Happy !

by Kiwi


「成績が良かったら、何か褒美を上げよう」と、南部が言っていたので、健とジョーは今
回かなり一生懸命勉強をした。健は何時も優等生で成績が良いほうだったが、何時もより
睡眠時間を減らして勉強したし、ジョーは理数系に比べて文系が苦手だったけれど、外で
遊ぶ時間をそれでも結構勉強に使った。貰った成績表を互いに見比べれば、やはり健の方
が良かったが、ジョーも彼なりに満足のいく成績だった。しかし、自分の思いと南部のレ
ベルが同じとは言えないだろう。

「何でこんなにムラが有るんですか?」
成績表を横からぶん取った島田が、奪い返そうとするジョーの頭を押さえ付けて、そうコ
メントした。
「・・返せよ」
上目遣いに自分を見上げて、口元を歪めているジョーに、島田は頭に置いていた手から力
を少しだけ抜いた。その拍子に向こう脛を思い切り蹴られて、島田は呻いた。その一瞬の
隙にジョーは島田から成績表を奪い返した。
「全く油断が成らないんだから・・」
足を摩りながら島田は、ジョーの首根っこを捕まえた。
「島田・・俺って馬鹿なのかな?」
ポツリと呟いたジョーの言葉に、島田は噴出した。
「あんたは十分狡賢いと思いますけど」
「・・だってさ、何時だって健に敵わないんだぜ。俺も今回は一生懸命勉強したのにさ・・」
「一回一生懸命勉強したからって、抜かれたら健の立場が無いでしょう。健は何時だって
真面目に勉強してますよ」
「あんたと違ってね」と、島田はジョーの頭を大きな手で軽く叩いた。
「博士のご褒美、貰えないのかな」
「さあ・・どうでしょうね」
ちょっと含みが有る様に、島田は笑っていた。

「ジョー、起きて」
隣に座っていた健に揺り起こされて、ジョーは目を覚ました。飛行機の振動が心地良い眠
りを齎して、何時の間にか眠りについていた。
「何時?」
機内の乾燥からすっかり掠れてしまった声は、言葉に成り難い。やっとの事でジョーはそ
う尋ねた。
「朝の8時。もう直着くよ」
「・・お前眠らなかったのか?」
傍らの健は機内装備のヘッドフォンを着けたままで、眠った様子は無い。
「何だか興奮して眠れなかった。俺、南半球に行くのって初めてなんだ」
「俺もだけど・・」
以前は自分の事を僕と呼んでいた健が、何時の間にか俺と言うようになった。それはこの
冬が本番になる前に健の母親が亡くなって、南部の元に来てからの事の様に記憶している。
もっともそれは単なる切っ掛けに過ぎないのだろう。自分達は何時だって早く大人に成り
たいと思っているのだから。
未だ機内は眠っている人間の方が多い。隣に座っている島田もその一人だ。
「子供だけで旅行をすることはできないから」と南部に命じられて、仕方なく同行させら
れた島田だった。
「俺は、世界中で一番子守りに向いてない人間ですよ!」
精一杯の島田の反論も当然の如く却下され、彼は何時もの仕立ては良いが、何処と無く彼
を物騒な人間に見せている背広を剥ぎ取られて、ビジネスクラスのシートに収まっている。
「ペチャクチャ喋っていたら、五月蝿くて眠れんでしょうが!」
健とジョーの内緒話よりも、余程大きな声で島田が釘を刺す。その声にチラッと腹立たし
そうな目線を向けようとしたビジネスマンが、島田の一睨みで極まり悪そうにその視線を
背けた。
「すみません、島田さん。俺達の所為で・・」
謝る健に、ジョーが異を唱えた。
「俺達の所為じゃねえよ。島田の地声が大きいだけだぜ。だけど流石だな、島田。一睨み
で黙らせるなんて、凄いや」
変な事に感心するジョーに、健も同意した。
「そうだね、凄いよね」
「黙って座ってなさい!」
先刻の一睨みが、今度は自分達に向けられて、仕方無しに二人は大人しく音楽を聴くこと
にした。

南半球に小さく浮かぶ二つの島で出来た国が、今回の目的地だ。島田が借りて来たレンタ
カーの窓から入ってくる初夏の風が心地良い。広がる風景は、ユートランドに比べれば酷
く田舎のように感じる。モーターウェイの傍らには牧草地が広がり、大きな牛達が長閑に
草を食んでいる。遥かに望む海の色も遮る物も無く広がっている空の様も、健とジョーは
気に入った。

海が眼下に見える崖の上に、新しく南部が購入した別荘は有った。海を見た時からはしゃ
いでいた二人が、早速水着に着替えて駆けて行く。窓から見下ろしている島田に気が付い
て、健とジョーが手を振った。それにおざなりに手を振って応えてやる。仔犬の様に二人
はじゃれ合いながら、海岸まで走って行った。
「ガキは元気だね・・子守なんか真っ平だが、この時期に夏、ってのを味わうのも良いか」
取り出した煙草に、彼は火を点けた。もっとも子供に混じって泳ぐような酔狂な趣味は無
い。泳いでいる子犬を見張る為に、デッキに移動した。
「島田さーん、泳がないんですか?」
振り返って、健が呼んだ。
「よせよ、健。お前島田の水着姿って想像出来るか?」
自分の言葉に想像してみたのか、クスクスと笑い声を上げる。つられた様に健も笑い出し
た。
「勝手なこと言ってると、海に沈めますよ」
何時までも笑い転げている二人に、一睨みする。
「あっ、ヨットだ!」
「何処?」
ジョーの指差す先に健も目を凝らす。
「あんた達、聞いていませんね」
「島田、俺ヨットに乗りたい。あの大きなのが良い」
「大人になってから自分の金で乗って下さい」
「じゃあ、小さいのでも良い。今晩乗ろう」
その提案に健も瞳を輝かせた。二人の青い目からは思い切り、お強請り光線が出ている。
仕方無しに島田は予約を入れる為に、電話を取った。海風に当たるのも良いだろう、偶に
は・・。だが、子守じゃなく美女と一緒なら言うことは無いのだが・・。
電話に出た若い女の声に、少しだけ期待する。
「せめて受付嬢くらい美人で居てくれよ」
未だ仔犬達ははしゃぎ回っている。島田は呆れた様にデッキチェアーに身を沈めた。旅行
は未だ、7日も有った。



The End



Top  Library List