眠れない夜にする事・・

by Kiwi


情事の後ベッドにその身を横たえれば、少し気だるい身体から汗が次第に引いて行き其の儘安らかに眠れる筈だった。何時もなら・・。だが、その夜何故か健は眠れなかった。懸命に目を閉じて、自己催眠を掛けるかのように、ゆっくりとした呼吸を繰り返した。身体の向きが悪いのかと、寝返りも打ってみた。それでも効果が無いので、羊も数えてみた、一万匹まで・・。けれど眠気は遣って来ない。
『眠れない・・どうしよう・・』
傍らを窺えば、背中までの長い黒髪をこちらに向けて、阿星は深い、それでいて何かが有れば直ぐに行動に出られる戦士特有の眠りを貪っている。自分が起き上がれば、即座に阿星が目を覚ましてしまうのが分かっているので、健は眠れぬ身体を横たえて、もう既に一時間以上も過ごしていた。眠ろうと努力をすればするほど、頭が冴えて来て此の儘朝まで眠れそうにも無かった。
小さく洩らした溜息が耳に届いたかのように、突然目の前の黒髪が端正な白い阿星の顔に変わった。
「どうした、眠れないのか?」
問われて健はバツが悪そうに、軽く笑った。
「・・こんな事は珍しいんだけど」
健の髪を優しく梳いて遣りながら、阿星は少し考え込んだ。自分を覗き込む阿星の黒い瞳が、こうして見ると、僅かに茶色掛かっているのを健は発見した。
「・・茶を淹れて来てやろう」
言うなり彼はベッドから出た。その動きには眠さは窺えない。
「お茶?お茶なんか飲んだら、余計に眠れなくなるだろう」
「漢方薬の茶さ。眠気を齎してくれる筈だ」
部屋を出て行った阿星の帰りを、健は大人しくベッドで待っていた。
暫くして阿星はカップを片手に帰って来た。彼からカップを受け取って、健はそれを口元に運んだ。温かな湯気に包まれて、漢方薬特有の匂いがする。ハーブティとは又異なるきつい匂いは、健には馴染みが無い。躊躇している健に、阿星が笑った。
「苦くないから、大丈夫だぞ」
自分を子供扱いしているような阿星の言い方が、健は気に入らなかった。だから、一気にお茶を飲み干した。
「苦くない」
「そう言ったろ」
「どれ位で効いて来るんだ?」
「まあ、10分か15分」
「そんなに掛かるのか。もう真夜中なのに・・」
「・・眠くなるまで付き合ってやる」
ゆっくりと健の髪を梳かしていた阿星の手が、次第に下がって来て、彼の高い鼻から唇へ、更には胸元へと降りて行った。

ジョーは閉じていた瞳を開いた。薄目を開けて暗い部屋を見渡す。サイドボードの時計は午前1時。情事の後で身体は疲れを訴えているのに、頭は眠りを拒否している。隣で寝ている島田の彫の深い顔を、ジョーはそれでも20分程観察していたのだが、それにも飽きた。流石に島田を起こすのも悪いと遠慮していたのだが、どうやっても眠れない彼は、話し相手が欲しくなった。ついに彼は島田の短く刈られた固い髪を引っ張った。
「島田、起きろ!」
「・・何ですか?未だしたいんですか?」
半分寝惚けた様な声で自分の首に手を回して来たのを、取り敢えずは其の儘にしておいてやった。抱かれている時には感じない、島田の匂いが今は間近に有る。煙草とシャンプーとそして身体に染み付いた火薬の匂い。この腕に抱かれているのは、嫌ではない。でも眠れない。
「島田、眠れないんだ」
ジョーの言葉に島田は反応しない。そんな彼に不服そうに、ジョーはもう一度、今度はかなり強く髪を引っ張った。
「ジョー、自分が眠れないからといって、人を道連れにしないで下さい」
「喉が渇いた。酒を呉れ」
「何ですって?何で俺が、眠いのに態々あんたの為に酒を注ぎに行かなきゃならないんです」
「冗談じゃない」と言わんばかりの島田に、ジョーは再度言った。
「喉が渇いた。何か飲みたい」
「・・・・水で好いですか?」
「眠れないから、酒が好い」
何処か甘えたようなジョーの言葉に、仕方なく島田はベッドを抜け出した。冷え切った部屋の空気が、裸に痛い。それでも氷を一欠けら入れて、バーボンを注いだ厚手のグラスを二つ手にして帰って来た。一つをジョーに渡して、自分もそれを手にベッドに腰を下ろした。ベッドに身を起こして、バーボンを啜っているジョーの唇は湿りを含んで、柔らかそうだ。島田は自分のグラスを干すと、誘われるようにジョーの唇に自分の物を合わせた。
「待てよ。未だ飲んでるんだから・・」
不満を口付けで遮って、半分以上中身が無くなっているグラスを、ジョーの手から奪った。

背骨に沿って舌を這わされて、身体が弓なりに反った。快感に張り詰める筋肉の感触を楽しむように、這わされる舌はどんどん下に下がって行く。そうしながら、同時に両手は自分の胸の突起と股間を愛撫している。焦らした様にゆっくりと、けれど激しくその愛撫は続けられた。最初噛み締めていた唇が、やがて小さく開かれ、其処から洩れる小さな溜息のような吐息に、我知らず頬を染めるのは何時まで経っても変わらない。腕の中の存在を、征服しつつも守るように施される行為は、逞しくて優しい。何時の間にか背中に回した両腕に、腰に巻きつけた両脚に、満足した様に笑みを浮かべて自分を包み込んでいる男に、自分から口付けた。

やっと眠りに付いた傍らの存在に、自然と笑みが広がる。額に掛かる長い髪を、後ろに撫で付けてやって、その眠りを妨げない様に僅かに身体をずらした。

阿星は形の良い唇を少し開いて寝息を立てている健の寝顔を、愛しそうに見つめた。瞳を閉じた健の顔は何時もより更に幼く見える。健は何もかも彼の理想どおりだった。傷付くことを知っていても、それを躊躇わない或る意味無垢で、それでいて痛みを知っている魂も、端整ともいえる顔も、しなやかな筋肉が自分の下で張り詰める様も。手に入れた存在を確かめるように、彼は健の未だ丸みを帯びている滑らかな頬に唇を寄せた。少しだけ身じろぎした彼の眠りを覚ますのを恐れて、阿星は心持ベッドの端に移動した。そして、眠り続ける健の顔を彼は見つめ続けた。

ベッドから出ると、島田は放り投げてあったバスローブに袖を通した。夜中の寒気に、タオル地のローブを纏っただけの身体が、寒さを訴える。サイドボードに置いてあったグラスを片手に彼は、又酒を注ぎに行った。厚手のグラスに氷は無しに、再度バーボンを注ぎ込む。一口啜ってから、彼はベッドに戻って来た。ジョーを起こさないように、なるべくベッドの端に腰を下ろすと、彼はジョーの寝顔を観察した。何時もはきつい光を放っている薄青い瞳は長い睫で隠されて、寝ている彼は普段よりも幼く見える。高い鼻梁と頬骨が形作る彼の顔は、古代に作られた神話に出てくる神々の彫刻のようだ。
「酒のツマミに鑑賞するには、いい顔だ。・・これで口を開かなきゃね」
勝手なことを呟いて、島田はグラスを傾けた。そう言いながら、彼はジョーが目覚めて自分に何時もの調子で話しかけるのを、待っている自分が居るのを認めざるを得なかった。
「・・話し相手が欲しいんだが、起こしたら叱られるだろうな・・」
すっかり眠気の覚めた島田は、仕方無しにジョーの寝顔を肴にグラスを干した。

THE END


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