ANOTHER STORY OF THE GATCHAMAN バナー

FAREWELL MY LOVELY

by 鷲尾さゆり



act.1

「なあんだ、博士も人が悪いや。レジャーだなんて。」
 風が吹き渡る草原で、健はそう言って笑った。スパイとしてホントワールの秘密警察 に追われている謎の男がレッドインパルスの隊長だと知って、ほっとした健だったが、 最前の応酬でまるきり自分が子供扱いされたように、このレッドインパルスの強さには 正直驚嘆せざるを得ない。
(強いな、この人は。本当に強い。)
 さあ、こっちだ、と先を歩く赤い飛行服の背中を見ながら、健は悔しさよりも憧れ と、そして説明のつかない懐かしさを感じていた。
−バサッ!−
 と、薮が揺れて突然、1羽の雉が足元から飛び出した。飛び去るでもなく、逃げるで もなく、羽をばたつかせている雉を健は不審に思った。
「あれ、この雉、怪我をしているのかな?飛べないみたいだ。」
 レッドインパルスが振り返る。
「健、その雉には雛がいるんだ。雛を守るために親鳥が傷ついたふりをして、敵の注意 を引き付けようとしているのさ。」
「へえ、偉いもんだなあ、親って。そこまでして我が子を守るものなのか?」
 一瞬、赤い肩が凍りついた。しかし、再び先に立って歩き出すと、
「さあ、もう少しだ。」
 と、健を促した。針葉樹の森をしばらく進むと、ログ・キャビンがぽつんと建ってい た。森の向こうで、暮れて行く美しい山々の端に名残りの夕焼けが輝いている。ああ、 この景色もいつか見たことがある、と健は思った。ホントワール共和国に来てからとい うもの、何故だかこの感覚が付いて回る。ここへ来た事があるんだろうか?とさえ思え るほどに。だが、はっきりとした記憶ではないし、世界的に有名な景勝地のことだ、
きっと写真か映像を見たんだろうーと、健は自分自身を納得させた。

「ここは隠れ家だからな、保存食料しか置いていないんだ。まあ、我慢してくれよ。」
 カーテンを開けながら、レッドインパルスがそう言った。そうか、出掛けるまでには まだ時間があるんだな、と健は思った。見回すとログ・キャビンの中はけっこう広く、 香しい木の香に満ちている。一方の壁には立派な石組みのマントルピースがあった。
「ふぅん・・・。」
 初めて見る珍しさもあって、健が近付いてログキャリアー、トング、ポーカーといっ た品々を手に取って眺めていると、奥から声がした。
「ここは標高が高いんだ。これから寒くなるから火を起こしてくれ。」
「ああ。」
 と、返事はしたものの、さて?まあ、要するに燃えればいいのだから、と健は適当に 薪を炉床に重ねると、マッチを擦って火を点けようとした。しかし、煙りが出るばかり で火が起こらない。いがらっぽい煙りに咽せながらポーカーで掻き回してみたが、薪か ら炎は上がらない。
「おいおい、それじゃ駄目だ。」
「薪が湿ってるみたいなんだ。」
 レッドインパルスは笑いながら、トングで健が入れた薪を片寄せ、新たに選んだ薪と ともに炉床に交互に積み重ねた。そして、薪入れから乾燥した樹皮を取り、それに火を 点けるときれいに積まれた薪の下へそっと差し入れる。樹皮からパッと炎が上がり、薪 はすぐに赤々と燃え出した。
「健、薪はきちんと積まなければ燃えないんだ。順序良く、燃えるように積めば、薪は 燃えるものなのさ。」
「なんだ、そうか。知らなかったよ。」
 健は頭を掻きながら、そう言って笑った。

act.2

 ほぼ二十年前の事である。
「この試作機を飛ばす事の出来るパイロットは一人しかいません。」
 ISO航空力学研究所と関係セクションが総力を上げて開発した試作機だったが、VTOL のスラスター操作があまりにも複雑だったため、その性能を十分に引き出せるテスト・ パイロットがなかなかいない。そんな矢先、ミーティングの席上でこう発言したのは若 き天才科学者・南部孝三郎だった。まだ三十に満たない南部だったが、すでに世界的な 高い評価と注目を集めている南部もこの新型VTOL機の開発メンバーのひとりだった。
「それは誰かね?南部君。」
「私の友人です。彼は現在UNエア・フォースの特殊作戦チームに在籍していますから、 ISOからの正式要請ならば、試作機のテスト・パイロットを依頼できるでしょう。」
「おお、UN軍の人間ならばさっそく連絡してみましょう。」

 こうして南部の、そしてISOの招聘により、UNエア・フォースから派遣されて来たの が鷲尾健太郎だった。鷲尾は南部の親友であり、年齢もほぼ同じくらいである。長身で 精悍な顔立ちの鷲尾はかつて故国の空軍で、その当時、頻繁に起こった局地紛争のエー ス・パイロットとして若くして勇名を馳せた男である。その頃の局地紛争と言えば超大 国同士のいわば代理戦争であり、従って大規模な空中戦が展開されるといったものでは ない。高性能の攻撃機数機の編成で、敵の中枢部をピンポイント攻撃するのが主な任務 だった。レーダーに探知されないよう、超低空で目的地に突っ込んだり、得体の知れな い敵機と熾烈なドッグファイトを繰り返したりと、非常に危険な任務だったが、鷲尾は 卓越した操縦技術と持ち前の勇気で必ず成功を納めた。

 その頃、ある紛争地域で特殊な化学兵器が使用され、南部はその調査団の一員として 現地の前線基地に派遣されて来た。痛ましい犠牲者を前に科学者達は呆然とし、逃げ腰 になる者が大半を占めるなか、一番若い南部は頑固に現地に留まって対策を講じる事を 主張した。そして、事実ひとりだけ現地に留まり、分析の合間には負傷者の手当てにも 当たる南部に、
「博士は怖くないんですか?」
 と、声をかけたのが鷲尾だった。半ばからかう気持ちもあった。だが、何がこの若い 科学者をここまで駆り立てているのだろう?という好奇心もあった。おや、と言う顔で 南部は答えた。
「何故、怖いのだ?君はパイロットだろう。君は空を飛ぶことが怖いのか?」
 痩身の若い学者は、静かに、だがきっぱりと言った。
「パイロットがその飛行技術で戦うように、科学者には科学者なりの戦い方があるさ。 しかし戦うために学問をしている訳ではない。戦いを一刻も早く終息させたい、平和な 世界にしたいと思っているから、ここにいるだけだ。今、そのために必要な最新のデー ターとサンプルはここでしか手に入らないからね。」
「なるほど。」
 鷲尾は驚いた。士官学校から空軍へと進み、軍人であるからには戦いに勝利する事を 第一義と信じて生きてきたが、言われてみれば、戦いは戦いを終わらせるための手段に 過ぎない。どちらかが勝利すれば目先の戦いは終わる。しかし、故国の、世界の本当の 平和は南部のような考え方でなければ実現出来ないだろう。

 うむ、この科学者はただ者ではないな・・・と、鷲尾は南部の温厚な瞳の奥に秘めた 平和への情熱に圧倒される思いだった。
 その時、
「なあ、君は優秀なパイロットなのだろう?私を兵器庫のある基地まで乗せて行ってく れないか?」
 突然、南部は思いがけない事を言い出した。
「何をするつもりです、博士?第一、ジェット戦闘機に訓練もしていない一般人を乗せ る事は出来ませんよ。ましてや・・・」
 鷲尾は思わず笑った。
「博士のように頼り無い方はねえ。」
「やはり駄目か?」
 と、屈託なく南部も微笑んだ。しかし南部は諦めなかった。
「今のままでは今回使用された化学兵器が何なのか突き止めるのに時間がかかり過ぎ る。とにかく一刻も早く攻撃を止めさせるには、装填用の機材や砲弾そのものを使えな くしてしまうしかないんだ。兵器庫まで行って私が開発したアンチ・エレクトロニッ ク・デヴァイスでこれらを破壊する。連れて行ってくれないか?」
「ミサイルに装填できる物なら俺が叩き込んで来ますよ。」
「それは無理だ。まだ完成した訳ではないんだよ。この装置は超短波の高エネルギー電 磁波で機材や砲弾等の電子機器を破壊し、作動しないようにする仕組みなんだが、実験 段階なので有効到達距離が数十メートルしかないし、作動にも微調整が必要なんだ。」
 そして南部はどこか遠くを見るように、さらに言葉を続けた。
「朝になればまたどこかが攻撃される。また犠牲者が出る・・・。」
「分かりましたよ、博士。それじゃ正式なミッションに採用されないでしょうね。」
 鷲尾は決断した。部下の中で一番信用のおける者は・・・。
「おい、正木!来てくれ。面白いところに遊びに行くぞ。」
 屈強な若いパイロットがやって来た。ふたりは短く言葉を交わしたかと思うと、鷲尾 は南部を振り返って朗らかに言った。
「行きましょう、博士。あんたの作戦に乗りますよ。」

act.3

 鷲尾の愛機は当時、世界最強を誇った全天候型防空戦闘機のEタイプ、通称ストライ ク・ホークと呼ばれる対地攻撃用ものだった。他の機と異なる点は機体に赤い鷲がペイ ントされていることだけだ。
「大尉の愛機はね、ホークじゃなくてイーグルなんですよ。」
 正木と呼ばれたパイロットが南部にGスーツを着せながらそう言って笑った。
「鷲尾のワシかね?」
「そうそう。それに鷲の方が強いでしょ?鷹よりも。さあ、ヘルメットはこれです。」
 南部が苦労して初めて身に付けるそれを被っていると、フライト・スーツに颯爽と身 を包んだ鷲尾がやって来た。
「なかなかお似合いで、博士。ところで夕食は済ませましたか?」
「いや、昼から食事をする時間がなかったので・・・。」
「それは好都合。静かに飛ぶつもりですが、離着陸の際にはかなりのGがかかりますか らね。胃は空っぽの方がいい。やはり次の攻撃は明朝のようです。行きましょう!」
「ああ。もうこれ以上の犠牲者を出す訳にはいかない。」

 薄く月明かりが差していた。静まりかえった滑走路に突如、誘導灯が点き、次の瞬 間、轟音が響き渡る。そして、みんなが飛び出して来る前に、2機のホークは遥か闇の 彼方へと飛び立っていた。
−「博士、大丈夫ですか?」
 ヘルメットに内蔵された通信装置から声がした。「大丈夫」と答えようとしたが口が 動かせない。
−「喋らなくていいですよ。間もなく水平飛行に移りますから。ただ、気を失わないよ うに!Gスーツには自動的に圧縮空気が送られます。苦しくても我慢して!ほら、砂丘 を越えた。ここからは真直ぐ飛びますから−。」
 マッハ2に迫る猛烈なスピードに、南部の身体はシートに押し付けられたままだっ た。もっともがっちりと固定されたセイフティ・ベルトで、動こうにも動けない状態と 言えばそうなのだが・・・。前席からまた声がした。鷲尾は南部が気絶する事を気遣っ て、話しかけ続けているのだろう。
−「博士、奥さんは?」
−「いや、まだ・・・」
 と、ようやく声が出た。
−「俺も独りだけどね。じゃあ、恋人でいい。」
−「恋人?」
−「そう。恋人に約束して!必ず帰るって。さあ、言って!」
−「なぜ?」
−「おまじないですよ。そうしたら必ず帰れるんです。さあ!」
 まじないと言われてもそんな非科学的な、と南部は思った。が、とにかくそれが彼等 の流儀なら今は従うしかない。
−「必ず、帰る・・・」
 ヘルメットの中で鷲尾と正木が笑った。
−「ラジャー!必ず帰る!」
−「ラージャー!」

 2機のストライク・ホークは大きな砂丘を選び、それに沿うように低空で飛ぶ。間も なく岩山が異様な光景を見せて屹立する地点へと到達した。
−「博士、この山を越えたら急降下しますよ。これの向こうが敵の基地です。正木機が 先に突入して迎撃機をおびき出したら、着陸します。さあ、正木、行け!」
−「ラジャー!」
 ぴたりと後ろに尾いていた正木機がふわりと上昇し、頭上を掠めて岩山の切り立った 峰を越えて急降下して行った。鷲尾機は岩山の裾を迂回しながら低空で飛ぶ。旋回して いるのに遠心力の作用で景色だけが斜めに見える。奇妙な感覚だ、と南部は思った。斜 めになった景色が徐々に水平に見えてきた。と、こちらが迂回したのと逆方向に凄まじ い速度で飛んで行く機影が・・・。その後を数機の迎撃機が追って行く。その行方を見る間 もなく、いきなり急降下が開始された。
−「降りますよ。頭を下げて、前屈みになって!」
 鷲尾が怒鳴るが早いが、ホークはランディング・ギアが地上に触れないうちにエア・ ブレーキを全開にしつつ、逆噴射をかける。最短距離で停止するためだ。だが、少しで も機首に浮力がつけばそのまま尾部から突っ込んでしまう。相当の技術がなければ出来 ない着陸だった。だが、それを感心している余裕は南部にはなかった。
「さあ、降りて!時間がない−」
 鷲尾が手早く南部のセイフティ・ベルトを外しながら怒鳴った。我に返る間もあれば こそ、南部は半ば引きづり出されるようにして滑走路に降り立った。
「さあ、こっちだ!」
 すぐ目の前の大きな格納庫が目的の場所らしい。うまいことに広い滑走路を挟んでい るので、こちら側に人員が来るまでには少しの猶予があるだろう。チェーンに付いてい る大きめの錠を鷲尾がピストルで開け、二人は中へ入った。暗がりの中に沢山の弾頭と 無気味なタンク、装填用の機材等が踞っている。南部は懐から小型のラジオのような物 を取り出し、スピーカー様の装置をそれらに向けてスイッチを入れた。それからそこの 機材を操作するコンソールに向かうと、何やらコマンドを入力する。
「よし。これでここの電子部品はすべて作動しなくなる。」
「では行きましょう−。」
 鷲尾は迫って来るいくつものヘッドライトを睨みつつ、そう言った。が、南部は依然 として食い入るようにモニターを見つめている。
「何をやってるんです!博士、はやくっ!」
 と、腕を掴んで引っ張ると、南部は振り返って叫んだ。
「これは何だ?こんなものを誰が・・・??」
 だが、それに答えている時間はない。鷲尾は南部を無理矢理、愛機に座らせるとベル トを締めた。そして前席に飛び乗るや否や、キャノピーが完全に閉まる前にスロットル を全開にする・・・。
 ストライク・ホークは轟音と青いジェット噴射の炎を長く引いて、間一髪、殺到する 軍用ジープすれすれに離陸した。

act.4

「久しぶりですね、南部博士。」
 鷲尾はそう言って笑いながら手を差し出した。陽焼けしたその顔に白い歯が眩しい。 南部が強行した無茶なミッションのお陰であの時の紛争は沈静化した。命がけで運んだ デヴァイスが功を奏し、化学兵器による攻撃が繰り返される事はなかった。しかし、こ のミッションのせいで鷲尾と正木は故国の空軍を追われることとなった。UNの平和維持 活動への緊急対応軍として故国から派遣されていた軍人のこの越権行為が見逃される事 はなかった。だが、ミッションの成果は評価され、二人はそのまま正式に発足・配備さ れたされたばかりのUN軍エア・フォースへ、事実上転属という形になったのである。
 それが二人にとって望むことなのか、否か、南部には分からなかった。
「巻き込んでしまってすまなかった」
 と詫びると、
「空があれば、どこでも同じだから。」
 と、鷲尾は笑い、
「自分は大尉について行くだけです。」
 と、正木も実に晴れ晴れとしていたが・・・。
 それからしばらくして、南部は鷲尾からの手紙を受け取った。そこには「UNエア・ フォースの特殊作戦部隊に入った。」という事と、「博士の目指す平和を一緒に実現し たい。」という事だけが手短に認められていた。数回、手紙と電話のやりとりをしただ ろうか?それだけだったが、南部は鷲尾がかけがえのない親友であり、同時に頼もしい 同志だと実感出来た。

 そして、今回、二人は再びまみえたのである。
「君も元気そうだね。」
 鷲尾のがっちりとした手を握り返しながら、南部も微笑んだ。
「婚約されたそうですね?博士。」
「婚約?ああ、西川博士のお嬢さんのことかね?」
 何故、この男はいつでも恋人とか奥さんとかの話をするのかな?と南部は不思議に 思った。
「そうそう。我がUN軍の情報部を甘く見てはいけませんよ。何でもお相手はすごい美人 だそうですね。」
「確かにUN軍の情報部は世界一正確かつ優れた情報を収集・分析する能力と人員を有し ている。しかし、私の個人情報にそういった事が追加されているとは考えられないのだ が・・・?」
「いや、そういう事はどうでもいいんですよ。相変わらずだな、博士は。」
 鷲尾は南部の背中を叩くと、大きな声で笑った。


- to be continued. -

Nanbu
Art by Sayuri


Top  FicList

バナー ANOTHER STORY OF THE GATCHAMAN