ANOTHER WORLD OF THE GATCHAMAN バナー

Everlasting Blue

- 永遠の青 -

by 鷲尾さゆり





scene #1

「こちらイーグル1、ステーション4、応答願います」
−「こち・ら・・ステー・・ョン4、イー・グル1、・うぞ」
 ザァザァという断続的なノイズはまるで昔の無線を邪魔した空電そのままで、途切れ途切れのその音声にケンは思わず小さな笑みを浮かべた。
「駄目だな、やはりコンディションが悪い。今日はこのまま引き返すよ」
−「水・や食料・・は大丈・夫なのか?」
「ああ、まだ保つ。風が治まったらまた連絡する」
−「ラ・ジャー・ステーション4、了解・・グル1、気を・・つけて・」
「ありがとう。イーグル1、オーバー」
 空はきれいに青く晴れているがやはりここを覆っている放射能帯の影響だろうか、強風が吹き荒れ、ステーション4への着陸は無理そうだった。補給を諦めて戻ることにしたらしい低翼単座の小型レシプロ機は、眩い陽を弾いて鮮やかにロールしながら急降下して行く。よく整備された300馬力六気筒のエンジン音が、吹き荒れる風にかき消される事も無くどこまでも広がる真っ青な空に吸い込まれて行った。


scene #2

「こちらG1号、コントロールルーム、状況は?」
−「G1号、こちらコントロールルーム、一次冷却水の水位が低下し始めた。レッドアラートだ、原子炉を緊急停止する!」
「二次冷却水内の放射能濃度に変化は?」
−「依然上昇中だ。やはり蒸気発生器を破壊されたものと思われる」
「ラジャー、G2号と細管の損傷をチェックする。G1号より以上」
「ヤバイな、スクラムか。ちぇ、最悪だぜ」
 そう舌打ちするジョーにケンは「否」と首を振って見せた。
「まだ " 最悪 " じゃないな、ジョー。緊急停止できなくなった時が本当の " 最悪 " さ」
「違いねえや。急ごうぜ、ケン」
 2人はまるで巨大な柩のような原子力発電所の中を足早に進んで行った。
 あの戦いが終ってから3年。
 世界はようやく落ち着き、深刻化した環境問題とエネルギー問題を解決する唯一の手段であるマントル計画が本格的に動き出していた。ケンとジョーは南部の遺志を継いでプロジェクトに参加していたが、同時にこの2人には依然彼らにしか遂行できぬ別の任務もあった。
「何だって今時、こんな古臭い原発が稼動してやがったんだか‥‥」
「仕方が無いさ。本当ならこの辺はとっくに全て水力発電に切り替わってた筈なんだ。だが温暖化の影響で水源だった氷河が後退しちまったし、あの戦いでマントル計画も中断してたんだからな」
「フン、それでこのオンボロ圧力鍋で炊き出しって訳か。だからってブッ壊しに来なくてもいいじゃねえか!くそっ」
 ジョーの悪態はもっともだった。
 だが過激な反核グループにしてみれば、自らの運動でせっかく葬り去ったと思っていた半世紀も昔の原発の再稼動はどうしても許せないものだったらしい。マントル計画の中に原子力が含まれている事に対する反撥もあるのだろう。だがそれはかつての危険な核分裂反応によるものではなく、より安全な核融合反応システムを確立したものだ。だが何をどう開発し説明したところで、狂信的なグループのテロ活動は止められない。彼らがそれを " 正しい " と信じている限りは‥‥
「見ろ、ジョー。やはり蒸気発生器の脆くなった細管が破壊されてるぞ」
「ろくな爆薬じゃなさそうなのに、金属管がガラスみたいに粉々になってやがるぜ」
「中性子を50年近く浴び続けたんだからな。だがそれはこの細管ばかりじゃない。ここの金属、コンクリート全般に起こり得る現象だろうな」
 とは言っても蒸気発生器は高さ20m、重量50tもある馬鹿でかい水槽タンクだ。おまけに破損した細管からは炉心を冷やしている一次冷却水−いや、超高温の熱湯が気圧の低いタンク内へと噴き出し、猛烈な蒸気を発生させている。そして、噴き出しているという事は即ち刻一刻と炉心の温度が上昇しているという事なのだ。
「このままじゃフォーマイル島だかニハマだかの二の舞いだ。ケン、俺がこの中へ入って破損した細管を何とかする。おまえはコントロールルームに戻って緊急注水の指揮を取ってくれ」
 ジョーは用意して来た工具と簡単な酸素チューブを持つとケンに言った。
 確かにそうするしか無いだろう。理由あってケンの身体も並の人間のものではないが、沸き立つこのタンクの中に潜れるのはサイボーグのジョーだけだ。
 だからケンは、
「分かった。頼んだぞ、ジョー」
 と答えて、踵を返した。潜水艦のハッチのような扉の前で振り返ると、
「ああ、任せておけって」
 変わらぬ口調で言いながら手を振るジョーの笑顔が見えた。


scene #3

−「G1号、G1号、聞こえるか?G1号、返事をしてくれ」
 暗闇の中で誰かが根気良く、そう繰り返していた。
 まだ非常事態が続いているのだろうか?早く応答しなくては‥‥ケンはともすれば四散してしまいそうな覚束ない意識を必死に掻き集めた。
「あ、ああ。聞こ‥‥え、る」
 いかん、声が、言葉がうまく出て来ない。それにこの暗闇は何だ?さっきまであんなに明るかった−、いや、堪らぬほど眩しかったのに。
 あの光‥‥ああ、あの閃光は−
 ゾクッと背筋を悪寒が駆け抜け、それがケンの意識を引き戻した。

 蒸気発生器内部の細管をジョーに任せたケンは原子炉の制御室へと進んだ。すでに緊急停止措置が取られ、炉心には反応を抑えるための制御棒が下ろされている筈だが、今の今まで起こっていた核分裂反応によって生じた灰は高熱を発し続けている。暖炉の火を落としても灰の余熱でなかなか冷めないのと同じだが、時間の経過とともに温度が下降して行く薪の灰と大きく異なるのは核燃料の灰は1秒毎に10℃づつ更に温度が上昇し続ける。もしそのまま放っておけば大した時間を要せずに1535℃を超える。通常稼動時の一次冷却水の温度は約300℃。格納容器内は150気圧に保たれているのでこの高温でも依然 " 水 " のままだが、この300℃から1秒毎に10℃づつ上昇−−と計算すると、" 大した時間 " がいかに短時間かが分かるだろう。そして何故1535℃にこだわるのかと言うと、これが炉心を覆っている鉄の融点だからだ。この温度に達すれば鉄は溶け、内容物は更に温度を上げながらあらゆる物を、大地までをも際限無く溶かして行く所謂メルトダウンの状態となるのだ。
 そうならぬようにするには上昇を上回る速度で冷却してやれば良いのだが‥‥
「こちらG1号、緊急炉心冷却装置の注入シグナル=グリーン。注水を開始せよ」
−「ラジャー。ECCS、作動!」
 さあ、下がれ!
 早く‥‥もっと早く!
−「ダメだ!冷却が間に合わない」
「何だって?」
−「ECCSは完璧に作動しているし、一次冷却水の減少も止まって来たのに、依然炉心の温度は上昇中だ。このままでは‥‥」
 処置は「正常」なのに、反応が「異常」と言う事は−
 まさか‥‥
 ドキッと胸が鳴るのが分かった。ケンは飛びつくように分厚い隔壁ガラスがはまった点検窓から炉心格納容器の上部を見た。本来なら案内管に導びかれてとっくに全て炉心内に下りているはずの整然と縦横に並んだ制御棒の一部に異常が認められた。
 やはり‥‥原子炉はまだ完全に停止してはいないんだ!
 ちくしょう、 " 最悪 " の事態だ!
 ギリッと噛みしめた唇が微かに震えていた。
 いや、震えている場合ではない。落ち着け。
 ジョーはうまくやっている。緊急注水もうまくいっている。
 だからまだ時間はある。そう、最後まで諦めてはいけない。
 落ち着け、落ち着くんだ‥‥とケンは自らに言い聞かせた。
「コントロールルーム、不具合を確認した。制御棒が完全に機能していない。つまり核分裂はまだ止まっていないんだ」
−「なに?では制御システムに故障が?こんな時に!どうしたらいいんだ?」
「故障なのか破壊されたのかは分からないが、とにかく俺がこの手で制御棒を下ろす。全部下りて核分裂が完全に止まれば、炉内の温度は下がるはずだ」
−「ば、馬鹿な!そんな事をすれば君は−」
「分かっている。だが、方法は1つしか無い。通信はたぶんこれが最後になるだろうが、後はよろしく頼む」
−「‥‥G1号、ケン、いいか?線量計から目を離すな、出来るだけ短時間で‥‥」
「ああ、ありがとう。G1号より以上」

「被害は?」
 遮二無二、起き上がろうとするケンの肩をいやに大きな手が押さえた。
−「G1号、無理をしてはいけない」
 言われるまでも無く起き上がる事など出来なかったが、ケンは重ねて訊ねた。
「爆発した‥‥んだろ?原子炉が‥‥」
 あの時は迷っている時間も他の方法も無かった。まして " 自分の生命 " といったものを顧みる余裕など無かった。至極当たり前の事のようにケンは原子炉の中へ入り、その手で制御棒をきちんと機能する位置へと押しやった。
 これで大丈夫だ。
 ホッと息を吐いてふと見ると自分の指先がシンと奇妙なほど静まり返った水面に触れている事に気付いた。そしてその指先は燐光に似た青白い光を帯び、不思議なことに青いグローブに包まれている筈なのにその特殊繊維も皮膚も肉さえも透過してまるでハロウィンの骸骨柄の衣装のように指骨までが見えた気がした。
 ふーん、奇麗だな。
 他人事のようにそんな風に思った瞬間、ドーンと重く鈍い爆発音が聴こえた。
 なんだ?
 ギョッとして立ち上がった。そして‥‥
 ああ、あの光‥‥あの眩い光が閃いたのまでは憶えている。
 しまった!遂にと思った瞬間、何も分からなくなったのだ。
「なあ、なぜ俺は生きている?みんなは、ジョーはどうなった?ここはどこだ?どうして真っ暗なんだ?」
 ケンは知りたかった。
 明確に、的確に、正確に、それらの答えを。


scene #4

「ケン‥‥おい、ケンはどこだ?」
 開口一番、ジョーはそう訊ねずにはいられなかった。
 細管の破損部分をやっつけて、さあこれで良しとホッとした瞬間、衝撃にグラリと巨大なタンクが傾いた。満タンの冷却水をたたえた50tものタンクをぶっ倒れるかと思うほど揺さぶるってのは‥‥
 まさか原子炉が?
 制御し減速しつつ稼動させたところで核分裂は不安定な反応だ。
 何かちょっとした事があれば忽ち暴走する危険性を孕んでいる。
 やばいぜ!
 と思った瞬間、ジョーは巨大なタンクの倒壊に巻き込まれた。
 くそ、出るに出られねえ!
 大時化の海中に似たタンクの中でジョーの身体は小魚ように翻弄され叩き付けられた。それでも何とか脱出しようと藻掻き続けていた事は憶えている。だが酸素も尽き、いつしか気を失っていたらしい。気がつくと救急車と思しきこの狭いベッドの上だった。
「動かないで下さい、G2号。まだチェックも終っていないんですよ」
「俺は何でもねえ。それよりケンは?あいつはどうした?」
「G1号もすでに炉心から搬送されたそうです。G2号、足は痛みますか?」
「ちょ、ちょっと待てよ。炉心って、ケンはコントロールルームにいた筈だぞ」
「いえ、G1号が物理的な手段で炉を停止させたのだそうですよ」
 物理的な手段で‥‥?
 そう呟き返す間に、瞬時にしてジョーはこれまでの人生の大半を共に過ごして来たケンが取ったであろう行動を思い浮かべる事が出来た。もし誰かに訊かれたならば「ケンならきっとそうしたろうさ。あいつはそういう奴だ」ときっぱりと言い切れるほど明確に。
 あの馬鹿‥‥コントロールルームへ戻れ、と言ったのに!
 こうしちゃいられねえ、と飛び起きようとしたジョーは物理的にそう出来ない状況にある事に気付いた。結果的には頑丈なタンクと大量の水が衝撃と放射線から奇跡のようにジョーを守ったらしいが、下肢に受けた損傷は相当にひどいものだった。
「両足の損傷がひどいんです。あの、痛みますか?」
 ベッドから転落しそうになった身体を支えてくれた若い医師の重ねて自分の容態を気遣う声が心を落ち着かせたのか、ジョーは静かに頭を振った。
「いや、大丈夫だ。俺はサイボーグだからな、ぶっ壊れたとこは交換すりゃいいだけさ」
 だが、生身のあいつは?
 ケンは無事なのか?
 再び訊こうとしたその言葉をジョーは飲み込んだ。
 自力でケンの傍に行ってやる事も叶わぬ今は、例え何を知ったところで同じ事だ。

 徐々に知った状況は、と言えば " 最悪 " =原子炉自体の核爆発は免れたものの、ケンが懸念した通り長年中性子を浴び続けボロボロになっていた圧力容器に脆性破壊が起き、砕け散ったその破片が100気圧もの勢いで原子炉格納容器やら発電タービンやら建屋やらを襲い、内容物ごと吹き飛ばしたという極めて " 最悪 " に近いものだった。
 炉心が納まっていた格納容器が吹き飛んだんだ。
 そこにいたあいつが無事で済む訳がない。
 ジョーはグッと唇を噛みしめた。
 ケンは一瞬で死ねただろうか?
 そんな事ばかりがしきりと気になった。
 格納容器の爆発で、いや、或いは封印を解かれた激烈な放射線で‥‥ヒトは5時間に600レントゲンの放射線を浴びれば確実に死ぬ。炉心付近の放射線レベルはどう少なく見積もっても1時間当たり3000レントゲンかそれ以上にはなっている筈でヒトならば即死する線量だ。だから、当然あいつも‥‥と、不謹慎とも非情とも思える事がしきりと脳裏に浮かんだ。
 何故って、もうあいつが苦しむ姿を見るのは真っ平だったから。
 あの戦いの為にケンは死ぬような苦しみを味わったし、それは勝利を勝ち取った後の治療という部分でもあまり変わる事がなかった。身体中の細胞が崩壊して行く苦しみなど、誰が想像出来ようか?あの我慢強いケンが声を上げてのたうち回るような様をジョーは見守って来たのだ。
 だから、今度はせめて苦しまずに、とジョーはそれだけを祈った。
 「頼んだぞ、ジョー」
 そう言って、振り向いたケンの微笑みがまだそこに在る気がした。
 そして、空の青を映したあの瞳に再び見える事はもう永遠に叶わぬのだ、とジョーは思った。


scene #5

「みんなは、ジョーはどうなった?ここはどこだ?どうして真っ暗なんだ?」
 ケンは重ねて訊いた。それらの答えを何としても知らねばならない。そして、その答えから明確に的確に正確に事実を認識し、対応しなければならない。それが全うすべき責務だからだ。
「教えてくれ。なぜ真っ暗なんだ?ここはどこだ?」
−「ここは病院です。真っ暗なのは‥‥」
 インカムかフィルター越しかと思われるその音声が一瞬口籠り、しかし意を決したように、部屋が暗いのではなく、あなたは視力を失ったのだ、と告げた。
−「核爆発の閃光に網膜と視神経を焼かれたのです。回復の見込みは今のところ‥‥でも安心して下さい。我々は出来る限りの治療を−」
 励まそうとしてか、彼が手を握ってくれたようだった。だがケンの右手は痺れたように感覚が妙で、包み込んでくれたその手もまた最前感じたのと同じようにいやに大きく、温もりのないものに感じられた。
「では、ジョーは、あそこにいたみんなは、やはり?」
−「ええ、残念ながら」
 そうか、とケンは息を吐いた。
 暴走した核分裂反応炉が発したであろう凄まじい高熱−それは数万℃にも達する−が、作業員達を運転員達を、そしてジョーを焼き尽くし、気体へと変え、大空へと連れて行ったに違いない。ジョーは原子炉のすぐ近くにいた。
 一瞬‥‥だったか?ジョー‥‥
 そうであってくれ、せめて、とケンは祈るしかなかった。
 ジョー、おまえはコンドルだ。どこまでも風と共に行け。
 見えぬその目にいつもと変わらぬジョーの笑顔が見えた。
 キラリ眩い光の中でジョーが笑いながら何か言っている。
 あの光は‥‥しかし何か妙だ。ジョーの声が聞こえない。
 何故だ?‥‥そして次の瞬間、ケンはハッと顔を上げた。

−「状況は把握して貰えましたか?G1号、事態は急を要します。一刻も早く例のデバイスで死の灰の拡散を抑えないと‥‥」
「ああ、そうらしいな」
 相槌を打ちながらケンは微かに眉を寄せた。
 例のデバイス、なるほどそういう事か‥‥
−「デバイスはどこにあるのですか?すぐに作動させないと−」
「いや、俺が行こう」
−「あなたが行くのは無理です!デバイスの在処さえ分かれば後は我々が何とかします。デバイスはどこにあるのですか?」
「あのデバイスは‥‥」
−「そう、どこに?どこにあるんです?」
 ケンは起き上がると、少し皮肉な笑みを浮かべて言った。
「俺が作動させる」
 大きな手にまた肩を押さえられた。だが今度はシーツに戻る訳には行かない。
−「G1号、あなたは目が見えないのですよ。いったいどうやって−」
「方法はあるさ」
 言いざま、ケンは肩を押さえていた男をやおら引き寄せると、その顔の辺りへと手を伸ばした。しめた!感覚はまだおかしいが指先にゴーグルと思しき物が触れた。
−「わぁ、よ、よせっ!」
 喚くのも構わずそれを毟り取ると、ケンは素早くベッドから転げ落ちながらゴーグルに目を当てて周囲を見回した。
 見えるぞ!
 そう、目をやられたなんてのはやはり嘘っぱちだったんだ。
 何が病院だ。滅茶苦茶に壊れているが、ここはあの制御室じゃないか。
 恐らく爆発は起こったのだろう。だがそれは核爆発ではなかったのだ。
 灯りが落ちたのを利用して俺を騙し、奴らは暗視ゴーグルで見てやがったんだ。
 声がおかしかったのも手がいやに大きかったのも、分厚い放射能防護服のせいだったんだ。くそ、こいつらはテロリストだ!そして狙いはあのデバイスだったんだ!
 パッとライトの光がケンを照らした。
−「さすがだな、G1号。よく見破った」
「ふン、爆発音が閃光よりも先に聞こえる訳はないからな」
−「言え!例のデバイスはどこにある?」
「あれを手に入れてどうするつもりだ?」
−「知れた事さ、我々が地球の王になるんだ!」
 馬鹿な事を、と襲い掛かって来たテロリスト達を躱しながらケンは思った。
 いつだったか、俺は親父の墓に弱音を吐いた事があった‥‥
 平和って何だろう?ギャラクターを倒せば平和は来るのかい?ベルクカッツェみたいな奴は、この世の中に何人もいると思うんだ。この世からギャラクターは消えても、また新しい悪の組織が生まれる。平和なんて、本当は来ないんじゃないのかな?‥‥と。
 それから、最初の戦いが終った時、南部博士はこう仰った‥‥
 ギャラクターは確かに自滅しました。しかし皆さん、ギャラクターのように悪魔的な、破壊を好む心は、私達の、あなた達の心の片隅にも眠っているのではないでしょうか?‥‥と。
 そう、皮肉な事にそれらはすべて真実だった。
 逃れようとしても逃れられぬ宿命のように、それは巡り来るものなのか?
 だが迷う事も躊躇う事も逃げる事も出来ぬ。死を厭う隙さえも与えずに−
 いや、今度こそ最後だろう。死はここに在る。
 なぜ俺は生きている?その答えが得らない以上、後は時間の問題だろう。
 だが、それは別段、辛くも哀しくもなかった。
 戦いの度に血に塗れたその手で、ケンは最後の敵を確実に倒して行った。


scene #6

「待てっ!」
 敵を追って制御室から廊下へと飛び出したケンは、散乱したコードや瓦礫に混じって倒れている作業員達を見つけた。
「おい、しっかりしろ!」
 抱き起こし、必死になって揺さぶったが彼らは誰も応えてはくれなかった。
 事故は起こってしまった。その初期にしなければならない事は山ほどある。彼らは原子力プラントのプロであり、誰よりも放射能の危険性を熟知している。にも関わらず彼らは危険を、いや死を承知で事態を少しでも収拾し好転させようとここへやって来たのだ。ショートする機器やコードを遮断するために、切断された高圧電線を絶縁カバーで覆うために、燃え出した物を一刻も早く消火するために、剥き出しになってしまった炉を封じ込めるために、また或いは俺やジョーを助け出すために‥‥
 それがどんなに危険な事なのかは解っている。
 だが、誰かがやらなければならない事なのだ。
 多くの生命のために、この青い地球のために。
 だから彼らは来たのだ。自らの明日を捨てて。
 それなのに、それなのに‥‥!
「くそっ!」
 そして、この勇敢な作業員達の生命がテロリストの凶弾によって奪われたのだと知った時、ケンの脳裏にある光景が浮かんだ。
 南海の孤島で突如起こった核爆発。
 そこへ向かう俺達を見送ってくれた調査船の乗り組み員達。
 甲板で手を振っていた彼らもギャラクターに撃ち殺された。
 俺達のせいで、皆‥‥
 そして俺達はあの調査船に隠されていた例のデバイスを−−
「くそぉッ!」
 ケンは燃え上がるような怒りに突き動かされて敵を追った。もし見る者があったならば、ケンは阿修羅に見えただろう。
「ぎゃーっ!」
 闇の中、数条のライトの光芒に仄白く輝く翼が閃くたび断末魔の悲鳴が上がり、ケンは遂に首謀者を叩きのめし拘束した。
「くだらん真似をしやがって!さあ言え、例のデバイスを手に入れて、今度はどんな馬鹿げた事をやらかすつもりだった?」
 だが素直に吐く訳もなく、そいつは更に逃れようと足掻いた。
「言わぬのなら−」
 ケンの手がそいつを放射能から守っている防護服に掛かった。
−「なっ‥‥?」
「ここの線量がどの位かは分かってるな?致死量の放射線を浴びてみるか?貴様には楽な死に方はさせん。ふふふ、最期までつきあってやるぜ」
 ゾッとするような笑みがケンの口元に浮かんだ。その時、
−「そつらはデバイスで放射能を自由自在にコントロール出来ると勘違いしてるんだ」
 と闇の中から静かな声が言った。
 
「ふぅ」
 このプラントの常駐医だと告げた男は非常用のシェルターへケンを案内すると防護マスクを外して息を吐いた。こうしたシェルターは独立した電源を備えているようで、灯りも点いているしエアフィルターも生きている。なるほど彼の防護服には一目で医療関係と分かるレッドクロスがあり、それで彼は銃弾を免れたのだと言う。立派な心掛けなどでは無く、命知らずのテロリストも放射線障害が怖くて医師である俺を生かしておいたのさ、と彼は鼻で笑った。
「マイケルもタナカもリッキーも撃たれちまった。みんな、勇気と責任感のあるいい奴らだったのに。俺は慎重に時計と線量計を見てた。みんなが決定的なダメ−ジを受けないようにね。それなのに‥‥」
 そこまで言って、医師はハッとしたようにケンを見遣りながら、
「ところで、君はスクラムの前からここにいたんだろ?その鳥みたいなスーツにはどのくらいの放射線遮蔽機能があるんだい?」
 と訊いた。
「このバードスーツはフェルミニウム257という特殊分子の重合体繊維で出来ている。データでは短時間ならば致死量の10倍の放射線に耐える構造だそうだが、でも‥‥」
「でも?」
「炉内で線量計を見た時、5000以上あったから−」
 テロリストを縛り上げながらケンは事も無げに言うと、" EMERGENCY " と朱書きされた旧式なコード付きの受話器を取った。
「これはまだ通じるのか?俺の通信機は死んじまったようだが」
「ああ、通じる。新型の電子機器やデジタル通信がお釈迦になってもアナログのケーブルってのは断線しない限り何とか通じるもんさ」
 なるほど、と頷いてケンはコントロールルームを呼び出した。
「コントロールルーム、こちらG1号、応答してくれ」
 僅かなタイムラグがあり、どこか懐かしい感じの音声がスピーカーから応えた。
−「G1号?‥‥ケン?無事だったのか?いや、では搬送したのは−」
「常駐医のホデムチュクだ。どうやら搬出した遺体はG1号ではなかったようだ。位置から特定するしか無かったし、損傷がひどかったからな。恐らくテロリストの1人だろう。ケンはここにいるよ」
 医師が割り込んで説明すると安堵と喜びが入り交じった声がスピーカーから漏れ、ケンにはそれが言い様もないほど嬉しく感じられた。そして次の言葉も−
−「ケン、ジョーは無事収容されたぞ」
「え、ジョーが?ジョーは、その、無事なのか?」
−「ああ、大丈夫だ。ただし両脚は交換が必要だそうだが、ね」
 ジョー!ああ、生きていたのか、ジョー!
 ケンは思わず目を閉じた。
 長い睫毛を揺らして一粒の涙が青褪めた頬を伝い落ちて行った。


scene #7

「コントロールルーム、それで現在の汚染拡大状況及び被害は?」
−「デバイスがうまく作動し、現在までの放射性物質拡散量は最小レベルに留まっている。このエリアには住民はいないが、念の為に風下に当たる地域には避難勧告を出した。今のところ被害は処理に向かった職員と医療チームに若干の被曝、後は‥‥」
「後はテロリストの銃撃によるもの、だな?」
 うっ、とその惨たらしい様を目の当たりにした医師が思わず顔を背ける。
−「そうだ。そして君の被曝も、だよ、G1号。Dr.ホデムチュク、ヘリが到着するまでケンを頼むぞ!それから辛いだろうが確保したテロリストの手当てもな。ヘリは後30分程でそちらに到着の予定だ。それまで頑張ってくれよ、ケン、ドクター!」
 そうか、ジョーは無事だったのか。そして、あのデバイスは効果を上げたんだな、と幾分の安堵感にケンはシェルターの壁面に背を預けて、ほぅ、と短い息を吐いた。
「気分が悪いのか?」
 その言葉に目を上げると医師がケンの前に立っていた。
「いや、大丈夫だ」
「まず君から診よう。さぁ、そのヘルメットを取って」
「俺よりもまずあいつを−」
 いいや、と医師は首を振った。
「ケン、これが私の職務であり、診察の順番は医師としての判断に基ずくもので感情によるものでは無い。彼よりも君の被曝線量の方が遥かに大きいのは事実だろう?」
 与えられた任務を全うする。
 ケンもそうして生きて来た。
「分かった」
 だからケンは頷くと、猛禽類の嘴を模した特徴的なフルフェイス・ヘルメットを取る事に素直に応じた。しかし極めて淡々とした口調でこう付け加える事も忘れなかった。
「だけど決して素手で俺に触れないでくれよ、ドクター。さっき暗闇の中で見た通り、俺の身体は " 光る " ほど多量の放射能を帯びている」
 ケンが言わんとする以上の事を識る医師は少し痛まし気に眉を寄せたが、それでも、ああ、と頷くとディスポーザブルの医療用防護手袋をはめた。
「これでいいかい?」
「ああ」
「何かあってもここでは応急処置しか出来ないがね、とりあえず搬送先ですぐに治療に移れるよう幾つかサンプルを採らせて貰うよ。さ、口を開けて‥‥そう、結構。感覚異常や吐き気はある?」
「いや、今のところこれと言った自覚症状は無いよ」
「そうか。ふむ、確かに急性症状は見られないようだが‥‥」
 首を捻る医師にケンはクスッと笑った。
「よく生きてるな、って不思議なんだろ?」
「い、いや、そんな事は−」
「いいさ、俺自身まだこうしていられる事に些か驚いているんだから。だけどね、実は俺も " 普通 " の人間じゃないんだ。ISOに全てのデータがあるが、特殊な遺伝子治療を受けた事があってね、たぶん俺がまだ生きているのはそのせいだと思うよ」
「それはどんな遺伝子治療だったんだい?」
 さあ、とケンは軽く肩を竦めた。
「専門的な事は解らないけど、細胞の再生を促すってのが主目的だったから、そいつが腸死や骨髄死といった急性症状を抑制して発症を遅らせているんじゃないかな?」
「ああ、なるほど。確かにその可能性は大いに考えられる。主な放射線症は放射性物質が細胞分裂機能を破壊する為に引き起こされる訳だからね。まあ、中枢神経系はまた別だが」

 とりあえずこれを、と差し出されたヨード製剤をケンが飲み下すのを見届けると、医師は努めて穏やかな声でテロリストに訊ねた。
「気分はどう?目眩や吐き気は無いかな?」
「ニェット!俺に構うな!」
「そういう訳にはいかないんだよ。さ、口を開けて−」
 本当ならブン殴って唾を吐きかけたい相手だろうに、とケンは職業的な冷静さでてきぱきと動く医師の両手を凝視していた。
 与えられた任務を全うする。
 それは時には耐え難い苦しみや哀しみを伴うものであり、
 しかし、それでもやり遂げなければならないものなのだ。
 ケンもそうして生きて来た。
 だから、医師の辛さがよく分かった。
 と、
「化け物め!」
 そんなケンの思考を打ち破るように突如、罵声が飛んだ。
「おまえらは悪魔だ!身体を造り換え、デバイスを使ってまた俺達の土地を取り上げる気だな?おまえらになんかここは渡さんぞ!」
 取り憑かれたように喚き立てるテロリストの目はもはや正気とは思えぬ光をたたえ、拘束を物ともせずに足掻きながら更に喚き続けた。
「ここは俺達の故郷だ!じいちゃんや多くの同志達が守った俺達の土地だ!必ず取り返してみせるぞ!」
「一体、何の事だ?」
「分からん。だが、このままにしてはおけない。押さえてくれ、鎮静剤を打つ」
 ああ、と頷いてケンは暴れ狂うテロリストを押さえ込んだ。医師が素早く注射を打つ。と、程なく男の身体はぐにゃりと弛緩してずるずると床に伸びた。そして遠退きつつある意識の中でまるで美しい夢でも見ているようにうっとりと微笑みながら、
「ハラショー!じいちゃん、取り返した‥‥ぞ。じいちゃんを殺し‥‥俺達を、追い出した奴らは、皆ご‥‥しだ‥‥」
 そう呟いて意識を失った。
「やれやれ、やっと眠ってくれたか。だけど、取り返す、俺達の土地、故郷‥‥って事はもしかしたら‥‥」
「何か心当たりがあるのか、ドクター?」
「ああ、彼のじいちゃんや一族は私同様、かつてはここに住んでいたのかも知れない。君も知っているだろう、もう30年近く前になるがこのプラントの片隅で起こってしまった大惨事を−」
「今も石棺で覆われているあの4号炉事故の事だな?」
「そうだ。私の父は今もあの石棺の中にいる」
「えっ、何だって?」
 1986年4月26日に史上最悪と言われる原発事故が起きた事は知っていたが、あまりにも意外なDr.ホデムチュクの言葉にケンは驚きを隠せなかった。


scene #8

「だが私の父は極めて恵まれたケースさ。英雄として街の大通りには父の名が付けられたし、あんな巨大な墓碑やモニュメントさえあるんだからね。気の毒なのは‥‥」
「名も無きリクビダートル達であり、強制的に故郷を追われた住民達‥‥か」
 ああ、と医師は頷いた。
「リクビダートル、つまり後始末に駆り出された80万人もの軍人達は危険性など殆ど知らされずに、そしてまるで不完全な装備で作業に当たらされ、その多くが放射線障害に倒れたけれど、恐らく誰も彼らの名前なんか憶えてやしないだろうさ。それから30万もの人々が父祖から受け継いだ家や農地を捨てなければならなかったが、移住を免れた地域の600万もの人々だってずっと放射線障害の脅威に晒され続けている。実際、あの事故で命を失った人は未だ行方不明の父を含め40万人は下らないだろう」
「ひどいな、痛ましい事だ。それでもドクターは逃げずに立ち向かう道を選んだんだね、尊敬するよ」
 え、と顔を上げた医師は「いや」と照れた笑みを浮かべて言った。
「英雄の息子としては逃げる事なんか出来なかっただけさ。でもね私にも何か出来る事があるんじゃないか、とも思ってね、それで放射線科の医者になったんだ」
 うん、とケンは微笑んだ。そうか、こういう生き方ってのは俺だけの事じゃなかったんだな、と知り、それがとても嬉しく感じられたからだ。
「" ここ " へ戻って来るのは簡単だったよ。何せ希望者は私だけだったからね。でも−」
 うん?とケンは穏やかな、だがそれでいて複雑な色−哀しみだろうか?怒りだろうか?−をたたえた医師の瞳を覗き込んだ。
「とにかく父に近づきたかった‥‥ただそれだけなのかも知れない。あの時はまだ幼かったから、私はろくに父の顔さえ憶えていないんだがね。だけどもし彼も " 被害者 " の1人だとしたら、彼の気持ちも理解出来る気がするんだ」
「例えば?」
「故郷を取り戻したい、とか。復讐をしたい、とか‥‥」
「復讐を?いったい誰に?」
「ああ、非論理的な話だがね、誰でもいいんだ。正直なところ私も誰かにこの憤りをぶつけたい、仕返しをしてやりたいと思う事はあるよ」
「なるほど‥‥」
 ケンにもドクターの言わんとする事は理解出来た。親を、大事な者を奪われた時の心が張り裂けるほどの辛さは身に染みている。そしてそれを一時忘れさせてくれるのは、やはり激しい怒りだけなのかも知れない。ケンもまた「殺してやる」と何度相手を呪った事だろう。そうか、それも俺だけの事じゃなかったのか、とケンはまた薄く笑った。
 だけど、そう言えば‥‥
 彼はさっき何と言った?
(俺達を、追い出した奴らは、皆ご‥‥しだ‥‥)
 ミナゴ、ロシ‥‥皆殺しだ、と言ったのか?
 でも、どうやって?
 デバイスを奪ったとしても、軽水炉を1基破壊したくらいでどうやって?

 妙だな、と思ったその時、ドォーンと低い爆発音が重苦しく響いた。
「な、何だ?」
「しまった!こいつらはただの囮だ。本当の狙いは " 共同墓地 " だったんだ!」
「えっ、じゃ核廃棄物貯蔵庫を?」
 " 共同墓地 " と呼ばれるこのプラントの地下貯蔵庫には高レベル核廃棄物が山と積まれている。原子力発電等によって生じた死の灰は半永久的に人類が背負って行かなければならぬ負の遺産である。ISOが中心となって進めた不拡散計画によって世界中の死の灰の最終処分場−と言ってもせいぜいガラス固化して丁重に " 埋葬 " しておくほか無いのだが−としてこの地が選ばれたのはやはりかつての事故で既に汚染された立ち入り禁止地区である、という点であり、これは腐ったリンゴは1つの箱にまとめてしまわないと‥‥という事と同じなのだ。
 例のデバイスを活用する事で、徹底した不拡散計画は上手く行った。
 だが反面、腐ったリンゴを1個でも−例えば初期型1発分のプルトニウムだが、かつては核兵器の材料としてこの危険な放射性物質を発電の傍ら生産するという愚行さえ盛んに行ったので、半減期2万4千年のプルトニウムは実に大量に存在する。それを手にした輩が既に全ての核兵器を放棄した全世界を脅かす可能性だってある訳だ。
 くそっ、と唇を噛んでヘルメットを取ろうと伸ばした指を医師が押さえた。
「ドクター、俺に素手で触っちゃいけない!」
 しかし医師はケンの青いグローブを掴んで放そうとしない。
「ケン、行ってはいけない。私は医者だぞ、君の身体が‥‥」
「俺にはまだやらなければならない事があるんだ。放してくれ!それに−」
「それに?」
 ああ、とケンは頷いた。
 頷いて、全てを振り切るようにキッと一瞬鋭く前を見据えるとその先は言わず、無言のまま医師の指を解いてヘルメットを被った。
「ケン!」
 だが伸ばした指はもうケンには届かなかった。
 ヘリが到着した。シェルターの奥にある脱出用ポッドのハッチが開くと、ケンは素早く倒れている男と医師をそこへ押し込んだ。
 だがケンはポッドには乗ろうとはしなかった。
「ケン!」
「さようなら、ドクター。これをジョーに渡して−」
 閉まりかけたハッチの隙間からスチールブルーの小さな鳥が1羽、するりと飛び込んで来た。

 ヘリが飛び去ってから暫くして、コントロールルームはデバイスの出力マキシマムを要請するケンからの通信をキャッチした。


scene #9

「ああ、そうかい、分かったよ!」
 チッ、話にならねえや‥‥バサッと分厚いファイルの束をテーブルに叩き付けると、ジョーはそう舌打ちして席を立った。
「待ちたまえ、ジョー!どうするつもりだ?」
「これはISO評議会の決定だ、勝手な真似は許されんぞ!」
 追って来る声にドアの前でくるりと振り返ると、ジョーはフンと皮肉っぽく片頬を歪めて言い放った。
「あんたらが何と言おうと俺は行くぜ。止められるもんなら、止めてみな!」
「ジョー!待てと言ったら待て。次の探査ロケットも既に完成間近なんだぞ」
「ジョー、冷静になりたまえ。何も我々は君と−」
 だがジョーはもう振り返りはしなかった。
 くそったれどもめ!
 我々は君と?事を構える気は無えってのか?
 こっちにはあるんだよ。事を構える覚悟も、その理由もな。
 次の探査ロケット?ヘ、俺の知った事かよ!
 こっちにはあるんだよ。もっと大事なことが、ものが、な。
 
 あの日から、既に20年が経過していた。
 そして、あの日、作動したデバイスは現在もあの " 汚染地域 " を封印し続けている。
 宇宙からの侵略者が遺した未知のテクノロジーを応用したこのデバイスは気圧をコントロールする事によってドーム状の放射能帯を形成し、大気中にバラ撒かれた各種放射性物質−死の灰をその内部に完璧に封じ込める。ごく小規模な−と言ってもマキシマムでは500kmからの圏内をすっぽりと覆うのだからかなり大きいが−ヴァン・アレン帯が大気圏内にある、と考えると理解し易いだろう。
 ともかく、この−デバイスとあの日あそこで自らの任務を全うした者達の−お陰で人類は " 汚染地域 " 分の肥沃な大地を失った−以前の事故で既に一部は " 死のゾーン " だったし−が、" 共同墓地 " に世界中から運び込まれた高レベル核廃棄物と1基の加圧式軽水炉の原子炉から漏れ出した放射能の脅威からは救われたのである。
 ISOはただちに汚染地域内部の調査を開始したが、かつて南海の孤島でこのデバイスが使用された時同様、いや、たった1発の核爆弾のものとは比べ物にならない量の放射能が渦巻く放射能帯を越える事は困難を極めた。核爆弾は瞬間的な被害こそ大きいが放射性物質の量という点ではせいぜい十数kgから百kg程度で、何t、何十tという大量の核燃料を長時間にわたって反応させ巨大なエネルギーを生む原子力発電所が数十年もの間に生み出した非常に大量の核廃棄物やそれらから生じる放射能汚染はこの比ではなかったし、科学忍者隊もGPももう無かった。
 こうした事情から調査は非常に不明瞭なものにならざるを得無かった。
 そして当然の事ながら、やはりケンは死亡したものとして処理された。
 だが、断片的なデータの中に時折、白い影が現れては消えるのだ‥‥

 最初に強行突入を果たした勇敢な超音速軍用機のクルー達は生存者も斃れている筈の作業員達やテロリスト達も遂に発見出来なかったが、プラントを見下ろす丘に立ち並んだ十字架とそこに佇む " 白い翼の天使 " を見つけたこと。
 大気汚染物質の分離固定法を確立していた物理学者のメッケルはこの理論と技術を放射性物質に応用し、スタッフと共に防護服に身を包んで自ら死のゾーンへと赴いた。後にこの功績からノーベル賞を授与されたメッケルだが、この時、機材の設置中に過って建屋から転落しそうになったが " ガッチャマン " に助けられて無事だったこと。
 繰り返し " 共同墓地 " に眠るプルトニウムを狙って侵入するテロリストや死の商人、或いは明らかに何処かの軍隊と思しき輩は尽く退けられたが、運良く逃げ延びた彼らは口々に鬼神の如き " 白い影 " の恐怖を語っていること。
 動植物の調査の為、森に入り込んで方向を見失った科学者の一団を " 白い大きな鳥 " が現れて導いたこと。等々‥‥
 こうした事実から、
「 " 死のゾーン " の中で、ケンはまだ生きているのではないか?」
 ISOの内部で、そんな噂が何処からともなく、だが幾度も繰り返し囁かれるようになったのは、ジョーが3度目の火星探査から地球へと帰って来た頃の事だった。そしてジョーはメンテナンスの為に入院したサイバネティクス研究所である男と出逢った。

 久しぶりの地球の青空はジョーにしきりとケンを思い出させた。
(あれから、もうじき20年か‥‥)
 サイボーグであるジョーの容姿は何年経っても変わる事は無いが、思い出の中にいるケンもまた同様に少しも変わらぬ、あのケンのままだ。
 厳しくて、優しくて、そして誰よりも強かったあいつ。
 空を愛し、飛ぶ事を何より愛していた懐かしいあいつ。
 共に生き、共に死ぬ事を誓った、たった1人の友だったが‥‥
 ジョーはケンの事を誰よりもよく知っているから、" 最期 " −いや、誰もそれを見た訳ではないが−を聞かされても別段驚きはしなかった。哀しくないと言えば嘘になるが、ケンが果たすべき任務に殉じたのはむしろ当たり前だと思った。だからその後、ジョーは両脚が治ると自らが果たすべき任務−とりあえずは " 共同墓地 " を狙いやがった馬鹿どもを叩き潰す事−に向かい、それが済んだ後は兼ねてからG1号とG2号が揃って参加する事になっていた太陽系探査ミッションに就いた。
(アストロノーツになって、星の彼方へ行ってみたい)
 それはまだ病床にあった頃のケンの夢でもあった。
 再び飛ぶ事を夢みて、ケンは生き続けたのだろう。
「ちぇ」
 馬鹿野郎、俺ひとりあんなつまらねえところへ行かせやがって、と独り言ちるとジョーはあれ以来、肌身離さず持っているケンのブーメランを取り出して、その瞳と同じ青い青い空へと投げた。ジョーは時々、そんな事をする。何の根拠も科学的な裏づけも有りはしないが、そうするとケンが喜ぶような気がしたからだ。
 キラリと陽を弾いて手に戻ったそれを捉まえた時、ふいに声を掛けられた。
「あの、失礼ですが、あなたは " ジョー " ですか?」
 うん?と振り返るとまるで見覚えの無い初老の男が立っていた。
 誰だ、こいつ‥‥と訝しんだものの、とりたてて隠す必要も無かったので、
「ええ、ジョーは俺ですが、何か?」
 と頷いた。と、男は大きく目を見開き、感に耐えぬと言った様子で意外な事を言いながら左手を差し出した。
「ああ、こんな処で逢えるなんて!ジョー、あの時、私はケンからその鳥を預かって来た者なんですよ」
「えっ、何ですって?ケンから、これを‥‥?」
「そうです。あ、左手で失礼。ホデムチュクと言います。右手はまだよく動かなくて−」
 ホデムチュクと名乗る男の右手はどうやらサイバネティクス・オブジェクトらしい。事故にでもあったのかな?気の毒に‥‥などと思いながら、
「いや、気にしないで下さい」
 ジョーは彼の左手を握り返した。


scene #10

「 " The third angel blew his trumpet, and a huge star, blazing like a torch, fell from the sky and came down on one-third of the rivers and on the water springs‥‥[第三の御使い、ラッパを吹き鳴らし、松明の如き燃えし大きなる星、空より降り来たりてかの川の三分の一とかの水源の上に落ちたり‥‥] " 」
 モーターカヌーで川を上りながらジョーは黙示録の一節を低く暗唱していた。
 水源はもうすぐだ。川は豊かな水をたたえて、穏やかにゆったりと流れ行く。
(降水量が増えましたからね。お陰で水力発電はうまく行っていますよ)
 監視ステーションの所員がそんな事を言ってたっけ。デバイスが作り出す低気圧が定期的な雨をこの一帯にもたらし、それによってこの河川の下流に作られた水力発電所は予定通りに、いや当初北方の氷河がもたらすと期待された恩恵以上の電力を生み出している。
 文明社会に必要なもの−それは科学と経済と電気だ。
 肥沃な大地を失った代わりに人々はそれらを得、それらを糧にかつての呪縛−放射能汚染−から立ち直ろうとしている。いや、まだ時間はかかるだろう‥‥
「 " The star's name is Wormwood, and one-third of the waters turned to wormwood‥‥[この星の名「ニガヨモギ」と言いて、かの水の三分の一、ニガヨモギの如く苦くなりにし‥‥] " 」
 そう、苦蓬−奇しくもここの地名だった−という名の星は燃え、そして、
「 " Many people died from the water, because it had turned bitter. [かの水苦くなりし故、多くの人、死にたり] " 」
 そう、本当に多くの人が死に、悲劇はいまだ未知数のまま続いている‥‥
 最終的な死者や被害者の数をカウント出来る者はおそらくいないだろう。
 何故ならば、それは気が遠くなるほど長い長い時の果ての話しだからだ。
 だが、この美しさはどうだ?
 木々は芽吹き、青々と葉を茂らせ、風光る空には鳥達の歌が聞こえる‥‥
 " 死のゾーン " という忌わしい名称とこの美しい自然とのギャップに戸惑いを覚えるが、忘れてはならないのは「放射能は目に見えない」という事だ。かつての事故で、またあの日に解き放たれた放射性物質は変わる事なく " ここ " に在る。最初の事故で世界中にバラ撒かれた分は人類が犯した最大の愚行−原子爆弾の投下−の実に400倍にも及ぶと言う。そして、2度目の分はまあそこまで多くはなかったそうだが、デバイスが拡散を防いでいるからまだそっくりそのままここに在る筈だ。
 だが、この美しさはどうだ?ジョーの唇が我知らず感嘆の口笛を鳴らす。
 測定器が示す放射線レベルが「嘘なんじゃないか?」と錯覚するほどだ。
 だが、これは " 嘘 " などではない。そして、ここに " 真実 " がある筈だ。
 それを確かめるためにジョーは来たのだ。評議会の反対を押し切って‥‥
「さあ来たぜ、ケン」
 ジョーは緑濃い岸辺の向うに見える巨大な建造物群を睨むと低く呟いた。
 おまえが出て来られないのなら、俺が‥‥

「ちょっと待って下さいよ、ドクター。ケンが生きている、ですって?」
 ケンからブーメランを預かったと言うその初老の男の言葉をジョーは始めよく理解出来なかったし、信じようとは思わなかった。
 ケンが生きている?‥‥そんな馬鹿な!
 しかしあそこの医師で、最後までケンと一緒だったと言う彼は頑として「そうだ」と言い張り、詳しい経緯と例の白い影の噂をジョーに話して聞かせた。
 そんな‥‥嘘だろ?20年も?たった1人で?あそこで?どうやって?
「そんな馬鹿な!いったいあいつは何を食って今まで生き延びて来たと言うんです?」
「私達の宿舎やシェルターには50名の所員が優に半年は暮らせるだけの非常用保存食や飲料水やらの備蓄があった。だから計算上はケン1人なら25年は保つ筈だし、それに私と主任は調査団や研究員が入る度にそうした物を置いて来るよう頼んでいる」
「なるほどね、クソ不味い保存食ならば食い物がたっぷりあるって事は分かりましたよ。だけど、5000ラドからの放射線を浴びて生き続けられる人間がいると思いますか?」
「でもあの時、私が診た限りではケンは何の異常もその徴候も示していなかったんだよ?疲れているようだったが、それ以外は特に‥‥」
「だけどドクターだって " その後 " の事は知らないんでしょ?だったら、やはりレポートにある通りあいつはあそこで死んだ−そう、もう20年も前にね。そう考えるのが順当なんじゃないんですかね?」
「確かにISOのレポートはいちばん論理的だし整合性もあるがね、しかし、ケンは細胞の再生を促すために遺伝子治療を受けた事があると言っていた。ISOにはその詳しいデータもある筈なのに、あのレポートで1つもその事に触れていないのはどういう訳だい?」
「いや、だけど、それよりもどうしても俺には解らねえんだ。生きているんなら、何だってケンは、あいつはあそこに留まっているんです?何だってあいつは連絡して来ないんです?生きているなら、ケンは必ず俺に連絡して来る筈です!」
 そうさ、もし生きているのならあいつは何があっても俺にだけは−、とジョーはスティールブルーのブーメランを握りしめた。これはケンの " 心 " だ。あいつがこれを俺に寄越したって事は‥‥だから俺はあいつの事を諦めたんだ。
 思わず俯いたジョーを見、
「ジョー、ケンがあそこに留まったまま出て来ようとしないのは‥‥」
 医師は一瞬口籠り、だがそれでも意を決したように右手を伸べた。
「恐らく‥‥これ、だと思う」
「これって?」
「ジョー、私がこの右手を失ったのはね、ケンに触れたからなんだ」
「な、何ですって?」
「私はあの時、ケンの決意に気付いて思わず彼の青いグローブを握りしめ‥‥」
 自らの全てを捨てて行こうとするケンを出来る事ならば止めたかったのだ、と、
 いや、それが叶わぬ事もそうする事のリスクも充分に解ってはいたさ。だけど、
 せめてもの餞に人の手の温もりを、生きている事の証を伝えたかったのだ、と、
 医師は静かに語った。

「じゃ、ケンの身体は−」
「非道い言い方だが、ケンは " 高レベル放射性物質 " と呼ばなければならないほど多量の放射能を帯びている。誰も彼には触れる事は出来ないし、いや時間が長ければ傍にいるだけでも危険かも知れない。だからケンはあの " 死のゾーン " に自らを封じ込んだままなんだと思うよ」
「いい加減な事を言うんじゃねえっ!そんな、そんな馬鹿な‥‥」
 ジョーは怒鳴った。そんな馬鹿な事が、そんな酷い事が‥‥まさか!
「へっ、あんた医者だろ?ドクター。触っただけで腕を切断しなきゃならねえほどの放射能を帯びたまま生きていられる人間なんかいるもんか!」
「そうとも!いいかい?君が言う通り、5000ラドもの放射線を浴びて即死もせず、接触した相手を被曝させるほどの放射能を帯びたまま、しかしその所見上は「異常無し」などというのは極めて特異なケースなんだよ。それに関して何故ISOは何の科学的見解も述べないのかね?何故ケンを探しに行かないのかね?」
 遺伝子治療?‥‥ああ、そうか!
 細胞破壊が進行し、死の淵を彷徨っていたケン。
 ふと目蓋を上げて、枕辺にいた俺に訊いたっけ。
(ジョー、もう眠ってもいいか?)
 と‥‥。
 駄目だ!と即座に答えて、俺は首を横に振った。
(生きるんだ、ケン!俺にそう言ったのはおまえだぞ)
 だから俺はこの " 生 " を受け入れたんだぜ、と。
 そうだったな、とケンは空の色の瞳を瞬かせて、
 そう言ったのは俺だったな‥‥と微笑ったっけ。
 そうか、あの時、ケンは遺伝子治療を受ける決心をしたに違いない。
 遺伝子を操作する事は生物の " 根源 " を変えてしまう可能性がある。
 もしかしたら、ケンの " 生 " は‥‥
「ドクター、俺と一緒に来て下さい」
「え、どこへ?」
「ISO本部ですよ。あそこのメインコンピューターならケンが受けた遺伝子治療について、それからあいつが死なずにいるその理由についても何か分かるでしょう」
 急な事に目を丸くして驚く医師を急き立てて、ジョーは足早に歩き出した。


scene #11

−「G2号、こちらヘルダイバー。" 目標 " 到達まで3分、準備はいいか?」
「こちらG2号、ああ、いいぜ」
−「ヘルダイバー、了解。予定通り降下する」
「G2号、了解」
 今回のミッションの本隊である特殊空挺部隊とは別に1人、モーターカヌーでかつての原子力プラント−現在は " 死のゾーン " の中心部だ−へと接近したジョーは、本隊からの連絡に応えるともう一度その穏やかな景色を見渡した。川辺の柳が「放っておいてくれよ」と言わんばかりに早緑色の葉を揺すっている‥‥しかし、ジョーは全ての感傷を振り切るように迷彩柄のポンチョをバサリと脱ぎ捨てて岸へと飛び上がると、その鋭い眼光をただ前方に据えて " 目標 " へと走り出した。
 巨大な建造物群の1つのすぐ上にホバリングした識別マークさえ無い黒一色のMH−70K特殊戦用汎用兵員輸送ヘリからラペリング降下して来る空挺隊員達は " 地獄の降下兵 " の異名を取る精鋭揃いだ。放射能防護服という重装備を物ともせず、彼らもまた着地するや否やまっしぐらに " 目標 " へと走り寄る。
−「G2号、こちらヘルダイバー。 " 目標 " に到達した。" ゴースト " は現れない。これより " 墓地 " へ侵入し " 柩 " を運び出す」
「G2号、了解。だが油断をするなよ、ヘルダイバー。" ゴースト " は必ず攻撃してくるぞ」
−「ヘルダイバー、了解。なぁに10分でカタを付けるさ。奴が現れたら援護を頼むぞ、G2号」
「ああ、任せておけ。G2号、配置に付き待機している」
 ジョーはヘルダイバー達が " 共同墓地 " と呼ばれる放射性廃棄物貯蔵庫の分厚い扉を抉じ開けに掛かったのを物陰に身を潜めたまま見守った。彼らはこの永遠の墓所深く埋葬された−いや、こんなロマンチックな表現は相応しくないだろう。地獄へと舞い降りた彼らが運び出そうとしているのは、国連とISOの核不拡散計画に基づいて世界中から集められ封印された核燃料用のウラン235やその分裂反応の結果生じたプルトニウムなのだ。
 何故に?と問うまでも無く、それらは核兵器製造に不可欠なものだからだ。
 そう、再び核兵器を所有する為に!自らの力を明白な形で知らしめる為に!
 こうした欲望は某国正規軍だろうとテロリストだろうと何ら変わる事は無い。
 公式文章に犯罪として記録され、それを追求されるかどうかは別として‥‥

 あの日、ケンのブーメランが引き会わせてくれたドクターから得た情報は " 事実 " だった。そう、死んだ筈のケンは、掛け替えのない無二の親友は生きているらしいのだ!
 だが、それならば何故、ケンは " 隠されたまま " なのだろう?
 躍り上がりたいほどの喜びと同時に多くの謎と疑問が湧いた。
(ええい、ままよ!)
 当たって砕けろ、とばかりにジョーはケンの捜索をISO評議会に願い出たのだが‥‥
 提出した上申書をリジェクトされたジョーは、依然 " 彼にしか遂行できぬ特別な任務 " 関連の伝手と情報網を−多少の暴力や脅しも−駆使して某国が極秘裏に画策したこのミッションへの参加を申し出た。" 死のゾーン " へ兵を送ってでも核兵器の材料を入手したい、4万8千年続く軍事力を再び得たいという某国の欲望と、何としてでも無二の親友を探し出したい、4万8千年続く孤独から開放してやりたいというジョーの願いと‥‥つまりはそうした双方の利害が一致した訳だが、地球の平和を守る為に生きて来たジョーにとって、これは苦渋の選択だったと言わざるを得ない。
 それでも‥‥ジョーはもう一度ケンに会いたかった。
 いや、どうしても会わなければならない、と思った。
 それが叶うなら全てを投げ打っても構わない、と信じたからこそここへ来たのだ。

(ケン、さあ出て来い!頼む、出て来てくれ!)
 ジョーは作業に追われるヘルダイバー達を凝視めたまま、胸の中でそう呟いた。
 と−、
 その視界にそれは唐突に飛び込んで来た。
「来やがった!」
 飛び出して、音も無くヘルダイバー達を急襲せんと迫るそいつへと駆ける。
 それは白い影‥‥
 かつてと少しも変わらぬ真白き翼、猛き鷲の容貌、
 ああ、ケン‥‥本当に、本当に生きていたんだな!
 その懐かしい姿にジョーの口元が微笑みを形作る。
「G1号、待てっ!俺だ!」
「‥‥!?」
 突如として現れたジョーにケンは一瞬だけその場に立ち尽くしたが、次の瞬間、白い翼を翻して猛然とジョーに襲い掛かって来た。
「うっ」
 寸での処でそれを躱したジョーは依然油断なく身構え、鋭い殺気を放ったままのケンに怒鳴った。
「おい、俺だ、G2号だ。俺を忘れたのか?どうしちまったんだよ、G1号−」
 バイザーに隠され、その表情を窺う事は出来ないがジョーの声は確かに聴こえている筈だ。しかしケンは攻撃を止めようとはせず、再びジョーとその背後のヘルダイバー達へと迫って来た。
「G2号!" ゴースト" は君を認識しないぞ。これはどういう事なんだ?」
「知るかよ!ンな事はこっちが聞きてえぜ。くそっ、この恰好を見てあいつが俺を判らない筈は無えんだ」
「放射能の影響で " ゴースト " は狂ってしまったんじゃないのか?」
「ああ、その可能性はあるな。いかん、また来るぞっ、避けろ!」
「ならば撃ち殺すんだ!小隊、構え!」
「馬鹿野郎!よせっ!」
 しかしジョーが制止するまでも無く、ケンはMP6短機関銃が一斉に向けられたと見て取ると、ニヤリと口元を歪めて白いマントを肩越しに跳ね上げた。
「うわ、う、撃つなっ!」
 ベルトに装着されたマッド・パイナップル−劣化ウラン手榴弾−に指揮官が悲鳴に近い声を上げた。彼らの足下には既に危険なプルトニウムが詰まったキャスクが積まれている。あのズラッとぶら下がったマッド・パイナップルが爆発したら‥‥
「G2号、奴を何とかしろ!」
「ヘッ、勝手な事ばかり抜かすな!」
 話が違う−" ゴースト" と恐れられるケルベロスに阻まれて " 柩 " の奪取に成功した部隊は無い。だが " ゴースト" が噂される通りG1号であるならば、かつてチームメイトであり生死を共にして来たG2号を攻撃する訳は無い‥‥それが君をミッションに参加させた " 理由 " だった筈だぞ、と喚き散らす指揮官にジョーはフンッと鼻を鳴らした。
「まさかこんな事になろうとは、俺だって思いもよらなかったさ。だが、いずれにしてもこいつは俺の手でカタを付けるしか無いようだな‥‥行くぜっ、G1号!」
 叫んで、ジョーは跳躍した。
 受けて、ケンも躍り上がる。
 青い翼と白い翼は絡み合うように交差しながら建屋の外壁を一気に駆け上がり、瞬く間に屋上へと消えた。
 やがてヘルダイバー達は小さいが眩い閃光が走るのを見、
 青く青く晴れた空に吸い込まれて行く爆発音を耳にした。
 そして‥‥
 再び地上へと舞い降りて来たのは、青い猛禽だけだった。


scene #12

「G2号、" ゴースト " はどうした?」
「" ゴースト " は、いや、 " フェニックス " は装着していたマッド・パイナップルで血の一滴、骨の一欠片残さず吹っ飛んだぜ」
「むっ、気付いていたのか‥‥」
「ああ、あんたらが狙っているもう1つの獲物が " あいつ " だって事は端から知っていたさ。ふふふ、木っ端微塵になっちまって残念だったな」
 チッと忌々しげに舌打ちした指揮官はチャッと鈍い音を立ててジョーに銃口を向けると、ニヤリと笑った。
「 " フェニックス " が捕獲出来ぬとあらばもはやおまえに用は無い。それに我々の事をISOに報告されては困るからな」
「フン、汚ねえ " 手 " だな」
 笑い返して、ジョーは手にしたマッド・パイナップルを掲げた。
「動くんじゃねえっ!さあどうする?大人しく引き上げるんなら命だけは助けてやるぜ」

−「くそッ、薄汚いサイボーグめ!憶えていろよ!」
「ああ、忘れやしねえよ。今回の1件は俺のメモリーチップに洗い晒い " 記録 " させて貰ったからな。ま、汚ねえのはお互い様ってとこだぜ」
 独り言ちて通信機のチャンネルを閉じると、ジョーはモーターカヌーへと戻った。振り仰ぐ空にMH−70Kが遠離って行く。それからジョーは、
「ケーン!」
 と、呼んだ。懐かしい友の名を‥‥。

 西暦2225年。
 地球エリア第8区画。アスリーブ星域恒星系第5惑星軌道上探査基地 " タナトス "
 ワームホールを移動するたった数ヶ月の航程だが、その航行距離は約200光年。
 ここ " タナトス " は地球より数えて8番目に位置する探査基地であり、現在建造中の第9区画探査前線基地・カルムアへの最後の中継地だ。かつてアンドロメダからの侵略によって滅亡の危機に晒され、また同時に地球外高度文明の存在を知った人類が、次世代の懸命な宇宙開発の末に築き上げたネットワークは遂に銀河系を出、外宇宙にまで、その探査の翼を広げた。
「どうしたんだい、ジョー。到着は明後日の筈だが?」
「ああ、スケジュールでは、な」
 ちょっと野暮用があってね、とウインクして見せるジョーに「相変わらずだな」と旧知の基地司令は笑った。
「急なスケジュール変更で余計な手間をかけた上にこんな事を頼むのは気が引けるんだが、もう1つだけ−」
「うん、何だい?」
「地球が見たいんだ。 " ガリレオ " を貸してくれ」
 ああ、と司令は頷いた。200光年の距離を置いて " 母なる地球 " の姿を−例えそれが200年前のものだとしても−運んでくれる高性能宇宙望遠鏡はこの先には無い。そしてジョーは数日後にはカルムアを超えて、今はまだ無人探査機が周回しているだけの外宇宙へ、また未知なる星々の彼方へとひとり旅立つのだ。火星を始めとする太陽系内の惑星探査以来、ずっとそうして来たように‥‥
「分かった。展望室に準備させよう」

「ジョー、ここだ」
 呼び声にどこからともなく現れたケンはジョーの前に立つと、
「上手くいったな、" G2号 " 」
 と穏やかに微笑んだ。
「ははは、よく気付いてくれたな。さすがだぜ、ケン」
「ああ、20年経とうとおまえが俺を " G1号 " などと呼ぶ筈は無いからな。しかし無茶な事をする。ジョー、おまえって奴は−」
「ちぇ、20年ぶりだってのに説教なんかされたかねえや。それに無茶なのはおまえの方だぜ、ケン」
 馬鹿野郎、たった1人で‥‥
 ISOのメインコンピューターの最深部に隠されていた " すべて " を突き止めたジョーには、ケンがここに留まり続けた理由が理解出来たし、また、ケンが取って来たであろう行動を思い浮かべる事も出来た。高レベルの放射能を帯び、それでも生存しているという " 事実 " 。それはケンの細胞が " 偶然 " の事故で大量に浴びた放射線により突然変異を起こしたからだという " 仮説 " −Dr.ホデムチュクが " 偶然 " 持ち帰ったサンプルから得られたデータによる−。それ故に " フェニックス " として狩られなければならないという " 運命 " ‥‥いや、これは例えあの事故が無かったとしても有り得た " 運命 " だったのかも知れない。なぜならケンは細胞破壊を食い止める為に遺伝子治療を受けた訳だが、その時点で既に一部−主に軍部−に不老不死の " テストケース " と誤認されていた節もあるからだ。
 或いはケンはその事を知っていたのかも知れない。だからこそここにいたのかも知れない。自らが引き起こしたかも知れず、また引き起こすかも知れない様々な
" 悲劇 " を回避する為に。たった1人で‥‥
「寂しくはなかったのかよ?」
 ジョーはそれだけしか訊かなかった。
「ああ。だって俺 " だけ " じゃない。マイケル、タナカ、リッキー、名前は知らないが俺が葬ったみんな、ドクターのお父さんや前の事故の時にいた人達、沢山のリクビダートルや消防士、軍人。それから " ここ " を救おうとしているDr.メッケルや科学者達や‥‥みんなみんな、自分がやるべき事をやり遂げる為にここにいたし、ここに来たし、ここにいるんだ。だから寂しくは‥‥」
 ケンは言葉を切ると少し驚いたように目を見張り、それからゆっくりとその瞳を瞬かせて20年ぶりに再会した友を見つめ、
「いや、寂しかった。ジョー、おまえに会えなくて本当に寂しかったぜ」
 と、含羞みながらも5月の青空のように明るく微笑んだ。

「まもなく映像が来ます」
 オペレーターの声にジョーは思わず背筋を伸ばした。
「今日はあなたの " 大切な日 " なんですか?」
 遠い宇宙に暮らすこの基地の人々もきっと忘れえぬ " 大切な日 " には自分と同じようにこうして遥かなる故郷、母なる地球を眺めるのだろう。時は流れ、世は移っても、人は変わらない。ジョーはそれがたまらなく嬉しかった。そして自分もまだ変わらずに " 人 " なのだ、と‥‥。
「ああ、今日だけはさすがの俺もホームシックになる」
「あなたの帰りを待っている " 大切な人 " がいるんですね?」
 まあな、とジョーは微笑んだ。
「さあ、地球ですよ」
 ファン‥‥と、音がして3次元スクリーンに画像が浮かび上がる。徐々に鮮明になる青は、太陽の光を受けて実体化する太陽系第三惑星‥‥ " 地球 " だ。
 見上げて、ジョーは大きく息を吐いた。
 200光年、
 秒速30万kmの光が、漸くここまで運んで来た200年前の地球。
 瑞々しい青、銀河の果てにあっても忘れ得ぬ故郷、" 母なる地球 " 。
 ああ、そうだ。
 あれは空の青、そしてケンの青。空の青を映し続けるケンの瞳の青。
 そう、それは、
 瑞々しい青、無窮の宇宙にたった一つしか存在しない " 永遠の青 " 。


- The End -


and ....scene #1 > again

−「こちらイーグル1、ステーション4、応答願います」
「こちらステーション4、イーグル1、どうぞ」
−「やあ、こんちは。今日は降りられそうだよ」
「そいつは良かった、イーグル1。お客さんもお待ちかねだぞ」
−「え、誰だい?お客って?」
「ははは、そいつは降りてのお楽しみさ」
−「OK、じゃ大急ぎで行くよ」

 空はきれいに青く晴れている。しばらく吹き荒れていた強風も止み、今日は通信状態も良好だ。事故から2世紀余が経過したが、デバイスが造り出す " 風棺 " は依然その中に放射能を封じ込めたまま存在している。半減期から考えればここの放射能は4万8千年残る。しかし多くの科学者や研究者の努力によって、当初「再びヒトが住めるようになる」までに要すると目された600〜900年という期間は徐々に短縮されつつあるが、それでもまだ1世紀から3世紀はかかるだろう。
 あの1件の記録から某国は厳しく糾弾されたし、" 共同墓地 " のセキュリティーも固められた。不老不死の幻影−" フェニックス " は粉々になってしまったのだから捕まえようがない。ISOと国連は " 風棺 " の周囲に監視ステーションを配備し、放射能汚染を乗り越えて甦ろうとする自然−ここが原風景に還った時、その森や草原は " 清浄 " なのではないか?との学説もあるが、植物や野生生物が戻り、ここで繁栄し始めているのは事実だ。それらを調査し、保護し、同時にガードするレンジャーの1人にケンを加える事でISOはケンとのコンタクトを保っている。
 勿論 " 風棺 " の中に住む者は今もケンひとりだが、もうそう孤独ではなくなったし、移動の為の " 翼 " も手に入れた。時折り懐かしい友が尋ねて来て、遠い星々の世界の話を聞かせてくれる。そして、そいつだけは " いつまでも " ケン同様、少しも変わらずにいてくれるのだ。

−「イーグル1、着陸する」
「ラージャー、イーグル1。ご馳走もあるぞ、さあ早く降りて来いよ」
 着陸を告げた低翼単座の小型レシプロ機を出迎えるのだろう。
 ダークブロンドの逞しい青年が眩しい滑走路へと出て行った。

- Over ! -


大切なことは、このままその道を進むことです。
目標を見失うことなく、旅路を続けてください。
「私があなたを愛していることは、あなたがご存知です」
と、心から言える日まで
−ヨハネ・パウロ2世−

第264代教皇ヨハネ・パウロ2世が4月2日、御父の家に帰られました。
世界平和の為に常に努力されたパパ様が、永遠に安らかならん事を‥‥。



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