ANOTHER WORLD OF THE GATCHAMAN バナー

TANZANITE

                       by 鷲尾さゆり


 もうすぐ夜になる。そんな時間の少し前だった。

 ジョーと健がここ数日、退屈な張り込みに使っている古アパートの一室に戻ってみると
、案の定、健は不機嫌そうな顔で彼を睨んだ。
「どこまで買い物に行ったんだ、ジョー?」
 そりゃちょっと遠くまで行ったさ。それでついでと言っちゃなんだが、ま、のんびりと
ラテなんかも一杯、飲んで来たがね・・・と言ってやったら?と思わぬでもないが、それ
を正直に言ったところで健の不機嫌が解消される訳でもなし、ましてや任務が終了する筈
もない。だからジョーは口の端で笑っただけで、何も言わずにスーパーの茶色い紙袋を健
に差し出すだけにしておいた。
「おまえに頼まれた物がなかなか見つからなくてね、それで手間取っちまったんだよ。」
 その頑丈なだけが取り柄の素っ気無い紙袋に手を突っ込んで、健は嘘をつけ!といった
顔のまま、チープな色合いのアルミ缶を引っ張り出し、さらに不機嫌そうに
「なんだ、冷えたのは無かったのか?」
 と、唇を尖らせた。
 その唇に、ジョーはぞくりとした。まったく唐突に。ふん、買った時には冷えてたんだ
ろうさ。きっとコーヒーかなんかを飲んでるうちに温くなっちまったんだろ、と皮肉な、
だが図星を言いながら、それでもよほど喉が乾いていたのだろう。健はその中途半端な温
度のコーラを喉に流し込んだ。男にしては、そして同じ太陽の下で暮らしているにしては
不思議なくらい白い喉仏がゆっくりと上下する。思いの外、男っぽい健の指が唇の雫を無
造作に拭い、それからクイと窓の外を指した。
「まったく動かんな。今日も骨折り損かも知れんが、もう少し見張ろう。」
 空色の瞳が「うんざりだ」と言うように、それでも熱心に狭い街路を挟んだビルの斜め
下の一室を睨む。
「ちぇっ、まったくうんざりするぜ。」
 舌打ちしてジョーが言う。その瞳がふいに向き直り、そして健はゆっくりと優しく笑っ
た。
「もう少しの辛抱だぞ、ジョー。」
「もう我慢できねえよ。」
「これも任務だ、我慢しろ。」
「嫌だね!」
 そう言って、そっと手の平を当てた健の首筋はうっすらと汗をかいていた。空調がおか
しいらしく、この古いアパートは妙に暑かったり寒かったりと居心地が悪かった。そして
今は暑過ぎる。だが、それは空調のせいばかりではないかも知れないが・・・。

「何をする気だ?」
「野暮な事を訊くなよ。」
 そう囁いて、逆らう素振りを見せないその唇に唇を重ねると、甘くて温いチェリーコー
クの味がした。
「ヘンな味だな・・・」
 と、笑いながら舌を差し込もうとすると、健康な白い歯が尖らせた舌先をキリリと噛ん
だ。軽いその痛みに、また背筋がぞくりとする。心地よい痺れが脊椎に沿って下りて行く
感覚に酔ってしまいそうだ。
「巫山戯た真似をするとおまえを喰っちまうぞ。腹が減ってるんだ。」
 空色の瞳はジッと青灰色を冷たく睨んだまま、動かない。だが、その澄んだ空色の底に
微かに灯った深い、そう、まるで夜の帳にも似た熱っぽくて赤みがかった藍色のゆらめき
をジョーは見逃さなかった。いつか遊んだ美人の指で艶かしく煌めいていた石に似ている
な、と思う。
 何と言ったかな、あれは・・・。
「いいぜ、俺を喰えよ。」
 そう言い返して、再び唇を押し当てると、フンと鼻で笑って、健はまるで本当に食べて
しまおうとするかのように、ゆっくりとジョーの舌を咀嚼した。右の糸切り歯の方が何だ
か痛く感じる。そっち側が尖っているのだろうか?と、ジョーは緩慢な顎の動きに舌を預
けたまま、片手でチョコレート色の長い髪を弄った。苛立ちに何度も引っ掻き回したのだ
ろう。健の細い髪は縺れて、ところどころでジョーの指を引き留めた。引き留められて、
差し込んだままの指に微かな湿り気と体温が伝わると、指先がジィンと痺れた。
「痛いから引っ張るな・・・。」
 唇を触れ合わせたまま言ったからか、その声がくぐもって聞こえる。ジョーはその言葉
を無視して、さらに乱暴に縺れた髪を弄ったが、健はそれに対して再び抗議しようとはし
なかった。上と下の唇を交互にかなりきつく噛み、それから思い出したように、繰り返し
舌を噛んだ。ふぅん、キスが巧いんだな、こいつ・・・そんな事にいまさらのように気付
き、今度はジョーも舌で応戦する。滑らかに濡れた舌と舌が、さぐり合うように、何かを
語り合うように、ゆっくりと口の中で動き・・・。

「ふっー」
 と、溜息に似た吐息をついて、唇を離したのは健の方だった。
「どうした、もう満腹か?何ならもっとたっぷりとー」
「冗談はそれくらいにして、あれを見ろよ!」
 ダークブロンドを小突いた指が再び目当ての部屋を指す。ん?と目を見張ると、街路か
ら身を隠すように、殆ど終日下ろされていたブラインドが半ば引き上げられ、もうすっか
り暗くなった街路に白っぽい灯りを投げかけていた。
「お、ようやく動いたか!」
 ジョーがそう言い終らぬ内に、パッと部屋の灯りが点いた。大した明るさの照明でもな
いが、それでも薄闇に慣れ始めた青灰色を瞬かせるには充分だった。いや、瞬いたのは眩
しかったからだけではない。ドアの側のスイッチから窓辺へと戻りながら、健が赤いシャ
ツをするりと脱いだからだった。
「・・・おい?」
 だが健は戸惑うジョーには答えず、裸の肩をジョーの厚い胸に押し当てるようにしなが
ら、くるりと窓を背にすると、まるで恋人のように頬を寄せ、
「ジョー、俺を抱け。」
 と、信じられない事を言い出した。任務の虫がどうしたこった?とジョーは訝しんだが、
触れ合うほど近くにある健の横顔に、こうして見るこいつの睫毛は驚くほど長いな、とい
つも思う事をまた思い、請われるままにそのしなやかな背を抱いた。
「俺、女に見えるかな?」
 女?何を言ってやがる、とジョーは笑った。いつもそう言われるとムキになって怒るく
せに・・・。でも、この白い肌と可愛い笑顔にゃ、さすがの俺もぞくりとさせられるぜ。
「健、おまえ、女になりたいのか?」
「ああ。その方が好都合だろ?」
 好都合って、よくもまあそんな冷静な事が言えたもんだぜ、とジョーは青灰色の目を瞬
かせた。そう広くもない部屋の事で、すぐそこにはベッドがある。よし、女にして欲しい
んなら・・・が、健は動こうとしなかった。
「このままだ、ジョー。ここで、いい。」
 と、言うが、頬を寄せ、艶かしく身体を絡ませて・・・このまま?

「・・・やり難い。」
「馬鹿っ!何をやる気なんだ、おまえは?よく見ろってば!」
 半ばカーテンに隠れるような位置で、窓を背に抱かれていた健が小さく顎をしゃくった
先には・・・。
「ジョー、見えるか?」
「ああ、ひとつ上のあの窓だろ?見えるぜ、健。」
 盗み見るようにそっと仰ぎ見て、ジョーが答えた。確かに見張っていたひとつ下の部屋
とは別に、ひとつ上の部屋のブラインドが上がっていたが、おかしな事に灯りが点いてい
ない。しかし、街灯やら他の窓やらの周囲の光りで、その窓に人影が在る事が見てとれた。
と、ほぼ同時に、このアパートの屋上にある酒だかバーだかの広告のネオンサインが何の
前ぶれもなく点灯した。広告主がケチなのか、もうかなり古いのでネオン灯が草臥れてし
まっているのか、とっぷりと暗くなってもなかなか点かない、その広告灯の派手な赤い光
に黒い人影が照らし出される。ハッとしたようにそいつは暗い窓の中に引っ込んだ。 が、
遅い、遅い。何に見蕩れていやがったんだか・・・?にやりとして、ジョーが言った。
「見えた!若い女だぜ、健。慌てて引っ込みやがった。」
「顔は?」
「ああ、はっきりと見たぜ。昨日のあの女だ。」
「おまえの裸に釘付けだったって、女か?」
「そうだ。」

 昨日、ジョーは暑過ぎる室温と眠気から逃れるためにシャワーを浴び、その後、タオル
を巻いただけの格好で、窓を開け放って外を眺めていた。「よせよ。」とたしなめた健に、
「あそこの窓から俺に釘付けになってる姉さんが居るんだ。」と、ジョーはヘヘンと笑っ
てなかなか窓から離れようとしなかった。「そんな物好きが居るのかねぇ?」と、健は笑
ったが、几帳面に資料のファイルを繰って、ジョーが指したひとつ上の部屋を確認してい
たっけ。
「あそこは空き部屋の筈だがなぁ・・・」、「ふぅん?」
 素早くジョーの腕から逃れると、半身を転じてその窓を見上げた健の脇腹の筋肉が、拒
絶するように固く引き締まる感触を手の平に受けて、ジョーはちぇっ、と舌打ちをした。
「なんでぇ、中途半端だったな。」
「中途半端?いや、張り込んでいた甲斐があったぜ。ジョー、おまえに釘付けだって言う
姉さんをヤキモキさせちゃ気の毒だ。さぁ、行くぞ!」
 笑ってそう言いながら、健はもう拾い上げた赤いシャツを被り、ほら、とジョーを促し
た。
「こっちも見張られてたって訳か。」
「そうみたいだな。ふふ、おまえが女を連れ込んだと思って油断したんだろうが、お陰で
まんまと顔を拝ませてもらったぜ。」

 闇を伝って向いのビルの横手にある非常階段へと走り着くと、健は急にジョーを振り返
り、至極、真面目な顔で言った。
「ジョー、ひとつ言っておく。」
「な、何だよ?」
「任務中にのんびりとラテなんか飲んでサボるんじゃないぞ。」
 ちくしょう!しっかりと味見しやがったな、この野郎・・・。
「わかった、わかった!健、いちいちうるせえんだよ、おまえは。」
 それから二人は、広告灯の安っぽい赤い光が巫山戯たように踊る非常階段を足音を忍ば
せて昇って行った。ふと見ると、健の瞳がネオンサインを反射して赤紫色にきらきらと艶
いて見えた。

 ああ、思い出した。タンザナイトって石だ・・・
 と、ジョーはひとり、闇の中で微笑んだ。


THE END & GOOD LUCK !
Art by Mikeko


Top  FicList

バナー ANOTHER WORLD OF THE GATCHAMAN