Silent

by Kiwi

「ねえ、兄貴。女の子って何を貰ったら喜ぶかな?」
その冬一番冷え込んだ朝、何時も通りスナックジュンでモーニングを食べていた健
は甚平に突然に尋ねられた言葉に、噛り付いていたトーストを詰まらせた。
「じ、甚平、お前今何て言った?」
「だからもう直バレンタインデーだろ。プレゼント何が好いかなって、考えているん
だ」
「お前ガールフレンドが居るのか?」
「当然だろう兄貴。おいらを幾つだと思ってるのさ。今時おいらの年でガールフレン
ドが居ないなんて、よっぽどモテナイ奴だよ」
「・・へー、甚平もそんな年頃か」
「そう言えばこの一年くらいでグンと背も伸びたようだしな・・」と続けて、健は残り
のモーニングを平らげに掛かった。
「だから、プレゼントだよ、兄貴。バレンタインデーにプレゼントをした事くらい有るだ
ろう、健の兄貴だって」
「バレンタインデーのプレゼントねえ・・」
記憶を辿ってみるが、貰った記憶は有っても遣った記憶は無い。第一女の子が好
みそうな物を探すなんて、面倒くさい。
「無い!」
「は?」
「プレゼントしたことは無い!」
「え?だって兄貴おねえちゃんにもあげたこと無いの?」
「ジュンに?何で俺が?それに金が無い!給料前で一番金が無い時だ」
「あー、兄貴まさか今日も又?」
「頼む、ツケといてくれ」
「兄貴、バレンタインのプレゼントがツケじゃ、おいらおねえちゃんに殺されちゃう
よ」
「頼むよ。そのかわり良いアドバイスをしてくれそうな奴を、教えてやるからさ」
「・・兄貴、それってまさかジョーじゃないよね」
「やっぱり分かったか」
「兄貴の次はジョーに訊こうと思っていたよ。兄貴よりよっぽどこういう事では頼り
になりそうだしね」
「じゃあ何で俺に訊くんだよ」
「健の兄貴の方が先に店に来たからさ」
背が伸びた分口も達者になった甚平に、「昔はもっと可愛げが有った」と健は口元
を歪めて、コーヒーを飲み干した。空になったカップにそれでも甚平は、新しいコー
ヒーを満たしてやった。それに「Thanks」と言って、深い香りの熱いカップを健が口
元に運んだ時に、店のドアベルが可愛らしい音を立てて、「可愛い」という形容詞
には無理のあるジョーが入って来た。
「ジョー、お早う。モーニングにする?それともコーヒーだけ?」
「コーヒーだけで良い」
少し赤い目を眠そうに瞬せて、ジョーが答えて健の隣のスツールに腰を下ろした。
「・・眠そうだな」
健の言葉にジョーは右手の甲で、目を擦った。
「昨日の晩、寝かせて貰えなかったんだ」
ウンザリとした様に吐き出したジョーに、健は口元を綻ばせた。
「熱いな」
「馬鹿言え!反対だ」
健の顔に書かれた「理解不能」と言う心情を、ジョーは横目で見ながら甚平が淹
れてくれた熱いコーヒーに口を付けた。それで少し気持ちがすっきりした様に、再
び口を開く。
「女が鉢合せしちまって、喧嘩が始まっちまった」
「『ジョー、私とこの女とどっちが本命なの?』って、モメたの?」
嘴を突っ込んで来る燕の雛を片手で追い遣って、ジョーは頬杖を付いた。
「どっちって、どっちとも一回しか寝てないのにさ・・それで一生を決めるみたいな
事を言わないで欲しいぜ。自分達だって始めは遊びのつもりだったのにさ」
「それでどうしたんだ?」
好奇心丸出しの健にジョーは顔を顰めた。
「お前面白がって居ないか?」
「いや、後学の為に聞いておこうと思って・・」
「面倒くさいから、『どっちも本命じゃない!』って、答えちまった」
「ジョーの兄貴、それって人非人なんじゃあ・・」
「どっちも本気じゃないんだ。嘘は付けないだろう。向こうがもし本気なら、さっさと
別れた方が良い」
「兄貴・・おいら何でジョーが女にモテるのか分からないよ」
小さく耳打ちした甚平の言葉に、健が笑い声を上げた。
「俺にも分からないよ。女じゃないんだから・・」
そう答えながら健は熱いコーヒーの湯気越しに、ジョーの横顔を観察した。彫の深
い整った顔は自分に比べると遥かに男臭くて、或る種の色気が有る。気紛れそう
な振る舞いも身のこなしも、手に入れたいと思う傲慢な女達をそそるのに十分な
魅力だろう。
「おいらジョーに訊くのは、止めよう」
「何を?」
煙草を取り出して、口に咥えたジョーは先程までの会話はもう気にしていない。飲
み干したコーヒーと共に忘れたかのようだ。
「甚平がガールフレンドに、バレンタインのプレゼントをしたいんだってさ」
答えない甚平に代わって健が答えて、甚平から睨まれた。
「へー。可愛い子か?」
「ジョーには絶対に紹介しないよ!」
「冷てえな。ガキには興味はないぞ」
「分かるもんか。人非人のくせに・・」
「甚平お前それは偏見ってもんだぜ・・」
自分に向かって舌を出す弟分に笑って、ジョーはカウンターに置いてある紙ナプキ
ンに、ペンで何かを書き記して、それを甚平に放り投げた。
「其処に行ってみろよ。女の子が喜びそうな物が売ってるぜ」
「サンキュー、ジョー」
「その代わりに、今朝のコーヒー代はチャラにしといてくれよな、情報代に」
ジョーが先に立って、ご機嫌な甚平に咎められない内に健もそそくさと続いた。

「バレンタインか・・俺達にも甚平くらいの時が有ったよな」
「何時から人非人に成ったんだ、ジョー?」
「遠い昔に・・。何処かに好い女居ないかな」
「好い女ってどんな?」
「そうだな・・」
咥えていた煙草を長い指先で弾いて、ジョーが前髪を掻き上げた。暫く考えて、再
び口を開く。
「綺麗で、凛とした強さが有って、瞳が澄んでいて・・」
『あれ?何処かで見たような・・』
「それから?」
覗き込む健の青い瞳に驚いた様に、ジョーは口を噤んだ。
『健・・まさかな』
「健、お前は?」
「秘密だ」
「汚ねえぞ!」
「ご馳走してくれたら教えてやるよ。極上のワインと食事を」
「ちぇ・・自分は只で聞いたくせに」
吹き付けてくる冷たい風に少し身を縮ませて歩き出したジョー背中に、健は微笑ん
だ。さて、俺は極上のワインと食事に有りつけるのかな?楽しそうに彼はジョーの
後を追った。

左手首のメタルブルーのブレスレットが鳴って、そこからジョーの声が聞こえてき
た。
「健、約束通り極上のワインを手に入れたぜ。お前の家に7時に行くからな。帰っ
てろよ」
「ジョー、今日はバレンタインだぜ。俺が女の子と一緒だとは思わないのか?」
「・・そうなのか?」
生真面目に聞き返してくるジョーに少しだけの罪悪感と、声に含まれた寂しそうな
響きに少しだけの勝利感を憶えて健は笑いを浮かべた。
「7時だな。食い物も忘れるなよ!」
「分かってるよ」
通信を終えて静かになったブレスレットに、健は指で軽く触れた。
「お前本当に俺の好みのタイプを聞くつもりか」
シンとした部屋にクスリと笑いを洩らして、彼は呟いた。
「極上のワインと食事と、引き換えなら好いか・・」

The End


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