Way of life

by yu-jin




『よぉ』
 受話器から聞こえて来る声は男だった。
 「あぁ」
 俺は寝ぼけたままとりあえず声を出す。
 『…寝てんのか?』
 少し呆れたような声が続く。
 「あぁ」
 俺はありのままをただ唇に乗せて答えた。
 眠かった。
 ただただ眠りたかった。
 昨日までに。という期限付きのミッションを終了させたばかりだ。
 今はともかく眠りたい。
 『…クリスマスだぜ』
 だから何だ!
 そう怒鳴りたいような感情が一瞬頭に上りかけたが、そのエネルギーを使うことさえ惜しいと思うほどの眠気に、俺は黙り込んだ。
 俺の沈黙が、相手の沈黙を誘う。受話器の向こうで一瞬の沈黙。それは受話器を通した俺には永遠の沈黙と同じだ。押し黙った受話器を持ったまま、瞬間的に眠っていたらしい。
 『呆れた奴だな。一瞬で寝るか?』
 どこか遠くから声が聞こえてくるような気がする。
 『おい!!。聞いてるのか?』
 遠のく意識を引き戻す声に俺は夢現のままだ。
 「あぁ」
 思考は全ての状況に反応することを拒絶している。
 『聞いてねぇな』
 「あぁ」
 一瞬ひるんだように息を飲まれた気がしたが、根本的に言葉の意味がわかっているのかいないのか自分でも判らないのだから、意味はない。
 『せっかくのイブの晩だぜ。出て来いよ。渡したいものがある』
 渡したいものねぇ。
 一瞬頭の隅を男に口説かれるようなことを最近しただろうかという疑問が浮かんだが、それもすぐに頭の中の霧に紛れた。
 『場所はサイドベイフロントの三番街の脇にあるテレホンブースだ』
 「あぁ」
 俺の耳には全てが子守歌だ。
 『…。一つ聞いていいか?』
 「あぁ」
 『お前。俺が誰だか判ってんのか?』
 あぁ。
 そう答えようとして、初めて相手が誰なのかわかっていない自分を自覚した。
 聞いたことがある声ではある。
 俺の中で「警告」は一切鳴っていない。
 誰だ?
 よく知っている人間だと無意識に思っている。
 『お前なぁ!。わかってねぇみたいだな。ま、いいさ。必ず来いよ。サイドベイフロントの三番街の脇のテレホンブースだ』
 相手は念を押すようにそう繰り返すと通話を切った。
 受話器を持ったままどれぐらい眠り込んだのか、ふと目を覚ました俺は、自分が握っている受話器を見て、さっきの会話を思い出す。
 妙に生々しく言われた場所が頭の中に蘇る。
 サイドベイフロントの三番街の脇のテレホンブース。
 あの声は…。
 蘇った会話に俺は小さく首を振った。
 まさかな…。

 それでも俺がその声が指定した場所に向かった第一の理由は、すっかり目が覚めて暇だったからだ。
 外に出た時からチラチラと落ちていたものが、すっかり辺りを白く染めている。煌々とした光の中に浮かぶそのブースの様子を俺は物陰から伺った。
 すぐ間近に巨大なクリスマスツリーのイルミネーションがある。
 だがあいにくメインストリートをはずれたその場所では、人目を避けていちゃつくカップルか、先を急ぐ人が数人通る程度で、誰一人としてそのツリーに関心を示さない。このツリーを設置した人間は、いったい何を思ったのだろうかとさえ思うほどだ。
 俺はしばらく辺りを伺っていたが、キナ臭さのあまりの無さに却って拍子抜けするほどだった。
 テレホンブースに入る。
 電話に向かった丁度正面に、そのツリーが見えた。
 真っ白なツリーにブルーのライトだけが瞬いている。
 その一枝につるされているものに俺はギョッとして視線を止めた。
 まさかな…。
 俺の脳裏をさっき思った言葉と同じ言葉がよぎっていく。
 俺は慌ててテレホンブースを飛び出すと、その物体に向かっていた。
 
 小さな箱に金のリボン。
 まるでオーナメントのようなそれに、俺にしか判らない目印がついている。
 羽手裏剣。
 真っ白なそれが箱に突き刺してあった。
 瞬間、俺の頭に爆破という文字が浮かぶ。
 だが、目の前のそれからはそんな物騒な気配を感じなかった。
 俺はそっとその小箱を手に取る。
 リボンを開くと、中にはペンダントが一つ入っていた。
 手に取ってみなくても判る。
 そのペンダントが誰のものなのか。
 あの声の主。
 俺は急いでテレホンブースに駆け戻り、他に何か残されていないかと探る。
 ブースの中でかがみ込んだ俺の背後で、ふと光が消えた。
 振り返った俺の目の前に、たった今まであったツリーが姿を消していた。
 
 ガラス張りの扉によりかかる。
 ふっ。
 一つ声が漏れた途端、抑えきれずに俺の口から笑いが零れた。
 ありえない。
 ふふふふ。
 こんなことがありえるはずがない。
 ハハハハ。
 堪えられずに声を出して笑う自分の頬に滴が伝っていることに、俺は気づかない振りをしていた。

 俺はたった今までツリーがあった空間を見つめる。
 俺達には、クリスマスツリーを飾りつけ、楽しむ余裕なんてなかった。
 母親の形見だと言っていた。
 俺は手の中のペンダントを見つめる。
 俺はそっとダイヤルボタンの俺の番号に指を伸ばす。
 あいつの指が俺の指に重なった気がした。

 メリー・クリスマス。
 ジョー…。

 ジョーが逝って最初のクリスマスだった。


                Fin


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