沈黙の朝

by Kiwi


朝は嫌いじゃない。特に天気の良い朝は好きだ。普段は至って目覚めが良い。誰かの様に
何時までもベッドに留まって、自分自身に「後5分・・いや、10分」なんて言い訳もしな
い。目覚ましが成ると同時にそのスイッチを切る。 
けれど、今朝は寝起きが悪かった。目を覚ました以上ベッドの中でグズグズする性分では
ない。
シャワーを浴びるために、彼はベッドを出た。
バスルームの鏡に映る顔は、ブルネットの長い髪にヘイゼルの瞳。男らしいという表現は
当て嵌まらないが、結構良い男だと思う。それは自負だけでなく、女に困ったことは無い。
金だって有る。実家はこの国でも資産家で有名だ。地位だって他人には引けを取らない。
だが、そんな自分が手に入らないものが有る。
思えば何故自分は、こんな所まで来たんだろう。有名大学の医学部を、自分で言うのもな
んだが優秀な成績で卒業した。薬学が好きだったからその専門をマスターに選んだ。外科
を志した友人の立花と、派遣されたISOの付属病院で勤務している間に、立花の尊敬して
いる南部に会ったのが、運の尽きだった。夫々医療面でのケアをする様に申し渡された少
年達。それに此処まで入れ込むとは、まさか思いもしなかった。溜息を付いて、セームは
自分の住処とは比べ物に成らないほど、小さな洗面所で身支度を整えた。今日はOFFのは
ずの週末で、本来ならジョーを誘って昨晩はレストランで食事をして、その後は・・。と
自分が考えていた予定を、すっかり覆されたのはあいつの所為だ。面と向かって強面の番
犬に喧嘩を売る度胸も腕も無い。精々鏡に向かって睨みつけるのが唯一出来ることだった。

週末でも朝昼夜と食事が出来るのが、この訓練所の良い所だ。湯気の立つ朝食とコーヒー
のトレイを手に席を探すと、向うから声を掛けられる前に此方から近付いた。
「お早う」
掛けた声にまず健が「お早う御座います」と礼儀正しく挨拶をして、ジョーが「お早う、
セーム。其処開けといてくれ、島田が来る」と、透かさず腰掛けようとした自分の隣をキ
ープする。少し嫌な顔をしたのを、立花が嬉しそうに見る。
「何時もは朝飯抜きのお前が何で此処に居るのかな?」
「健が、腹が減ったって言うもんだから」
『ああ、成る程。昨晩は一緒だったわけね』
チラリと横目で睨んだが、嫉妬と思われたのか、立花には軽く無視された。優雅にコーヒ
ーを口元に運んだ立花の顔が、やけに幸せそうに見えるのが気に喰わないが、更に気に喰
わない存在が向うからトレイを持って現れた。セームは嫌悪感を出すほど子供ではないが、
島田はチラリと威圧するような眼で睨む。が、それは一瞬だけ消えて、何事も無いかのよ
うに当然の如くジョーの隣に腰を下ろした。
「連絡、終ったのか?」
「ええ。今日はゆっくり帰れば良いようです」
ジョーの質問に答えると彼は食事に取り掛かった。
「島田、君の用事は何だったんだ?」
優雅にフォークとナイフでサニーサイドを切りながら尋ねると、厚切りのトーストに齧り
付きがら、「お前には関係ないと思うが」と返される。これでは会話も何も有ったものじ
ゃない。
「博士が番犬を自分の元から離して、此処に来させるなんて余程の事かと思ってね」
「博士は健とジョーの様子を見て来いと言っただけだ」
「様子以外の物も調べたりして」
ギラリと眼光が鋭くなって、島田の手の中でフォークが歪んだ。
「お前にとやかく言われる筋合いは無いが、本当に聞きたいのなら教えてやろうか?」
「ほー、教えて貰おうか」
精一杯の嫌味を込めて見返すと、自信満々男はコーヒーカップを片手に声を上げた。
「昨日のジョーは最高だった」
言った男は照れては居ないが、言われた方と聞いた方は赤くなった。序にジョーが島田の
頭を張り倒した。
「何をするんですか!」
「お前なんか大嫌いだ!」
「良いから良いと言っただけでしょう」
「島田さん、ジョー。もっと声を落とさないと」
周囲に気を使いながら、健が窘める。其れを立花は止めた。
「健、放って置きなさい。好きで遣ってるんだから。それよりもう、朝食はいいの?」
「でも、ドク。誰かが聞いたら・・」
「朝食が終ったら、外出しないかい?良い天気だし」
「ドク、俺の話聞いてませんね」
『こうまで良く大っぴらに惚気られるもんだ。こいつには本当に恐いものが無いんだな』
少し呆れて少し羨ましかった。すっかり気分を損ねて、席を立ちかけるジョーの腕を掴ん
で島田が耳打ちをする。
「本当だな」
「約束しますから」
何やら密談が纏まってジョーがもう一度食事に取り掛かった。怪訝そうな健がジョーに尋
ねると、ジョーが何事かを耳打ちした。
「本当ですか、島田さん」
「ええ、今度ね。約束しますよ」
「大盛りですよ」
瞳を輝かせた健に、立花は面白くない。
「何、一体?」
「島田さんが、今度カフェの新作チョコパフェをご馳走してくれるって」
「パフェ・・」
其れくらい俺がご馳走してやるのに・・。二人の大人は同時に思った。
『余計なチョッカイを出したら、ぶん殴ってやる』
早々に朝食を平らげた番犬は、しかし目付きは腹ペコのままだった。横からご馳走に手を
出したら、噛み付かれそうだ。
『まあ・・・・良いか、甘い物は苦手だし』
『・・さり気無く邪魔してやる』
二人の大人は顔を見合わせてニコリと笑った。

The End



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