケン、俺も一緒に―
「うるせえな!放っておいてくれって言っただろう?あン時だって、それにこないだだって俺はちゃんと−」
 あいつはそのスカイブルーの瞳を真直ぐに向けて、ただ俺をジッと凝視め、それから稍あって静かに頷いた。


「ああ、その通りさ。おまえはちゃんと―、いやあの時もこのあいだもおまえがいなかったら‥‥で、ジョー、今度は何を掴んだ?その痣と引換えに‥‥」
 ドキッと胸が鳴った。
 ああ、掴んだともさ。
 正体がバレちまった俺はもうおまえの重荷にしかならんって事や、博士が言ったように奴らとの戦いもいよいよ大詰めだって事や、クロスカラコルムに何かがあるらしいって事や、そして俺に残された時間は‥‥もうあんまり無いんだって事も――
 そうさ、色々とな。しかし俺は、
「さあ‥‥な」
 と、ただ少し口唇を歪めただけで、何一つ口に出しやしなかった。
「そうか」
 いつかのように問い詰めるかと思ったが、あいつもそう言ったきり何も訊きやしなかった。
「言いたくないんならそれでもいいさ。また殴り合ったところで、どうせおまえは俺に何も言いやしない。それにおまえの身体のことは‥‥だけどな、ジョー、あの時、あの湿原で俺は―」
 ジッと俺の目を凝視めたままのあいつの瞳が微かに揺らいだ。
「俺はただおまえのことだけを考えていた。持ち去られた機密データのことよりも任務に失敗したことよりも、な」
 ケン、おまえ‥‥胸が詰まって、柄にもなく泣いちまいそうだった。
 しかし、それでも俺は、
「ヘッ!リーダー失格だぜ、ケン。あの大事な時に、いや事ここに至ってまで、何をくだらねえことを―」
 と、突き放した口調で詰ってそっぽを向いた。
「ああ、そうだな」
 と、あいつが頷いてフッと自嘲気味に笑うのを目の端に捉えながら、俺は知っている事を洗い晒いぶち撒けてしまいたい衝動に駆られた。聞いてくれよ、ケン、と何もかも‥‥そうしてすべてをおまえに背負わせて、助けてくれ、とおまえの腕に縋って泣けたなら‥‥いや、ここへ来て、おまえの温もりを求めたってことが既にそうしちまったってことで‥‥それに俺が行方を晦ましたってことを博士がおまえに連絡せずにおくことも有り得ねえか‥‥
 ちぇっ、ざまあねえや。嵌っちまったぜ。
「言えよ、ケン。訊き出せと言われたことがあるんだろ?」
 肚を決めて、俺はそう切り出した。
 
 ああ、とあいつは静かに頷き、
「そうさ。訊けと言われたぜ、俺達がコノハムシの大群に誘き出されていた間、おまえはどこで何をしていたのか?おまえはどうやって博士が拉致されている処を嗅ぎ付けたのか?昨日、あんな処へレースカーを放っぽり出して、今度は何を掴んで来たのか?‥‥そして、そうした秘密はやはりおまえに流れる奴らの " 血 " 故なのか?―とな」
「な、何だと?」
「ああ、そうさ。どんな手段を使ってでも、それを訊き出せ、と―」
「ケンッ!」
 てめえ、大人しく抱かれた理由はそれかよ?――カッとなって俺はあいつのローブの胸ぐらを掴んでいた。しかし、あいつは大して抗おうともせず、黙ったまま俺の左手だけを外して手首を取ると、俯いて俺のブレスレットの通信ボタンを数回叩いた。
「おい?」
 いったい何を―?と訝しむ俺の手首を放すと、あいつは同じように自分のブレスレットを叩いて言った。
「ショートカットを設定した。これでおまえのコールは俺にしか届かない」
「ケン、お―」
 何も言うな、とあいつは俺の口唇に指を当てた。
「ジョー、何があろうとも俺はおまえを信じている。そして何があろうとも、きっとおまえも俺にだけは本当のことを打ち明けてくれる筈だと、な。だから、今は‥‥」
 何も言うな。いや、言わないでくれ、とあいつは言葉を続けた。
「本当のことを知ったら、たぶん俺はおまえを置いて行かなければならなくなる」
 馬鹿野郎、と言いながら俺は今度こそ泣き出しちまいたかった。
「それでまた俺に足を引っ張られたり、つまんねえ心配をしたりするつもりかよ?馬鹿だぜ、ケン‥‥まったく、いつまで経っても甘いんだよ、おまえは‥‥」
 ふふっ、とあいつは軽く笑った。
「ああ、甘いな、俺は。最優先せねばならんことも切り捨てねばならんものも、充分過ぎるくらい分かっているのに、しかし俺は機密データよりも任務よりもおまえの方が気に掛かる、チェックメイトって時に要らん情け心に縛られて止めも刺せない‥‥ふふふ、まったくどうしようもないリーダーだぜ」
「ケン‥‥」
 揺らぎながら、それでも真直ぐにスカイブルーの瞳が俺を凝視める。
 この澄んだ空があと幾度、曇ったら本当の " 最後 " が来るのだろう?
「俺はいつもおまえが羨ましかったよ、ジョー」
 勝手ばかりやって、ただ真直ぐに突っ走ることが出来るおまえが―
 と、あいつは微笑った。" 最後 " まで俺はおまえにはなれなかった、
 と。
 そうだ。おまえが憧れるアウトローにおまえは決してなれやしない。
 だからこそ俺はおまえに死ぬほど惹かれ焦がれ、ここまで来たんだ。
「当たり前だぜ、ケン。おまえが俺と同じだったら、とっくにこの地球は奴らのものになっちまってたさ」
 馬鹿な事を言うな、と俺は苦笑してあいつの額を小突いた。
「なあ、ジョー‥‥」
「ん?」
「何故、俺を抱いた?」
 " 最後 " かも知れんって夜に、何故だ?とあいつは再び訊ねた。
 俺は低く笑って、再び胸に抱きしめたあいつの耳の中に囁いた。
 俺の憧れは銀バッジの保安官だったからさ、と‥‥
 
「死ぬなよ、ケン。俺の保安官」
「ああ、おまえもな。死ぬなよ、ジョー」
 俺のビリー・ザ・キッド‥‥と、あいつは口唇で俺の口唇に告げた。

 ‥‥もう思い残すことは‥‥無えや。


 To that scene of #103.....




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