He's gone…

by Kiwi


懐から鍵を取り出して、島田は自分の部屋の扉を開けた。時刻は既に日付が
変わっていて、シンと静まり返った廊下には人影は無い。もっとも深夜の帰
宅でなくても、このマンションは完璧な防音が施されている所為か、余り物
音がしない。独り者が多いのか生活感の無いこの建物が、買った時には気楽
で好きだった。騒がしい子供の声に悩まされるのは嫌だったし、隣から無遠
慮に入り込んでくる煮炊きをする匂いも嫌だったから、こんな温かみの無い
建物を選んだ。それが心地良かった。あいつが来るまでは・・。

部屋は勿論真っ暗で、自分に声を掛けてくる者は誰も居ない。ぐるりと部屋
を見回して、俺の部屋はこんなに広かったっけ・・と、シミジミ島田は感じ
た。例えジョーが来ない日でも、こんな事を感じたことは無かった。ジョー
とても、この部屋に住み着いていたわけではない。泊まっていくのはせいぜ
い一週間に一度、多くて二度位だろうか。任務や島田の仕事の都合では、何
週間も来ないことも有る。
「俺も焼きが回ったな・・」
呟いて彼はソファに腰を下ろした。上着を脱いでソファの背に掛けると、島
田は疲れた目頭を指先で揉んだ。疲れが澱のように溜まっている。地球は、
辛くも最後の審判から逃れることが叶った。が、その後の処理に南部は追わ
れ、島田もそんな南部と殆ど行動を共にしている。この部屋に帰って来るの
も、二日ぶりだ。
「シャワーでも浴びるか」
口に出して言うのが癖になったのは、聞く相手が居たからだ。意外に面倒見
の良いジョーは、何かと島田に煩かった。
「ほら、上着を掛けとかねえと皺になるだろ」
「早く風呂に入って来いよ」
「偶には酒以外の物も買って来い」
そんなジョーの言葉に、島田は何時も生返事をしていた。

『居ないと静か過ぎますね、この部屋は・・』
何故だろう・・と島田は思う。健からジョーが助からなかった事を聞いた時、
島田は悲しいとは思わなかった。只、言葉に出来ない様な喪失感だけが有っ
た。
「そうですか・・」とだけ、彼は言った。
「俺はジョーを見捨てたんです」
固く握った拳を震わせて、唇を血が滲むように噛み締めた健の瞳から零れ落
ちる涙を、島田は羨ましいような気持ちで見詰めた。それは多分、仲間の前
では決して見せはしない激情なのだろう。ジュンたちの前では、リーダーと
して全ての罪を自分に背負って居た健の、多分自分だけに見せる甘えなのだ
ろう。「責めて欲しい」健の瞳はそう言っていた。「誰かが責めてくれなくて
は、自分自身が許せないのだ」と、そう言いたげな健の瞳に島田は応えて遣
らなかった。
「貴方はあの状況で最善の選択をしたんですよ」
「でも・・」
でも、許せないのだろう、自分の罪は・・。だが、本当の罪人は自分なのだ。
ジョーが居なくなったと聞いた時に、島田は或る夜を思い出した。思いつめ
たような顔をして、何時もと違う様子自分を求めたジョーは、夜明け前に自
分の部屋を後にした。窓から見下ろしたジョーの様子が、今も脳裏に残って
いる。あの時自分は尋ねるべきだったのだ。引き止めるべきだったのだ。力
付くでも。決してあの存在を留める事は出来ない。今はもう・・。
「それがジョーの望みだったんですよ」
健にそう言ったのは、自分に言い聞かせるためだ。ジョーは決して後悔して
は居ないのだ。自分が望むままに駆け抜けて、彼は逝ってしまった。
「だから貴方が悔いる必要は無いのですよ」言葉にはしなかった言葉が健の
胸に届いたかどうかは分からない。それでも自分達は認めなければならない、
もう彼は居ないのだと。

立ち上がって島田は厚手のグラスを二つ取り出すと、バーボンを注いだ。
一つをテーブルに、そしてもう一つを手に取る。
「メーカーズマークのブラックラベル・・これ好きでしたよね」
呷ったグラスを間接が浮き出るほど固く握り締めると、グラスが悲鳴を上げ
たように震えて、手の中で砕けた。痛みは感じなかった。切れた掌に有る糸
のような赤い流れを、島田は舐め取った。
「こんな事なら、もっと飲ませて上げれば良かったですね・・」
「俺一人じゃ飲み切れませんよ・・」
島田はジョーの為のグラスをテーブルに残して、ソファから立ち上がった。
「風呂に入って寝ます。明日も早いんですよ、俺は・・」
バスルームに消える前に、もう一度彼はグラスを見た。
「お休みなさい」
呟いた言葉の先に、グラスを持ち上げて口元に運ぶジョーの姿を見える。
「待ってますから、なるべく早く迎えに来て下さいね。それまで健の面倒は
見て置きますから・・」
ジョーの一番の心残りだろう事を、島田は言ってやる。にやりとその言葉に
ジョーが微笑んだ気がした。


The End



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