ANOTHER STORY OF THE GATCHAMAN バナー

EXIT

by さゆり。
Art by Nagi

「おや、このフェンスには穴が空いているぞ。」
 その基地はかなり大きな民間の空港に隣接しており、それがここから小一時間ほどでアクセス出来るある都市の防空のためなのか、それとも現在ほど航空機が発達していなかった時代の単なる名残りなのかは定かではないが、空軍基地と空港を隔てているのは、どこにでもあるようなネットフェンスだけだった。そしていくらそのネットフェンスが高かろうとも、ネットの性質上、視界を遮ることはない。まさか旅客ターミナルの賑やかな、とは行かなかったが、そのフェンス越しに触れる「民間人」の空気に惹かれてか、空軍のパイロット達や整備クルー達はよくここへ来ているようだった。
 南部から依頼された新型機の飛行性能テストのためにそこを訪れた健も、また例外ではなく、無事にテスト飛行を終えると、何の気は無しに真直ぐに伸びているそのフェンスの傍へ行き、そしてその不思議な「穴」を見つけたのだった。

「そりゃ出口だよ。」
 え?と振り返ると、まだ若い一人のパイロットが笑っていた。
「出口・・・ですか?」
「そうさ。しかも内緒の、な。だから上の奴らには言うんじゃないぞ。」
「はぁ。」
 健が見つけたその穴は単なるネットの破れ目で、手を突き出すには充分な大きさだったが、彼が言うように人が出入り出来るとは到底思えない。からかわれているのか、とも思ったが、健はここの人間ではないし、まして自分が黙っていたところでセキュリティーに問題あり、と看做されれば、こんなネットはすぐに張り替えられてしまうだろう。だから、健は敢えて逆らわなかった。
 パイロットは陽気な仕種で右手を差し出すと、軍人らしく、
「西部航空大隊所属、第23小隊のコリン・マッガイル軍曹だ。」
 と、名乗った。その名前には聞き覚えがある。いや、聞き覚えどころの話しではない。それはさっきまでテスト飛行をしていたソーラー・グライダーと、翼を並べて飛んでいた撮影用ビーチクラフト機のパイロットの名ではないか。健は内心、少なからず驚いた。今日のような「仕事」でもーもちろん「任務」ならなおさらだがー健が「同僚」や「友軍」と素顔で接する機会は皆無に近い。偶然にしては出来過ぎてやしないか?何故、俺に名乗らせようとする?・・・だが、この男はあまりにも開けっぴろげだ・・・だから、一瞬の逡巡の後、健も微笑むと、
「鷲尾 健です。さっきはありがとうございました。」
 と、名乗って力強く右手を握り返した。と、今度は相手が驚いた。
「えっ、鷲尾 健?じゃ、あのテスト機の?」
 ええ、と頷く健を目を丸くしたまま上から下へと眺め回して、コリンと名乗った男は、いや、偶然だなぁ、と愉快そうに笑った。そうですね、と相槌を打ったものの、心の中は複雑だった。当然の事とは言え、まず相手を疑って掛からなければならなかった自分が、哀しい。そして、当然のように「嘘」をつかなければならないこうした会話も・・・。
 気がつくと、健は見るとはなしに、フェンスに空いた件の穴を見つめていた。

「君は南部博士の開発チームのパイロットなんだってね。」
「ええ、そうです。でも、まだ見習いって言うか、正式なものでは・・・。」
「ふーん、でも大した腕前だねぇ。今日のテスト飛行もだが、いつも見事なもんだ、とチームメイトと話してるんだよ。まさかこんな坊やが乗ってたとはねぇ。」
 どうも、と頭を掻いて、健はやはり困った事になったぞ、と思っていた。確かに健がこの空軍基地を訪れたのは、今日が初めてという訳ではなかった。国際科学技術庁の新型航空機開発チームのブランチがここにあり、そのためここで飛んだり、ここへ来る機会があった訳だが、少なくともこの基地では、健は「鷲尾 健」のままでいられたからだ。
(正直に何もかも話してしまうか、いっそ逃げ出してしまえたら、楽なのにな・・・。)
 そんな思いに苦笑いを浮かべて、健はまた破れ目に目をやった。「出口」と言われたからかも知れなかったが、いくら凝視したところでやはりその穴からは「脱出」出来そうにない。仕方なしに背中でフェンスに寄り掛かった。何も喋れないのだから、詮索されると辛いのだ。まして同じ空の男には嘘をつきたくはない。だが、幸いな事にコリンは単純な興味を示しただけで、後はごく普通の世間話しかしなかった。
 午後の日が、長く長く一直線に伸びているフェンスのひとつひとつの網目を、白っちゃけたコンクリートの上に几帳面な影を落としていた。
 「出口」だと言う破れ目の影までがきちんとそのまま、影になっていた。
 (来週、バスケの試合を見に・・・)(な、あそこからこっちを見てるあの娘さ、俺にぞっこんなんだぜ・・・)(VTOLはスラスター操作が難しくて・・・)
 二人の若者が、時折、髪を軽く撫でて行く心地よい風に吹かれながら、とりとめのない会話を続けていた・・・。


 ゴッド・フェニックスは苦戦を強いられていた。
「ちっ!まるでレーダーも利かないぜ。このままじゃ、いくらバード・ミサイルを撃ったところで当りやしねえぜ!」
 ジョーは歯噛みせんばかりにそう怒鳴ると、それでも半ば怒りと勘に任せて赤い発射ボタンを数回、叩いた。
「ジョー、周りには友軍機がいるんだぞ。無闇に撃つんじゃない!」
「けっ、当りゃしねぇよ!大体、味方のミサイルも避けられない友軍機なんか、ただの足手纏いだ。」
 都市が近いため、何としてもこの洋上でケリを着けなくてはならない。いつもは慎重な南部が既に発射許可を与えた事からも、事態がいかに切迫しているかが窺われ、それがコックピットのメンバー達を奮い立たせていた。が、闇夜と、メカ鉄獣が撒き散らした謎の粒子によるレーダー障害によって、ゴッド・フェニックスは目を奪われていた。
「来たわ・・・8時の方向から接近!・・・あ、目の前よ!きゃあっ!」
「うわぁ・・・。」
 ジュンが得意の耳を活かして機外の音を拾っていたが、高速で飛び回るため、接近する方向を聴き取った時にはすれ違ってしまう。その度に敵メカは謎の粒子をゴッド・フェニックスの周囲にさらに散布しているらしい。
「竜、機首を2時の方向へ向けろ!あいつを追尾するんだっ!」
 健が怒鳴った。
「けんどもよぉ、何も見えんぞぃ・・・敵が回頭して来たら、正面衝突じゃぞ。」
 確かにメイン・スクリーンは淀んだ闇を写し出しているだけだ。竜の懸念は当然だろう。だが、健は眉を上げると再度、怒鳴った。
「かまわん!全速で追尾しろ、竜っ!向かって来たら、その時は・・・。」
 ハッ、として全員が健に注目した。
「・・・火の鳥で焼き払ってやる!」
 燃えるような目でそう言うや否や、健は友軍機に離脱勧告のために交信スイッチを叩いた。もうここから先へ行かせる訳にはいかないんだ・・・例え、刺し違えても!
「こちらゴッド・フェニックス、科学忍法に備えて貴隊は速やかに半径3千メートル圏内から離脱されたし!繰り返す、ゴッド・フェニックスは体当たりを敢行する可能性あり。速やかに影響空域から離脱されたし!」
 デジタル波はすべて通信不可となっていたが、辛うじてアナログ波による通信が途切れ途切れながらも生きていた。
ー「こ・・西部航空大隊第・・・、レッド・コメッ・、・ージャー!」
ー「ブルー・フ・・・、ラー・・ー!・・より離脱す・!」
「くそっ!ひどいノイズでよく聞こえん。ジュン、何とかクリアにして、このチャンネルはこのままオープンにしておけ。これが切れたら連絡のしようが無いからな。」
 ラジャー!と応えて、ジュンが手際良く通信を確保、調整する。さらにもう一機からの通信が飛び込んで来た。
ー「第・3小隊、・ワイト・アロー、ラージャ・!科学忍・隊の作戦了解!頑張って・れ!」


ジュンの努力の甲斐あって、通信はかなりクリアになっていた。が、
(!!・・・第23小隊か?)
 健はぎくりとして思わず身を乗り出した。3か、13か、23か?・・・まさか・・・しかし、それを確認する術は無く、また確認したところでどうなるものでもない。ともかく、全機が無事離脱するように祈るのみだ。

 その時だった。
ー「こちら、・ル−・ファイア、ゴッド・フェニッ・・、聞こえるか?敵メカを捕捉・た!当機・すぐ上だ!3時の方・、街に向かって・るぞ!」
 視界もレーダーも利かない闇と粒子の中は、発達した雷雲の中に似ていた。粒子が気圧や風によって渦巻く空域はまったくの闇だが、逆にそれらによって粒子が吹き払われた空域もある。それは戦闘空域から離脱中の一機から、偶然、敵の鉄獣メカと遭遇、位置を捕捉したとの通信だった。
「くそ!ギャラクターの腰抜けめっ、俺達を牽制しておいて街へ向かいやがった。健、どうする?」
「どうするもこうするもない、追撃だ!逃がさんぞ、地獄の底まで追いかけてやるぜ。ジュン、位置は確認出来るか?」
「OK!まだあの粒子の影響が強いけど、だいたいの位置は掴めたわ。」
「了解、ブルー・ファイア、だいたいの位置を確認した。急いで離脱してくれ。」
ー「いや、今、離・たら、逃げられる可能性があ・。ここで、・りぎりまでゴッ・・フェニック・・待つ。急・でくれ!」
 健は間髪を入れずに叫んだ。
「竜、全速でブルー・ファイアが示す位置へ向かえっ!」
「よっしゃ、全速前進!」
 青白い炎を噴いて、ゴッド・フェニックスが最大速まで加速する。だが、陸までは、街まではあと僅か・・・間に合ってくれ!・・・と、メイン・スクリーンにポッと微かな炎が見えた。その炎が照らし出した禍々しい影を、その鋭い眼で見て取ったジョーがすかさず叫んだ。
「いたぞ、健!見ろ、あそこだ!」

 何だ、あの炎は?・・・ざわ、っと胸が騒いだその時、不安を裏打ちする情報が健の耳に突き刺さった。
ー「こちらブルー・・・イア、被弾した。片方のエンジ・・から出火・・・」
「ブルー・ファイア、敵メカを視認した!離れろ、早く離れろーっ!」
ー「駄目だ、コ・トロールが利・ない。」
「諦めるな!残ったエンジンを切って、射出高度まで降下しろ。早くっ!」
ー「・う間に合わん。・ッド・フェ・ックスは当機を目標に突入・よ!さぁ、ここ・突っ込めっ!」
「駄目だ、駄目だ、駄目だっ!諦めるな、逃げろーっ!」
 健は叫び続けた。しかし、スクリーンの炎と禍々しい影はどんどん迫って来る。
 そして、散り始めた粒子帯の狭間からは、既に街の灯がまるでバケツいっぱいのダイアモンドをぶち撒けたようにきらきらと輝いて見える。あの幾千幾万という灯りの下には、それ以上の数の人々がいるのだ。それ以上の数の生命が息づいているのだ・・・!
 健はぐっと唇を噛むと、指揮席のコントロール・レバーを握り絞めた。
「駄目よ、健ーっ!」
「健、あの機を巻き込んじまうぞぃ!」
「あ、兄貴・・・!」
「・・・健ッ!」
 鋭い声に思わず振り返ると、真直ぐに見つめるジョーの瞳とぶつかった。
(ナカマヲ、ミゴロシニスルノカ?)
 じ、っとそれを受け止めて、健はきっぱりと頷いた。
(ソウダ。タトエオマエデモ、オレハオナジコトヲスル!)
 再びキッと前方を睨みつけると、血を吐くような声とともに健はコントロール・レバーを一気に引いた。
「行くぞっ!科学忍法、火の鳥!」

 そして・・・街は救われた。


 後日・・・。
 国際科学技術庁の新型航空機開発チームが行う新型機のテスト飛行のために、健は久しぶりにその空軍基地を訪れた。
 穏やかに晴れ渡った青空でのテスト飛行を上首尾で終えた健は、ふらりと例の場所へと向かった。そこと隣接する空港を隔てている、どこにでもあるようなネットフェンスにはまだあの穴が空いていた。
「ふふ、まだ空いていたか。」
 懐かしい友達にでも会ったように、健は微笑んで親しげにそこに触れてみた。

(そりゃ出口だよ。)
 耳の底にはまだあの時の、少し笑っているような、少し照れたような声が残っている気さえする。あの声の主がどうしているのか、健は知らない。まったくの別人だったのかも知れないし、あの闇夜に散った勇敢なパイロットだったのかも知れない。いや、もしかしたらあのパイロットは離脱に成功したかも知れない・・・健はそれさえも知らなかった。知ろうと思えば知る事は出来たが、健はそれすらしなかった。
 怖かったからでも、現実から逃げたかったからでもない。健は自覚している。
(知って、泣いて、詫びて・・・そうする事で逃げられるほど、俺の責任は軽いものではないのだ。)
 と。

 だが、健は賭けてみたかった。
 もし、あの軍曹がブルーファイアのパイロットでなかったら、いや、よしんばそうだったとしても、いつかここで会えるのではないかと。そうしたら、またあの時のように気の置けない雑談をしよう。そして、この穴が何故、「出口」なのかを訊いてみよう・・・。
 あの日のように、フェンスに背をもたせ掛けて、健はじっと待ち続けた。
(来ないかなぁ?)
 少し俯いて、ポケットに両手を突っ込んだまま、くそ真面目なフェンスの影が長く長く伸びてしまっても、健はそこに留まっていた。
 

- The End -

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