夢の跡

                       by Kiwi

1

「ジョーなんて、大嫌いだ!」
ジム中に響き渡った甚平の罵倒を、腕を組んだまま冷めた表情で受け流したジョ
ーは、顔色一つ変えなかった。実際彼はそのままの状態で、眉一つ、指先一つ動
かしては居ないのだが、自分の弟を庇うようにジュンは甚平を抱きしめ、竜はジョ
ーと甚平の間にその大きな身体を割り込ませた。唯健独りがその美しい曲線を描
いた眉を顰めて、その場から動かずに居た。
「そんなにおいらの事が気に入らないのかよ。おいらがまだ小さくて、皆みたいに
上手く訓練できないのが気に入らないのかよ」
甚平の言葉にジョーは「そうだ」とも「ちがう」とも答えずに、じっと甚平を見つめて
いたが、そのアクアマリンの瞳は何よりも雄弁で、「俺はお前の存在が気に入らな
いのだ」と、
甚平には分かる。
「甚平は身も軽いし、よう頑張とるぞ」
と、竜が食って掛かれば、「俺はお前の存在も気に入らないんだぜ」と言わんばか
りの、ジョーの瞳に見据えられる。
「いい加減にしろ。俺たちは5人とも、博士が選んだ忍者隊のメンバーだ。博士の
人選には間違いないし、博士の決定は絶対だ」
仲介に入った健の言葉に、ジョーは薄く笑った。
「博士にも間違いは有る。人生最大の間違いは、このメンバーだと俺は思うね」
そう言い残すと、ジョーは健に背中を向けた。
「未だ話は終わってないぞ」
「これ以上話しても無駄だろう、健。お前はこのメンバーで良いと思ってる。俺は違
う。俺にはそいつら3人は足手纏いにしか思えない。お前が博士の決定が絶対だ
って言うのなら、お前がそいつらをもっとマシに鍛えな」
「ジョー」
肩を掴んだ健の左手を、ジョーはゆっくりと外した。
「俺はお前と喧嘩する気は無いぜ」
「お前・・」
「健止めて!」
今まで甚平を抱き止めて、黙っていたジュンの声に健とジョーが顔を向ける。
「・・・ジョーの言う通りよ。私も甚平も未だ訓練不足には違いないわ。竜も、貴方
やジョーのようには行かない。訓練がもっと必要なのは確かよ」
意外に静かにジュンの声は流れているが、そのエメラルドの瞳は彼女の気持ちを
表すかのように、燃えるように輝いていた。
「でも何時までも貴方にそんな事を言わせないわ。絶対に!」
その言葉にジョーは肩を竦めた。
「期待してるよ」
言い残して、ジムを出て行くジョーに、甚平はもう一度叫んだ。
「ジョーなんて大嫌いだからな!」
それに片手を肩越しに振って、彼は出て行った。
「ガキに好かれなくっても、結構だ」

シャワールームに入って汗を流すと、彼は自室に戻った。海岸に面した崖の上とい
う一等地に建てられた南部の別荘は、この訓練用に南部が新しく購入し、ジムや
ら射撃場、その他の訓練施設を作った。此処で彼らは科学忍者隊に成る為の、
様々な訓練を受けさせられている。南部の屋敷から此処へ来てもう2ヶ月。此処に
来てからジョーは又子供の頃の夢を見る様になった。それは南部が彼に与えた科
学忍者隊というポジションが、漸く両親の仇を討つことに繋がるのだ、と彼が思い
詰めているからかも知れない。自分の両親を殺したギャラクターに、復讐する事は
8歳のときからずっと考えてきた。普段の彼は少しぶっきらぼうで、生意気ではあ
るが、どちらかと言えば健よりも子供らしいところが有った。が、偶に両親が殺され
た時の夢を見ては、魘されて目覚め、其の侭一睡もしないで朝を迎える夜が有っ
た。その度にジョーは、自分の泣き声が隣室に漏れないように枕を抱きしめなが
ら、悪魔の呪文のように呟いた。
「絶対に仇を取るから。絶対にパーパとマーマの仇を取るから・・・それでもし死ん
でも俺は構わない」
時が流れるにつれて、悪夢はその回数を減らし、夜中に目覚める事も殆ど無くな
った。この別荘に来た最初の夜、南部に竜とジュン、甚平の三人に引き合わされ、
科学忍者隊の話を聞いてから両親は又ジョーの元を訪れ出した。それはジョーに
は、彼らが仇を討って欲しいと訴えているように思える。もう直だとジョーは思う。も
う直自分は両親の仇が討てる。この想いが闇のように暗黒なのは分かっている。
南部の言う通り自分独りの私怨で戦って、倒せるほどギャラクターの組織が小さく
ないのも、それが如何にジョー独りだけでなく、チームや果ては南部が熱弁する世
界平和に対して危険を伴う事かも、彼には分かっている。けれども彼は敢えてそ
の欲望に身を委ねたかった。
「仲間なんて要らない」
ジョーはそう言いたい。それが自分より年上や、同じ位の鍛えられた若者なら未だ
しも、何故女の子や、子供なのだ。竜にしても年は自分と一つしか違わないが、故
郷に両親が揃っている。何故好き好んでこんな事に手を染めなくてはならないの
だ。甚平は今年8歳だと博士が言っていた。自分が両親を殺されたのと同じ年だ。
自分がもし両親を殺されていなければ、こんな事はしていない、とジョーは思って
いる。何を好き好んで自分の命を危険に晒して、人殺しをしなくちゃ成らない。ギャ
ラクターが親の仇だとジョーは思っているが、自分が銃を向ける相手が人間だとい
う事を一番分かっているのもジョーだった。撃たれれば、自分の両親と同じように
血が流れて死んでしまう。それは同じだ。だが、それを知っていながらもジョーは
銃を向けないではいられない。それは自分の性だと彼は思う。
「馬鹿ばっかりだ。何も分かってない」
正義の味方になるのだと言わんばかりの、竜や甚平の顔を見る度にジョーは、「お
前ら馬鹿じゃねぇのか?」と言いたくなる。そう思えば思うほど、彼は残りの4人に
溶け込む事が出来なかった。健にしても何故普通のテストパイロットじゃあいけな
いんだ、と彼は今でも思っている。あいつに何で人殺しをさせなきゃならない。しか
もリーダーなんて。自分がその器でも性格でもないのは分かっているが、健にそ
んな事をさせれば、彼が自分の気持ちを常に殺すのは、ジョーには分かりきってい
た。
「馬鹿ばっかりだ!」
もう一度言うと、ジョーは皮ジャンを手に立ち上がった。奥から湧いてくる不快感を
吐き出したい。彼は自分の車に向かった。

2

首筋に唇を這わせると、嬌声を上げて女の身体がその箇所を避けるような擬態を
見せて、笑い声を上げた。柔らかな金髪に左手の指を差し入れながら、右手は更
に下の方、女の股間へと伸びていく。柔らかな秘所を押し広げれば、女の嬌声は
高まった。その場所を丹念に愛撫して、やがて女の愛液が同じ色の体毛を湿らせ
るのを確かめた。唇をその場所に移せば、女の身体が跳ね上がるようになって、
喜びを表した。「早く・・」と促すような吐息に答えて、ジョーは自分の高まった思い
を女の中へ挿入した。ジョーの腰の動きに合わせて、女の腰も動いて、二人はそ
の瞬間を共有した。
「ジョー、あんた幾つ?」
「どうでもいいだろう、そんなの・・」
答えた男の背中に長い爪を這わせて、リタと名乗った女が尋ねる。
「未だ若いよね。18?19?」
「・・16」
答えたジョーにリタは呆れたように、目を瞠った。
「未だハイスクールじゃないの?」
「ハイスクールには行ってない。年が何?不純異性交遊とでも言う気か?」
今度はジョーが呆れた。誘ったのは自分のくせに。
「やっぱり。若いとは思ってたんだけど、子供にしてはいい線行ってたから」
「大丈夫。俺何時も老けて見られるから」
「何が大丈夫なんだか・・」
呟きながら煙草を取り出すリタに、ライターで火を点けてやる。
「有難う」とリタは笑って、煙を吐き出した。
窓際に裸のまま佇んで、ジョーはハッと目を凝らした。リタの部屋の下に立ってい
る甚平を見つけたからだ。
「あいつ何で、こんな処に居るんだ?」
「なあに?どうしたの?」
ジョーの声にリタが問い掛ける。
「何でも無い」と答えて、リタの横に身を沈めたが、思い直したように彼は起き上が
った。ベッドの下に脱ぎ散らかしていたTシャツを被って、ジーンズに足を通す。
「何?泊まって行かないの?」
「ちょっと、気になることが有るんで。また今度」
「今度って何時よ?」
不満げなリタの唇を塞いで、黙らせた時悲鳴が聞こえた。
「甚平!?」
皮ジャンも手に、ジョーはリタの部屋を飛び出した。
「ジョーどうしたのよ?」
答えずにジョーは走り出した。
甚平がどうやってジョーの跡を尾けたのか分からないが、恐らく彼の車に隠れてい
たのだろう。放って置こうかと一瞬考えたジョーだったが、この辺は小さなスナック
や、風俗店が多い場所で、治安が余り良くない。仕方なく別荘に連れて帰ろうと思
った時に、悲鳴が聞こえたのだ。

「そいつを放してもらおうか」
甚平を肩に担ぎ上げて、車に押し込もうとしている男達の前にジョーは身を躍らせ
た。そうして、相手がこの辺りでは有名な連中だという事に気付いた。ヤクも売れ
ば、人も売る。キッズポルノやら、人身売買やらはお手の物だ。攫った子供をヤク
付けにして、裏ポルノを撮ったり、果てはその手の行為が大好きな富豪や外国人
に高い金で、売っていたりしている。バックには何処かの組織が付いていて、警察
も中々尻尾を掴めない。近頃警察も金を掴まされていて、信用できないのが真相
かもしれないが。
走り続けて、少し息を荒くしたジョーを見て、男の一人がもう一匹懐に迷い込んで
きた獲物に舌なめずりをした。
「上物だな・・。こんな白人のきつそうなガキを喜ぶアラブ人が、五万と居るぜ。せ
っかく自分から出て来てくれたんだ。このガキもついでに貰っていこう」
薬を嗅がされたのか、目を閉じて動かない甚平を横目で窺って、ジョーはゆっくりと
その位置を変えた。両手は身体の両側にダラリと垂らしているが、必要と有れば、
一瞬のうちに彼の意の命じる通りにそれは凶器に変わる。何の構えも取らない
が、彼の身の内には闘気が溢れ出した。
掴みかかる一人を身を屈めてかわして、その手首をへし折った。「こいつ」と銃を抜
きに掛かる一人を、リーダー格が止める。
「駄目だ、傷を付けたら、暫く商売物にならねえ」
右の回し蹴りで、右に居た男のこめかみを蹴り上げて倒すと、足を戻すと同時に、
貫き手で正面の男の喉下を狙った。喉を押さえて蹲った男はもう一生話せないだ
ろう。
「いい加減にしてもらおうか。お前こいつがどうなっても良いのか?」
悪人のセオリー通りの行動で、ボス格らしい男が意識の無い甚平の頭に拳銃を突
きつけて、ジョーを脅した。
「・・分かった。降参!」
ジョーは両手を肩の位置に上げて、答えた。
「ガキのくせに度胸が据わってるな、お前。怖くないのかよ」
「・・・別に。唯、俺が居たらそいつには用は無いだろう?帰して遣ってくれ」
「そうはいかねえ。又今みたいに暴れられたら、家の連中じゃ太刀打ちできねえ。
こいつは保険に預かっとくぜ。それにこいつだって売り物になるしな」
男の言葉にジョーは表情を変えそうになったが、それを押し隠して尚も続けた。
「もう遣らないからさ。それにそんな子供より、俺の方がずっとあんたも、あんたの
商売相手も楽しませられると思うけどな」
「そうかも知れねえな」
男がにやけた笑いを浮べながら、彼の顎を掴んで上を向かせた。それにジョーは
笑顔とついでにウィンクで答えてやった。
「それは帰ってからじっくり試させて貰おうか。だがこいつも貰って行くぜ」
「ちぇ。抜け目が無いな」
「それがこの業界で長生きする秘訣さ」
仕方なくジョーは男の車のシートに納まった。蹲って倒れていた男たちもそれぞ
れ、車に乗り込んだ。

3

甚平はゆっくりと薬から覚醒した。よく焦点の合わない目を凝らすと、そこに見覚え
の有る顔が心配そうに覗き込んでいたが、甚平の目が開いたことを確認するかし
ないかの内に、プイッと背けられた。立ち上がって、窓もろくな家具も無い部屋の
隅に行って、ジョーは腰を下ろした。
「ジョー此処何処?」
自分が誰かにいきなり背後から襲われて、睡眠薬か何かを嗅がされて、気を失っ
てからの経過が分からない甚平は、ジョーの顔を見て安心したのか、喧嘩の事は
忘れて彼に尋ねた。
「・・何処かの屋敷の一室。正確には地下室。場所は目隠しされてたから俺にも判
らない。だけど多分ダウンタウンの東側、海が近いから何処かの別荘かもな」
「なんで東側で、海が近いの?」
甚平の質問に答えながら、立ち上がって身体を伸ばした。
「車から降りた時、潮の匂いがした。ユートランドで海が近くなのは街の東側だろ」
「じゃあ、博士の別荘に近いって事?」
「出られれば近いかも知れないな」
「出られればって、どういうこと?」
「ヤク漬けにされて、海外に売られなけりゃってこと」
「えぇー。そ、それって、あの、つまり」
「人身売買だ」
言いにくそうな甚平に代わって答えてやる。
「嫌だよ。おいら未だ子供なんだから。それに男相手なんて絶対に嫌だ!」
「これに懲りて、あんな物騒なとこを夜一人でうろつくな」
「もしかして、心配して助けに来てくれたの?」
「お前何で俺の車に隠れて、付いてきたんだ?」
甚平の質問には耳を貸さずに、ジョーは尋ねた。
「ジョーが、おいらの事チームには相応しくないみたいなことを言うから、ジョーだっ
て相応しくないって事を、博士たちに分からせようと思って・・」
「それでリタのアパートの下で、張ってた訳か」
『生憎と俺が女に手が早いのは、忍者隊とは何ら関係が無いと思うが・・こいつ俺
がリタの部屋で何をしていたのか、知ってるのかな?』
「甚平、お前俺があのアパートで何をしてたか知ってるのか?」
「知ってるよ。SEXでしょ」
『お、分かってるのか』
「男と女が抱き合って、キスして、それから同じベッドで寝る」
『いや、それは確かに一つの段階だが、肝心な処が抜けてるぞ』
『と言う事は、甚平は人身売買の意味も本当の処は分かってないな。キスして一
緒に寝るだけだと思ってるな』
まあ、夢は壊さないでいてやろう。と、変に考えをまとめて、ジョーは甚平の間違い
については指摘しなかった。もっとも、此処から帰れなければ、身をもって知る事
になるのだが・・

扉が開いて、男が一人入って来た。先程ジョーの回し蹴りで、こめかみを蹴り上げ
られて、脳震盪を起こした奴だ。
「おい、ガキ」
呼んでいる声にジョーは顔を向けなかったが、甚平は思わず飛び上がった。
「お前じゃない、そっちのでかい方だ」
「何か用か?」
仕方無しに、立ち上がって一歩前に出ると、男はその分退いて間隔を広げた。もう
脳震盪は起こしたくないらしい。
「ボスが呼んでる。一緒に来い。変な真似はするなよ。こいつは仲間が見張ってい
るからな」
「分かってるよ」
答えるジョーに男が手錠を架ける。
「用意周到だな」
「お前は油断ならねえからな。シャブ漬けにでもしなくちゃ、危なくて野放しにはで
きねぇや」
「それは誤解ってもんだ。俺は意外に可愛くて、従順なんだぜ」
「可愛いかどうかは、ボスが調べてくれるさ」
引っ張られて部屋を出ながら、ジョーは甚平を見つめた。
「ジョー?」
不安そうな甚平に、笑い返してやった。
「すぐに帰ってくるさ」

部屋としての造りは余り良いとは言えない部屋だ。後ろから小突かれながら、案
内された部屋をぐるりと見回して、ジョーは感じた。南部の別荘に比べれば、規模
も造りも大分落ちる。値段もかなり差が有りそうだ。調度品も上品とは言い難く、い
かにも悪事に手を染めて、稼いだ金で必死で集めたという感じがする。
「こいつか?ん〜、中々上物じゃないか」
とソファに腰掛けたボスらしい男が、肉厚の唇を舐めながら隣の男に聞いた。先刻
ボスかと思っていた男は、どうやら違っていたらしい。格はそちらの方が上のよう
だが、実際のボスは、きちんとした三つ揃いに太った身体を窮屈そうに押し込んで
いる、こいつらしい。
「上物なんですが、中々一筋縄ではいかないガキでして。境は声帯を遣られたお
陰で、もう二度と喋れませんや。小倉は右の手首の骨を砕かれましたしね」
「ガキのくせに何か武道でも習ってるんだろう。だが、此処には拳銃もあれば、ヤ
クも有る。こんなガキに言う事を聞かせるのは簡単だ」
「まあ、そういう事ですが・・味見をなさるんなら、十分に気を付けて下さいよ。何な
ら、一本打っときますか?」
「お前らが外で見張ってりゃ、大丈夫だろう。ヤクもいいが、初めての奴は泣き叫
ぶところを見るのが楽しみだからな」
『勝手な事ばかり言ってやがる』
ジョーの沈黙を恐怖からと思ったのか、ボスは分厚い唇をそれが癖なのかしきりに
舐めて、ジョーの肩に手を架けた。
「お前ら外に出てろ」
ボスに命じられて、男たちは部屋を後にした。
「なあに、坊主怖がる事は無い。初めてはちょっと痛いが、慣れれば極楽よ。俺が
味見をしたら、何処かの金持ちにいい値段で売ってやるよ」
肩に架けた手を、愛撫するように胸まで下ろして、ボスは又舌なめずりをする。
「待って。手錠を外してくれたら、自分で脱げる」
「それは出来ないや。油断のならねえガキだって、樋口が言ってたからな」
「だけど、このままじゃ、あんたを楽しませられないぜ」
「お前初めてじゃないのか?」
「それは自分で確かめたいだろう?」
態と目を合わせないようにして答えると、ボスの目が好色そうに光った。手錠の鍵
を取り出して、彼はジョーの手枷を取り除いた。
ジョーはゆっくりとTシャツを脱ぎ捨てると、ジーンズに手を架けてジッパーを下ろし
た。じっと見つめるボスの喉仏が、音を立てて、上下する。
ジーンズを下ろすと、下着を脱いで、ジョーは綺麗に日焼けしたオリーブ色の素肌
を、落とした部屋の照明の下に晒した。
『もし必要となったら、自分の持っているものを全て武器にして、生き残るんです。
ベッドの中では誰もが一番無防備ですよ』
島田に教えられたように、ジョーは自分と甚平が生きて此処から出る為なら、何で
もするつもりだった。
「坊主お前服を着ているときよりも、そのままの方がずっと良いぞ」
「ベッドは?」
「こっちだ」
ボスの指差す先のキングサイズのベッドに、腰を下ろして見上げると、ボスがその
巨体で圧し掛かってきた。股間に伸びてくる手を押さえて、ジョーはボスの物を掴
んだ。
「声を出したら、握り潰すぜ」
ジョーのアクアマリンの瞳が、彼は本気だと言うことをボスに教えている。
「お前そんな事をして、此処から生きて出られると思っているのか?」
「遣ってみなけりゃ分からないだろう?それに俺が死ぬ前に、確実にお前は不能
になってるよな」
「わ、分かった。止めてくれ、頼む」
ニヤリと笑って、ジョーはボスの鳩尾にパンチを入れた。ボスは唸って、其の侭動
かなくなった。
手早く服を身につけると、彼は部屋から外を窺った。見張りに立っている一人にに
っこりと微笑むと、手招きをする。
「何だ?」と訝しむ奴の首に手を廻すと、一気に力を加えて首の骨を折った。
「倒すときには躊躇わずに息の根を止めろと教えられたもんでね。悪いな」と少しも
悪びれずに、ジョーはもう聞く事も答える事も出来ない物に言う。そうして彼の懐
からコルトと奪うと、ヒュウと口笛を吹いた。好みはリボルヴァーだが、オートマティ
クも悪くは無い。第一に装填した弾数が多いのが気に入りだ。
『仕留める時は、一発でかたをつけなさい。あんたは警察じゃない。相手に更正さ
せる必要は有りません。最優先事項は自分自身と仲間が生き残る事です』
その為には銃弾は多いほうが良いに決まっている。ジョーは自分が意外なほど冷
静なのに驚いた。恐怖心は元より焦りも何も感じない。自分は決して我慢強いほ
うではないが、もし必要とあれば幾らでもターゲットを仕留める為に、息を殺して潜
んで居られそうだった。彼はその意味で天性のハンターと言えた。

4

「甚平が居ないって?」
ジュンが甚平の居ないのに気が付いたのは、夕食の為に彼を呼びに言った時だ
った。
「ジョーも居ないんだけど、一緒って事は無いわよね」
先刻の様子ではそれはちょっと考えられない。健もその意見には賛成だった。
「ジョーが居ないのは何時もの事だけど、甚平が私に何も言わずに出て行くなん
て、考えられないわ。それに足もないし・・・」
「ジョーの車は?」
「無いわ。だから、ジョーが外出しているのは間違いないんだけど」
「竜、お前二人を見なかったか?」
リビングに現れた竜に健は尋ねた。
「何じゃ、甚平未だ帰ってないのかいな?」
「何か知ってるの?」
ジュンの勢いに目を白黒させながら、竜は答えた。
「ジュンには何も言っとらんかったのかいな?ジョーの事が気に入らないから、毎
晩抜け出すジョーが何処に行ってるか探るって言ってたぞい。きっと悪い事をしと
るに決まっとる、てな」
「じゃあジョーと一緒なのね」
少し安堵したように言うジュンに、「いや、それはどうかな」と健は告げた。
「それってどういう事?」
「ジョーはきっと女と一緒だと思うんだけど」
「甚平は?」
「まさか監視付じゃなぁ。・・さっさと帰ってきてるだろうし。ジョーは気付いてないん
じゃないかな。まあどっちにしてもジョーと一緒なら大丈夫だろう。あいつはああ見
えても、結構子供と女には優しいんだ」
「とってもそうは思えないわ」
ジュンの辛辣な言葉には、苦笑するしかない健だった。不信そうなジュンを「まあまあ
」と宥めて、三人は先に夕食を済ませた。
しかし、深夜になってもジョーも甚平も帰って来なかった。

ジョーとしてはなるべく殺しは避けたかったし、静かにこの家から出して貰えるな
ら、島田直伝の拳銃捌きも披露する気は無かったのだが、相手としても面子が有
るのか、命が惜しくないのか、後から後から湧いて出てくる。お陰で最初に手に入
れた拳銃は全弾撃ち尽くして、その後は自分に向かってくる銃弾を掻い潜りなが
ら、自分の唯一の武器である手足を使うしかなかった。
銃弾が頬を掠めて枯葉色の長い髪を数本飛ばした。右頬に流れた一筋の血を手
の甲で拭いながら、銃を撃った相手に長い脚で蹴りを入れた。肋骨の折れる音が
して、男は気を失った。転がった拳銃を拾おうとした時、銃声がして銃が弾かれ遠
くに滑る。
「真打登場かい?」
ジョーの揶揄に樋口は笑って銃を向けた。
「派手に遣ってくれたな。何人殺った?」
「さあ、あんたの子分が何人いるか、俺は知らないもんでね」
「小さい奴がどうなっても良いのかい?二人とも殺されるかもしれないんだぜ」
「それはどうかな。案外ガキでも噛み付くかもしれないぜ」
『甚平だって、自分で何とかできるさ』
「殺すのは惜しいな。お前はいい値段で売れそうなのに」
「そうかもな。試してみるかい?」
「止めとこう。ベッドの中で首の骨でも折られそうだ」
「用心深いんだな」
「言っただろう、それがこの業界で長生きできる秘訣だ」
銃口はジョーの心臓をしっかりと捕らえている。ジョーは樋口の瞳をじっと見つめな
がら、息を整えた。
「怖くねえのか?」
「別に。生憎と何度も死にかけてるんでね。あんたなら一発で仕留めてくれそうな
んで、安心してるよ」
「又別に、かよ。食えねえ奴だな」
銃声と共に床に転がって、落ちていた銃を手に取ると、ジョーは其の侭引き金を引
いた。信じられない様に樋口が目を見開く。その眉間に空いた穴からは血は余り
出なかった。大きくその身体が揺らいで、彼は音を立てて床に倒れた。
「・・・あんたも長生きは出来なかったみたいだな」
ジョーは銃を手にしたまま、甚平の居る部屋に向かった。

扉を蹴破ると、甚平が転がり出て来た。
「ジョー大丈夫だった?」
その問いに頷き返して、ジョーは出口を顎で示した。
「向こうが出口だ。お前先に行ってろ」
「ジョーは?」
「直ぐ行く」
後ろを気にする甚平を、無理やり出口に向かわせて、ジョーは備え付けのベッドに
手を付いた。右の脇腹の下、腰骨の少し上辺りの肉を樋口の銃弾は抉ってくれ
た。綿のシーツを破って、傷口の上から巻いて、出血を押さえると、其の侭ベッドに
倒れこみたい誘惑を頭を振って撥ね退け、彼も出口に向かった。
『傷は無いものと思え。この痛みは実在しない物』
自分に暗示をかける様に何度か呟いて、ジョーはそう思い込ませた。

「着いたぜ」
南部の別荘の前に車を止めて、ジョーは甚平に告げた。リタのアパートの近くに停
めていた自分の車は其の侭にして、樋口達の車を拝借してきたのだ。
「ジョーは?」
何時までも降りようとしないジョーに、先に降りた甚平が聞いた。
「俺はデートだ。この車も返して、俺の奴を取って来なくちゃならねえしな。・・ジュ
ンが心配してるから、お前は早く帰れ」
ジョーにそう言われた甚平は、自分が大切な姉に何も言って来なかった事を思い
出した。慌てて門を駆け抜けて行く。
「おねえちゃん」と言う甚平の声とジュンや健達の声が聞こえて、ジョーはエンジン
をかけたままにしていた車をスタートさせた。

5

南部の別荘から帰宅した島田は、部屋の前で腕時計に目を遣った。午前3時。甚
平とジョーが、真夜中になっても戻らない事に心配したジュンが博士に連絡したの
で、博士が別荘に行くのに同行したのだ。無事戻ってきた甚平に事情を聞き、ジョ
ーのことを気にかけた健に「デートだとジョーが言っているなら、大丈夫でしょう」と
言いながら、彼にはこの扉の向こうにジョーが居る事が分かっていた。
音を立てないように、それは勿論島田にとっては造作も無い事では有ったが、そ
れでも更に細心の注意を払って、彼は扉を開けた。部屋のメインの照明は点けず
に、ベッドの枕元のスタンドだけを点ける。薄暗いスタンドの灯りに照らされて、ジョ
ーの蒼ざめた顔が浮かび上がった。身体の左側を下にして、横を向いている彼の
顔に掛かった長い髪を払ってやる。
「・・お帰り」
眠そうな声がして、ジョーが目を開けた。だるそうに身体の向きを変えると、眉を密
かに顰めた。
「また無茶をしましたね。病院には行く気は無いんですか?」
「・・・沙羅に診て貰ったよ」
と、小さく答えてもう一度目を閉じる。
沙羅というのはジョーの女友達で、外科医をしている。大層な美人だが残念な事
にゲイだとジョーが言っていた。
「叱られたでしょう」
「病院に泊まって行けって、言われたけど。沙羅の部屋なら良いぜって、言い返し
たら叩きだされた」
「成る程。具合はどうです?」
「大したことは無いけど、縫合して、痛み止めをくれたよ」
話すのが少し辛そうだ。
「痛み止めを飲みますか?」
島田の問いに首を振る。
「さっき此処に来て、飲んだから」
「辛いんだったら、今からでも病院に連れて行きますよ」
「・・・病院に行ったら、博士にバレルだろう」
『そしたら甚平にも分かってしまう。あいつはきっと気にするだろう』
「でもあんた、何故此処に来たんですか?」
「仕方ねえだろう、これじゃあ暫くトレーニングも出来ないし。お前なら博士と健に
上手く言い訳してくれるだろう?」
「あんた俺を共犯にするつもりですか?」
「文句が多いな・・」と言いながら、気だるげに身を起こして、ジョーは島田の唇と自
分の物を合わせた。そのまま舌を島田の舌に絡ませる。じっと目を閉じて自分にキ
スをしているジョーの顔は、とても端整だ。
「これは口止め料ですか?」
やっと自由になった口で、島田が尋ねる。
「俺は女の方が好きなんですが」
「安心しろ。俺もだ」
薄く笑って、ジョーは又その身をベッドに横たえた。脇腹には白い包帯が巻かれて
いる。島田は瞳を閉じたジョーの身体に毛布を掛けてやった。
「どれくらい此処に居るんですか?」
「どれくらい居て欲しい?」
反対に尋ねられて、「さあね」と彼は答えた。
「あんたが又自由な風になって、飛んでくまでですかね」
島田の言葉に彼の傲慢な想い人は、返事をしないで眠っていた。

The End



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