ANOTHER STORY OF THE GATCHAMAN バナー

A HAPPY NEW YEAR !
..... Whom on earth can I thank
for my meeting you again ?



      (本当だろうか?)
       南部が記したある調査報告とそれに関する考察を一読した健は
       まずそう思った。
      (あいつが生きているかも知れないって?)
       もしそれが本当なら、何故、帰って来ない?何故、連絡も寄越
       さない?
      (本当なのだろうか?)
       だが、あいつの最期をこの目で見た訳ではない。
      (では、あいつは生きているのか?)
       そうだ。あの後、あいつを見た者はいない。あそこは徹底的に
       調査された。にも、関わらずあいつは居なかった。誰かあいつ
       を見つけたか?いや、あいつはただ居なかったのだ。だから決
       めつける事は出来ないのではないか?ならば可能性はあるので
       はないか?
      (あいつはどこにいるんだろう?何故、沈黙を守っているんだろ
       う?)
       それから幾度かの季節が巡った。手掛かりは依然掴めない。だ
       が、可能性があるならば、きっと答えは見つかるはずである。
       ならばそれに賭けてみよう、と健は決心した。
      
 島の中央よりも少しだけ南寄りの緩やかな傾斜地にその果樹園 は広がっていた。オレンジ、そしてオリーブの木々が緑の葉を 輝かせ、たわわに実る。オレンジの白い花が咲く季節には蜜蜂 が忙し気に飛び回り、実りの手伝いと彼等の糧とを集めている。 そして香り高い蜂蜜は人々の糧でもあった。 惜しみ無く降り注ぐ陽に風さえも輝き、何処までも青い空と赤 く乾燥した土のコントラストが美しい。遠く紺碧の海を臨む丘 を一頭の馬が駆けていた。 「あれだけ大騒ぎをして出掛けたくせに、忘れ物はねえよな?」  吹く風に長い白いたてがみを煌めかせつつ駆ける愛馬に、鞍の 上からそう話しかけた男は陽に灼けた逞しい腕を伸ばして馬の 首を軽く叩いた。鼻を鳴らして愛馬がその労いに答える。 「さあ、ついでだから東側のオリーブを見回って行こうぜ!」  馬首を巡らすと、斜めに照りつける太陽が男のダークブロンド を金色に染める。緩やかに風に髪を踊らせ、心持ち顎を上げた 姿勢で男は馬を駆って行った。  緩やかな斜面を下って上がる。やがて整然と並ぶオリーブの木 々を一望出来る小さな頂きに差し掛かった時、蹄の下から規則 正しく舞い上がっていた赤く細かい土埃が突然乱れた。男が急 に手綱を引き絞ったからだ。突然の停止を主人に命ぜられた馬 はその場でくるりと横に一回転したが、騎乗者の姿勢に乱れは ない。 「誰だ、あいつは?」  男のブルーグレイの双眸が、眩しい物でも見るようにすっと細 くなった。
 そいつは見慣れない若い男だった。オリーブ畑の外れにまるで シンボルのように立っている一際大きな、一番樹齢の行った木 を見上げて佇んでいた。片手に小さな旅行鞄とコートを持って いる。どうやら旅行者のようだ。こんな所で何をしているのか? 「そいつはうちで一番の年寄りなんだぜ。」  馬を寄せ、男がそう声を掛けた。だがそいつは相変わらず大き なオリーブの木を見上げたまま、 「へえ、オリーブってこんなに大きくなるのか。知らなかったな 。」  と言うと、何故か愛おし気にやや黄緑色がかった木肌を優しく 撫でた。チョコレート色の長い髪が淡いブルーのシャツの肩に 垂れている。緩いウエーヴの先端が気侭な方向に跳ねているそ の髪に、何だか見覚えがある気がした。その感触を知っている 気もした。 「あんた、見かけない人だね。オリーブの木が好きなのかい?」  ああ、と頷いてそいつが微笑んだ。 「思い出の木なんだよ。子供の頃のね。」 「子供の時にオリーブってのは珍しいな、この辺の者ならいざ知 らず。あんたは都会の人みたいだが、どっから来たんだい?」  そいつがゆっくりと振り返る。と、柔らかい輪郭の中に、意志 の強そうな太い眉と強い光を宿した青い瞳が見えた。空の色を したその瞳を目にした瞬間、閃くように、 (知っている奴だ!)  と、まるで確信にも似た気持ちに囚われた。しかし、どこで? いつ?こいつは、誰だ? 「ユートランドからだよ。」  くっきりとした発音で、ゆっくりとそう言う。 「ユートランドを知ってるかい?」  そう問われて、口から出た言葉は「ああ。」と言う肯定だった。 ユートランド?いや、知っている。海辺の都市だ。高いビルが 並んでいて、色んな人が沢山居て、ダウンタウンには店があっ た...。 (何でユートランドなんて街の事を知っているんだ?俺はそこに 住んでいたのか?)  風にオリーブの葉が波立った。濃い緑色と葉裏の灰白色がキラ キラと交互に翻り、見つめていると目眩がしそうだ。こいつは 誰だ?何故、そんな街を知っている?俺は...?  ひひーん、という愛馬の苛立たし気な嘶きに、ハッと我に返る と、いつの間にか、そいつがすぐ側に立っていた。真直ぐに見 つめる青い瞳をじっと見つめ返したまま、手を差し伸べる。 「良かったら、うちへ来て話をしないか?」 「ああ、喜んで。」  少し微笑むと、そいつは差し出した手を掴んで、鳥のように身 軽な動作で鞍の後ろに跨がった。
「じゃ、車が故障しちまって、歩いて丘を登って来たって訳かい ?」  真っ白いコットン・シャツに両腕を回しているそいつに問い返 す。 「そうなんだ。あそこで会えて助かったよ。」  馬に負担をかけぬよう、くっついて乗ってくれと言った言葉通 りに、背中にぴたりと胸をつけているので、その声は耳のすぐ 横で聞こえた。凛とした張りのあるその声にも聞き覚えがある 気がする。いつかもこいつは俺の背中に胸をつけて何かを言っ た。耳の中にその言葉が残っているみたいだ。 (『何で俺がおまえを置いて行けるんだ?』...『死なば諸共 だ!』...)  息苦しくなるような緊迫感に満ちた場所だった。大きな炎が盛 んに燃えていた。でも、そこがどこで、何故そんな記憶がある のか分からない。あの時も何かを思い出そうとして、それを思 い出せずに苦しんでいたのではなかったか? 「後で工具を持って見に行ってやるよ。これでも車には詳しいん だぜ。」 「ふうん、元はレーサーかなんかだったのかい?」  声は穏やかだったが、ウエストに回している腕が少しきつくな った。背中と肩に感じるそいつのしなやかな感触と体温が妙に 懐かしい。そして何気なく訊かれた言葉が妙に引っ掛かる。 (そうだ、考えてみれば何で俺は車に詳しいんだろう?レーサー だった?レーサー...)  傾斜地のほぼ中央に在る男の家に着く頃には、ハミを噛む馬の 口から白い泡が飛んでいた。力のある馬だが、男を2人背にし てのキャンターはいささか辛かったようだ。素早く馬から飛び 下りると、鞍を外し、乾いた布で馬体の汗を拭う。鼻孔を広げ て荒い息をつく馬を軽く叩いて、そいつが眉を顰めた。 「悪い事をしたな、何か手伝おうか?」 「いや、大丈夫さ。こいつを馬屋へ入れて休ませるから、先に家 へ入っててくれよ。」 「子犬だとか馬だとか、相変わらず動物が好きなんだな。」  優し気な笑顔を見せてそんな事を言い残すと、そいつは母屋へ 入って行った。ああ、動物は好きさ。だが、何でそんな事を知 ってるんだ、こいつは?
 たっぷりの敷き藁を入れた馬屋の放し囲いに愛馬を入れると、 男も母屋のドアを開けた。陽が傾いているとは言え、明る過ぎ る戸外から屋内に入ると随分と暗いように感じられる。 「待たせてすまなかったな。」  たぶんそこだろう、と見当をつけてリビングルームに声を掛け た。しかし返事がない。おかしいな、と思いながらそこへ入っ て見ると、大きな窓から差し込む夕陽の中に横向きのそいつが 居た。年代物のキャビネットの上に飾られた写真立てをじっと 見つめている。 「かみさんと子供達だよ。今日から北部にあるかみさんの実家へ 帰って留守だがね。」  そいつの横に並んで、一緒に写真を覗き込んだ。幾つもの写真 立てには、笑顔の自分と笑顔の家族が収まって居る。自分に似 たダークブロンドのやんちゃな小さな息子、そして妻に似たブ ルーの瞳の幼い娘(この子が忘れていったヌイグルミを届ける ために、大慌ててで馬を飛ばしたのだ。間に合って良かった。 あれがないとぐずって眠らないのだからー)、それから新年を 両親と祝うために、子供達を連れて北部の実家へ3年振りに帰 って行った妻。 「優しそうな奥さんだね。男の子も女の子もすごく可愛い。それ に...」  言葉が途切れた。ん?と、思ってそいつの横顔を見る。驚くほ ど真剣な表情で写真を凝視する瞳が、少し潤んでいるように見 えた。しかし、それは一瞬の事で、そいつはふいにこちらを向 くと、陽が差すように晴れ晴れと笑いながら言葉を続けた 「それに、おまえはすごく幸せそうだな。」  ごく親し気な口調だった。だがそれに全く違和感がない。当然 のように、互いをおまえと呼び合って来た旧友なのだろうか? こいつと俺は。じゃ、こいつは誰なんだ? 「あんたの名前は?」  そいつは質問には答えず、ちょっと微笑むと視線を落としてし まった。 「あ、こいつは失礼。俺はジョージって言うらしいんで、そう呼 んでくれ。」 「らしい、ってどういう事だ?」  びっくりしたように顔を上げ、そう訊ねるそいつに何もかも話 してみようと、男は思った。そうしたら空白を埋める事が出来 るかも知れない。不思議とそんな気がした。 「ま、こっちでコーヒーでも飲みながら話そうぜ。」
 キッチンとはカウンターだけで仕切られた明るいダイニングル ーム。そこの大きなテーブルに着いたそいつにエスプレッソを 勧めながら、ジョージは話し始めた。 「実は俺は記憶喪失ってやつでね、自分の過去を忘れちまったの さ。」  頷いて、そいつのブルーの瞳がジョージを促した。 「4年、いやもう5年前かな?最初に気がついた時は病院だった。 身体中にひどい怪我をしててね、医者が言うには外傷性と、そ のショックによる記憶喪失だって話しなんだが、いったい何で そんな怪我をしたのかさえ俺自身は憶えちゃいねえんだ。」  ジョージは話し続けた。怪我が打撲傷と銃創だった事と特殊な 訓練を受けた事があるらしいと判明したため、各国の軍部や特 殊部隊に身元が照会されたが、該当する男は居なかった事。身 元不明のため慣例に従って「JOHN・DOE」と呼ばれていたが、 ある時、突然、 「俺の名はジョンじゃねえ。ジョージだ、ジョージ・浅倉だ。」  と名乗った事。そして、その姓名から該当する人物が検索され た結果、十数年前に死亡したはずのジュゼッペ・浅倉の息子ジ ョージである事を当局が突き止めたのだという事。長くギャラ クターに支配されていた地域では、資料が改竄されたり抹消さ れたりしており、事実関係にも空白が生じていた。死亡とされ ていたジョージ・浅倉が生存していても、さほど不自然ではな かった訳で、ジョージは彼本人と認定され、かつて父ジュゼッ ペが別荘として所有していたこの農場も彼の物となり、2年前 にここへ移り住んだのだという事・・・等々。 「だがそれが本当の事、全部じゃねえんだ。」  と、ジョージはダークブロンドを掻き上げながら言った。そう、 全部ではない。ジョージが誰か、という事は分かったが、では 死亡したと届けられた8才以降、彼はどこでどう育ち、何をし て暮らし、何故重傷を負って収容されたのか? 「それがまったく分からねえのさ。一つも憶えちゃいないんだ。」  苛立たし気に吐き捨てると、ジョージは席を立った。チョコレ ート色の髪をした旅行者は黙ったまま、じっと壁に掛けられた 一枚の聖画を見つめていた。
「腹が減ったろう?生憎かみさんがいないんで何もないが、まあ 適当に食ってくれよ。」  キッチンからジョージがあれこれと運んで来た。 「ありがとう。ご馳走になるよ。」  美しいオレンジ、真っ赤なトマト、よく焼きしめた堅いパン、 チーズにハム。いかにも土地のといった感じの素朴な素焼きの 瓶のワイン。自家製の極上のオリーブオイルをパンにつけて、 ちょっと塩が利いたハムや熟したトマトと食べると、最高の御 馳走だった。そして底の注ぎ口に金属製の蓋が付いたピッチャ ーには金色の液体が入っている。それを持ち上げて、ジョージ が笑った。 「こいつはうちの自慢の蜂蜜なんだ。ワインで酔う前に味をみて くれよ。」  男らしいが長くて繊細な指が器用にナイフを扱い、香ばしいパ ンをごく小さくスライスすると、それにピッチャーの底から金 色の蜂蜜をたっぷりと掛けた。そしてそのまま口元に差し出す。 ちょっと面喰らったようにそいつが瞬いた。だがジョージが、 「いや、蜂蜜がこぼれちまうから、このまま食ってくれ。」  と説明すると、そいつは素直に形の良い唇を開き、彼の指から 一切れのパンを受け取った。うまい具合に口の中に収める事は 出来たが、たっぷりと掛かった蜂蜜が一雫溢れ、丸い唇を伝う。 おっと、と言うようにジョージの指がそれを追ってそいつの唇 を拭った。幼い子供達にそうしているからか、反射的なごく自 然な動作だった。ブルーの瞳が驚いたように大きくなり、慌て てごくりとその甘い一切れを飲み下す。だが、ジョージの指は そいつの柔らかい唇に触れたまま、凍りついたように動かなか った。太い眉が苦悩する形に寄せられ、ブルーグレイの瞳が答 えを求めるかのようにそいつをじっと見つめる。 「...健?」 そう記憶の奥底から湧き出た名前を呼ぶ。と、緊張して固くな った唇が微かに震えた。が、次の瞬間、そいつはすっと身体を 引くと、はぐらかすように、 「変わった蜂蜜だな。オレンジの香りの蜂蜜なんて初めて食べた けど、とても旨いよ。」  と言って、厚手のグラスに注がれたワインを取ろうとした。伸 ばしたその手首をジョージが掴む。思いがけない程強い力だっ たが、そいつは別段慌てた風もなく、ただちょっと眉を顰めた。 「放せよ、何をするんだ?」 「健、おまえは健だろう?」  困ったような、怒ったような顔で、そいつがジョージの瞳を真 直ぐに見て訊ね返した。 「健て、誰だ?健て、おまえの何なんだよ?」
「健は俺の・・・。」  咄嗟に言いかけたが、答える事が出来なかった。こいつは健だ! 確かに健だ、と直感的に感じても、では健が誰なのか、そして 自分の何なのかをジョージには思い出す事が出来ない。それに 健はどうして「そうだ」と言わないのか?指から力が抜け、そ いつの手首を解放した。まるでただ中断していた動作を再開す るように、そいつはグラスを取った。そして一口ワインを飲む と、穏やかに話し始めた。 「さっき、オリーブの木に思い出があるって言ったろう?」  釈然とせぬまま、ああ、と相槌を打ってジョージもワインを口 にする。 「9つの時にさ、俺はある人の家に引き取られたんだ。身体が悪 かったお袋が入院したんで、一人ぼっちになっちまったんでね。」 「親父さんは居なかったのか?」  口元に寂し気な笑みが浮かんで、消えた。 「親父とは4つの時に別れたきりだったんだ。で、その家には俺 と同じ歳の男の子が居てさ。と、言ってもその人の息子じゃな くて、そいつは外国から引き取られた子でね。もう言葉も分か るはずなのに、あまり喋らないし、なかなか打ち解けてくれな かったんだよ。」  空になった自分のグラスにワインを注ぎ、そいつのグラスにも 注ぎ足そうとしたが、もういい、と言うように両手で抱えたグ ラスを差し出そうとしない。そうだ、健はあまり酒を飲まない 奴だった。そんな断片的な事柄が少しづつ少しづつ、ジョージ の中に甦ってくる。 「そいつはすごく寂しかったんだと思うよ。お袋が居た俺だって 寂しかったんだもんな。だから俺はそいつと仲良くなりたかっ たんだ。それで何とか出来ないかと思ってさ、そいつの後を付 けた事があるんだ。すぐ帰って来るんだが、そいつは時々ふっ と居なくなる事があって・・・。」  ジョージの網膜に緑と灰白色の細波が甦る。唯一、知っている 木にすがって、故郷へ帰りたいと泣いたんだ。ユートランドの 空も青い。だがそれは故郷の空ではなかった。 「オリーブだ!俺は故郷が懐かしくて、あそこに1本だけ生えて いたオリーブの木の所へ行ってたんだ!そこへ行って、オリー ブの木に・・・。そうしたら健、おまえが来て・・・。」  ジョージは突然、そう叫んだ。健がうん、と静かに頷いた。 「健、おまえが来て、ジョー、俺達は兄弟になろう、ここを故郷 だと思おう、そうすればもう寂しい事はないよ、と言って・・ ・。」  微笑んで、健がもう1度頷いた。ジョーは思い出した。あの日、 俺は健のブルーの瞳にここの、この故郷の鮮やかな青空を見つ けたんだ。そう告げた事はなかったかも知れない。だが、健は 俺にとって故郷だったんだ。かけがえのない友であり、二人き りの兄弟だったんだ。胸が熱くなる。だが、それよりももっと 熱い涙がジョーの頬を止めどなく流れて行った。 「ジョージ・・・ジョー、俺を思い出してくれたんだな?」  そう言って、健はジョーの肩に両手を置き、噛みしめるように 言葉を続けた。 「おまえが元気で居てくれて、本当に嬉しいぜ、ジョー・・・。」  愛して止まない故郷の空から、ふいに涙が溢れた。 「健!」  思わず掻き抱いたその身体は、紛れもなく懐かしい健のものだ った。
 手を放したら、再び自分の半身が失われるかも知れない。そん な怖れにも似た気持ちに駆られ、ジョーはきつく健を抱きしめ た。その肩に顔を埋めて、健は声を立てずに泣いていた。そう だ、健はよく泣く奴だった。激しい感情を自分でも処理しきれ ず、悔しいと言っては泣き、辛いと言っては泣いた。だが、い つの頃からか健は自分の為には涙を流さなくなった。そして最 後に見た健の涙は、今同様、耐えに耐え、その果てに流した静 かな涙ではなかったか?あれは濃い霧の中、そして・・・! 「健っ!」  突然、抱擁を解くと、ジョーは叫んだ。 「ここが本部への入り口だ!」  記憶が瞬間的にあの時へと戻る。もし必死というものに色があ るなら、それはジョーの瞳の色だったろう。それを真正面から 受け止めると、健は決然として告げた。 「そうだ、ジョー。俺達はそこから侵入した。そして、おまえの お陰で地球は救われたんだ。」 「救われた?じゃ、ギャラクターは・・・。」  健は再び困ったような、ちょっと怒ったような表情を見せた。 しかし、すぐに優しく微笑むと、 「終わったんだ、ジョー。すべて、終わったんだ。だから俺もお まえもここにこうしているんじゃないか?だからおまえもこの 島に帰って来たんだろう?」  と、ゆっくりと言い聞かせるようにそう言った。全てを思い出 したら、ジョーは悩むかも知れない。また苦しむかも知れない。 しかし、俺はどうしてもおまえにもう一度、会いたかったんだ。 辛そうに目を伏せた健の肩を揺すって、ジョーが訊ねた。 「じゃあの時におまえ達と別れて、俺は何で一人、あんな遠くの 病院に居たんだ?」 「それは俺にも分からない。俺達はあの後、おまえを見失ってし まったんだ。だが...」  健は南部の報告と考察に記されていた事をジョーに話した。本 部の外に居た人間(ギャラクターの隊員達と、そしてジョーだ) と思われる者のうち十数名が、しばらくして思いもかけない場 所で発見された事。そして、彼等は一様に負傷し、記憶を失っ ていた事。致命傷と思われる程の重傷者が大半だったが、不思 議と彼等は生存しており、その後の治療で完全に回復した者も 多かった事、等々。南部は一推論として、こうした不可思議な 現象は総裁X(その正体は依然として不明だが)が、宇宙へと 飛び立って行った際に放出された未知のエネルギーに因るもの ではないか、と考察を締めくくっていた。
「だから俺はおまえもどこかで生きているんじゃないかと、そし て生きているならいつか会えるんじゃないかと、思って・・・ 。」  ダークブロンドを掻き上げて、ジョーが笑った。あの頃には見 せた事のない、それは心からの輝くような笑顔だった。人間ら しい美しい笑顔だった。ジョーは全てを思い出したんだろうか? その上で、この笑顔を俺に見せてくれたんだろうか?確信は持 てないが、今は一切をジョーに委ねようと健は思った。平和は 来た。そしてこの平和が続く限り、それぞれが手にした自分の 幸せを手放す理由はどこにもないのだから。健はもう一度、壁 の聖画を見遣った。それはピエタ、キリストを抱く哀しみの聖 母・・・この犠牲を見よ・・・もうあんな思いはしたくない、 させたくない。 「謎が解けて、すっきりしたぜ。健、よく探し当ててくれたなあ。 俺はすっかり忘れちまってたのによ。で、博士は?みんなは元 気なのか?」 「ああ、元気だ。博士は相変わらず忙しい。本来の研究目的だっ たマントル計画を急ピッチで推進している。テスト・パイロッ トとして呼ばれる事もしばしばだ。」 「甚平は?あのチビ、大きくなったろうなあ。竜はどうした?相 変わらず大食いなのか?」 「背が高くなったな、甚平は。相変わらずのしっかり者だよ、あ いつは。竜は故郷に帰って、親父さんの片腕として頑張ってる。 ま、体重はまた増えたみたいだけどね。」  そうか、そうかと、笑顔で答えながらジョーがシャンパンを持 って来た。細長いシャンパングラスに淡い金色の発泡酒が跳ね る。それをちょっと掲げて、ジョーが言った。 「遅ればせながら、おめでとう!ジュンとはうまくやってるんだ ろ?」 「ジュンは・・・。」  キラキラとした細かい泡を見つめながら、健はちょっと口籠っ た。訝し気なジョーの目線に、にやっと笑い返すと、さり気な く言葉を続ける。それでジョーは事情を理解した。 「いや、ジュンは元気さ。とても幸せに暮らしてる。」 「そうか・・・、そいつは良かった。で、健、おまえは?」  いつか帰りたいと願い、今、それが叶ったこの故郷の青空と同 じ澄み切ったブルーの瞳がゆっくりとジョーに向けられた。 「変わらんよ、俺は。ユートランドのあの家に住み、いつも空を 飛んでいる。」  遠くの教会の鐘が鳴った。新年のミサが続いているのだろう。 人々は新年に何を願うのだろうか?平和でありますように。そ してみんなが幸せでありますように・・・。人の願いは永々と して変わる事はない。それは二人にとっても同じ事である。 「a Happy New Year、健。」  シャンパングラスがチンと綺麗な高音を響かせた。 「a Happy New Year、ジョー。」  二人は並んで、静かに新年を祝う遠い鐘の音に耳を澄ましてい た・・・。
THE END ..... Please have a hopeful New Year !!


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