好い男の条件

by Kiwi

「男の人はやっぱり優しい人が一番よね」
買い物帰りにちょっとカフェに寄って、自分や甚平以外の人に入れてもらったラッテ
を口元に運んでいたジュンの耳に、そんな言葉が横から飛び込んできた。カップを
下ろすついでにそっと隣のテーブルを窺えば、自分と同じ位の年頃の女の子達が
三人、チョコレートケーキを突付きながら、お喋りに夢中になっている。
「そりゃあ、そうよ。旦那様にするなら、優しい人が一番よ」
相槌を打つもう一人の言葉に、ジュンは思わず頷いた。
『その通りよね。男は優しさが一番よ!』
「じゃあ、優しければブ男でも良いの?」
今まで黙っていた最後の一人が痛い所を付いて、残りの二人どころか、一緒に
ジュンまで言葉に詰まった。
「・・あーそれはまあ、人並みなら許せるわ」
最初に発言していた少女が、長い金髪を、それが自慢なのか、無意味に掻き上げ
ながら答えた。
『あら?人並みってどれくらいなのかしら?』
思わず突っ込みたくなるジュンの質問に答えるかのように、二番目の少女が口を
開いた。此方は燃えるような赤毛をしていて、少しきつめの瞳が猫を思わせる。
「私、デブと禿げだけは嫌だわ・・」
「でも、ガリガリも嫌よね。男は或る程度逞しくなくっちゃ」
三番目の少女はダークブロンドで、ちょっと誰かの髪の毛を連想させる。そばかす
が少し浮いている顔を、そんな髪の毛が縁取っている。
『デブと禿は嫌で、ガリガリも嫌で・・逞しくて、優しい人か・・』
確かに自分と同じ年くらいの女の子の好みなら、そんな物だろう。

「あ、ほら。あの人、6点」
「うーん、私は5点」
金髪が指差す方を見て、赤毛が答える。
「私も6点かな」
ダークブロンドの声に続いて、賑やかな笑い声が上がった。それから少女達は暫
く、店の前を通り過ぎる男達の点数を付け始めた。
「嫌――。4点」
「私は5点」
次々に上がる点数に、ジュンは「あら?私は6点くらいかしら」とか「えー、中々いい
線行ってるのに・・」とか、一人心の中で参加していた。
少女達のお喋りは止まらない。放って置くと何時までも、囀っていそうだ。
『さて、サボるのはこれ位にして、そろそろ帰ろうかしら。丁度ラッテも無くなった
し・・』
カップをソーサーに戻して、ジュンはテーブルの請求書に手を伸ばしかけた。
「見て!あの人達」
先程までと違って、何やら言葉尻にハートマークでも付いていそうな、ブロンド娘
の言葉に、ジュンはその手を止めた。
「タイプだわ・・あのダークブロンドの彼。ちょっと野性的で・・」
もしも言葉に色が付いているとしたら、赤毛の声は薄いピンク色だろう。
「私はココア色の髪の彼が好みだわ」
口々に感嘆の声を上げる少女達に、ジュンは一抹の不安を覚えた。
『ココア色の髪とダークブロンドですって?えらく馴染みがあるわよね、その色・・』
ジュンの思考は、カフェ中の女達の痛い視線と共に、現実の物となった。
見覚えの有るココア色の長い髪に澄んだ空の瞳が自分を覗き込んで、目の前で
手を振っている。
「あら、健・・」
その指先に見惚れていると、正面にこれまた見慣れたグレイがかった水色の瞳が
悪戯っぽく笑っている。
「あ、やっと覚醒した?さっきから幾ら手を振っても気が付かないんだから・・」
呆れたような健の表情に、ジュンは笑いを浮かべた。こういう健の表情はとても可
愛い。「あんな顔をすると、童顔が一層幼くなって思わず襲いたくなる」と、バンド
のドラマーが言っていた。
「ゲイでなくてもその気にさせるな・・」
ゲイで有名な彼の言葉を、何となく眉を顰めてジュンは聞いたものだ。
ちょっと気恥ずかしくて視線を逸らすと、自分の頬が自然と赤みを帯びた原因を
知っているような瞳に出会う。すらりとした手の甲にセクシーだと噂される顎を乗せ
てじっと見詰める瞳は、やはり女の鼓動を速めるには十分だろう。
「買い物かい?」
「ええ・・ちょっと」
何となく言葉を濁すのは近くのショッピングモールの紙バックに入っている、綺麗に
ラッピングされた包みの所為だ。毎年長い時間掛けて探す割に、一度も手渡した
ことの無いプレゼントは次の日には自分で食べてしまう。甘いものが嫌いなのは、
分かっている。けれど他の物を買うには勇気が無い。何時も側にいる自分の方
が、隣で憧れと羨望の眼差しでこのテーブルを見ている少女達よりも、健に遠いと
感じる時が有る。
「そうだ、ジュン。甘いもの好きだろ?」
突然掛けられた言葉。そりゃ好きだけど・・まさか、健。
「何だか、今日は皆がチョコを呉れるんだよ。俺甘いもの駄目なのに・・良かったら
食べないか?」
綺麗にラッピングされた包みは、非情にもジュンの前に並べられた。
「健、今日何の日か知らないの?」
「知ってるよ、バレンタインだろ。だって話したことも無いような子が呉れるんだぜ。
義理だよ、どうせ」
『義理で、こんな高価なチョコを呉れるもんですか!』
高級ブランドのチョコも、スーパーの安売りチョコも、健に掛かれば同じ事らしい。
『ああ・・どうせ、健はこんな人だったわよね』
溜息混じりで、ジュンは自分の紙バックの中を見た。
「あ!バイトの時間だ。じゃあな、ジュン。ジョーはどうするんだ?」
「・・俺はもうちょっと居るよ。どうせ暇だし・・」
何が可笑しいのか、口元を緩ませてジョーは健を見送った。こんなジョーの表情は
珍しい。こうして見ると、ジョーの笑顔も捨てた物じゃない。
「想い人が鈍いってのも、困りものだよな」
「ジョーだってチョコ一杯貰った口じゃないの?」
目の前の笑みが憎らしくなって言った質問に、ジョーはにやりと笑って見せた。
「俺には、チョコみたいな野暮な物を呉れる女なんて居ないぜ」
「じゃあ、何を貰ったのよ」
「さあね・・」と意味有り気に笑って、ジュンの目の前にザッハトルテの乗った皿を滑
らせた。隣の少女達も食べていたこの店の名物だ。
「バレンタインだから、奢っとくよ」
「気障ね・・」
笑いながらジュンは、フォークで一切れ口に入れた。ほろ苦いチョコの味が口一杯
に広がる。健がジョーの半分でも、私の気持ちに気が付いて呉れればいいのに・・
ちょっぴり残念そうな顔をしたのを見られたのが癪で、ジュンは意地悪くジョーに
言った。
「ジョー、プレゼントのお返しはちゃんとしなさいよ」
「言われなくたってしてるさ、ベッドの中で」
ウインク混じりで切り替えされて、ジュンはトルテを喉に詰まらせた。
「朴念仁とスケコマシと、どっちがマシかしら?」
未だこちらを見ている三人にジュンは訊いてみたかった。

The End


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