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IT'S NOW OR NEVER !

by 鷲尾さゆり


 季節は秋だったような気がする。しかし、はっきりとは覚えていない。あいつの家の周りにある楡の木に葉っぱがあったのは覚えている。葉づれの音がザワザワ鳴っていた記憶があるんだ。夜だった。いや、明け方だったかも知れない。そうだ、明け方だ。何もかもが淡くぼんやりとした輪郭に縁取られる・・・そんな時刻だったよな。

「それでな、それでー」
 あいつはクスクス笑いながら、なんだかもう少しで自分のものになりそうだ、とか言う女の話をしていた。俺はもうどうにも眠くて、そんな話しは少しも聞いちゃいなかった。スヌーカーをしたり、呑んだり、偶然出会ったダチとダーツをしたり、気に食わない奴がいたと言っては揉めてみたり、また呑んだり・・・。2人で夜っぴて遊び歩いて、霧に濡れながらあいつの家へ帰って来たのが30分位前かな?あいつは妙にハイで、缶ビールを俺の手に押し付けると、愚にもつかない事を次から次へと喋る。
「それで?」
 と、俺はそれでも相槌を打ち、うんと伸びをして眠気を払おうと頭を振る。
「うん、だけどな・・・なんだ、眠いのか?」
「うーん、少しな。」
「じゃあ寝ようか。そこで寝てくれ。毛布を持ってくるから。」
 ここで、ね。まあ、寝られればどこでもいいや。それにこのソファの寝心地はなかなかなもんだしな。
「そうだ!ジョー、面白いもんがあったんだ。来いよ。」
 毛布を取りに行ったあいつが寝室から俺を呼んだ。
「今度はなんだよ?」
 サイドテーブルの引き出しから、あいつは煙草を引っぱり出した。
「これが面白いものなのか?おまえ、吸わないだろ?」
 あいつはニヤッと笑って、1本をくわえるとマッチで火を点けた。妙に甘い香りの煙が広がりながら昇って行く。煙草の香りじゃないなー。
「なんだ、葉っぱか。どこから持って来たんだ?こんな物。」
「貰ったのさ。けっこう効くぜ。」
 並んでベッドの端に腰掛け、俺は吸いさしのそれを受け取って、深く吸い込んだ。お、なかなか上物じゃないか。
「こりゃいいな。よく眠れそうだ。」

 溶けていくような、ふんわりと宙に浮くような心地良さが全身を包む。あいつは俺の指に挟んだままのそれに顔を近づけて吸い、上向いてゆっくりと煙りを吐く。そしてまたクスクス笑い出した。さっきの続きらしい。俺の頭を両手で挟んで顔を近づけ、ハンサムボーイのとっておきの顔で言う。
「で、俺はこうやって彼女に言ったんだ。『愛してくれなくてもいい。ただおまえが欲しい』ってさ。なあ、いい台詞だろ?」
「なんか安物のメロドラマみたいだな、そりゃ。それでその気になる女がいるのかねえ?」
「駄目かな?」
「ああ、駄目だな。まず、キスしなきゃー」
「こうやって?」
 と、あいつは突然、俺の唇に自分の唇を重ねてきた。触れるか、触れないかの軽いキスだけで、俺はどきんとした。見慣れたこの顔、だがどこかで見た誰かに似ている。こいつ、こんなに女みたいな顔をしてたっけか?目を閉じたその顔を間近に見ながら、俺はあいつの背中を抱いた。そして舌の先でそっとその唇の端をなぞると、あいつの背中と両手の指が一瞬、硬くなった。
「放せよ・・・。」
 あいつは唇を重ねたままそう言ったが、言葉とは裏腹に俺の髪を放しやしない。俺はギュッとあいつの身体を抱き締めると、そのまま・・・。
 ベッドのスプリングが鳴った。唇を離すと、あいつは俺の髪をかき回すのを止め、いつにも増して深い青を湛えた目で俺を睨みつけた。
「俺は男だぞ。」
 そうだ。ーこいつは男なんだぞーと、俺の中でも声がしていた。だから、その声にも言ってやった。
「だからなんだよ?」
 あいつは何も言わない。だが少し笑ったような気がした。さっき吸ったあれのせいか、それとも『おまえが欲しい』なのか、分からない。だが、どんな理由にしても俺はこいつを抱きたい。いま・・・。

 そうだ。思い出した。こいつはベネツィアの教会で見た絵に似てるんだ。「ペーサロ家の聖母」って絵だったと思う。朝の前触れの薄い光りの中で、息を弾ませるあいつの首筋に、背中に、チョコレート・ブラウンの髪に幾度もキスを繰り返す。俺の指が肩に触れても、腰に触れても、あいつはその度にビクッとしやがるんだ。ー聖母は処女だからなーと、俺は思った。やがてあいつがシーツを握り締め、顎を仰け反らせた時、俺はもう一度思ったー聖母は昇天するのさーと。

「おい、いい加減に起きろよ。」
 突然、そう言われて眠りから覚めると、いつものようにパンツのフロントポケットに親指を突っ込んで立っているあいつが目に入った。俺はなんだか慌てて、
「健、俺はー、その、あれはだな・・・。」
 と、訳の分からない事を言いながら、どこかへ脱いだはずの靴を探した。だってバツが悪いじゃないか?シャツまでが行方不明だ。俺の狼狽ぶりを見ながらあいつは怪訝そうな顔をしている。
「どうしたんだ?おかしな夢でも見たのか、ジョー?」
 え?夢だったのか?ああ、そうかも知れない。痛む頭を片手で押さえながら俺はもう片っぽの靴を探した。あいつは拾い上げたシャツを手に、屈みこんで俺の耳元へ囁く。
「やっぱりいい台詞だろ?その気になった男もいるんだもんな。」
 と、言ってウインクすると、大笑いしながらさっさと出て行ってしまった。俺はようやく見つけた靴を閉まったドアに思いきり投げつけると、またベッドに引っくり返った。
「誰が聖母だ?馬鹿たれめ!」

- THE END -
 


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