Never ever

by Kiwi

1

ショーの日まで後三日。流石は科学忍者隊のリーダーとサブリーダーだけあって、ウォー
キングもすっかり板に付いた健とジョーだが、空腹だけは癒されていなかった。それでも
徹底した管理の下、持ち前の美貌には磨きが掛かって、先日撮影した新しいブランド用の
ポスターも次々に盗まれ、話題には事欠かないカリドンのファッションショーである。

「おい健、来てみろよ」
窓から外を眺めていたジョーが呼ぶ声に、健は彼の傍に歩み寄った。座っていたソファか
ら立ち上がった時に少し下がってしまったズボンを、歩きながら引き上げる。
「何だって、このズボンはこんなに股上が浅いんだ。しかもサイズが緩めだから、直ぐに
下がってしまうぞ」
浅い股上から覗く健の腰骨が描くラインは絶品で、ジョーは目が離せない。が、形の良い、
少し尖らせた唇から洩れる言葉は全く色っぽくない。
「俺に聞かないでくれ」と答えるしかない。自分の穿いているズボンもやはり股上はかな
り浅めで、しかも革で作られたそれは、健とは反対にピッタリと、ジョーの太股や脹脛の
張り詰めたような筋肉を包んでいる。
「こっちは余りにピッタリしすぎで、座ったら破れるんじゃないかと思うぜ」
「で、何を見ろ、って言うんだ」
健の言葉に「ああ・・忘れてた」と答えたジョーは眼下に見えるホテルの玄関を顎で示し
た。
豪華なリムジンが停まっているのが見える。それを見た健は「金って本当に有る所には有
るんだから、不公平だよな」などと、自分の身に降りかかった不幸を未だに嘆いている。
「お前腹減りすぎて、卑屈になってるだろう。らしくねえな。車に付いている国旗を見て
みろよ」
ジョーの指摘に鼻を不満そうに鳴らして、健はもう一度リムジンを見た。確かにさっきは
余り注意深く見なかった。「人間腹が減ると集中力が無くなるもんだな・・」と言って目
に留めた国旗は、モナリンス国の物だった。
「何でモナリンス国の車がこのホテルに停まってるんだ?」
健の疑問は直ぐに解けた。SPらしい男達が周りを囲む中、リムジンの扉が外から開かれ、
男性と女性が優雅な振る舞いで降りて来た。直ぐにSPが油断なくガードして、その一団
にカリドンが歩み寄る。
「フレーク王妃か」
「そのようだな。だが、国王って初めて見たな。あんな奴なんだ」
雇い主を捕まえて「あんな奴」呼ばわりのジョーも、身に降りかかった不幸には未だ納得
出来ないらしい。
「何しに来たんだろう?」
二人の疑問に答える様に、部屋の扉がノックされた。返事をする暇も無く入って来たのは、
ショーのスタッフではなくて、SPの強面のお兄さんだった。いや、健とジョーの年齢か
らすれば、おじさんと言うべきか?瞬間的に身構えてしまう悲しい性の二人に、SPは奇
妙な顔をした。無理もない彼には、身体の細っこい唯の子供にしか写らない二人だ。
「国王と王妃がお呼びだ。直ぐに一緒に来て貰おうか」
SPは身体に似合った野太い声で、二人に告げた。気の弱い人間だったら縮み上がりそう
な迫力である。健もジョーも決して気の弱い人間では無かったが、逆らう理由も無いので
黙ってSPの後に続いた。

案内された部屋は当然の事ながら、自分達の部屋よりも一層豪華である。高価そうなソファ
に国王と王妃が腰掛け、その正面にはカリドンが座っている。目の前のテーブルにはアフ
タヌーンティの用意がされ、香ばしそうなスコーンの香りが、二人の腹の虫を呼び覚まし
た。
腰を下ろす様にも言われなかったので、仕方なく二人は立ち尽くしていた。その様子を国
王と王妃は見ると、満足げに微笑んだ。
「カリドン、素晴らしいわ。イメージにピッタリなのではなくて?南部博士に依頼した甲
斐が有ったわね」
心底嬉しそうな王妃の言葉に、国王が鷹揚に頷いた。
「私は会った事が無いが、実際の姿を見た君が言うのなら、そうなのだろうね。しかし、
世界の平和を守るヒーローと言うから、もう少し逞しい人物を連想していたよ」
「まあ。そんな風だったらとてもカリドンのデザインは着こなせないわ。そうでしょう?」
「残念ながらそうですわ」
少し離れたところに立っている健とジョーは三人からジロジロ見られて、誠に居心地が悪
い。特に優雅な動作で紅茶のカップを持った国王の視線は、健の露になった腰骨の辺りか
ら下を舐めるように見ている。
『何処を見てるんだよ!くそ・・スタッフに絶対服従なら、国王には何も文句は言えない
んだろうな。逆らったら反逆罪で銃殺なんて嫌だぞ』
健は時代錯誤とも言えそうな偏見を込めて、幾分強張った笑いを浮かべた。
そんな国王の視線を勿論気付いているだろうに、王妃の顔に浮かんだ表情は変わらず、端
正な顔に笑みを貼り付けている。
『この国王、ゲイか?いや、確か二人の間には世継ぎが生まれてたよな』
ジョーが健に向けられた国王のあからさまな視線に、不愉快そうに顔を歪めた。
そんなジョーの顔を面白そうに眺めて、国王は手にしていた紅茶のカップを置いた。
「今日は会えて嬉しかったよ。ショーの日まで余り日が無い。頑張ってくれ給え」
国王が二人に握手をしながら掛けた言葉を、一応二人は神妙な顔をしてうけた。それから
王妃の差し出す手の甲に軽く唇を付けて、二人は部屋を出た。


2

「え?何だって?」
部屋に戻るなり、「出掛ける」と言い出した健に、ジョーが問い質した。
「出掛けるって、言ったんだよ」
「何処へ?外出禁止じゃなかったのか?」
不満そうなジョーの目の前に、健は手の中の白い紙を見せた。先ほど国王と握手した時に、
握らされた物だ。
「知り合えた事を記念して、今晩一緒に食事をしたい。迎えを午後7時に向かわせるので、
是非招待に応じて貰いたい。」
文面を読んでジョーは鼻に皺を寄せた。
「行く積もりか?あの国王どう見てもお前に気が有るぞ」
「変に断るわけにもいかないだろう。一応スポンサーだし・・それに・・」
「腹が減ってるわけね。健お前、ガキの頃に何か遣るって言われて、付いて行ったこと無
いか?」
ジョーの指摘に健はグッと息を呑んだ。
「無いとは言えない・・けど、ちゃんと自分で対処出来るさ、今も昔も」
「怖いSPを怒らせて、怪我させるなよ」
健に忠告しながら、シャワールームに行こうとするジョーを健は止めた。
「何で今頃シャワーを浴びるんだ?」
健の言葉ににやりと笑って、ジョーは健の物と同じ様な白い紙を渡した。それには健と殆
ど同じ文面が書かれていた。違うのは女性の文字で、差出人がフレーク王妃だということ
だった。
「ジョーお前、ご馳走してやるからって言われて、お姉さんに付いて行った事が有るだろ
う」
有る・・何度も。ジョーの無言は肯定だ。
「健、俺は疑問形なのに、何だお前は断定形なんだ!」
「お前の普段の行動が物語っているんだよ!」
否定出来ない。ジョーは言葉を失った。返す言葉が無いので、彼は無言のままシャワーを
浴びに行った。

二人してワードロープを探しまくったが、カリドンから用意されている服はどれも似たよ
うな際どい物で、所持している中で唯一普通なのは、自分達が最初に着て来たTシャツと
ジーンズだけだ。まさか国王と王妃に会うのに、Tシャツとジーンズというわけにもいか
ない。仕方無しに二人はその中で比較的露出の少ない物を選んだ。それでも露にされる部
分は、二人の許容範囲を軽く超えているのだが、此処は我慢して少しでも美味しい物を食
べたい二人だった。


3

久し振りに有り付いたご馳走に舌鼓を打って、少しだけとはいえ、上等のワインを飲んだ
健は、この何日間には珍しくご機嫌だった。今頃ジョーもそうだろうと、立派なテーブル
の向こう側に座って優雅にワイングラスを傾けている国王を見ながら、健は思った。それ
にしても夫婦揃って、自分達を別々に食事に招いた理由は何なのだろう?
『まさか、食事に変な薬なんて入ってなかっただろうな?』
全部平らげてからそんな事を考えても遅いのだが、健は急に不安になった。
「ご馳走様でした。もう時間もかなり遅いし、俺はこれで失礼します」
何時もの自分にしてみれば少しも遅い時間ではないのに、健がそう言ったのは、先ほどか
らの国王の沈黙と自分の姿を見詰める視線に重苦しさを感じたからだった。二人しか居な
い豪華なダイニングルームの空気が異様に重い。
「君を此処に呼んだ目的は分かっているだろう?」
ゆっくりとした動作で、健の所に歩いて来た国王は、彼の人生で一度も労働に使ったこと
が無いだろう、完璧に手入れされた手を健の肩に置いた。
『うーん、やっぱりそう来たか』
そんな状況が理解できないように作り笑いをしながら、健は国王をじっと見詰めた。
「・・何の事でしょう?」
「今日はホテルに帰らなくても良いと言うことだよ。大丈夫、カリドンは全て承知してい
るし、フレークも今頃ジョーとこうしている」
静かに顔を近付けて自分に口付けしようとしている国王から、健はするりと逃げた。
「お気持ちは嬉しいのですが、それは出来ません」
「何故?一夜だけのことだよ?それとも君は決まった相手が居るのかな?」
「国王には王妃も、お二人の間にお世継ぎもおいでですよね?俺のような下々には手を出
されない方が良いと思いますが」
「ああ・・勿論フレークも愛しているし、子供達も可愛い。けれど偶には刺激も必要だろ
う?王宮は退屈だ。だから私達はお互い余り干渉しないようにしているんだ」
『退屈凌ぎに一晩相手をさせられて堪るか!ジョーは良い。女性相手だ。王妃だろうが娼
婦だろうが、あいつならお手の物だ。だが、俺はたった一食の為に、身体を売る気は無い
ぞ』
「駄目なんです、国王。俺は・・俺はジョーを愛しているんです」
口から紡ぎ出された嘘を、健は顔を俯けてその長い髪で表情を隠すという芝居で演出した。
言葉にするのが辛い事の様に、唇を噛み締める。
「しかし、彼はフレークの誘いに乗って出掛けただろう?」
「・・・あいつは何時もそうなんです。俺のことを気紛れの様に抱いて、同じ位に女も好
きだから、誘われたら直ぐに付いて行ってしまうんです。でも最後には俺の所に帰って来
るんです。何時もそうなんです。俺はジョー以外の男性とは・・・出来ないんです」
心底辛そうに一気にそう言って、おまけに青い瞳から、一滴涙を流すという芸当までする
健に、国王はまさかそれが嘘とは思わなかったようだ。
「嫌がる者を無理に抱くような趣味は私には無い。残念だけれど、君がそれ程までにジョー
を愛しているのなら、無理に君を手に入れようとは思わないよ」
国王の同情したような言葉に、健は内心舌を出した。苦労知らずの国王など、ガッチャマ
ンの敵では無い。
「有難う御座います」
健は国王の手を両手で握ると、にっこりと微笑んだ。一瞬自分の言葉を後悔した国王だが、
もう遅い。その微笑に魅せられていた様な国王が、我に帰った時には、健はもう消えてい
た。

先に帰っていた健がシャワーから出る頃、ジョーが部屋に帰って来た。身に纏っている健
が名前さえ知らない香水の香りに、健は鼻を鳴らした。
「ふん。楽しんだわけだ」
「馬鹿言え。幾ら俺でも王妃相手には出来ねえよ。後が怖いや」
「ふ〜ん。じゃあこの香りは?それに首筋にキスマークが付いてるぞ」
「何!」
慌てて鏡を覗き込むジョーに、健が追い討ちを掛ける。
「やっぱり、したんじゃないか!」
「キスしかしてねえよ」
「キスはしたわけだ」
自分で、墓穴を掘ってしまった。ジョーは、やっぱり健には敵わない。
「どうってこと無いだろ、キスくらい。して欲しけりゃ、お前にも何時だった遣ってやる
よ!」
疑わしそうな健の視線に、ジョーは苦虫を潰した様に唸って、それから健の唇に自分の物
を合わせた。それは直ぐに離れたが、又触れ合った。先ほどよりは少し長く、少し深く。
『俺はジョーを愛しているんです』
国王についた嘘が頭の中に甦って、健は焦った。
「寝よう!」
いきなり宣言した健に、ジョーも頷いた。
「寝よう!」
ベッドに潜り込む健を横目で見て、ジョーはシャワールームに消えた。身体に纏わり付い
ている香水の匂いを落とす為に。


4

ショーは成功に終わって、健とジョーも漸く空腹から解放された。打ち上げと称されるパー
ティで、豪華な食事を食べながら、さてギャラで何を買おうかと、二人はご機嫌だった。
しかし国王が声を掛けて傍に来るように命じた時に、健は少しだけ嫌な予感がした。
『まさかあの話を蒸し返すんじゃ』
そんな健に国王は穏やかな笑みを浮かべて、彼らのショーが素晴らしかった事に対して、
労った。が、神妙にお礼を言う健とジョーに、次に国王が掛けた言葉が二人の顔色を変え
た。
「ジョー、健は心から君を愛しているんだよ。君も気紛れに彼を扱うのではなく、大切に
してあげなさい。ゆうとらんどではゲイがどう扱われているかは知らないが、モナリンス
国ではちゃんと市民権も有る。もし、ゆうとらんどで暮らし難ければ、私の国に何時でも
来たまえ。何時でも力になるから・・」
「へ?」とした顔のジョーの脇腹を、健が思い切り肘打ちで打った。
『健、この野郎』
痛みと怒りに顔を顰めながら、それでもジョーは国王に「心掛けます」と答えた。

「健。お前国王に何て言ったんだよ。何時からお前が俺のことを真剣に愛してて、俺が気
紛れにお前を扱ったよ!」
中庭に造られている噴水まで遣って来るなり、ジョーが捲し立てる。
「悪い。つい仕方なく・・」
言い訳する健は少しも悪そうではない。
「お前はフレーク王妃になんて言って逃げて来たんだ?」
「う、う〜ん。まあ良いじゃないか」
「ジョー?」
健の青い瞳に見据えられると、ジョーは嘘がつけない。だから彼は最強の防衛作に出る。
つまりは何も言わないということだ。
「ジョー!」
「煩い。しつこいとお前が国王に言った通りに、襲ってしまうぞ!」
「試してみるか?」
「止めとこう。お前に肘打ちを喰らわされた脇腹が痛い」
そう言って、ジョーは健に軽くキスをした。
「此処では俺達はゲイと思われてるらしいから、ご希望に沿わないとな」
軽く触れたお互いの唇は、シャンパンの味がした。手にしていたグラスのシャンパンを同
時に飲み干して、彼等は又美味な口付けを味わった。


「諸君ご苦労だった。国王、王妃とも君達のショーとキャンペーンのポスター諸々の活躍
には、大変ご満足頂けたようだ」
「有難う御座います」
内心色々思うことも、文句も有るのだが、出てくる言葉はこれしかなかった。
「所で、正式にカリドンから君達を専属モデルにしたい、という申し出が有ったのだが−」
「絶対に遣りません!!」
健とジョーは異口同音に答えた。
「勿論だ。君達が科学忍者隊で有る以上、最優先は君達の任務だ」
南部にそう言われて二人は胸を撫で下ろした。
兎に角任務は終了した。二人の機嫌は頗る良かった。
「ギャラも入ったし、何か旨い物を喰いに行こうぜ」
ジョーの提案に健も乗った。
「何処に行こうか」
楽しそうに話しながら南部のオフィスを出た二人だが、何となく自分達を窺っている女性
職員の視線が気になった。何やらこちらを見ながら、ひそひそ話している。手元に有る薄
い冊子は、二人も知っているISOの社内報だ。
「何か面白い記事でも載っているのかな?」
「で、何で俺達の方をチラチラ見るんだよ」
疑問に思えば、直ぐに行動する男のジョーは職員の一人に近づいた。慌てて社内報を隠そ
うとした彼女だが、健に負けず劣らず手癖の悪いジョーには敵わない。あっさりと社内報
を取り上げられてしまった。その表紙を見た途端、ジョーは固まった。強張った顔の儘、
ページを次々と捲る。
「どうした?」
無邪気な顔で尋ねる健に、彼は何も言わずに社内報を渡した。
『カリドン新ブランド、ファッションショー特集号』と銘打たれたそれは、表紙は健とジョ
ーのツーショット。更にはポスター撮りのシーンからショーの様子まで、掲載されていた。
中には二人が噴水の傍で交わされたキスシーンまで有って、健は危うく呼吸困難を起こす
ところだった。
「誰が、こんな写真を・・」
思わず社内報を握り潰しそうになる健に、持ち主が哀願した。
「止めて。高かったんだから・・」
その言葉に健は力なく社内報を下ろした。
「何時から社内報が有料になったんだ!」
「今回は特別なの」
取り戻した社内報に、彼女は嬉しそうに頬摺りをした。そして、彼女は二人に尋ねた。
「ねえ、健とジョーってゲイなの?」
最早二人には答える気力も無かった。
「この写真を売りつけた奴を見つけたら只じゃ置かないぞ!」
「それにもう絶対モデルなんか遣るもんか!幾ら金に困っても、博士に頼まれても、絶対
だ!」

嬉々としているジュンの横で、甚平は背中に寒いものを感じた。後ろの毛が逆立つような
感覚に、背後を見るが、誰も居ない。
「どうかしたの、甚平?」
「何だか寒気が・・」
身の危険をいち早く察知する、彼も又、数々のピンチを切り抜けてきた忍者隊のメンバー
だった。


The End



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