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Che cosa avete per dolce ?ーデザートは何ですか?ー

by 鷲尾さゆり


 夕方近く、エアメール配達のバイトを終えて帰宅した健は、デスクの上の通信機に貼られた不思議なメモを見つけた。
『夕食に招待。別荘へ来られたし。/Joe』
 確かにジョーの筆跡で、簡単にそう書かれたメモを手に、健は首を傾げた。
「なんだ、あいつ?わざわざここへ来て、これを貼っていったのか?」
 健がフライトでいない事はジョーも他のメンバーも知っているはずだ。
「誰かの誕生日だったかなあ?みんなで別荘で食事をするのかな?」
 メモを持ったまま、通信機のスイッチを入れ、管制センターに無事帰着の報告をする。さて、これで用事は済んだ。後は食事をして、寝るだけーブレスレットが喚き出したりしなければ!ーだ。
「まあ、わざわざこんなメモを貼って行ったんだ。悪戯じゃあるまい。」
 もう一度、片手に持ったままのメモを読み、それを丸めて屑篭に投げると、健は引き出しからバイクのキーを引っ張り出した。

 ユートランドシティの市街を通り抜ける途中、スナックJUNに寄ってこの事を確かめようかと、ふと思った。だが、もし悪戯だったら?ジュンや甚平に説明するのが面倒だな、と思い返し、健はそのまま海岸沿いの道へ出て、別荘へとバイクを飛ばした。
 曲がりくねった私道へ入ると、別荘の居住スペースの一画に明かりが点いているのが見えた。どうやら悪戯ではないようだ。今週いっぱい、博士は会議で国際科学技術庁本部に行って留守のはずである。
「おかしな奴だな。なんで別荘で夕食なのかな?」
 エントランスの横に「2」のナンバーがペイントされたストックカーがポツンと停まっている。バイクをその隣に停め、正面のドアを引いたが、ロックされたままだ。暗唱番号は知っているが、開けていないと言う事は暗にテラスから入れーかつて、ここに暮らしていた時の暗黙のルールだ。博士がそれを知っているかどうかは、分からないがーと言う事か。健はぐるっと建物を回って、身長ほどもあるコンクリートの塀を乗り越えると、海側に降りる階段を降り、テラスの引き戸を引いた。大きなガラスの戸は苦もなくすっと開いた。何故か、いつもこの扉だけは開いているのだ。
 常夜灯だけの廊下を進み、磨き込まれたマホガニー材の手摺の階段を降りる。手摺だけでなく、居住スペースは殆どの内装は木製で、非常に暖かみがある。外観から受ける印象や、博士の研究スペースとは驚くほどの違いがあるのだ。油彩の絵が飾られた廊下の向うに明かりが見えた。キッチンに続くダイニングルームのドアが開け放されている。
「よう、健。遅かったじゃないか?」
 部屋に入ると、窓辺に寄せた椅子でコーヒーカップを持ったままジョーがそう言った。
「ご招待ありがとう。でも、一体何なんだ?ジョー。」
 ジョーは立ち上がって、キッチンからエスプレッソを持って来た。
「忘れちまったのか?今日はドンナ・マリアにさよならした日じゃないか。」
「ああ、マリアさんか!」
「そう。俺達のマドンナさ。」

 マリア、とその名を呟くと胸が切なくなる。二人にとっては懐かしい、特別な女性だ。マードレだった人、アモーレだった人。濃くて苦いエスプレッソを口にしながら、健はちょっと困った顔になった。
「ジョー、なんだって今年に限ってそんな日を思い出したんだ?」
 ジョーは屈託なく笑った。
「だってよ、去年は任務中だったからな。だけど俺はこの日を忘れた事はないぜ。健、おまえはどうか知らないがな。それにー」
 立ち上がるとキッチンへと行きかけながら、振り返って続けた。
「おまえ、この間からラビオリが食いたいって言ってたじゃないか?」
 健もジョーの後を追ってキッチンへ。ここへ入るのは本当に久しぶりだった。清潔で懐かしい匂いとともに、記憶にあるこれまた懐かしいソースの匂いがした。
「ラビオリをおまえが作ったって言うのか?これは驚いたな!」
「驚く事はないさ。ドンナ・マリアに習ったんだ。俺達の国ではな、男でもマンマの味を作れなきゃいけないんだぜ。ま、ラビオリなんか簡単だからな。おまえでも作れるさ。だが、ソースは簡単に缶詰めで済まそうと思ってね。何しろ材料を揃えるのは大変だからな。それにー」
 ジョーはいやに機嫌が良かった。あまり喋らない印象に思われがちだが、実はジョーはとても饒舌な男なのだ。特にドンナ・マリアとはよく喋っていたな、ここでーと、健は少しジェラシーを感じていたあの頃を思い出した。2人は健にはよく分からない母国語で楽しそうに話していたっけ。
(仕方がないんだ。)
 と、分かってはいても焼きもちは起こる。一緒に暮らすうちに健も片言のその言葉を覚えてしまうくらい、よく喋っていたっけな。と、健はジョーの手許を見ながらちょっと笑った。
大きな深鍋にたっぷりの湯が沸いている。冷蔵庫から浅いトレイに並んだラビオリを取り出して、湯気の向うでジョーが言った。
「こいつをご馳走したら、何をくれる?」
「何だよ、それは?おまえが招待したから来てやったんだぞ。」
「招待だからって、普通は手ぶらじゃ来ないもんだろ?礼儀ってものを知らないのか、おまえは?ドンナ・マリアに叱られるぞ。」
 マリアさんに叱られる、という事が一番怖かったかも知れないーあの頃は。
「そうだな。確かに礼儀知らずだな。でも急だったし、俺はおまえの悪戯かも知れないと思ってー」
「悪戯って何だよ?まあ、急に思いついたからな。前もって言っておけば、おまえもワインの一本くらいは買って来たよな、健?そうだろ?」
「アヴェーテ・ヴィーノ・ロッソ・ドルチェ...だっけ?」
「違うな。ワインは白で辛口がいいのさ。デル・ヴィーノ・ビアンコ・セッコだ。」
「ビアンコでもいいけど、甘い方がいいな。」
「相変わらず味覚がガキだね。」
 ジョーは笑いながら器用な手つきで深鍋の中にラビオリを入れていく。
「レッソ!こいつを頼むぜ。俺はソースを温めるからな。」
「ああ、茹でるんだな。OK。中身は何だい?ほうれん草とチーズだっけ?」
「うん。スピナッチョ、リコッタ、ペペローネ、の小さいやつ...で、ソースはポモドーロ・エ・バジリコ...と、缶には書いてある...。おいおい、そんなにグルグルかき回すなよ。さあ、もういいぜ。ソースも温まった。よし、皿を取ってくれ。」
「ああ。」

 ダイニング・テーブルの上に香りの良いトマトソースがかかったラビオリ、フォカッチオというピザ生地に似たパン、インゲンのサラダ、そしてずいぶんとよく冷えた白ワインが並んだ。
「プリモ・ピアットだけで、セコンド・ピアットはなし。だけどコントルニとヴィーノはある。」
 ジョーは、どうだい?というように両手を広げて見せた。
「すごく美味そうだ。大したもんだな、ジョー。」
「褒めるのは食ってからにしてくれよ。」
 ジョーはワインをワイングラスでなく、ごく普通のタンブラーに注ぎ、それを目の高さに掲げると、
「サルーテ!ドンナ・マリアにー」
 と、健のグラスに軽くグラスを当てた。チン、と澄んだ音が響く。どうしてジョーは彼女に乾杯だなんて言えるのかな?第一、今まで彼女の事なんてこれっぱかしも口にしなかったのにーと、健は訝しんだ。そうか、何か企んでいるな、とジョーの顔をじっと見つめたが、ジョーは相変わらず上機嫌で、ワインを飲み干すとスプーンを取った。
「さあ、冷めないうちに食おうぜ、健。」
「ああ。」
 確かにこのラビオリは美味そうだ。とにかく食ってからだ、と健もラビオリに取りかかった。それは思った以上に美味だった。そしてとても懐かしい味だった。健の母親は彼が11の時に亡くなったが、母親の味というものは記憶していない。身体の中に残っている味というのはマリアの物だ。
「どうだ、健。美味いか?」
 切ない胸の内を読んだかのようにジョーが訊ねた。
「ああ、美味いな。マリアさんの味だ。」
「そいつは良かった。ドンナ・マリアにも食ってもらいたいや。褒めてくれるかな?」
 ジョーは立ち上がって、健の後ろにある窓を開けた。懐かしい潮騒が聞こえる。
「きっと褒めてくれるさ。マリアさんはおまえを可愛がっていたもんな。」
 ふふっとジョーが笑った。
「おまえの事だって可愛がってたと思うぜ、健。『健の髪はきれいね』って、いつもー」
 そう言いながら、チョコレート・ブラウンの長い髪をそっと撫でる。おい、何を考えてるんだ?と言うように健はジョーを仰ぎ見た。
「『健の目はきれいね』って、いつも言ってたよな?ドンナ・マリアは。今頃、どうしてるのかな?彼女・・・健、おまえは会いたくないのか?もし会えたらー」
「やめろよ、ジョー!」
 健はジョーの言葉を遮った。
「会えっこないだろう?馬鹿な事を言うなっ!」
 思わず自分でもびっくりするくらい厳しい口調だった。ジョーはただ思い出話しをしているだけなのかも知れない。何をむきになって否定する必要があるんだ?しかし健はマリアの話しをしたくなかった。ジョーが言うように自分はガキなのかなあ、と思う。だが、冗談にしろ彼女の声や、髪を撫でた指先や、甘い香りを思い出すと泣きたいくらい切なくなる。
「怒らなくてもいいだろ?ただの仮定じゃないか。もし、もしも、だぜ、健。」
 ジョーだって同じ、いやそれ以上の思いを抱いているのだろう。そう言った横顔はとても寂しそうに見えた。ーそうだ。彼女が去った日もジョーは黙っていた。ただ一言だけ「しょうがねえよ。」と言って、今と同じように眼下の海を見ていたっけ。
「う...」
 と、健が左手で口を押さえた。
「どうした、健?」
 驚いたようにジョーが覗き込む。一瞬、大きく見開いたスカイブルーの瞳がジョーを鋭く睨んだが、その目蓋はすぐにぎゅっと閉じられた。スプーンを放り出した右手も動員して、口元を押さえたまま、健は肩を震わせている。長い睫毛を伝って、涙が頬にはらはらと落ちた。
「どうしたんだよ、健?」
 ジョーの言葉に健がキッと顔を上げた。寄せられた眉の下、涙に濡れた目が再びジョーを睨む。ジョーはにやりと笑った。
「引っ掛かったな!」
そして大声で笑い出した。

「信じられん!」
 ジョーが差し出したグラスの水を飲み干して、健がようやくそう言った。可笑しくてたまらないといった様子のジョーに、自分の皿のラビオリを突き付ける。
「ジョー、これを食ってみろっ。」
「いいよ。」
 ジョーは素直に健がスプーンに乗せたそれを口に入れ、ゆっくりと咀嚼した。その顔をじっと観察したが、何でも無さそうだ。健は舌打ちした。
「ちぇっ、あれは1個だけだったのか!くそっ。」
「当たりは1個しか入ってねえさ。だけど確率は五分と五分だぜ。フェアなもんだろ?」
「何がフェアだ?こんな悪戯をする為に、招待だの、マリアさんだの、手の込んだ事をしやがって。」
「見事に引っ掛かってくれて光栄だぜ、健!何しろおまえはなかなか隙のない奴だからな。」
 ジョーはけらけらと笑った。
「ちきしょう!いったい何を入れやがったんだ?あんなー」
「だから言っただろう?小さいペペローネだ、って。青くて、って赤いのもあるが、小さくて、細くて、辛いペペローネを特にペペロンチーノとも言うんだがね。そんな、泣くほど辛かったか?」
「辛いに決まってるだろ?刻んだ唐辛子をスプーン一杯食ってみろ!まだ舌がヒリヒリするぞ。」
「どれ?」
 と、突き出した健の舌をジョーが舐めた。唇を合わせ、味を探るように丹念に舌を動かす。それから、おや、と言う顔で改めて健をまじまじと見つめた。
「こりゃあ本当に辛いな!」
「おい、ジョー・・・。」
 健が片手で胸ぐらを、もう片方の手でラシッド・ブロンドを掴んで言った。
「ケ・コーサ・アヴェーテ・ペル・ドルチェ?」
「ドルチェ?甘いもの?」
「ああ。デザートは涙が出るくらい甘いやつをくれよ。」

-Buona notte ! -


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