ANOTHER STORY OF THE GATCHAMAN バナー

Valentines Past

by さゆり。

[ The theme and outline of this fic are
                        based on the original by Firebird. ]

 ユートランドのダウンタウンにも、艶かしいネオンサインが微笑みかけて
男達を誘う店が並ぶ、ちょっといかがわしい一画がある。どこの街にもある
こうした場所のバーやナイト・クラブには様々な人生や過去を持った様々な
顔の男達が犇めいているものだ。だが、客も従業員もお互いにそんなものは
一切お構いなしと言った風情で、男達はただ一夜の享楽を求め、ただ酔うた
めにこうした店にやって来る。それは、とある店の片隅の暗がりに座ってい
るダークブロンドの若い男、ジョーとて例外ではなかった。
 ジョーは手の中のバーボンのグラス以外の全てを無視し、ただ時折、バー
ボンを口元に運ぶだけの実に無愛想極まりない男だが、それとてもこうした
店の常連としては例外でも何でもない。男達の胸に何があろうとも、彼らは
決してそれを他人に語ろうとはしなかったし、また語ったとしてもそんなも
のには誰も耳を貸さなかっただろう。
 だから、ジョーも黙ったまま、ちょうど一年前の今頃(それがバレンタイ
ン・デーだったと気づいたのさえ、後になってからだ)に出会した、不思議
な娘の事を考えていた・・・。
 
 その娘がこの店に入って来たのは、ロマンティックなバレンタイン・デー
の一週間ほど前の事だった。
 一見して、その娘はジョーがこうした店でつきあう種類の女性、つまり豊
かな金髪と見事な胸と脚線美を誇る女達とはまるで異なっていた。彼女はほ
っそりと小柄で、絹のように滑らかな長い黒髪と極上の翡翠に似た深い目色
をしており、まるで少女のように見えた。
(ふぅん、なんでこんな処へ?)
 そう思ったが、ジョーはチラリと娘を一瞥しただけで、すぐにちょっと険
しく見えるその視線をセクシーな金髪のダンサーへと戻した。実際の話し、
「仕事」以外の用事でこうした店に女性が来る事は稀であり、だから男達は
明け透けな好奇心で娘を眺めていた。しかし、娘は一向に気にかける様子も
見せず、静かにボックス席に座ると、時折、飲み物をオーダーする以外には
まったく喋らなかった。そして、当然の成り行きとして、数人の男が娘の側
に行って声を掛けたが、それにもまったく応えようとしなかった。いや、娘
の眼差しはそうした男達を通り越し、片隅の暗がりへと真直ぐに向けられて
いたのだが・・・。


 それから数日、毎晩のように娘はその店にやって来た。
(いったい、何をしに来るんだろう?)
 何か理由がある事は疑う余地が無い。で、なければこんな場違いな店に娘
が一人で座っている訳が無かった。夜毎、ジョーは好奇心をそそられたが、
彼はさり気なく冷たい一瞥を投げかけるだけで、この奇妙な娘に敢えてそれ
を問う事はなかった。
 適当な時間を過ごすと、娘は静かに席を立って店を出て行く。と、ジョー
は気取られないようにそっとその後を尾けた。訊ねる事が出来ぬ好奇心を満
たしたかったのかも知れない。訓練された彼の警戒心がそうさせたのかも知
れない。いや、ただ単にどこか儚げな娘の身を守りたかっただけなのかも知
れない。明確な理由は自分自身にも分からなかったが、ジョーは慎重に距離
を取って、彼女を追った。

 どこへ帰るのか?娘は真直ぐに通りをひとり歩いて行く。やがて、街灯が
壊れて薄暗くなっている辺りに差し掛かった時、一群の男どもが娘に近づい
た。物陰から様子を窺っていたジョーは、男どもの一人が彼女の腕を掴んだ
と見るや否や、鍛え上げられたその脚で音も無く突進し、彼らの間に割って
入った。肩越しに様子を確認すると、どうやら娘は無事のようだ。
(よし、大丈夫だな。)
 そうホッとしながらも、姿を現わした言い訳でもするように、ジョーは娘
に薄く笑って肩をすくめて見せると、そいつらを蹴散らしにかかった。どう
せロクな奴らではない。逃げ出した奴は放っておいて、次の男へ・・・驚き
と痛みに情けない声を上げながらそいつらが四散するのに数分しかかからな
かったが、ふと見ると件の娘までが姿を消していた。
(ちぇ、怖がらせちまったかな?)
 一応、周囲を探してみたが、やはり彼女はどこにもいない。もうあの娘に
は会えないかも知れんな、と、そんな後悔にも似た思いが脳裏を翳めたが、
だが、他にどうしようもなかったではないか、と、もう一度肩をすくめて、
ジョーは帰途に着いた。

  だから、翌日の夜、またその店で再び娘の姿を目にした時、ジョーはもう
彼女に近づき、声を掛ける事を躊躇わなかった。
「夕べは大丈夫だったかい?」
 低い声でそう訊ねると、娘は少し微笑んで見せたが、頷いただけで返事は
しなかった。
「女の子のひとり歩きは危ないぜ。」
「ハーイ、ジョーったら優しいのねぇ!」
 通りかかった馴染みのダンサーがセクシーな衣装でキスをひとつ、投げて
寄越した。
「あたいのステージを見てくんなきゃヤーよ、ジョー。」
 うるせえな、と苦笑いを浮かべたものの、返事をしない娘にひとりで話し
かけているのも妙な感じだったから、ジョーはちょっと救われたような気持
ちで、ダンサーのセクシーな踊りに目を向ける事にした。だが、そうしなが
らも、ジョーは時折、横目で娘の様子をそっと窺っていた。そして、彼女が
今夜も静かに席を立つと、誰にも気づかれないように、「もう安全」と思わ
れる大通りに出るまで、ひっそりと影のように送って行った。
(おやすみ、お嬢さん。また明日・・・。)
 心の中でそう呟いて、ジョーは踵を返した。

   ジョーはトレーラーへ帰ると、シャワーを浴びてきちんと整えたベッドに
横になった。男所帯であるにも関わらずジョーのトレーラーはいつもこざっ
ぱりと片付けられている。いや、片付いている、と言うよりは生活臭さえ感
じられぬほど素っ気無い。ジョーが自分のベッドやその狭い私的な空間を常
に整えておくのは、いつ何時、もう二度とここへ帰れなくなってもいいよう
に・・・そんな彼の覚悟からだったかも知れないが、勿論、ジョー自身は確
とそう自覚し続けてそうしていた訳ではなく、ただ単に習慣としてそうして
いたのだろう。
(もっといろいろ、話しかけてみれば良かったな。)
 シャワーがバーボンの軽い酔いを洗い流してしまうと、やはりあの娘の事
が気になった。せっかく話しかけたと言うのに、何故、訊きたい事も訊かず
にいたんだろうか?邪魔が入ったからか?いや、俺はむしろ邪魔が入った事
を幸いに彼女から逃げてしまったんだ。ちぇっ、シャイなガキじゃあるまい
し・・・!と、ジョーは自分自身に舌打ちをして乱暴に寝返りを打った。
 その時、
(!?)
 彼の研ぎ澄まされた感覚が聞き慣れぬ物音を捉えた。誰だ?こんな夜中に
・・・こんな処へ誰が?・・・ジョーは音も無く飛び起きると、息を殺して
外の気配を窺う・・・微かな足音がトレーラーの入り口へと移動したのが分
かったが、殺気とか、それに類する嗅ぎ慣れた危険な気配はまるで感じ取れ
ない。
(妙だな?)
 油断なく爪先立ってドアのノブに手を掛け、ままよ、とパッとドアを開い
たジョーは、そこに立っていた意外な人物に思わずブルーグレイの瞳を二、
三度、瞬たかせた。
「君は・・・。」
 ドアの前に立っていたのはあの娘だった。そうか!と、ジョーはその時に
なって、反対に自分が彼女に尾けられた事を悟った。予想だにしなかった事
とは言え、科学忍者隊の精鋭である彼に、まったく気取られずに尾行するな
ど、ただの小娘に出来る事ではない・・・何者だ?と、思わず彼女を見据え
たが、相変わらずその気配に剣呑な色は無い。いや、反対にむしろ温もりさ
え感じるのは何故なのだろう・・・?
 ジョーは自分の第六感や直感を信頼している。だから、娘が怖れ気もなく
トレーラーに入り、後ろ手にドアを閉め、ごく自然な動作でするりとコート
を脱ぐのを、ジョーは壁に背を預け、腕組みをしたままで、黙って、じっと
凝視めていた。

 黙ったまま、娘はゆっくりと優雅な動作でジョーに近づき、そっとその肌
に触れた。
 ジョーはじっと動かずに、まるで蝶の羽搏きのように軽い彼女の愛撫を受
け止めた。
 やがて・・・
 ジョーの指も彼女の柔肌を弄り、静かに重ねた唇が激しさを増すと、飢え
にも似た情熱に駆られてジョーはその謎の娘を抱いた。
 幾度か、ふたりは熱く溶け合い・・・そして、腕の中で柔らかい寝息を立
て始めたぬくもりを抱いたまま、ジョーもいつしか眠りに落ちた・・・。

 翌朝、ジョーは目覚めと同時に、腕に抱いていたはずのぬくもりがいない
事を知った。
(夢だったのか?)
 そう思った方が自然なほど、昨夜の出来事は覚束ない。いや、確かに彼女
はここに存在し、愛し合ったのは紛れも無い事実だが、「何故」なのか?
「誰」なのか?・・・それはさっぱり分からぬままだった。ただ傍らの枕の
上に置かれていたメモだけが、たった一つの「事実」としてジョーの手の中
に残された。

『先日は、助けて下さってどうもありがとう。
 あなたの行く道があなたの心と同じく、
 いつも正しいものでありますように。』

 そして、女性らしい端正な文字で記されたこの短いメモには彼女の署名が
添えられていた。それはどこか懐かしい名前のようでもあり、また全く知ら
ない名前のようでもあったが、それを思い出す糸口さえ無い。ジョーは軽く
舌打ちをしてそのメモを投げ捨てようと立ち上がり、だがふと手を止め・・
このメモだけが一夜の名残り、か・・・そんな感傷めいた思いが彼を思いと
どまらせたのかも知れない。ジョーは結局、その紙切れをジーンズのポケッ
トに突っ込んだ。
 そして、ジョーが知ったもう一つの「事実」は、それ以降、あの娘がもう
二度と店に現れなくなったという事だった。


 それから一年後・・・。
 ジョーはある任務の中で、その娘について幾つかの「事実」を知った。
 彼女はギャラクターに連なるマフィアに似た極東の特殊な組織の幹部の娘
であり、血族の掟に従い、彼女もまた機密情報の内偵として活動していた。
しかし、如何なる動機からか、彼女は両親や自分自身が生きて来たサークル
の情報を南部の元へ届ける決心をしたらしい。結局、それが裏切り者を決し
て許さぬギャラクターに知られ、真冬の海岸に無惨な骸を晒す結果となった
のだが・・・。

「気の毒な事になってしまって、残念だったな。」
「惜しい事をしましたね。彼女から奴らの本部が聞き出せたかも知れなかっ
たのに。」
 南部や健が特に非情な人間だと言う訳ではないし、ジョーとて同じ思いを
抱かぬ訳はなかったが、しかしジョーには彼しか知らぬ、娘との「事実」が
あった。だが、同時に幾つかの「謎」が解けた・・・なるほどそういう仕事
をしていたのだから、俺を尾けて来られた訳だし、また、俺に気づかれずに
姿を消す事も出来た訳だ。俺のいきつけの店に現れたのも、俺を「誰」と知
っての事だったのだろう。そして、彼女が接近して来たのは、つまりこうい
う裏があったからなのだ・・・と。
 だが、そうと割り切って、娘を忘れる事が出来ぬまま、ジョーはその夜、
久しぶりに彼女と出会ったあの店へと出掛けた。

 賑やかで猥雑な店のいつもの暗がりに、ジョーがまたバーボンを片手に座
っていると、馴染みのダンサーが小さな封筒を持って来た。
「ねー、ジョー、あンたにラブレターが来てるわよ。」
「俺に?この店に届いたのかい?」
「そうなの。ほら、<いつも左隅の席にいるジョーへ>ですって。きっと、
あンたの住所が分からないから、ここへ送って来たのね。もー、お安くない
わねぇ、ジョーったら!」
 悔しい!と巫山戯てジョーを打つ真似をするダンサーから、そんなんじゃ
ねえよ、と、軽く笑って桜貝に似た淡いピンク色の封筒を受け取ったジョー
は、不審に思いながらも封を切った。中には見覚えのある筆跡の手紙と一葉
の古いスナップが入っていた・・・。

『ジョー、あなたがこの手紙を受け取る時には、きっと私はもうこの世には
いません。
 恐らくあなたは知らないでしょうが、私達の間にはある約束があったのです。

それを告げるべきか迷いましたが、やはりあなたは知らない方がいいでしょう。

 あなたは私の最後の望みを叶えてくれました。それだけで満足です。

 同封した写真は、あなたの御両親とあなた、私の両親と、そして私です。
ずいぶん古い写真ですが、もしかしたらあなたは御両親の写真を一枚も持っ
ていないのではないかと思い、これを送る事にしました。

 ジョー、ギャラクターに勝利しますように。そして、あなたがあなたの心
に平和を取り戻し、幸せな人生を送られますように・・・。』

 改めて眺めたその写真には、思い出の中にいる両親そのままに、まだ若い
父母と子供の時の自分、そして、黒髪の男女に挟まれた小さい彼女がスナッ
プされていた。
(あっ!)
 と、ジョーは思わず声を上げた。そうだ、思い出した!ここに署名された
彼女の名前はやはり知っている名前だったんだ。これを撮った時の事も少し
だけ憶えている・・・彼女の親父と俺の親父は、仕事か何かの友人で・・・
俺は東洋人が珍しくて、君の髪を引っ張って泣かしたんじゃなかったか?
(そうか、君はあの時のあの子だったのか・・・。)
 また幾つかの「謎」が解けた。だが、ジョーは知らない。ギャラクターに
連なる組織の幹部同士として、自分の両親と娘の両親が親しくしていたとい
う「事実」をー。そして、彼らがいつか互いの息子と娘が年頃になったら、
新たに血族としての関係を結ぼう、と約束していた「事実」も・・・。
 彼女はそれを聞かされていたのだろう。しかし、ジョーの両親の裏切りと
死によって(表向きはジョーの死も、だ)反古になったはずの約束だが、実
は自分の許婚が敵対する科学忍者隊の一員として生きている事を、ひとり、
突き止めた彼女の胸中に去来したものは何だったのだろうか?
 そして、彼女は何を決意したのだろうか?

 ジョーは知らない。
 今はもうどの席に座っていたのかさえはっきりとしないあの娘が、過ぎ去
ったバレンタイン・デーのあの夜に、遥か極東の習慣に従って、許婚にその
純潔を捧げた事を・・・。

 そうとは知らず、そうと知った上で、だが、今は密かに共有したふたりの
思いだけが、そこにあった・・・。

   Valentines Past, The night that never returns any longer......


  - The End -
Art by Sayuri


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