Secret

by Kiwi

窓から差し込む強い日差しに、健は目を覚ました。開け放たれた窓からは爽やかな風が吹き
込んできて、日中の暑さが想像出来ないほどの心地良さが有る。もう一度眠りの中に入り込
みたい誘惑をやっとのことで宥めて、彼はベッドから身を起こした。
「今日も暑くなりそうだ」
窓の下に臨む青々とした海を見ながら、思い切り伸びをする。朝の空気が肺を満たして、そ
の瞬間健は空腹を覚えた。
「シリアルでも喰うか」
健が作れる料理は知れている。せいぜいベーコンエッグか、スクランブルエッグだ。そして
自分一人の為に朝から、そんな物でも態々作る気も無い。健はシャワーを終えると、キッチ
ンへ降りて行った。
自分では滅多に休暇も取らず、旅行もしない南部だが、何故か所有している別荘の数は多い。
此処もその一つだ。子供の頃はジョーと二人で、休みの度に何処かの別荘で過ごした。身の
回りの世話をしてくれる管理人の夫婦以外には大人が居ない場所で、ジョーと二人で休暇を
過ごした。喧嘩をしては仲直りをして、又喧嘩をして・・けれど相手の姿が見えないと、堪
らなく不安になって、何時もお互いの姿を目で追っていた。あの頃は「何時まで一緒に居ら
れるか」なんて、気にしたことも無かった。
この別荘に一人で遣って来て、もう三日目。だが休暇は未だ十日間も有る。子供の頃は短す
ぎた休暇も、一人では退屈の方が勝る。
「第一食生活を何とかしないとな。管理人に休暇を出すんじゃなかった」
二日間シリアル以外に食べた物といえば、初日に行ったこの島に唯一有るホテルでのディナ
ーだけだ。一人で食事をしている健に言い寄って来る連中に嫌気が差して、健はそれきりそ
こには行っていない。普段なら、それも好い。誘いに乗って一晩だけの、ゲームのようなひ
と時に身を投じてしまうのも。でも今はそんな気分にもなれなかった。理由は決まっている。
今此処にあいつが居ないから。
『もうジョーと過ごす休暇は、永遠に無いのかも知れない』
そう、思うと少し寂しかった。そんな自分にウンザリして健は、シリアルの入ったボウルを
取り上げて、リビングのソファに移動した。長い足をテーブルに乗せて、シリアルを掻き込
む。シリアルは嫌いではないが、いい加減飽きてきた。今晩くらいはまともな物を食べに行
こう。平らげたボウルをテーブルに置いたまま、健はテレビのスィッチを入れた。
「何か映画のビデオでも無かったかなぁ?」
ビデオテープの入ったキャビネットを探して、健は一本のテープを手に取った。
「懐かしいな。昔良くジョーと見たっけ」
テープを入れてスタートボタンを押せば、子供の頃二人が好きだったアニメーションが画面
に流れる。それを見つめて健は、この別荘に来るのが本当に久し振りだったのだということ
を、改めて感じた。子供の頃夢中だった番組は、今では何の興味も沸かない。そのままテー
プを流しながら、健は目を閉じた。
「ガキじゃなくなって大人になって、見つめている物も、大切な物も変わっていくんだろう
な」
『ジョーは今頃何をしているだろう?』
そんな事を考えて居る内に、健は又眠ってしまった。
額に冷たい物を押し当てられて、健は目を開けた。同時に右手でその物を掴もうとした。が、
目の前に有るアクアマリンの瞳が面白そうに自分を見つめているのに気が付いて、健は目を
丸くした。
「ジョー。何時来たんだ?」
「お前がビデオをつけっ放しで、眠り込んでいる時だ」
ジョーの手の中には、涼しげに汗をかいた背の高いグラスが有った。自分の額に当てられた
のはこれだと、健は気が付いた。立ったまま自分を見下ろしているジョーの濡れている髪の
毛に、手を伸ばす。
「シャワーを浴びたのか?」
「この島は相変わらず暑いから、汗だくになっちまったんだ」
見上げたジョーは上半身裸のままで、そこにも水滴が彼の日に焼けた筋肉を飾るように残っ
ていた。
「シャワーを浴びた後はきちんと拭けよ。冬でもそんな事をするから、お前は良く風邪を引
くんだぞ」
「それはガキの頃の話だろう!」
怒りながらも、ジョーは肩に掛けていたバスタオルで、枯れ葉色の髪を無造作に拭いて、健
の隣に腰を下ろす。そんな動作の一つ一つさえも、計算されているかのような優雅さが彼に
は有った。決して美しいという女性的な言い表し方が似合うわけではないのだが、妙な艶や
かさが有るのを健も感じていた。
「お前こんな所に来ても良いのか?」
健の問い掛けに、ジョーはすっかり癖になった、長い前髪を掻き上げる動作を繰り返して、
彼を見返した。暫く考えて健の意味するところをやっと理解したように、彼は鼻で笑った。
「俺が居ないとお前が寂しがるだろう。それにお前放って置くと、シリアルしか喰わないし
な」
ジョーは、テーブルに置きっ放しになっていたシリアルのボウルを顎で示した。ジョーの方
が確かに料理は上手いので、これには反論できない。
「シリアルでも喰っていれば、飢え死にはしないさ。それに此処には、レストランだって有
る」
「確かにご馳走して貰う相手には事欠かないな・・」
初日の食事風景を見ていたかのような、ジョーの発言に健は顔を赤らめた。
「誰にでも甘い顔をして愛想を良くするから、言い寄られるんだぜ」
「・・・お前見てたわけじゃないよな」
「何を?俺は何時ものお前から単に想像しただけだぜ」
赤みが差した自分の頬が、何よりも雄弁にジョーの推理が正しい事を証明してしまっている。
健は悔しさ紛れに、反撃に出た。
「休暇はユートランドで過ごすのかと思った」
含みの有る健の問い掛けが、島田の事を指しているのをジョーは気付いていたが、薄い笑い
を浮かべて手にしたグラスの冷たい紅茶を飲み干した。
「せっかくの休暇に、博士の目の届く所には居たくないな」
「・・・羽は伸ばせないよな」
自分の意図を分かっているだろうに、そんな答えをするジョーに健も合わせた。子供の頃は
何でも話していた自分達だが、成長していくにつれて秘密が増えた。ジョーが抱えた秘密の
分、健も又その数を増やす。子供の時とは違う目で、ジョーの姿を追っているのが、自分の
一番の秘密。
「日差しが弱くなったら一泳ぎして、夜にはレストランに行こうぜ」
「今日は誰にご馳走して貰おうか」
冗談半分に言う健に、ジョーは笑った。
「せいぜい愛想を良くしてくれよ」
「そっちこそ、この間みたいに鬱陶しそうに睨みつけるなよ」
笑い返した健の青い瞳に魅せられた様に、ジョーが顔を近付けて唇を啄んだ。又目を丸くし
た健の表情を面白そうに見返して、「大丈夫だ。誰もご馳走してくれなかったら、俺が何か
作ってやるよ」とジョーは笑って、グラスを片手に立ち上がった。
「ジョー」
健の声に顔をそちらに向ける。その瞬間自分の唇に温かみを感じて、今度はジョーが、目を
丸くした。健の唇が一瞬押し当てられ、直ぐに離れた。目を見張るジョーに健は優美に笑っ
た。
「俺腹が減った。昼には未だ早いけど、何か作ってくれ」
「・・・・ちぇ、勝手な事を言ってくれるな」
言いながらもジョーはキッチンへ姿を消した。
やがて聞こえて来たキッチンからの物音に、健は満足そうにソファに身を投げた。空調の効
いた部屋の窓の向こうには、南国特有の青い空が広がっている。休暇は未だ十日も有る。
「明日はジョーと何をしよう」
口元に浮かぶ笑みは、ジョーには見せない。あいつが此処に来た事を、自分が喜んでいるの
を教えてやる気は無い。
大人の居ない、二人だけの休暇は未だ始まったばかりだった。

The End



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