ANOTHER WORLD OF THE GATCHAMAN バナー

THA'TS NOT TRUE !! / original

by 鷲尾さゆり


 ひどい雷雨になった。1セント硬貨ほどもある雨粒が激しく屋根を叩く。
大気にはオゾンの香りが充満し、激しい稲光りの中で楡の木々が嬉しそうに
枝を伸ばして全身にシャワーを浴びている。俺はストロボライトのように明
滅をくり返す稲妻に見とれていた。
 その時、デスクの上の無線機がザーザーと文句を言い出した。
ー「こちーらイーグル・ワン、W-AS、ー応答せよ。」
 雑音に混じってあいつの声がそう言った。応答せよ、と言われてもなあー。
ー「WAS、応答ーよ!電波状ーが不安定ーやく、出ろっ、ジョー!」
 なんだ、俺に言ってたのか。まあ他には誰もいないが。俺は送信スイッチ
を入れ、マイクに向かって怒鳴った。
「こちらWAS・・・か?聞こえないぞ、健!もっとはっきり喋れ!」
 ザーザーという空電音がひとしきり高くなり、それが少し収まってから、
ー「WA-Sはそこだっ!とっとーと応答しろ!馬鹿っ」
 と、憎たらしい返事が返ってきた。
「なにが馬鹿だ?おい、いったいいつまで待たせる気だ?おまえこそとっと
と帰って来い!今日は俺のー」
ー「分かってーさ。でーひどい雷雲ーでーへは降りられない。リズのところ
 ーしてー。別ーに緊急着陸ーて、帰るー。ージョー、まってー」
 また空電が激しくなり、健の声はそこまでで途絶えた。
「おい、健!何だって?分からないぞっ!応答しろ、こら!」
 周波数をいろいろ変えてみたが、雷雲に邪魔されてか一向に埒が開かない。
要するに雷でここへは戻れないから、リズのところへ降りる・・・とか言う
事だろ?そりゃないぜ。さんざん待たせやがってー。
「くそっ!」
 俺は舌打ちしてスイッチを切ると、無線機の周りにあるノートやメモをめ
くった。数字とアルファベットの羅列がいくつも書いてあるが、このうちの
どれが "リズのところ" なのか、さっぱり分からない。
「地図だ!」
 ひびが入った漆喰の壁に航空路、気象図と並んでユートランド近郊の地図
が張ってある。おれはそれをじっと睨んだ。
「これだ!」
 民間飛行場のひとつに赤いペンで丸が付いていた。市街をはさんで反対側、
車を飛ばせば1時間といったところだ。俺は雨の中を車まで走った。

 雨脚は衰える様子もなく、稲光りと雷鳴もいよいよ激しい。だがそのお陰
で道路は嘘のように空いていたし、ヘッドライトが照らし出す風景もいつも
とは違った雰囲気で、俺は気分よくハンドルを握っていた。このぶんならば
早く着くだろう。真ん丸な目をして驚くあいつの顔が目に浮かぶようだ。
(何が馬鹿だ。人をさんざん待たせておいて。)
 市街地を抜け、しばらく走るとけっこう大きな河川がある。土手に上がる
道を曲がると広い河川敷きに数棟の格納庫と管制塔が並び、その向こうには
きちんと鋪装された滑走路が一直線に伸びていた。
 この辺ではいちばん大きな民間飛行場らしい。ここが "リズのところ" に
違いない。俺は事務所の前に車を停めると、また雨の中を走った。
(あいつめ、驚くだろうな・・・)
 ドアを開けると、数人のパイロットとオペレーターががやがや話している。
急激な積乱雲の発達で空の交通事情は大混乱らしい。民間機のコントロール
センターでもあるここは大忙しのようだ。ざっと見回したが、パイロット達
の中にあいつの姿はない。俺は通りかかった一人の女性を捉まえて尋ねた。
「イーグル・ワンのパイロットは?」
「イーグル・ワンて、健のこと?ねえ、リズ、健はここへ降りたの?」
 彼女にそう問われて、カウンターにいた別の女性が顔を上げた。
(彼女がリズ?)
 そう、リズだ。大きな榛色の目をしたその女性は、カウンターを離れて俺の
所まで来ると、
「あなたは?」
 と訊いた。この声には聞き覚えがある。へえ、なかなかの美人じゃないか!
「健の友達さ。その、健を迎えに来たんだけど・・・」
「あら、健のお友達?でもイーグル・ワンはここへは降りてないわよ。」
(なんだって?)
 目が丸くなったのは俺の方だった。
「ちょっと待ってー」
 リズは交信記録を調べてくれた。
「あった!健は1時間ちょっと前にWASへ帰るって連絡して来てるわ。ちょ
 うど雨が降り始める直前ね。今頃はお家にいると思うけど?」
(馬鹿たれがお家に戻らないんでここへ来たんだよ、リズ。)
 だが、心とは裏腹に俺はにっこり微笑んで言った。
「ありがとう、リズ。家に行ってみるよ。」
「待ってー」
 と、彼女は俺の腕をつかんだ。
「?」
「お邪魔かもよ・・・」
 と、小声でそう言うと何だか意味あり気に笑う。
「邪魔って何のことだい?」
「あら、知らないの?健て失礼なのよ。寝言で他の女の名前をー」
「おーい、リズ!ロメオ・エイトはどこへ降りたって?」
 カウンターから呼ばれて、彼女は慌ただしくそちらへ行きかけてから、
ちょっと真顔になって、
「ねえ、健の恋人ってどんなひと?」
 と、訊ねた。

 車に戻った俺は雑音だらけの交信を反復してみた。" 別の" なんとかって
言ってたよな。別の飛行場か?別の恋人か?まさか墜落しちゃったんじゃな
いだろうな。この雷と雨じゃ空の上は恐ろしいことになっているだろう。が、
事故があったならリズに連絡が入ってるはずだ。民間の小型セスナと言えど
もラジオ・ビーコンや救難信号は装備している。それにあいつが雷ぐらいで
墜っこちるとは思えない。
(どこへ行きやがった?馬鹿たれがー)
 雨脚はいくぶん衰え、ゴロゴロ鳴る雷もだいぶ遠くになってきた。
(ま、あいつのことだ、明日になればけろっとした顔で帰って来るさ。)
 そう思うことにして、俺は車をスタートさせた。考えてみれば、雨の中を
走り回ったり、心配したり、とずいぶん損をした気がする。当のあいつは、
きっと悪天候をダシに " 恋人" とよろしくやっているに違いない。失礼とい
うよりは腹の立つ奴だ。今度は寝言でリズの名前でも呼んで振られちまえ。
 そうだ!どうせあいつは今夜は家に戻らない。よし、シャワーを浴びて、
広いベッドでのんびりと寝よう。そのくらいの事をしても罰は当たるまい。
 小止みになった雨の中、俺はあいつの家へ引き返すことにした。

 市街地の外れにある林を突っ切ると、草に覆われた空き地と間違えそうな
小さな飛行場が唐突に現れる。雨はすっかり上がり、縁飾りのように並んだ
大きな楡の木の上にきれいな月が出ていた。吹く風は急に秋めいて冷たい。
さあ、熱いシャワーを浴びよう、と、ドアを開けた俺の心臓は一瞬、止まる
かと思った。月明かりが差し込む窓辺に誰かいる!
「誰だっ?」
 と、俺。
「俺だっ。」
 と、あいつの声。・・・え?健??
 慌てて窓辺まで行くと、確かにあいつがそこにいた。ずぶ濡れのままで、
寒そうに両腕を身体に巻き付け、怒ったような顔をして俺を睨む。
「何やってるんだ、おまえ?なんでそんなに濡れてるんだ?」
「おまえこそどこへ行ってた?人が死ぬような目にあって帰って来たのに、
おまえはいないし・・・。」
 それからあいつは一気に捲し立てた。途中の「馬鹿」だの「ちくしょう」
だのを省いて要約すると、つまりこういう事だ。雷雲を迂回して海岸沿いを
飛んだが(危険がある時、パイロットは人家のない海上を飛ぶ)、日没に間
に合わないので博士の別荘へ降り(あそこになら滑走路がある)、そこから
バイクであの雨の中を走って来てずぶ濡れになったこと。そしてリズのとこ
ろの地上管制に変更を連絡してくれ、と俺に頼んだこと(行方不明と言わな
くてよかった!)・・・まあ、この2点だ。
「無線が途切れ途切れでよく聞こえなかったんだ。でも何もそんなにまでし
て帰って来なくてもー」
「そりゃないぜ、ジョー。誕生日だから帰って来いって言ったのは誰だ?」
 あいつは俺の顔をまじまじと見、呆れたようにそう言った。そうだった!
すっかり忘れていた。それで俺はここで待ってたんだっけ。
「悪かった。謝るから、とにかくシャワーを浴びて着替えろよ。風邪を引く
ぞ。それにまず灯りをつけよう。灯りをー」
 だが、スイッチを入れても灯りはつかなかった。
「停電してる。」
 無愛想にあいつが言った。
「だからボイラーも点かないし、シャワーも水しか出ない。」
 俺は溜息をつき、とにかく手探りでバスタオルを持って来ると、窓から差
し込む月明かりの中で濡れたままのあいつの髪をごしごしと拭いてやった。
疲れたのかほっとしたのか、あいつは俯いたままじっと立っていた。月明か
りのせいか、いやに血色がない頬に長い睫毛が影を落としているー。
 と、あいつは突然顔を上げ、俺の目をじっと見て思いつめたように言った。
「誕生日おめでとう、ジョー。でもプレゼントがないんだよ。」
 何だ、そんな事を気にしてたのか?思わず噴き出した俺は冷えきった身体
を抱き締めて、こう答えた。
「そりゃないぜ、だな。まったく!」
「ケーキもシャンパンも、熱いシャワーもない。最低の誕生日だな。」
 俺の頬にくっついた、まだ冷たい頬が笑いながらそう言う。
「いいさ・・・。」
 俺はそこまで言って、後の言葉をくちびるに託した。
(おまえは帰って来たし、乾いたベッドもある。いい誕生日だぜ、健。)
 と・・・。

 月が冲天を過ぎる頃、俺は目が覚めてしまった。伸びをして起き上がっても、
シーツに包まったあいつはすっかり眠りこんでいるらしく、目も開けやしない。
ぼんやりとその顔を見ていると、微かにくちびるが動いた。リズの言葉を思い
出し、その口元にそっと耳を近付ける。そして、あいつが囁くように呼んだ名
前に、俺はこう呟かざるを得なかった。
「That's not true ・・・!」

- THE END -


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