(1)
箱を開くと色とりどりのオーナメント。これらを上下左右のバランスを考えながらツリーに飾り付けるのは、毎年の事とはいえなかなか難しい。最後に一番高いところに大きな星飾りを・・。
「今年も無理、か。」 なんとか天辺に届かないかと必死に爪先立ちをして手を伸ばしていた甚平だったが、あきらめて踵を元に戻した。 「兄貴ぃ・・。」 「ん?」 甚平はツリーの反対側で枝に電飾のコードを纏わせていた健に、無言で星飾りを差し出した。状況を察した健は微笑んで星飾りを受け取ると、手際よくツリーの先端へ取り付けた。 「おいら、この一年で7cm背が伸びたのにな。」 「なぁに、成長期はこれからだ。来年は届くさ。」 「本当? うん、そうなるといいなぁ。」 日毎にクリスマス色が濃くなるユートランドの街並みに煽られるように スナックJでも遅まきながら店主とボーイ、そして常連客達が店内をクリスマス仕様に模様替えしていた。 「さ、できた。ツリーは完成だ。」 「やったぁ!」 甚平は歓声を上げると店内に声を掛けた。 「ねぇ、電飾の様子を見てみたいから暗くしてもいい?」 「俺のほうは終わったから かまわねぇぜ。」 出入り口のドアにスノーマンや雪の結晶のオーナメントを飾っていたジョーが答えた。 「こっちもOKじゃ。」 ボックス席の壁にリースを掛け、机上にキャンドルを置いていた竜も言った。 「じゃ、照明を消すわよ。」 カウンター内のシンクで、倉庫から出してきたクリスマス柄の食器を洗っていたジュンが、手を拭いてスイッチへ指をかけた。 既に日もすっかり落ちていた。真っ暗な店内にクリスマスツリーの電飾がふわりと浮かび上がった。小さな灯りの一つ一つが蛍の光のようにゆっくりと点滅する。五人は引き込まれるようにツリーに見入っていた。 ここしばらく戦いは一層厳しい局面が続いていた。ともすれば戦況への焦りや、失った人々や物への悲しみで挫けそうになる心を 各々励ましながら過ごしてきた五人であった。そんな疲れきった心を穏やかな瞬きが暖めてくれるかのようだった。 「灯りってええのぅ。」 竜がポツリと言った。 「見ているだけでなんでこんなに落ち着くのかのぅ。」 チカ、チカ、と柔らかな点滅を繰り返す静かな光の営みを 五人は無言で見つめていた。
「さぁ、一休みしましょうか。」 ジュンが声を掛けた。 照明が点けられ、皆が後片付けを済ませカウンター席に着く頃にはコーヒーの馥郁とした香りが店内を満たしていた。 「熱いうちにどうぞ。」 「いただくぜ。」 「あー、温まるー」 「クリスマスってよぅ、当日もじゃが、準備しているときもわくわくするのぅ。」 「へっ、竜がクリスマスで一番嬉しいのは ご馳走を食べるときだろー!」 「・・はっきり言うヮ。」 くつろぐ皆を前にジュンがカウンターから声を掛けた。 「ね、ちょっとお願いがあるんだけど・・・」 その言葉にそれまで和んでいた男達は表情を固めて身構えた。皆、経験上『女の子の“お願い”にはロクなことがない』と 身に染みているからだ。 「明日クリスマスパーティー用の食材を仕入れるのに、今夜中に倉庫や冷蔵庫に残っている物を片付けてしまいたいのよ。手伝ってもらえないかしら?」 (うっへ〜、倉庫の掃除ときたか〜) (やっぱりロクなことじゃねぇ) (空腹のこれから力仕事か?) (おいらの仕事が少なくなるのはいいけど、今から〜?) なんとも反応の鈍い男達にジュンは言い足した。 「まぁ、残り物で作るから、おいしくなるかどうかは甚平の腕次第だけれど・・、ダメ?」 ん? 男四人は顔を見合わせた。片付けとは掃除ではなく、中途半端に残っている食材で作った料理だが食べて行ってくれ、ということなのか? 「・・ジュン、確認しておくが、商品じゃないんだから『ただ』だよな?」 「作った物は全部食べてもいい、ってことじゃよな?」 ツケ常習犯と大食漢が身を乗り出した。 「モチよ〜♡」 満面の笑みを浮かべるジュンとは反対に、ジョーと甚平が大きなため息をついた。
(2)
「お前らなぁ、もっと女の言葉の裏を読めよ、裏を!」 「悪かったぞぃ。」 「ジュンも女だったんだな。」 足取り重く男達が倉庫に消えて行った。健、竜、それにとばっちりを食ったジョーの三人は『(残り物だけれど)無料食べ放題ディナー』に釣られて、しっかり倉庫の整理と掃除をすることになってしまったのだ。 (まったく、兄貴も竜も、お姉ちゃんっていう人間をわかっていないよな) 店に残った甚平も、冷蔵庫と冷凍庫の奥に残っていた食材を引っ張り出し、さて、これで何を作ったものかと腕を組んだ。と、一抱えのダンボール箱を持って戻ってきた竜が、箱をカウンターに投げ置いた。 「倉庫に眠っとった瓶詰めと缶詰を持ってきたヮ。これも何かに使えんかの?」 「サンキュー、竜。」 「あと、電球が切れそうじゃし、棚も壊れとるんで直そうと思うんじゃが、道具は何処かの?」 「どっちもガレージにあるわ。お手数かけるけどお願いね。」 「ほいよぉ。」 再び店を出て行く竜の背中を見送りながら、ジュンが甚平に言った。 「倉庫はコンクリートの打ちっぱなしで結構冷えるから、暖かい物も用意しておいてね。」 「ラジャー。」 竜が持ってきた箱の中身を確認しながら甚平は頭の中でメニューを組み立てて行った。 そして、思わぬ労働を強いられた三人を迎えたのは・・。 「おい、これ本当に残飯整理か?」 「いつもより、うまそうじゃねぇか?」 「甚平、お前は料理の天才じゃぁ!」 カウンターに所狭しと並べられた湯気の立つ品々に三人は歓声を上げた。とろ〜りチーズのピザに、湯気のたったシチュー、ボリュームたっぷりのサンドイッチ、忘れちゃいけないフライドチキンに温野菜のツナマヨネーズ掛け、そして・・。 「おほっ、ケーキもあるぞぃ!」 「へへっ」 甚平が得意そうに笑った。 「チョコレートシロップと湿気ったココアがあったからそれを使ったんだ。材料を混ぜて焼くだけの簡単なケーキなんだけどね。」 それでも粉砂糖を振り、リースから拝借した柊を乗せたケーキは、クリスマスの雰囲気を十分に漂わせていた。 「お前も大変だったな。お疲れさん。」 「兄貴達こそ、ね。」 「さ、乾杯しましょ。」 ジュンがカウンターにずらりと酒瓶を並べた。 「飲みかけだったり、お客さんが持ち込んだけれど飲まずに置いていったお酒が結構あったの。これも片付けてしまいましょう。」 ボトルの品揃えを見ていた健が1本を手に取ると ジョーに差し出した。怪訝そうに受け取ったジョーであったが、ラベルを見ると柔らかな笑顔を浮かべた。 「こいつはヴィーノ・ノベッロじゃねぇか。」 「お前の故郷の酒だろう?」 「ああ、そういや今年はまだ飲んでいなかったな。」 しみじみとラベルに見入るジョーに 「ヴィーノ・ノベッロって 初めて聞くけどどんなお酒なの?」 と未成年者が問いかけてきた。 「ワインの新酒さ。その年一番に飲めるヤツなんだ。」 「え?一番早いのって、ボジョレー・ヌーボーじゃないの?」 甚平の質問に、ジョーはウインクで答えた。 「確かにボジョレーが有名だけどよ、実はそいつが世界一、ってわけじゃぁないんだぜ。」 「そうなの?」 「新酒の解禁日は国によって違うんだ。ボジョレーよりヴィーノ・ノベッロの方が10日ほど早く解禁になる。」 「うまいのかのぉ?」 「好みもあるだろうが、甘いがさっぱりしているので飲み口がいい。」 「じゃ、早速ヴィーノ・ノベッロで乾杯しましょう。」 ジュンが各々のグラスにワインを注いでいった。 「甚平はジュースでもミルクでも好きなものを出していらっしゃいよ。」 「ちぇっ、おいら一人仲間はずれかい?」 口をとがらせながらも甚平は冷蔵庫からグレープジュースを出してきた。 「元が同じだから気分だけでも味わわなくっちゃ。」 「じゃ、今日はいろいろお疲れさまでした〜」 「乾杯〜」 カチリ、と合わせられたグラスが淡い光を弾いた。
「まだ軽い酒だな、すっと飲める。」 「たとえると、社交界にデビューしたての初々しいお嬢さん、ってところだな。」 「あら、じゃあこっちのワインはどんな女性?」 ジュンが別のワインを開けて皆に勧めた。 「どれ・・」 「んー、これは少し癖がある。じゃじゃ馬娘ってところか?」 「おぅ、はねっかえりじゃなぁ。」 賑やかに酒談義を始めた年長者達をよそに、甚平は自分の前に残されたヴィーノ・ノベッロの注がれたグラスを見つめた。 (初々しいお嬢さん、か) グラスの向こうに、最近知り合い、でも二度と会わないと誓った少女の愛くるしい笑顔が浮んだ。彼女もあと2〜3年もすれば社交界の華として、人々の注目を集めることだろう。その笑顔に引かれるように甚平はグラスに手を伸ばしていた。 「この白は筋が一本通っていて香りもいい。姿勢のいい足の綺麗な女性だな。」 「こっちは木の香が強いわ。力強くてワイルド。」 年長者達は相変わらず酒を異性にたとえて飲み比べていた。 「うほっ、こいつはバストもヒップもボーンとでかいグラマラスな迫力のある美女じゃ。でもちょいと年増かの。そうたとえると・・、ミス・アンダーソンのようじゃな。」 「あ、言えてる、ミス・アンダーソン!」 竜の言葉にジョーがすばやく反応した。 「じゃろ?」 「違いねぇ。」 笑いあうふたりに健とジュンが怪訝な顔をした。 「ミス・アンダーソンって?」 「誰だったかしら?」 「あ、知らなかったか? 俺は何年か前から知っていて、竜と甚平も会ったことがあるんだ。なぁ、甚平?」 呼びかけたジョーの視線の先に空のグラスを手に、目を白黒させている甚平の姿があった。
(3)
そっとワインを口に含んでみて感じたのは、ほのかな甘さと爽やかな酸味だった。 (ふーん、苦味もないし、お酒ってこんなものかぁ) ところが、飲み込んだとたん、鼻の奥に広がった香りの強さに目を見張った。まるで爆発したように急に膨張した香りの塊に頭の中が占領されたようだ。慌てて鼻からも口からも息を吐き、香りを逃がそうとしたが、鼻の奥にこびりついていて離れない。おいしい、まずい、と言う前に香りにノックアウトされてしまった。さらにワインが通ったのどがひりひりして、胃は熱くて、顔が火照って・・。
「この馬鹿もんが!」 竜が甚平の手からグラスを取り上げた。 「まだお前に酒は早いんじゃ。」 「まったく、何考えているの!? はい、お水!」 口にあてがわれたコップから水を飲んで一息ついたが、今度は頭がボーっとしてきたような・・。
「いいか、なぜ子供が飲酒してはいけないか、と言うとだな・・。」 ようやく一心地着いた甚平に、健が厳しい顔を作って言った。 「『成長期は心身ともに未発達であり、アルコールの分解能力も未熟なため、脳細胞への悪影響、性ホルモンを作り出す臓器の機能が抑制されるなど、健全な発育が阻害される。また、早期からの飲酒はアルコール依存症やアルコール性脂肪肝を引き起こす可能性がある』からなんだぞ。」 「ふ〜ん。」 甚平がややトロンとした目で健を見た。 「つまり 兄貴も子供の頃にお酒を飲んで博士に諭されたことがあるんだ。」 「えっ・・、なんでわかった?」 「だって今の説明は、まんま博士の口調だもん。」 「いや、あれはジョーがだな・・」 突然過去の話を持ち出されて、ジョーが苦笑した。 「おい、あの時は『少しくらいならバレやしないさ』って、まずお前が飲み始めたんだぞ。」 「そうだったかもしれんが・・、だからって飲みすぎたのはそっちだろう?」 「赤い顔をして博士に不審に思われたのは誰だったろうな?」 いつのことなのか昔の失態を、しかしお互いをなじるでもなく、かえって懐かしげに二人が話していると、店内にビートの効いた激しいリズムが流れ出した。 はっと周囲を見回した常連客たちに 「今日発売になった デーモンファイヴの最新アルバムよ。」 プレーヤーの前で音量を調節しながらジュンが言った。 「季節柄、クリスマスの雰囲気を持った曲もあるの。BGMにいいと思って。」 「ねぇねぇ、」 甚平が大声で言った。 「早く食べようよ。さめちゃうよ。」 「おぅ、そうじゃ、さぁ、食べるぞぃ!」 それから5人は目の前の食べ物を胃袋に収める作業に熱中した。途中ジュンがそっと店の扉に「本日貸切」の札を下げた。 (「プレ・クリスマス」ってことよね。イブやクリスマス当日に集まれるとは限らないんだもの。楽しめるときに楽しんでおきましょう)
「このサンドイッチの中身は何だ?」 「兄貴が持っているのが缶詰のスパム、あとコンビーフもあるよ。ちょっと厚く切りすぎたかな?しょっぱくない?」 「大丈夫、レタスがたっぷりはさまっているからかな。」 「この温野菜は冷凍物でしょ?」 「冷凍庫の奥に眠ってた。においが付いていたら困るから湯通しするときに少しレモンを入れたんだ。」 「うん、いい風味になっているわ。ツナマヨネーズとも合っているし。」 「このピザはクラストがふんわりしていてうまいのう。冷凍食品じゃぁないようじゃが?」 「うん、おいらの手作りさ。」 「よく短時間で作ったもんじゃのう。」 「電子レンジで発酵させると30分で生地が出来るんだ。」 「サラミがちょいっと固くないかの?」 「わかる? 冷蔵庫の奥底で干からびてたんだけどさ。」 「ジュン、そっちの赤ワインも開けろよ。」 「あらジョー、もう何本目?」 「おいおい、全部片付けていいって話だぜ?」
グラスを満たして、すぐに干して。皆良く食べてよく飲んでよく喋った。ユートランドをフランチャイズにしているスポーツチームの今年の成績のこと、最近美味しかったと思うお店や食品のこと、それぞれの仕事仲間の愉快な言動など、次から次へと話は流れていく。やがてBGMがムーディーな曲に変わった。女性ボーカルのハスキーな声が甘く切なくささやく。 すると、ジョーがジュンの手を取ってホールに引っ張り出しチークに誘った。 「なあに? ちょっと待ってよ。」 最初は戸惑っていたジュンだったが 「しょうがないわね、このラテン男ったら。」 とまんざらでもない。踊りながらカウンターに近付いたジョーは、ジュンを健の方へ軽く押しやった。ジュンの体を健が受け留める。 「今度は兄貴とお姉ちゃん!」 「踊れよ、色男。」 促されて健がおずおずとジュンの手を取り、ポーズをとったところで曲が終わった。 「ほぉれ、さっさとせんからじゃ、惜しいことしたのう。」 「あーあ、こんなチャンス、もう無いかもしれないよ、お姉ちゃん」 囃されて 顔を見合わせた健とジュンはどちらともなく笑い出した。からかったほうも、からかわれたほうも笑って、皆笑顔だった。 (たまにはおいら達だってはじけないと) 甚平は酔いが回ってきたのか少しぼんやりしながら年長者達の様子を眺めていた。 (こうやって任務ことのなんか頭の中からすっかり放り出して、ただ飲んで食べて、おしゃべりをして過ごす夜があったっていい。だって兄貴達も大好きな趣味があって、美味しい物が好きな、今どきの若者なんだから)。 いい気持ちでいつまでもこんな暖かい楽しい空気の中にいたい。でもなんだかまぶたが重くなってきた。まだそんなに遅い時間じゃないのに・・。
「甚平、寝るならちゃんとベッドに入りなさい。ここで転寝をしたら風邪をひくわよ。」 カウンターで舟をこぎ始めた甚平にジュンが声を掛けた。 「なんだ、あれっぽっちの酒でだらしねぇ。そのうち酒の飲み方を教えてやらねぇとな。」 「やめておけ。お前が教えたのではのんべになる。」 「ねぇ、甚平、寝るの?起きるの?」 ジュンに肩をたたかれても甚平は目を開ける様子が無い。 「んじゃ、部屋まで連れて行くかのぉ。」 竜がひょいと甚平を腕の中に納めた。 ジュンがカウンター脇の戸を開き、二階の甚平の部屋へと続く階段へ案内した。 「足元が見難いから気をつけてね。」 狭く急な階段を ジュン、甚平を抱いた竜と続き、その後ろを健とジョーも上ってきた。 「何でお前たちまで来るんじゃ?」 「・・え? あ、いや、どんな部屋かなぁーって。」 「興味があるじゃねぇか。」 決して広くは無い甚平の部屋は四人がベッドを囲むと一杯になった。 「んー、気持ち良さそうな顔をしとるゎ。」 つん、と頬をつついたのは竜の太い指。 「じゃあな。」 髪をくしゃっとかき回したのは、兄貴?ジョー? 「おやすみなさい。」 ぽん、と布団を叩いたのはお姉ちゃん。 四人の足音がどやどやと階下へ降りていった。
下ではもうしばらくパーティーが続くだろう。まだまだ酒も料理も残っている。全部を片付けるには四人がかりでもかなり大変なはずだ。 (いいなぁ、兄貴たちは。楽しそうでさ。でもおいらもいつか・・) 甚平は心の中で十字を切った。 (神様、おいらに将来、兄貴たちとおいしいお酒を飲める楽しい時間を下さ〜い) 階下から伝わってくるざわめきを聞きながら、甚平は心地よい眠りに落ちていった。
Merry Christmas 聖なる夜。 彼(か)の夜に紡がれる幾多の望み、願い、祈りがひとつでも多く 成就せんことを。
Merry Merry Chistmas
終わり
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