You are… 

by Kiwi

暑い日だった。愛車の整備をしていたジョーは、額に流れる汗を手の甲で拭った。長い前
髪が額に張り付くのを、鬱陶しそうに掻き上げる。照りつける太陽は容赦なく彼の露にし
た上半身に、熱を帯びさせる。ここ何日かの快晴が、元々の彼の日焼けに更に拍車を掛け
ていた。その肌の色は、小麦色というよりは、たっぷりとミルクを加えたラッテの深みの
有る色に近い。
やがて彼は整備し終えた車の車体を、愛しい者を撫でるような優しさで触れると、開けて
いたボンネットを閉じた。そして、彼は傍らで同じ様に愛機の整備をしている健の方を見
た。
健も彼と同じ様にTシャツを脱いでいたが、彼の肌の色は同じ土地で生活をしているとは
思えないほど、白かった。それは勿論、決して不健康に青白いとか、女性に使う様な透き
通ったような白さと言う形容が相応しいものではないのだが、ともすると美しいと言われ
る健の容貌を更に際立たせていた。
「暑いな」
一言言って、健がジョーと同じ様に額の汗を拭った。長い髪の毛が項に掛かるのを避ける
為に、無造作に後ろに一纏めにして括ってあったが、それでも首筋に流れていく汗の不快
感はどうしようもない。
もう一度額の汗を拭う健の顔を見て、ジョーは噴出した。
「何だよ!」
身体を折って笑い続けるジョーに、健は少し怒ったように訊いた。
「人の顔を見て笑えるような顔か!」
「・・お前顔に機械油が付いてるぞ」
「何だそんな事か、整備してるんだから当たり前だろう!」
そう言いながら無頓着に、健は又手の甲で顔を擦った。それが元々額に付いていた機械油
を更に広げて、まるで泥んこ遊びをしていた子供のように、健の白い額を黒くした。
「お前、相変わらず杜撰な性格してるなぁ・・」
ジョーは思わず溜息混じりに健に言って、傍に置いてあったタオルで健の顔を拭いてやっ
た。冷静沈着、常に状況判断を怠らず任務を遂行するガッチャマンという名の戦士とは違
う顔が其処には有る。実際の健は顔に似合わず結構不器用で、杜撰だ。昔はそうした健の
長所(ジョーそう思っている)に気が付かなくて、何時でも優等生の顔をした健が嫌いだ
った。いや、嫌いというのは正確ではない。自分と健を南部が比較する度、健より自分が
劣っていると思い続けていた彼は、そんな健が羨ましくて、憎らしくて・・だがそれと同
時に何時も博士や大人の言うことを、それが例え自分の意と違っても従う健の姿に、腹立
たしささえ感じていた。
「嫌なものは嫌だ!」
ジョーは決して自分の感情を誤魔化さない。何時でも、相手が博士であろうと、厳しい教
官であろうと、彼が一度言い出したら聞かない。勿論、自分の過ちが分かれば、彼は即座
に非を認めるが、それまでは叱られようが、殴られようが常に自分を押し通した。それほ
どに我が強いジョーを、健は時々羨ましくさえ感じていた。それを口に出せるほど健も又
素直な性格では無かったが、叱責を歯牙にも掛けない様な不敵とも言えそうなジョーの態
度はいっそ見事なほどで、健は博士や教官とジョーの間に割って入りながら、その強さに
しばしば見蕩れた。その強さが有る意味弱さの裏返しなのを知ったのは、戦場で背中を合
わせて戦いだしてからだ。脆く弱い心を持っているからこそ、ジョーの魂は強いのだ。
少し前に母親を殺された仔犬を身を挺して救ったのも、そうした心の現われなのに、治療
とリハビリを経て復帰した時には、もう更に強く見せようとする殻をより固く身に纏って
いた。
「お前損な性分だな・・」
ベッドに留まる事を余儀なくされている時も、元通りに動けるようになる為にリハビリを
続けている時にも、尋ねて来た健は同じ事を言った。それにジョーは「お前だって同じだ
ろう」と鼻で笑った。
「確かにな・・」と笑った健の言葉に嘘は無い。只、健はうっすらと自分とジョーの違い
に気が付いていた。ジョーは人が傷付くのを見るのが嫌いだ。だから常に自分が矢面に立
とうとする。誰かが傷付く位なら自分に傷を負うことを願う。それは自分も同じだ。だが、
自分は任務の為なら誰でも危険に晒せるだろう。例えそれが辛くても自分には出来るはず
だ。それがリーダーと言う立場なのだ。
『何時か俺は、ジョーを見捨てる時が来るかもしれない』
そうした漠然とした不安と恐怖が胸に去来するのは、先日危うくジョーを失いかけたから
かもしれない。

「痛ッ」
考えに沈んでいた健は額に痛みを感じて、顔を上げた。悪戯っぽく笑ったジョーの瞳が、
其処には有る。その笑いに、彼が自分の額を指で弾いたのだという事に気が付いた。
「何を考え込んでるんだ。暗い顔して・・」
問い掛けられたジョーの水色の瞳に、健は頭を振った。
「何も。・・暑いな・・わっ!」
呟いた言葉が悲鳴に変わった。汗を掻いていた顔面に掛けられた冷たい水に、健は身を捩
った。ホースを片手に洗車していたジョーが、今度は身体に向かって水を掛けた。びっし
ょりと濡れた身体から熱さが引いていく。
「遣ったな!」
飛び掛ってジョーの手からホースを奪うと、健は仕返しにジョーの顔から胸までに水を浴
びせた。
「冷てー!」
濡れた頭を振ったジョーの長い髪から、水滴が空に舞った。びしょ濡れになった身体を拭
く為に、健は彼にタオルを投げた。それを受け止めて笑うのに、笑みを返して健は自分に
言い聞かせる。
「お前が、俺の傍から居なくなる筈なんて無いよな!」
その呟きが聞こえた様に、ジョーが唇の片端を器用に上げて笑った。
少しだけ傾きかけた陽に手を翳して、健は彼に近づいて肩に触れた。その存在を確かめる
為に・・


THE END


Top  Library List