ランチの後に・・

by Kiwi


俺の前であいつの長い指が動いて、エントレに頼んだオイスターを器用に殻から外して、
丸く開けた口に放り込んだ。俺はグラスに注がれたシャルドネを、口元に運びながらそれ
を見ている。俺は生の魚や貝が嫌いだ。だから、先程から健が半ダース注文したオイスター
を一人で平らげているのを、ちょっとばかりの嫌悪と共に見つめていた。
「何でそんな物が旨いのかね」
俺の言葉に健は思い切り、同情に耐えかねると言った視線を向けた。
「何でこんな旨い物が喰えないのかな。せっかく此処の売りなのに、しかも今は一番美味
しい時期だぜ」
「ほら、喰ってみろよ」と俺に一つ差し出すのを、俺は首を振って拒絶した。
「旨いのにな・・」
言いながら健は全てを胃袋に納めて、ワインのグラスを手にした。
「いい天気だな」
健が大きな窓から外を見て言うのに、俺も頷いた。
「セーリングにはもってこいだろうな」
窓の外にはマリーナが広がっていて、其処には高価そうなヨットが停められている。ちょっ
とした家よりも高価な物も有るのだと、先日竜が言っていた。此処は竜が管理しているヨッ
トハーバーよりも、更に高価なヨットが多く停められているようだ。何だってこんな毎日
乗れもしない物に、高い金を払うんだと俺は思うが、それを言うなら、俺の車もそうかも
しれない。
ウエイターが手馴れた様子で、空になった俺と健のグラスにワインを注いで、ついでに空
いたオイスターの皿を下げてくれた。これで俺は生ものの匂いに悩まされずに済んで、ホッ
とする。それを健が笑いを含んだ顔で見た。どうせ、何時まで経ってもガキのようだと思っ
ているんだろう。俺は結構匂いが気になる。ガキの頃から匂いのきつい食べ物は好きじゃ
ない。セロリも苦手だし、島国で生まれた割に、シーフードもあんまり好きじゃない。唯
一の例外はチーズくらいのものだ。
再び遣って来たウエイターが、俺達の前にメインの皿を置いた。これもここの売りのロブ
スターだ。好物を目の前にして心底健は嬉しそうだが、俺は面白くない。この店のロブス
ターは確かに旨い。シーフードが苦手の俺でさえ、それは認める。だが、値段も良い。メ
ニューに値段は書かれていない。所謂時価という奴だ。
「自分は偶に奢ってくれると言えば、ハンバーガーばかりの癖に・・・。時価だと、ふざ
けるなよ」
オーダーを決めた時に上げた俺の不満は、何時もの涼やかな健の微笑で拒否された。
「ご馳走してくれるって、昨夜言ったよな」
「ああ!確かに言ったよ。あのまま俺をお前が寝かして呉れたらな。おまけに事が済んだ
らさっさと先に寝たくせに」
「お前が焦らすからいけないのさ。それとも最初は乗り気じゃ無かったけど、もっとした
かった?そんなに好かったか?」
俺達の周りのテーブルは全て空いていて、勿論俺達は声を潜めて会話をしていて・・誰も
聞きとがめる人間は居ないにも関わらず、俺は自分の頬が熱くなるのをどうしようも無かっ
た。反対に健はそんな俺の様子などお構い無しで、とっととウエイターにオーダーしてし
まった。
何となく癪に障った俺は、自分もロブスターをオーダーしてしまい、さて二人分の時価が
幾らになるのだろう?と運ばれて来たメインを見て、今更ながらに後悔した。正面に座る
健がナイフとフォークで解したロブスターを口元に運ぶのを、自分も同じ動作をしながら、
俺は観察した。優雅な健の手の動きが、俺に今朝方の行為を思い出させる。熱くなった俺
の身体に触れた奴の手は、ビクリとするほど冷たくて、けれどその分、心の熱さを何時も
俺に伝える。指先が胸元から滑って、更に下へと下りて来る。
『拙い。お預けを喰らった反動が、今頃来た』
俺は何時の間にか食べるのを止めていた。乾いた喉にワインを流し込む。
「どうした?食べないのか?」
健の問い掛けに、俺は自分の皿を奴の前に押し遣った。
「・・食っていいぞ」
「具合でも悪いのか?」
一応聞いてくる健に、俺は首を振った。
「何でもねえよ」
どうせお前には俺の気持ちなんて、分かりっこ無いんだからな。お前は何時だって、気侭
なんだから・・。
結局健は俺の分のロブスターも平らげた。決して大食いでは無い健だが、好物は別らしい。
だが、この店のデザートも好きな健にしては珍しく、奴はデザートをオーダーしなかった。
「珍しいな。此処のデザート、好きなのに」
「もう出て、早く帰ろう」
俺を急かせるように立ち上がって、健は俺の耳元に唇を寄せた。
「デザートは家でゆっくり食べるさ。・・・を」
健の囁きに不覚にも俺は、持っていた請求書を落とした。
こいつは何時だって気侭なんだから!


The End



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