ANOTHER STORY OF THE GATCHAMAN バナー

MELANCHOLY IN THE AFTERNOON ...

ユートランドシティは、ちょっと無理をすれば年中半袖で過ごせるくらい温暖な気候の地方都市だが、そのせいかここに住む人々の心もどこか大らかで、リベラルと言えばリベラル、また無関心と言えば無関心だ...何に対しても。俺はこうした都会の生まれではないから余計にそれを感じるのかも知れない。俺達みたいなアヤシイのが暮らすにはもってこいの街なのは言うまでもなく、昔なら木は森に隠せだったろうが、さしずめ現代では人は街に隠せってところだろう。どうやって食っているのか分からない、いや住む家さえ無い胡散臭いプライベート・レーサーの俺だが、それを他人にとやかく言われる事は決してない。
だから俺はこの街が気に入っている。もっとも、気に入らなくても勝手に出て行く事など出来ない事情ってものを背負い込まされてもいるが、それが心底、嫌だと思った事は一度もない。ただ、たまに...例えばそれがたまたま日曜日で、ああ、今日もミサに行けなかったな(それじゃ真面目に教会に通う気があるのか?と問われれば、ねえよ、と答える程度の信仰心なのだが)、と思い出してしまうほど暇な昼下がりとか...俺はたまらなく憂鬱になる事があるのだ。

Ain't no way but straggle against the current without cause
You hand me your scenario
Sobered down, I am not
Yet to play your own game

その日もそんな暇な午後だった。俺はいつも俺達がたむろしているダウンタウンにあるJという店のガラスのドアを開けようとし、ふいに悪戯を思いついた。その日はちょっとした気紛れを起こして1ブロック向こうのパーキングスペースに車を置いて歩いて来たのだ。車を店のガレージに入れようとすれば、シャッターの音が「あいつが来た」と告げてしまうが、今は気づかれる心配はない。日曜日の昼下がりなど、どうせ店が閑なのは分かり切っている。店内にいるのはたぶんツケで遅い朝食を食っている赤いTシャツのあいつくらいだろう。
ただ単純に「ちょっと脅かしてやろう」という子供じみた思いつきに駆り立てられて、俺はガレージの脇の狭苦しい路地に置かれたガベッジ缶の奥にある、裏口のドアを慎重に開けた。暗いガレージにはこの店のオーナーの黄色いバイクと、思った通りにあいつの赤いバイクが仲良く並んでいたが、ここにいる筈のチビのオレンジ色のバギーは不在だった。
「ボートハウスに釣りにでも行ったか?日曜だしな。」
そう独り言ちて、俺は店に通じるドアをそっと押し開けて様子を窺う。衝立に遮られて店内は見えないし、また向うからもこちらは見えないのだが、俺は慎重に息をひそめて気配を読んだ。オーナーの彼女が好きなビートの利いたアップテンポの曲が流れているのはいつも通りだし、客がいないのもいつも通りだが、どうも様子がおかしい。おや?と思ったその時、彼女の声が耳に飛び込んで来た。
「アルをどう思う、ってどういう意味よ?」
「怒る事はないだろう?」
彼女のちょっと尖った声とは裏腹にあいつの声はまるで笑ってでもいるように丸っこい。何をやってるんだ、いったい?
「彼、イケてるじゃない?ドラムも上手いしさ、それにあいつ、ジュンにすっごく惚れてるんだぜ。」
「そんな事、なんで健が知ってるのよ?いい加減な事を言わないで。失礼ね、まったく。」
ふふっ、とあいつが優しく笑う。そして唐突に、
「帰るよ。」
と、言った。
「まだいいじゃない?もうすぐ甚平も帰って来るわ。」
「だから、さ。気を利かせて夕べから出掛けてくれたあいつと顔を合わせるのが、照れくさいんだよ。」
なるほど、そう言う訳か...その気持ちは理解出来るが、もう衣朝のって時間じゃないぞ。とっとと帰れ!この寝ぼすけ。
「そんなもんなの?男って案外とデリケートなのねぇ。」
「女みたいに図々しくも逞しくもないんでね、男って奴は。」
いつものカウンターに二人は並んで腰掛けていたのだろう。背の高いスツールが動く音が重なり、それからちょっとの間、何も聞こえなくなった。たぶん、二人は口唇で別れの挨拶を交わしてるのだろう。俺は肩をすくめて微笑むと、尚更じっと息をひそめていた。

Grown-ups:
This man tells no truth
That man just passes me by
Say no word to those who preach hopes
Call me names, I am a stray boy

ガレージのシャッターが威勢良く開き、あいつがバイクのイグニションを回す音がドア越しに聞こえる。悪戯心を出したせいでちょっとバツの悪いところを、心ならずも立ち聞きするはめになった俺は、コーヒーを諦め、あいつが出て行くのを見計らって、そっとまた裏口から帰るつもりだった。が...
「出てらっしゃいよ、ジョー。コーヒーでも飲まない?」
ヤバイ、しっかりと見つかってたぜ。
「甚平がよくそこでサボるもんだから、誰かいるかどうかすぐに分かるようになっちゃったわ。」
俺はコップにホールドアップを命じられた犯人よろしく、両手を上げて素直に衝立から離れた。
「ジュン、すまなかったな。俺は別に立ち聞きするつもりはなかったんだ。ちょっとびっくりさせようと思っただけで...それに、まさかあいつが、その...」
「いいのよ。」
と、要らぬ言い訳をする俺に彼女は笑いかけた。今日の彼女はすごく綺麗だ。好いた男に抱かれた後の女ってのは、どうしてこうも優しくて、それに眩しいのかな?と、俺はちょっと無遠慮に彼女の顔を見つめてしまった。何か付いてる?と、彼女。いや、別に、と俺...おかしなジョーね、と言いながら、ドリッパーから落としたてのコーヒーを俺の前に置くと、自分のカップに新色のルージュを引いた可愛い口唇を当てて、何気なく訊いた。
「ねえ、ジョー、他の人と寝る時って、健はブレスレットを外すのかしら?」
「うっ...」
俺はコーヒーに咽せて、派手に咳き込んでしまった。大丈夫?と、大きな緑色の目でそんな俺を彼女が覗き込む。
「ちょっと待てよ、ジュン。何で俺があいつのそんな事を知ってるって思うんだ?」
「だって、男同士で遊びに行くでしょ?だから、もしかしたら知ってるかな?って思ったんだけど、考えてみたら同じ部屋でって事はないものねぇ...」
「おいおい、ジュン、そんな...」
え?あら、いやぁね、あたしったら...と、彼女が笑い出したので、一緒になって俺も笑った。笑う以外、どうしろって言うんだ?こんな時...。

Ain't no way but hang on to this sweetness without love
I see her winking across the street; is it a call?
Oh baby, baby don't worry, it's all right
For hidden is a knife, here in my heart

「でも他に訊ける人って、いないもの。」
確かに他の人には訊けないよな。いや、外すかどうかを知る事は出来ても、ブレスレットの秘密を共有し、お互いそれに縛られているのは俺達だけだからな。
「ジュン、健と何かあったのか?」
うーん、とちょっと小首を傾げて、彼女は話し出した。
「健ってよくブレスレットを外して、その辺に置くじゃない?なのにベッドにいる時には絶対に外さないのよね。」
「ま、俺もなるべく外さないようにしてるぜ、そういう時には。女と寝ていて遅れましたじゃ済まねえからな。」
今度は俺が何気なく、一般的な話としてそう言ったが、彼女が本当に言いたい事はよく分かる。お互い、こいつに縛られている者同士ならば、尚更こいつの呪縛から例え束の間でも逃れたいと思うのは当然だろう。ナイトテーブルに置いても枕の下に埋めても、こいつが喚き出して気づかずに居られるほど俺達は平和じゃないのだから。だが、俺は知っている。確かにあいつはベッドでは、決してこいつを外さないのだ。シャワーを浴びる時に外しても、いや、その前にはデスクの上に投げ出していたとしても、その時には必ずまた自分を縛ってしまうのだ。
「特に健はリーダーだからな、責任感ってやつじゃないのか?そんな事を気にするなんてジュンらしくねえな。」
いや、実に彼女らしいぜ。しかし俺は敢えてそう言った。
「そうね、もう気にしないわ...あ、健たら、うちのバンドのアルがあたしに惚れてるなんて言うのよ。ホントかしら?」
彼女は強い。そして優しい。きっと誰よりも健の事を分かっているに違いないのに、だから彼女は敢えてそれを追求しようとはしないのだろう。だから俺も言わずには居れなかった。
「やっぱりジュンはクールでかっこいいな!俺はそんなジュンが大好きだぜ。だから、ジュン、女の子らしい幸せを掴めよ。そうじゃなきゃ、俺が許さねぇぜ。」
モチよ!、と彼女は婉然と微笑み、背筋を真直ぐに伸ばして立ち上がると、カウンターの横に立て掛けてあった古びたアコースティック・ギターを取った。
「確かにアルってちょっとイイのよね、家もお金持ちだし。でも、あたしは...」
爪弾く音色は、彼女の心を映すように、最初、ちょっとだけメランコリックで、だけど徐々に明るく力強くなっていった。
「...やっぱりキーボードのケイスケがいいな。」
悪戯っぽくウインクしながらそう笑う彼女に、俺も笑って頷いた。何の曲だい?と、俺。ララバイよ、と、彼女。そんな喧しい子守唄で赤ん坊が寝るのかね?...ええ、あたしの子ならね!

This big city:
This city's cozy and sleazy
In this city the night grows again
Say no word to those who preach tommorrow
Call me names, I am a stray boy

気の利くチビが泊まりに行っていたボートハウスの管理人と一緒にJに戻ったのは、それから間もなくの事だった。大食いの管理人が持参した大量のドーナツをみんなで食いながら、くだらない冗談を言い合い、いい加減笑い疲れた頃、この店にもようやくいつもの客達がポツポツ顔を出し始めた。それを機に俺はJを後にして、1ブロック向うのパーキングへと歩く。暮れかかる街は何となく心寂しく、それでいて何処か妙に懐かしい。日暮れに家へとたどったあの小道には、名も知らぬあの仄白い花が今も咲いているのだろうか?そんなセンチメンタルでメランコリックな思いに抱かれていた俺の前に、いきなりあいつが現れた。
「遅かったな、ジョー。」
「健...おまえ、帰ったんじゃなかったのか?」
いや、ちょっとヤボ用があってね。そうしたら、まだおまえの車があったから、待っててみたんだよ...と、嘘だか本当だか分からない事を言う。それからあいつは屹立するビルとビルの間で、だんだんと暗くなって行く茜色の空を、優し気な、ちょっと物憂げな顔で見上げながら、
「このくらいの時間って、何だか子供の頃を思い出すな。」
と、ぽつりと呟いた。誰でも思う事は一緒だな、と俺が笑うと、何だ、おまえもか?と、あいつは少し驚いたような顔をし、それから、ふふっ、と笑って、素直な口調で続けた。
「いいなぁ、ジョーの方が両親との思い出がいっぱいあって。」
「まあな。だけど、ジュンや甚平に比べたらおまえだって、まだまだ幸せな方だぜ、健。」
ああ、と頷くその横顔を見ながら、訳も分からずにこの街に連れて来られ、こいつと一緒に暮らすようになった頃、こいつには優しい母親が居るんだというだけで、ひどく腹が立った事を思い出す。だが結局、俺達は等しく迷子になり、揃いの服を着て、互いに傷口を舐め合い、同じところを彷徨っている。今のところ、この憂鬱からは誰も抜け出せない。だが、きっと...。だが、いつかは...。
「喉が乾いたな。ジョー、一杯、つき合わないか?」
あいつが人恋しさを滲ませ、だがそれを見せまいとして、そっぽを向いたまま、さり気なくそう言う。
「ああ、いいな。つき合うぜ。」
だから俺も無関心を装って、そう答えた。

Sobered down, I am not
Yet to succumb to the sweet temptation of this city
You play your game like I'm your pawn
Too soon to checkmate, don't tell me to give up just yet
For hidden is a knife, here in my heart
Hidden is a knife, here in my heart

- THE END -

Story by: 鷲尾 さゆり / Illustration by: robix


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