Hold me and make me sleep


by Kiwi


1
待ち合わせの場所に約束の時間より少し遅れて到着した島田は、目当ての人物を見つけて歩みを緩めた。その店は暗い店内と、それに反して明るい海辺に面した店外にも幾つかのテーブルを備えていて、夏の夕方には大勢の人間が海風に吹かれながらビールを愉しむ為に遣って来る。未だ日が暮れ切れないバー兼用のレストランは、これから人が集まる処だ。その分待ち合わせには適しているような、それでいて自分達の様な一風変わった雰囲気の人間には似つかわしくない様な、そんな印象を彼は抱いた。ジョーの指定したこの場所に、遣って来るのは初めてだ。自分には不似合いなこんな場所も、今時の若者に見えるジョーには抵抗が無いのだろう。
「遅くなりました」
海に面したオープンスペースに腰掛けていたジョーは、島田の声に顔を向けずに、「ああ・・」とだけ答えた。強い日差しを避ける為に掛けている濃い色のサングラス越しに見るジョーの視線が何処を向いているのか、島田には分からなかった。海を見ているようでもあり、その実何も見ていないようにも思えた。それほどジョーは身動きしなかった。
「どうかしましたか?」
「いや・・遅いな。待ちくたびれたぞ」
今度は顔を島田の方に向けた。少し尖らせた唇が、何時もの彼のきつい雰囲気を裏切って、島田に笑みを浮かばせる。
「すみません。博士の所に緊急連絡が入って、手間取りました。その代わりに、シーフードの旨いレストランが近くに有るから奢りますよ」
「・・相変わらず嫌味な奴だな・・」
ジョーが嫌そうに口元を歪めた。多分彼の形の良い眉も嫌悪に顰められているのだろう。彼はシーフードが苦手だ。知っていて態とそう言った訳なのだが、予想通りの子供染みた反応に嬉しくなる。
「じゃあ何だって海辺で待ち合わせなんですか!シーフード以外の物を食べるなら、何も此処まで来なくても・・」
そう、約束の時間に遅れた原因の一つは待ち合わせ場所が、ISOから遠く離れていた所為だ。
「何となく海が見たくてな・・」
その後を続けることなく、彼は手にしたクアーズの瓶を口元に運んだ。
「珍しいことも有りますね。感傷的に成りましたか?」
肯定されるはずがないと思っていた問いかけに、答えたジョーの言葉は島田の期待を裏切るものだった。
「かもしれねえな・・」
一息に飲み干したビールの瓶を、何かを振り切るように音を立ててテーブルに置いた彼は、立ち上がって島田を促した。
「行こうぜ。奢ってくれるんだろう」
もう何時も通りのジョーの態度に、島田は海が急に見たくなった理由を訊きそびれた。少し苛立った様にポケットから取り出した煙草にライターで火を点けて、ジョーは島田が立ち上がるのを待っていた。別段ジョーの機嫌を損ねるのを恐れたわけでもないが、島田は立ち上がった。
「此処まで来させて、ビールの一杯も飲ませて貰えないんですかね」
口を付いて出た不満はジョーに簡単に拒絶された。
「飲みたけりゃ、其処に居ても良いんだぜ」
と言い返されて、やれやれ・・と後に続く。俺も甘いものだと思うが、ジョーは島田が付いて来るものと決め込んで、後ろを振り返りもしない。
『もし、俺が付いて行かなかったら?』
ふと苛めて遣りたいような気分になって、島田は出口近くのテーブルにもう一度腰を下ろした。暫く其の儘ジョーの様子を窺っていると、付いて来ない自分に気が付いて、彼は立ち止まった。が、一瞬キリッと音がしそうなほど唇を噛み締めると、ジョーは其の儘何も無かったように歩みを戻した。
「やれやれ・・」と溜息を付く。
「あんたは、こんな時に甘えて呉れる様な性格じゃなかったですよね」
『分かっていて遣っている俺は、馬鹿じゃなかろうか?まあ、さっきの顔が見られただけでも、善しとしますか・・』
一瞬噛み締めて歪めた口元に、島田は置き去りにされた幼子のような、頼りないジョーの瞳を見た。濃いサングラス越しに隠された彼の想いは、島田にしか分からない。
走って追いついて来た島田に、「遅いぞ!」と不機嫌に言うジョーは、そんな想いを照れた様に隠した。
2
「で?博士の所に入った緊急連絡ってのは、何なんだ?」
ハーブを利かせた骨付きのラムを、フォークで突付きながらジョーが尋ねた。自分のブレスレットが鳴り喚かない処をみると、大した用件でも無さそうだ。唯話のネタに訊いただけのジョーの問いに、島田が舌平目をナイフで切り取りながら答えた。
「あんたと健が今日潜ったでしょう、マリンサタンで・・海底地核研究所の調査に・・」
言葉の合間に彼はフォークに乗せた切り身を口に運んで、ジョーの反応を窺った。軽く相槌を打つだろうと思っていたジョーの表情が一瞬凍りついて、彼は手にしていたナイフをぎこちなく皿に戻すと、グラスの中の白ワインを呷った。グラスを握るその長い指が小刻みに震えている様な気がして、島田は目を瞠った。
しかし、「どうかしましたか?」と訊きかけた言葉は、先を促すジョーに遮られた。
「それで?何か問題でも有ったのか?」
「・・・いえ、特に問題は・・単なる事後処理のようなものですよ」
「そうか・・」
ワインのボトルに手を伸ばそうとするのを止めて、島田はジョーのグラスを満たしてやり、ついでに自分のグラスにも注いだ。そうしながら更にジョーの様子を観察すると、レストランの明るい照明に照らされた彼の眼の周りには寝不足からと思われる隈が出来ている。
『何か有ったな』
直感的にそう思ったが、ここで問い質したところで決して素直に答えるジョーでは無いことも、十分島田は分かっている。だから、敢て彼はその話題には触れなかった。

自分が運転すると言い張るのを強引に押し切って、島田がハンドルを握って二人が島田のマンションに辿り着いたのは、もう日付が変わってからだった。レストランの次に行った店でも、ジョーはかなりの量の酒を口にした。普段は、何時召集が掛かるかもしれないから泥酔するほど飲むことは無いのだが、
今夜のジョーは島田が止めるのも聞かずにグラスを空けていた。
「歩けますか?」
車を先に降りた島田が助手席の扉を外から開けて尋ねた。
「・・・酔ってないぜ」
意外にはっきりした口調の返答は、確かに酔いを感じさせなかった。島田が差し出した手を、ジョーは払い除けるようにして車を降りた。
「何だってこんなに飲んだんですか?」
「・・眠りたいから・・」
小さく呟いたジョーの言葉を聞き取れなくて、島田はもう一度尋ねた。
「何です?」
「何でもねえ。早く来いよ」
先に立ってエレベータに乗り込んだ彼は、扉のオープンボタンを押しながら島田を呼んだ。
『どうあっても言わない気ですね。それならこっちにも考えが有りますよ』
ポケットから部屋の鍵を取り出しながら、島田もエレベータに乗り込んだ。
乗り込むなり島田はジョーの腕を掴んで抱き寄せると、強引に唇を合わせた。ジョーが身動き出来ない様に、効果的に身体を押さえ込むことも忘れない。
「放せよ!」と声に成らない抗議に身を捩ろうとするのを、島田は許さなかった。最上階の自分の部屋に向かうエレベータに後から乗り込んで来る人間が他に居ない事を良い事に、島田はジョーの唇を貪った。その指がジョーのTシャツの裾から潜り込もうとするのを、ジョーは手首を掴んで止めた。
「よせ!此処では許さない!」
きつい光を放っているジョーのアクアマリンの瞳に、気圧されると言うよりも魅せられた様に、島田は手を緩めた。その代わりに、エレベータの扉が開くと同時に、ジョーの身体を逞しい肩に担ぎ上げて自分の部屋に向かった。
「島田、下ろせ!」
背中を叩いて喚くジョーに構わずに、彼は部屋の扉を開けた。

3
真っ直ぐに向かったベッドルームで、島田は肩に担ぎ上げていたジョーをベッドに投げ下ろした。スプリングに僅かに弾んだジョーの身体をベッドに張付けるように、島田は何も言わずに覆いかかった。
「待て!自分で脱げる」
抗議するジョーの唇を再び塞いで、彼は一気にジョーのジーンズを下着ごと引き下ろした。激しい口付けだけで高まっている自分を自覚するのが我慢出来ない事の様に、ジョーは顔を背けた。その下半身に愛撫を施しながら、島田は命じた。
「俺の方を向きなさい、ジョー」
島田の言葉通りジョーは顔を正面に向けたが、何かを恐れる様に目は堅く閉じたままだった。
「・・目を開けて」
一変したような優しい声で、島田が再度命じた。
「俺の顔を見なさい。何か言いたい事が有るでしょう」
「・・・何もねえ」
絶え間なく齎される快感を押しやる為に噛み締めた唇から、声を絞り出す。
「素直じゃないですね」
少しだけ笑いを含んだ声で呟くと、島田は自分の高まりを未だ触れていない場所に押し付けると、切り裂くように身体を進めた。ショックに浮かび上がった腰を透かさず抱え上げて、更に深く進入する。
「話してくれますか?」
高まった感情をギリギリまで堪えて、そうしてついにジョーはゆっくりと頷いた。
「俺が満足するまで抱いてくれたら・・」
「良いですとも」
露にした胸元に舌を這わせて、島田が答えた。

『未だ足りない。疲れて、夢を見ないで眠れるには・・』
ベッドに横たわる島田の高まりを下から迎え入れながら、ジョーは狭いその部分を開かれる痛みに眉を寄せた。それでも何度かの行為で慣らされたその部分は、一瞬の拒絶を見せた後は逞しい島田を全て含んで行く。今まで自分から迎え入れる様な行為をジョーはしたことが無い。それだけに島田にとっては、ジョーの胸の内に有る秘密が相当な物だと思え、尋ねずにはいられなかった。自分の腰の両横でシーツを握り締めている長い指先に、島田は自分の指を絡めた。其の儘腹筋を使って起き上がると、ジョーの口から耐え切れない呻きが洩れた。
「あぁ・・」
「話してくれますか?」
答えたくないのか?答えられないのか?腰に手を回されて突き上げられているジョーは、激しく頭を振った。それは拒否をしているのか、唯快感にその身を委ねているのか、ジョー自身にも判らなかった。

「・・・・ギャラクターの子なんだってさ」
汗に濡れた身体を横たえて、その瞳を両手の甲で隠したまま彼は告げた。「誰が」とは言わない。問う必要も又無かった。水色の瞳を隠した両手が震えているだけで、それは分かる。
「今頃何でそんな事を」
「言うかって?忘れてたんだよ、俺は。自分自身が、今まで憎み続けて来たギャラクターの血を引いているって事を」
瞳を島田に見せないまま、ジョーは言葉を紡ぎ続けた。
「お笑い種だよな。自分だってその仲間なのに、俺は昨日まで正義の味方を気取ってたんだぜ」
突然突きつけられた真実を淡々と告げていくジョーの声には、淀みが無い。その声音に悲しみは感じられなかった。けれども両手に遮られて窺えない瞳から流れ落ちた涙が、頬を伝っていく。
「お前は科学忍者隊のコンドルのジョーだ」と健は言ってくれた。何も今までと変わりはしないのだと・・でも、何も知らなかった頃には、もう決して戻れない。思い出させた健に恨みは無かった。紛れも無い真実なのだから。
唯有るのは強烈な自己嫌悪だけだ。眠れば繰り返し見る悪夢は、今まで両親の仇を取れば消えると思っていた。自分に向かって赤い薔薇を投げる女に引き金を引けば、それで自分はもう二度とその夢を見ることは無いのだと。その先に続きが有るなんて、思いもしなかった。眠れば冷たい言葉を突きつけられる。「お前はギャラクターの子なのだ」と。そして自分は跳ね起きる、心臓が凍りつくほどの痛みと嫌悪で。
黙ったまま島田は、ジョーの両手を顔の上から外した。未だ頬の上に有る涙を舌先で掬った。感触に瞳を開いたジョーに、彼は笑った。
「どうして欲しいですか?」
「・・・眠らせてくれ。夢を見ないで眠れるほどお前を呉れ」
「良いですとも・・」
島田は再びジョーの物を口に含んだ。生暖かい刺激と絡められる舌先に、萎えていた自分が勃ちあがってくる。彼は島田の固い髪の毛を掴んだ。
『未だ足りない・・眠りに付けるまでは・・・』

懐の携帯電話が鳴って、島田は背広からそれを取り出した。聞き慣れた声に、彼は唯頷いた。
「待っていますから、帰って来なさい」
最後にそう言ってやると、「ああ」と相手が返して、それで電話は切れた。

4
「知っていたんですか?」
強い口調で訊いてくる健に、「ええ」とだけ返した。BC島で傷付いたジョーが眠っている病室の扉に、健は背を凭せ掛けている。
「何故許したんですか?」
「貴方が止めたらこんな事にはならなかった」と言いたげな健の青い瞳を、島田は真正面から見据えた。
「ジョーがそう望みましたから」
自分がコンドルのジョーである為には、BC島のジョージを葬り去らなければならいのだと。
「此処まで傷付くとは思っていませんでした。確かに俺のミスです」
暫く短く切られた親指の爪を噛んでいた健は、扉から身を剥がした。島田の為に扉の前を空けてやる。
「・・・今なら看護婦も来ませんよ」
それだけ告げて、健は薄暗い廊下に姿を消した。

極力音を立てないように静かに入った部屋に、ジョーは横たわっていた。枕元の灯りだけに照らし出されている、青褪めた顔に島田は笑い掛けた。
「・・帰って来ましたね」
首を締め付けている窮屈なネクタイを緩めて、彼は側の椅子に腰を下ろした。

The End


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