ANOTHER STORY OF THE GATCHAMAN バナー

TABOO!



「ちくしょう!」
 健は我知らずそう自らを罵っていた。椅子から立ち上がるのに
まさか努力を要するとは!信じられん・・・と、半ば腹を立て、
しかしその反面、諦観にも似た静かな感情が湧いて来るのを半ば
他人事のように見つめている自分がいる事に気づき、刻一刻と濃
さを増しつつある薄闇の中で、ふふっ、と声をたてて笑った。
 さあ、とにかく立って灯りを点けなければ。そろそろあいつが
来るはずだ。

 目眩がしないようにゆっくりと立ち上がり、擬古ちない動作や
頼りない感覚に呆然としながら、もはやあまり目にしなくなった
旧式なスイッチに手を伸ばす。と、その時、唐突に闇がいなくな
り、突然現れた明るさの中で長くて形の良い指がスイッチに掛か
っていた。驚いて振り返ると、ジョーが言った。
「灯りも点けずに何をやってるんだ、健?」
「いや、いつの間にか寝てたらしい。今、起きたところなんだ。」
 照れ隠しに頭を掻く健を、訝し気なブルーグレイの瞳がじっと
観察している。読めるものなら読んでみろ、と言わんばかりに健
は曖昧な表情のまま、ジョーの目を見つめ返した。・・・嘘さ、
そんなのは。だが、立てなかったなんて、誰が言える?おまえ
だってきっとこうして誤魔化すぜ、ジョー・・・。
「風邪を引くぞ、転寝なんかしてると。」
 本当にバレなかったのか、それとも気配りのつもりなのか?
健にはそれが嬉しいのか哀しいのかよく分からなかった。だが、
明るい声を出して、
「ああ、そうだな。だけど、ジョー、ずいぶんと早かったじゃ
ないか?」
 と、言いながら微笑んで見せた。
「早くもねえけどな・・・。」
 口の端に浮かべた笑いが我ながらわざとらしく思えて、ジョーは
軽く舌打ちをした。健は気づかなかったのだ。もうかなり前に来、
そして俺が見ていた事を。確かに俺は車を離れた所に停め、気配を
消しておまえの様子を窺っていたのだ。だが、いつものおまえなら
それに気づかない訳がない。おまえはやっぱりおかしい。暮れて行
く部屋の中で、じっと、そう、まるで置き物か何かのように座った
まま、静かに何かを考えていたおまえ。それから立ち上がろうとし
て喘ぎ、戸惑ったように怒ったように頬を歪めて、そして嘲るよう
に笑ったおまえ・・・。

「で、いったい何の用があるって言うんだ、ジョー?」
 そう訊ねずとも健には察しがついていた。ああ、いつかと逆に
なったな、と思う。あれは俺達がよくうろついた裏町だったっけ。
やけに朝焼けが綺麗だったな、と、そんな事が妙にはっきりと思い
出された。
「いつぞやと逆だぜ、健。今度は俺がおまえに訊く番だ。」
 まったく同じ情景をジョーも思い出していたらしい。あの時、
健は拳でもって俺に喋らせようとしたっけ。最初で最後だったぜ、
こいつがあんなに必死な顔を見せたのは。今、その健は、うん?と
惚けた顔をして見せて、
「何の事だ?」
 と、はぐらかす。本当にジョーは気づいているのだろうか?でも、
なぜ・・・と、健は再び襲って来た目眩に屈しそうになりながら、
ふとそんな事を考えた。出来る事なら腰を下ろしたかった。いや、
ベッドに身体を投げ出したかった。しかし、それは出来ない。
今は・・・。せめて覚束ない足元を悟られないようにと、皴割れた
漆喰の壁に背を預けて両足に力を入れた。
「惚けたって無駄だぜ。」
 ジョーの低い声がゆっくりとそう言い、そして次の瞬間、長い向
こう脛が健の足を払った。訓練を重ね、戦いの中で研ぎ澄ましたそ
の疾さを防ぎ切る者は滅多にいないが、無論、健はその例外的な存
在であるはずだった。
「!」
 しかし、そう確信していた相手はいとも簡単にバランスを失った。
やはり、と言う気持ちと、嘘だろう?と言う思いが交錯する。それで
も何分の一秒かの間にジョーは大きく傾いだ健の上体を捉まえる事に
成功した。
「冗談はよせ。」
 一瞬、激しい怒りが空色の瞳を爛、と燃え上がらせた。ジョーはま
るで凍りついた炎のようなその目に少しだけ安堵したが、「よせ」と
言った健の声は意外なほど、静かだった。その違和感に、上腕を掴ん
だジョーの指に思わず力が入ったらしい。その瞬間、健は悲鳴を上げ
た。
「痛いっ!痛いから手を離せ、ジョー!」
「どうしたってんだ、健?そんなに力を入れちゃいねえぜ?おまえ、
やっぱり身体がー」
 やっぱり・・・だと?くそっ、見られたのか?さっきの醜態をー!
ジョーの言葉に健は一瞬、諦めたように目を伏せたが、すぐに何かを
振り切るようにキッと眉を上げ、信じられない言葉を叩き付けた。
「いいから、離せよ!俺に触るな、この馬鹿力の木偶人形がっ!」
 それは侮蔑、呪詛、そして禁忌・・・。
 ジョーの指から力が抜けると、健はそのまままるで小麦粉の袋か何
かのように古い木の床に落ちた。おまえは俺をそんな風に見ていたの
か?まさか・・・と、唇を噛みしめたジョーを斜めに見上げながら、
健は怯みもせずに再び怒鳴った。おまえの顔なんか見たくない、出て
行け!と。空色の瞳がすべてをきっぱりと拒否して冷たく燃えていた。

 ジョーの乱れた靴音が遠離るのを、健は床に片頬をつけたまま聞
いていた。寂しいとか辛いとか、そう言った感情以前に、健の心は
ただ痛かった。ひりひりと・・・。
「ジョー・・・。」
 と、冷たい床板にごろんと仰向けになって、健は小さくその名を
呼んだ。
 
 ジョー、どうしておまえは気づくんだ?だがな、俺も逃げ切って
みせるぞ。おまえが俺達から逃げ切ったようにな。倒れたら、その
時はその時だ。きっとまた立ち上がって、そしておまえのように・・・。
 
 無意識のうちに起き上がろうとして突いた右腕にまた激痛が走り、
健は顔をしかめて呻いた。
「くそっ!」
 こんな痛みに負けるものか、と歯を食いしばる。さっきだってあ
れしきの痛みに負けて悲鳴を上げちまうなんて、俺はなんて弱虫な
んだ?もっと強くならねば、と、健は自らを叱咤した。だが、実際、
右の腕はただ軽く握られただけなのに、引き千切られるかと思うほ
ど、酷く痛んだのだ。悲鳴を抑える事が出来ないほどの痛みや、立
ち上がれないほどの目眩の発作に、もし、戦いの最中に襲われたら?
その結末は容易に想像がつく。しかし、そんなものは少しも怖くは
無かった。どうなっても構いはしないが、ただそれによって戦えな
くなる事だけが無念で堪らない。戦況は切迫している。もし、俺が
あの諸刃の剣を握れなくなったら、長官は試案通り、あれをジョー
に渡してしまうかも知れない。いや、きっとジョーもそう望むに違
いない。あいつはそう言う奴だ。
「ジョー・・・。」
 と、健はもう一度、その名を呼んだ。
 
 ジョー、もう戦うな。おまえは生命を投げ出して、この地球を救
ってくれたじゃないか?だから、今度は俺の番だぜ。今度こそはこ
の生命に換えても俺はおまえを・・・。
 
 漠然とではあったが、健には自分の身体に起こっている異変が何
なのか分かっていた。それはあの諸刃の剣を手にした時から予測さ
れていた事だった。だから、長官は俺ではなくジョーを選びたがっ
た。しかし、俺は頑としてそれに反対した。身体がどうであれ、
あいつは少しも変わっちゃいない。あいつの傷つきやすい魂を踏み
にじるような真似を繰り返させるものか!だから俺は賭けたのだ。
だが、どうやらこの賭けには勝てそうもない・・・。そして、この
まま身体が壊れて行けば、俺はジョーの重荷になる、足枷になる。
そう思うと、腕に感じた痛みよりももっと激しい痛みに、健の胸は
張り裂けそうだった。それでも健はただひたすら、真直ぐに前を見
つめ続ける。もう健にはそれ以外、取るべき道は無かった。
やがて、その空色の瞳から涙が溢れた。
 
ギッ、とドアが開き、力強い靴音が何の迷いも無く近づいて来る。
「健、いつまでそこにおネンネしてるつもりだ?」
そう言って、真上から健を見下ろしたジョーの顔は逆光で暗かっ
たが、微かに笑っているように見えた。
「何をしに戻って来た?顔を見たくないと言った俺の言葉が聞こえ
なかったのか、ジョー?」
 健は涙を拭おうともせず、じっとその顔を睨んだまま冷たくそう
言ったが、ジョーは頷くばかりで取り合おうとしない。
「さ・・・。」
 と、逞しい腕が繊細ないたわりを込めて、健を助け起した。
痛いか?いや、大丈夫だ。そうか?と、ブルーグレイの瞳に不安気
な色を浮かべて、可能な限り優しく掴んだ健の手を、そっと自分の
肩に乗せた。
「おいー?」
 驚く間も無く、ジョーは健を軽々と抱き上げると、立ち上がった。
そして、いつも通りの口調で、
「転寝ばかりしてねぇで、運んでやるからベッドで眠れ。疲れて
んだよ、おまえ・・・。」
 そして、照れくさそうに微笑むと、ジョーは穏やかに言った。
「な、木偶人形の馬鹿力も、けっこう役に立つんだぜ、健。」
 健は両腕でジョーの痩せた肩をきつく抱きしめ、
「・・・馬鹿野郎・・・。」
 と、小さく呟いた。
 
- The End -


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