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AN AUTUMN'S TALE

(1)

ある夏の終わりに、ジョーは誰にも告げずにもう二度と帰れない はずの故郷へと戻った。何が目的だったのか?だが、それを訊ね たところで、ジョーは、
 「墓参りさ。」
 と、無愛想に答えるだけだろう。既に存在しないはずのジョージ は、だが青い翼を持つジョーという存在であるが故に追われ、強 か傷ついた。身も心も...。
 「コンドルのジョーは俺だ。」
 そう静かな声で言い、銃口の前に立った健は何を考えてそうした のだろう?と、ジョーは思う。或いは俺と同じ事を考えていたの ではないか、と。だが、それを訊ねたところで、健は、
 「状況を打開するために、咄嗟に嘘をついたまでだ。」
 と、笑うだけだろう。そして、
 「逆の立場なら、きっとおまえも俺と同じ事をしたさ。」
 と、言うだろう。そう、きっと、とジョーもやはりそう思うが、 偶然の悪戯か、再び邂逅した幼馴染みの、その婚約者を葬ったの がまさか外ならぬ自分だったとは。そして、意地悪な運命は容赦 なく彼らを追い詰めた。今は更正し、皆に慕われる神父となった 幼馴染みが見せた激しい憎しみ。復讐して何になる?と、言った 彼自身が向けたあの銃口は、彼の本心は、何だったのか?
 「分からん。」
 と、健は言ったが、ジョーには分かっていた。いや、たぶん健に も分かっていたのだろう。何故だ?と狂気のように問うたのは、 そのあまりにも皮肉な巡り合わせを呪う故だったと、少なくとも 健は理解していたはずだから。
 
 肉体に受けた傷を癒すためにベッドに留まっていなければならな かった時を、ジョーは繰り返し、そんな事を考えて過ごした。痛 みと眠りと大量の薬品と、怒りと自棄と焦燥感と、それら故か繰 り返し訪れる絶望に幾度となく寸断されたが、ジョーは飽きるま で、まるで反芻するように思考し続けた。そして、ある夜、
 「どうしようもねえや。」
 と、独り言ちて、真っ白いシーツを撥ね除け、その痩躯を起こし たジョーはそっと入院室を後にした。入院室と言っても一般の病 院に居た訳ではなく、海を見下ろす南部の別荘に設えられた彼ら のための病室だった。彼らは負傷しても一般の病院に入る事は出 来ないが、いや、それが通常の怪我であったならそうする事も可 能なのだが、今回のように銃創等の特殊な負傷では彼らのIDに 疑問を持たれざるを得ない。そうした場合を考慮して、この別荘 には一般の病院以上の設備が整えられていた。
 鍛え上げられた強靱な肉体と並外れた精神力を持つジョーは、人 一倍の回復を見せ、経過は順調だった。もう動き回れるという自 信が湧くと、その性分からじっと横臥しているのが我慢ならない。 朝までに戻れば分かりゃしねえ、とジョーはG2号機のガレージ へと降りて行った。シンとした暗闇の中で、愛車はひっそりと主 人を待っていた。四角い、律儀なそのフォルムのシルエットに思 わず笑みがこぼれる。こいつだけは、何があっても俺と一緒だ、 と思うと胸の中に温もりが広がった。
 滑らかに稼動するドアを開け、ぴったりと身体にフィットする慣 れたシートに腰を下ろすと、ジョーはグローブボックスからいつ もの手袋を出し、いつものように殆ど無意識のまま、イグニッシ ョンに指先を伸ばした。が、無い。このガレージに置かれている 時には、差したままになっているはずのキーが抜き取られている。 と、
 「ジョー、キーはここだ。」
 突然、健がキーを手に暗闇から現れた。
 「健...?何でここに居るんだ?驚いたぜ。」
 「驚いたのはこっちだぜ。この夜更けに怪我人が一体、どこへ行 くつもりだ?」
 大人しく寝ていろ、と説教でもする気か?とジョーは気色ばんだ が、闇を透かしてよく見れば、健は穏やかに笑っている。
 「何でもねえよ。退屈だからちょっと街へでも行こうと思っただ けさ。」
 悪戯の現場を見つかった子供のようにちょっと照れたまま、しか し、ジョーは正直にそう言った。他意は無かった。付け加える事 があるとすれば、苛立ちが少しあった、というくらいか?
 「そうか。」
 と、健は頷いて、言葉を続けた。
 「おまえの気持ちはよく分かるよ、ジョー。だけど、このキーを 預かった俺の立場も分かってくれ。博士はおまえの事をすごく 心配してるんだぞ。」
 「博士が?」
 ああ、と微笑んだ健はどこか寂しそうで、ジョーは少しハッとし た。しかし、一瞬だけ見せたそんな表情を振り払うように、健は 顔を上げると明るい声で言った。
 「よし、俺のバイクの後ろに乗れよ。街へ行こうぜ。」
   
 海辺の曲がりくねった道路を、タンデムの赤いバイクが行く。ヘ ッドライトの光芒がガードレールと岩壁と、それから開けた遥か な海と空へと通じる闇とを交互に照らした。久しぶりに風を全身 に受け、スピードの中に在ると実感すると、ジョーの心は夜風の 冷たさを忘れるほど熱くなっていった。ワインディングを抜ける までは、ぴったりと赤い背中にくっついて体重を右に左に移動さ せなければならない。ジョーは健の運転をよく知っていた。まだ 訓練を受けていた頃にも、二人はこうして街へと出掛けたからだ。 別々の時もあったし、一緒の時もあった。あの頃と同じように、 風に翻るチョコレート色の長い髪がジョーの顔をくすぐる。
 「うっとおしいな、少しは切ったらどうだ?」
 「え、何か言ったか?」
 タンデムで会話が成立した試しは、まず無い。聞こえていてとぼ けているのではないか?と、疑った事もあったが、運転を代わっ てみると、確かに後ろの声は風に流されて聞き取れなかった。だ から、ジョーは気にかかっていた事を口に出してみた。健、おま えはあの時、いっそ撃ち殺されてしまいたい、と思ったんじゃな いのか?と。ジョーがそう訊ねたのには理由があった。誰にブチ 込んでやるか?と、うそぶいて弾倉に残しておいた最後の一発だ が、健がそれを知るはずも無かったではないか。だが、何の気負 いも躊躇いもなく、健は自らの命を盾にジョーを神父の銃口から 護った。もとより、その答えを求めていた訳ではなく、ただ、そ う訊いてみたかっただけだった。だから口に出してしまうと、不 思議なほどジョーの心は落ち着いた。
 「ジョー、寒くないか?」
 案の定、答えは無い。あんまり季節のはっきりしないユートラン ドだけど、夏が終る時って言うのは不思議と分かるなぁ、と健は 健でそんな事を言っていた。

(2)

 ダウンタウンの外れにバイクを停めると、二人は申し合せでもし たように、よく知っている辺りの、何度か入った事があって雰囲 気は知っているが、しかし知っている顔にはあまり出くわさない で済む、といった店を選んだ。カウンターでラガーの小瓶を二本 受け取った健は、賑やかな店内を縫って、先に壁際の小さなテー ブルに着いたジョーの所へ来ると、それを差し出しながらきっぱ りと言った。
 「アルコールはこれだけにしておけよ。」
 生真面目なその顔に、ジョーは思わず噴き出した。これがアルコ ールの類に入るのかねぇ?わざとらしいジョーの口調に、健はい ったん口をつけた小瓶をわざわざ目の前に下ろして、ラベルを確 認しながら澄ました顔のまま、やり返す。もちろんさ。ほら、ち ゃんとアルコールの含有量が表示してあるぞ、と。
 「おまえにゃ負けたよ。」
 ジョーは少し肩をすくめて見せながら笑顔のままそう言った。よ し、というように生真面目な顔のまま顎を引いた健もくすっと子 供っぽい笑顔を見せる。いつものパターンだった。ジョーはまる で癖のように健に逆らい、そして健はそんなジョーに理詰めで対 抗した。ニヒルを装いながらもジョーは本当のニヒリストではな かったし、健は一見、穏やかそうに見えて負けん気がやたらと強 かった。からかっているのか、からかわれているのか、判然とし ないが、ジョーはその一種ゲームのような応酬が好きだった。無 論、任務の時は別だったし、第一、健がそれを容認しやしなかっ たが...。やがて、健は若者達でざわめく賑やかな店内を眺め、 大発見でもしたように言った。
 「あ、人が多いと思ったら、今日は金曜日か。」
 「じゃ、ジュンの店も忙しいのかな?甚平の奴、こき使われて文 句を言ってるんじゃねえのか?」
 ジョーはしばらく行けずにいる、Jの様子を思い浮かべて微笑ん だ。懐かしい、我が家のような気さえする処だが、今夜は行かな い。勝手な理由で負った怪我を、ジュンに気遣われるのが特に気 恥ずかしかった。男のプライドって奴かも知れない。
 「たぶん、な。」
 「そうだ、昨日、竜がまた見舞いに来てくれたんだぜ。」
 へえ、と健はわざと驚いて見せたが、日頃、何かと言い合い、反 撥し合う事が多いジョーと竜の不思議な友情にはとっくに気づい ていたし、竜が足繁くジョーを見舞っている事も知っていた。今 回の事でも、心の優しい竜はジョーを人一倍心配し、
 「水臭い男じゃなぁ、ジョーの奴は。何でもみんなに相談すれば、 あんな哀しい目に遭わなくて済んだのによぅ。」
 と、大粒の涙をこぼしていたっけ。話したくても話せなかったの さ、と健は思ったが、それは決して口には出さなかった。ジョー の置かれた境遇や、それ故に滾らせる復讐心は、竜や他のメンバ ーには決して理解出来まい。だが、共通した部分(少なくとも奴 らに親を殺され、復讐という名の亡霊にとり憑かれたという部分 は一緒だ)を持った今、健にはジョーの気持ちが少しは理解出来 るようになった。
 
 健とジョーは奇しくも同じ年齢だったから、互いにもう十年以上 のつきあいという事になる。だが、彼らは望んで共に暮らすよう になった訳でもなければ、友情を結んだ訳でもない。生まれた国 も違えば、育って来た環境も、そして考え方も気性も異なってい た。だから、今日から仲良く暮らしなさい、と言われても喧嘩ば かりしていた。健にはジョーの辛さが分からなかったし、ジョー には健の哀しさが理解出来なかった。共通していたのは寂しさだ けだったかも知れないが、それさえまったく同質のものであるは ずもなかった。
 
 ユートランドシティ郊外の切り立った岸壁に、遥かに広がる大海 原を望むように建てられた南部博士の別荘に、ジョーが連れて来 られたのも秋だった。重傷を負った小さな身体は何かを考える力 も無く、ただ痛みから逃れる事、自由に動けるようになる事、何 故か会えぬ父母に再び抱かれる事、といった殆ど本能的な欲求で いっぱいだった。だが、健康な子供の回復力は目覚ましい。ほど なく、ジョーの身体も癒え、何故、自分はこの見知らぬ地に独り 居るのだろう?と考える力も戻った。そして、ジョーは知った。 己の過酷な運命を。その後も、ずっとジョーを苦しめる事となっ たあの夏の終りの浜辺での悪夢は、紛れも無い現実であり、もう パーパにもマーマにも二度と会う事は叶わないのだと。
 「ペルケ?」
 何故だ?と、幾度、繰り返した事だろう。怒り、涙し、叫んでも、 だが、答えは見つからなかった。尊敬に足る紳士は、ジョーがそ う問う度に辛抱強く、ジョーの母国語を使い、まるで大人に説明 するように、その豊かな声できちんと話してくれた。事情はそれ で理解出来たが、ジョーが知りたかった「ペルケ?」に対する真 の答えは得られなかった。だから、ジョーは自分で、これまで生 きて来た世界の掟に則って、ひとつの答えを見い出した。
 『流された血は、それを流させた者の血でしか償えない』
 ジョーは復讐という名の亡霊が差し出した冷たい手に縋った。自 分を見失わずにいるには、それに身を委ねるしか術が無かったの だ。
 
 次の秋が近づく頃、健が別荘へと連れて来られた。
 「初めまして。」
 と、微笑んで、行儀良く握手を求めたその手をジョーは無視した。 戸惑いを浮かべた大きな空色の瞳を、今も思い出す。素直で明る い健は、何かにつけて端から反撥するジョーとは反対に、馬鹿な んじゃないかと思うほど従順に、屈託なく課せられた学習やトレ ーニング(当たり前のものが殆どで、少しだけ特殊なものもあっ た)に打ち込んだ。ジョーは健のそうした態度や、まるで女の子 のように可愛い顔つきや、数カ月早く生まれたというだけで兄貴 ぶってジョーを庇う事や、それら全てが気に食わない。
 「良い子ぶりやがって!」
 と、無闇に腹が立った。だが、嫌っても、喧嘩ばかりしても、健 は平気な顔でジョーの側に居た。少しでもジョーが馴染むように と博士が雇い入れた同郷のメイドと母国語で喋っていれば、聞き 覚えたのか習ったのか、片言で会話に加わって来る。夜半、ジョ ーが悪夢にうなされれば、枕を抱えてベッドにやって来る。温も りは欲しかったが、それを素直に表現出来るほど、ジョーの心は 回復していなかったのかも知れない。
 だが、一緒に暮らすうち、ジョーにも少しずつ健の事が分かって 来た。健はジョーと違い、家庭というものを殆ど知らずに育って 来たのだという事や、良い子ぶっている訳ではなく、他人の中で 暮らす事にもうすっかり慣れてしまっているのだという事を。顔 すら覚えていない行方不明の父、物心ついた頃から入退院を繰り 返している病弱な母、それに伴う施設での生活。やがて、明るい 笑顔を見せるその強さの裏側に、自分と変わらぬ涙が見えた。そ うした部分を垣間見、いつしかジョーは健が示す友情を、少しず つ受け入れるようになって行った。
 そして、幾度目かの秋に、意地悪な運命は健のたったひとつの寄 辺を、彼の目の前で空の彼方へと連れ去った。健もまた成す術も 無く、復讐という名の亡霊の冷たい胸に抱かれたのだった。
 

(3)
   
 「ジョー、調子はどうだ?もうすっかりいいのか?」
 わくわくするようなビートの曲で、踊りに興じる同じ年齢くらい の若者達を眺めながら、健がそう訊いた。幾分、ほっそりとし、 白くなった腕をうん、と伸ばして、ジョーが答える。
 「ああ、もう寝ているのには飽き飽きしたぜ。」
 「そう思うようになったのなら、もう治ったんだな、きっと。ま、 良かった、良かった。なぁ、ジョー?」
 「コンドルのジョーは不死身だ、ぜ。」  「おい、それは俺の台詞だぞ。」
 ははは、と、二人は久しぶりに大笑いした。青や赤のライトが目 まぐるしく明滅する暗い店内は、音楽と会話の喧噪を除けば、い つかの海底によく似ていた。深い、深い、あの一万メートルの海 底で取り戻した真の答えを確かめる為に、ジョーは故郷へ戻った のかも知れない。もしそうなら、それはやはり俺の所為だな、と 健は思う。思い出したくない記憶なら忘れたままの方が幸せだ、 と言っておきながら、俺は無理矢理おまえの記憶を引っ張り出し た。そして、
 「恨むぜ、健!」
 と、なじったジョーの声が健には忘れられなかった。だが、ジョ ーは健を恨みなどしない。それが分かるだけに、尚更忘れられな かった。すまない、と百万遍詫びても決して許されない事だろう。 そして、ジョーが幼馴染みの神父を撃ち殺すはめになったのは、 やはりそれ故だ、とも。しかし、
 「何故だーっ?」
 というジョーの絶叫を、慟哭を、それでも健はただ受け止めるし かなかった。受け止めて、さらに戦え、明日へ向かえと叱咤する しかなかった。それが彼らに課せられた使命であり、もはや逃れ る事を許されない宿命だった。
 
 「なあ、健。俺はあれ以来、あの夢を見なくなったぜ。」
 ジョーもあの海底での出来事を思い出したのか、それとも健の心 を見透かしたのか、ぽつり、とそんな事を言った。ジョーには健 とは別のあの海底での思いがあった。封印が解かれた夏の日の記 憶、呪わしい出生の秘密に突き動かされて、俺はひとり島へ帰っ たのかも知れねぇや、とも思ったが、今はもう答えはジョー自身 の中にさえ無かった。だが、ジョーは再び健の声を聞いた。
 「コンドルのジョーは俺だ。」
 それがあの時に聞いた、
 「ジョー、死なば諸共だ。おまえが正気になるまで、俺はここに いるぞ!」
 という言葉に、重なって聞こえた。状況や言葉は違ったがそれが 健の真実だった。比喩ではなく、健は本当に " 命 " を賭けてい るのだとジョーは今更のように気づき、それが嬉しくもあり、ま た同時に怖くもあった。もし言葉通りー「死ぬ時は一緒だ」とい うのは、「死んではならない」に、他ならないのだーならば、健 は笑って死ぬだろう。だが、もしそれが逆転したら?
だから、ホッとしたように、そうか、と頷く健の顔を見ると、ジ ョーは続けようかと思った言葉を口に出す事が出来なかった。だ がな、健、確かにあの夢は見なくなったが、俺はちょっと気にな る夢を見たんだぜ・・・、と。
 それがどこなのか、いつなのかは分からないが、それは最後の戦 いであるらしい。そして、それが心を逸らせ、奮い立たせる。そ の戦いの中でジョーは斃れるのだ。いや、それが自分なのか、健 なのか?或いは誰か別の仲間なのか?それさえ覚束ない夢の中で、 長まったそいつはただ静かに微笑んでゆっくりと瞑目する。その 顔には別れの哀しみもあったが、同時に限りない充足と穏やかな 安らぎがあった。そいつはいったい誰だろう?健だろうか、自分 だろうか?それとも或いは...?もし自分ならそれはそれでい い、とジョーは思う。だがそれが健だったら、ジュンや甚平や竜 だったらと思うと堪らなかった。そして尚更辛いのは、それを見 送るのが健だった場合だ...。くだらねぇ!ただの夢さ、と、 そうした思いを振り切るように、ジョーはラガーの小瓶から最後 の一口を飲み干して席を立った。その背に、健はもう一度、
 「そうか。」
 と、静かに言い、席を立って、ジョーの後を追った。
 
 店の外はいつしか海から湧いた霧に覆われ、人々を誘うネオンサ インが滲んで見えた。とっくに深夜という時間だったが、酒と音 楽と金曜の夜の開放感に、たぶん若干のマリファナやドラッグな んぞも加わって、今夜も大勢の若者達がそこここで浮かれている。 そうした彼らの中に混ざってしまえば、何もかも忘れられるかも 知れない。ふと、そんな思いに駆られ、ジョーはこうして深夜の 街を彷徨う事が幾度もあった。有り得ない、と知りながら、何度 もそうした。囚われているものの重みがそうさせた。
 復讐という言葉を盾に、ジョーは自分を護り、自身の行動を正当 化して来た。しかし、健が同じ選択をした時、ジョーはそれを否 定しなければならなかった。それは、取りも直さず己の生き方を も否定する事だったが、
 「そんな姿は、おまえには似合わねえよ。」
 そう言って、他にどうする術もないのだと誰よりも分かっていな がら健を突き放した。誇りも意地もかなぐり捨てて、
 「ジョー、おまえなら分かってくれるだろう?」
 と、必死の思いで伸ばしたその手を振り払った。どんなにか握り しめて欲しかっただろうと思うと、今も胸が痛んだ。しかし、ジ ョーには健が自分と同じ呪縛に囚われ、見苦しい様を曝すのを看 過する事が出来なかった。自分には許される " 復讐 " という甘 えさえも、健には許されないのだ、と。いや、それは誰よりも健 自身が知っていたのだ。
 
 復讐に終りは無い。それはただの詭弁に過ぎないのだと、実は誰 でもが気付いているのだろう。しかし、憎しみが、怒りが、哀し みが、我々に最も安直な選択をしろと誘惑する。月並みな言葉だ が、因果は巡る。ジョーは復讐心を奮い立たせる為ではなく、自 分という存在(あの日、浜辺で別れたきりの両親も、ぽつんと離 れた処に作られたジョージの墓も、忘れていたようで迷う事もな かった道も、全てがジョーの存在の一部だ)を、確認したくて故 郷へ帰った。確かに " 自分 " は、 " ジョージ " は、居た。と、 同時に " ジョー " という " 自分 " も居り、その " 自分 " と いう存在が全く自覚も無しに、新たなる皮肉な巡り合わせを生み 出していた事も知った。
「なあ、ジョー、俺は死んでしまいたいと思った事など、ただの 一度も無いぜ。」
 唐突に、表情ひとつ変えず、健がそう言った。それがさっき、た だ心に仕舞って、懊悩とするよりは口に出してしまえ、と風とエ ンジン音に紛れて訊ねた質問の答えだと分かるまでには数秒を要 した。ジョーは舌打ちすると、ダークブロンドをくしゃくしゃっ と掻き回した。
 「何だ、聞こえてたのか?ちぇっ、忌々しい風め。要らん事ばか り伝えやがって。」
 ふふっ、と笑いながら、健は遠くを見るような目つきのまま、更 に言葉を続けた。
 「ここで死んでも構わない、と思った事は数え切れないくらいあ ったけどな。それはおまえだって同じだろ?」
 まあな、と照れて答えるジョーの口元に安堵の微笑が浮かぶ。さ すがだぜ、健。おまえは強いや、と。
 
 行く当ても無しに、二人はダウンタウンの外れの大通りを渡り、 今はもうあまり使われる事のない桟橋まで歩いた。空は暗く、夜 はまだ立ち去ろうとはしていなかったが、もう朝の前ぶれのぼん やりとした光が、微かに輪郭を縁取り始めていた。振り返れば街 に並ぶビルはまだ夜の闇に溶け、そこに大勢の人々が居る事さえ 覚束ない。しかし、霧は生まれ出た海へ帰ろうとするかのように、 盛んに流れ続けていた。
 「ジョー!」
 と、呼んで、健が何かを投げて寄越した。片手で受け止めたそれ はG2号機のキーだった。
 「返してくれるのか?」
 「ああ、おまえはもう大丈夫だからな。俺も寝不足だ、そろそろ ゆっくり寝かせてくれ。」
 「健...何だ、おまえ、ずっと俺を見張ってたのか?」
 答えは無かった。だが、こいつもまた、何があっても俺と一緒だ、 と知ると胸の中が熱くなった。
 「ジョー、もう黙って居なくなったりするなよ。」
 力強くそう言った健は、きっといつか眩いきらめきの中で見せた ような笑顔を浮かべている事だろう。いま、一度、あの笑顔が見 たいとジョーは思った。まだ明け始めたばかりの薄闇の中でも、 きっとそれは輝くように美しい笑顔であるはずだった。
 しかし、流れる霧がそれを隠す。
 「ああ、もう何処へも行きやしねえさ。」
 そう答えながら、ジョーは霧が晴れる事を祈った・・・。

He was able to meet him in that fog at least.
and , He continue living in our heart eternally.....

- THE END -

Story by: 鷲尾 さゆり / Illustration by: robix


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