トロピカルドリンク 

by Kiwi

目覚めた時には、大きなベッドで共に一晩明かした姿は無くて、少しだけ彼を不安にさせ
た。自分を包み込むようにして眠っていた相手の身体の温もりさえ、未だ感じられるよう
な気がするのに、すっと手を伸ばして触れたシーツは完璧に調節された空調で、すっかり
冷えている。その冷たさが、彼の不安を増す。昨晩の事が、まるで自分だけが思い描いて
朝日と共に消え去った儚い夢のように、彼には感じられた。暫く親指の形の良い爪を噛み
ながらそんな事を考えていた彼は、そうした不安を嘲笑うかのようにベッドから抜け出し
て、窓際に寄った。眼下に美しく手入れされた庭が見える。その庭を見渡せる位置に置か
れたデッキチェアーに、彼の想い人は身を横たえていた。その姿を捉えた途端に浮かんで
くる口元の笑みを、今隠す努力を健はしなかった。自然と綻ぶ唇を淫らに舐めると、昨晩
自分の下で張り詰めていた身体の熱さが甦って、健はその感情を抑えきれないように瞳を
閉じた。

庭に続くリビングの大きなガラス戸を開けると、未だ暑くなる前の朝の爽やかな空気が、
それでも昼間の暑さを容易に想像できる日差しの強さと共に、健を包み込んだ。シャワー
を浴びた身体をバスローブで辛うじて隠した姿で、健はジョーに近づいた。目を閉じてデ
ッキチェアーに寝そべっているジョーは、太股までのショートパンツしか身に着けていな
い。軽く組むようにして伸ばしている長い脚は、昨夜自分の身体に確かに廻されていた。
それが自分だけが見た夢でない証拠に、ジョーの日に焼けた胸元より少し上、丁度鎖骨の
辺りに赤い跡が有る。それを見ると又健の口元が綻んだ。何時もなら気が付いて直ぐに開
かれるアクアマリンの瞳も、今日は健の気配に開かれることは無かった。この別荘で過ご
す二人だけの休暇にジョーが安心し切っている事が、何故か健は嬉しかった。
切っ掛けは分からない。どっちが誘ったのか?誘われたのか?それも分からない。極自然
の事の様に、自分とジョーは一つのベッドで眠った。それを非難する大人も、残った証を
見咎める仲間も居ない。今はまるで地球上に二人だけしか居ないかの様に、静かだった。

何時までも自分の存在を無視しているようなジョーに焦れて、健は彼のショートパンツか
らくっきりと露になっている腰骨を指先で撫でた。途端に跳ね起きるジョーに満足して健
は意地の悪い笑いを向けた。
「何するんだよ!」
「此処感じるんだ」
健の問いにジョーの応えは無い。怒ったようにテーブルの上からグラスを取り上げて、口
元に運ぶ。
「珍しい物を飲んでるな」
「朝っぱらから、スピリッツってわけにはいかないだろう」
少し唇を尖らせて、大き目のグラスに添えられたストローを口に咥える。グラスの中の黄
みがかった金色の液体がストローを通して口に運ばれる度に、僅かに上下する喉を健は見
つめた。少し乱暴にグラスを持つ手を健が自分の手で押さえつけると、ストローから離れ
た唇が「何だ?」と言う様に開かれる。それを健は何も言わずに唇で塞いだ。
合わせた唇からは、ジョーが飲んでいたジュースの味がした。僅かにアルコールの香りが
するのは、白ワインを入れて有るのか?乾いた喉にそれは心地良い。けれども健は尚更、
喉の渇きを覚えた。
『本当に乾いているのは、喉なのか?』
ゆっくりと唇を離してジョーが尋ねる。
「腹減ってるんじゃないのか?何か作ってやろうか?」
「ちぇ、ムードの無い奴だな」
「何時も腹を空かしてる雛鳥を抱えてるもんでな・・」
「・・・腹は減っているけど、先にこっちを食べてから・・」
立ち上がりかけるジョーの腕を掴んで、健はもう一度腰骨から更に指先を下に進めた。意
外に多めに入れてあったワインが身体を熱くして、ジョーは溜息を漏らした。健がグラス
を取って口にストローを咥えると、グラスの中身を飲み干した。其のまま唇を合わると、
ジョーの口の中にグレープフルーツとワインの香りが溢れた。ゆっくりと上下してそれを
飲み込むジョーの首筋に、健は新しい証を付けた。
それを見咎める者は誰も居ない。見ているのは常夏の太陽だけ・・。
顎を思わず仰け反らせたジョーの目に、健の瞳と同じ青い空が写った。世界に唯二人だけ
しか居ないように、静かだ。微かに二人の小さな吐息が聞こえるほどに、辺りは静まり返
っていた。グラスの中に残った氷が立てる音が涼しげに響くのを、二人は何処か遠くのよ
うに感じていた。


The End


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