光ヲ紡グ−Birthday Extra

by ルーイ

あれから、彼らはどうなったのだろう。

呆気ないほどあっさりと、日常は戻ってきた。
ミサイル誤爆はプログラムミスとして処理され、ガイアの暴走は事実上無かったことにな
った。初期化するには、みなガイアに依存しすぎていたのだった。
無論、ガイアの操作ログは洗い浚い隅から隅まで調査された。予見されたことではあった
が、問題が発見されることはなく、単なる初期不良として幕は下りた。
それでも、戦争がチェス盤の駒にしか見えないお偉方は戦慄し、強硬論を引っ込めた。し
ばらくは、ガイアは抑止力たり得るだろう。

本当にガイアが問題を孕んでいたらどうするつもりだったのか、と、健には釈然としない
思いが残った。愚痴っぽく零したら、そういうときこそ俺の出番なんじゃねえの、と、ジ
ョーに笑われた。
「俺みたいな木偶、戦争が終わったらただの役立たずだ、って話したことがある。やつは
それを覚えていたんだろうさ…何があっても、やつがどんな手を使って抵抗してきても、
やつに取り着いてやつを消す…そんなこと、やれるのは俺しかいねえと、長官に俺をご指
名しやがったのさ」
健は妙に生真面目な顔になり、そうだな、と手の甲に顎を載せ、肘をついた。
「俺でもお前を指名するな」
「よせやい。…ま、ほめられたことにしておくぜ」
ジョーは肩を竦め、煙草を咥えた。

あのアクシデントからほどなく、健は南部に呼び出された。
「私の個人サーバにはストアしてあったHSのデータがね、…勿論、ロックしてはあった
のだが。…それが跡形も無く消えてしまったのだよ。なぜだろうね」
健は、オダ、さすが、と笑みがこみ上げてくるのを抑えられなかった。
「そんなこと、俺なんかにはさっぱり」
「心当たりは無いかね。君は以前、HSのデータを抹消したことがあったろう」
「長官はご存知だったじゃないですか、あれは俺がひとりでやったことじゃない」
やはりな、と南部はいっそ穏やかに微笑んで天井を見上げた。
「では、なんの心配もあるまいな」
髭が僅かに震えた。HSは南部の十字架だ。何人もの人生を狂わせた。健、ジョー、そし
てオダ、その周囲の人々。南部自身の人生すら。
「大丈夫だと、言っていましたよ」
「心当たりは無いと言ったばかりじゃないかね?」
「しまった」
健はふわっと笑った。聞き流してください、俺の勘違いです。
南部もまた、染み入るような微笑を浮かべた。
健は一礼して、辞去した。もうここに来ることも無いのだろうな、と思った。

リサを訪ねた。何かと多忙らしく血走っているのを、なだめてすかして、外に連れ出し
た。
明るい日差しの下で、話したかったのだった。

「あの子と話せたの、そう」
木漏れ日の下、目の周りの隈はさておき、それでもいつも通りの軽快さだった。
「俺は、きっと憎まれているって、そればかり考えてた」
「あの子、あなたに治ってほしくてガイアを造ったのよ。テスト稼動が始まっても、気に
しているのはあなたの経過だけだったわ」
つい昨日のことのように、リサは言う。
「あなたの治療が中途半端なまま、自分の寿命が尽きそうだと知ったとき、自分から機械
になると言い出した。それほどあなたの治癒を見届けたかったのよ」
健は、何も言えなかった。こんな話、もっと前に聞いていたら、どうしたって平静ではい
られなかった。皆が沈黙を守っていた理由が、飲み込めたのだった。
「あなただけは、って空恐ろしいほどの執念だった。近寄るのも憚られたわ」
ベンチに並んで座った。
「おかげで俺は元気になれて、こうやってリサとデートしてる…俺はあいつに何にもして
やれなかったし、これからもしてやれないのに…」
「できること、あるわよ」
リサは正面を見つめて言った。
「あなたが誰よりも先に幸せになればいい。そしたら周りもあなたの幸せに引きずられて
いくわ」 健は重く肯いた。
「笑う門には福来たる、ってね。まぁ、そうそうへらへらしてられないのが人生かもしれ
ないけど、あなたは誰よりも強いもの、だからできる」
「うん…」
「あの子はあなたの中にこそ生きているんだから」
「…」
リサは、あら、と健を見上げた。
「あの子、言わなかった?ものの例えじゃないのよ…あの子、あなたの」
リサは健の胸を指さした。
「ここにいる。ここで、生きて、呼吸しているの」
やっぱり。と健はTシャツの胸を掴んで吐息した。そんな気がしていたのだ。

「健、長生きしてね」
リサは泣かずに微笑んだ。
「うん」
このまま泣かないでいれくれと、頷いた。
「何があっても、長生きしてね」
「うん。リサがヨイヨイになったらおぶってやる」
「失礼な。ヨイヨイになんてならないわ。そうね、みんなで温泉に行きましょう」
結局、リサは涙を見せることはせず、歯を見せて晴れやかに笑った。

アーサー・ライズはあの事件の折、ISOから統合参謀本部への移動途中に事故に遭っ
た。信号機故障でトレーラーに突っ込まれ、乗車が大破するという大惨事だったが、超高
級車の超高級車たるゆえんで、乗員は全員ほとんど無傷だった。
ISO病院に担ぎ込まれ、南部の号令のもと、精密な検診が行われた。
進行性の悪性腫瘍が発見されたのは、まさしく僥倖だった。とりあえずのギリギリセー
フ、と南部が溜め息をつくくらいのタイミングだった。
ライズは引責し、退役した。闘病生活には丁度いい、と健は思ったが、祖父が企業入りを
手ぐすね引いて待っていたらしい。煌びやかな軍服を、ビジネス・スーツに替え、サラリ
ーマンの日々を送っている。

健は早起きが癖になった。
ぽんと跳ね起き、湯を沸かしながらシャワーを浴び、コーヒーの香りを嗅ぎながら、ゆる
ゆると目を覚ます。
ジョーが居ても、ジョーよりも早くベッドを抜け出す。起こさないように気を遣いなが
ら、窓を開け、洗濯機を回し、水を蒔く。

ジュンとマリアが作った花壇が、ブルーサルビアを咲かせた。
−うちマンションだから土いじりできなくて、ねえ、ここにお花植えてもいいでしょう?
俺は世話できないぞ、と唇を尖らせると、水遣りだけお願い、他はあたしたちがやるか
ら、と相似形の娘と二人で胸を張った。

ジュンは、今、アレックスと一緒に暮らしている。
アレックスとは、リサの一の部下で、ISO情報システム部セキュリティ室の副室長。軍
の特殊部隊出身という変わり種で、健やジョーとは特殊任務で何度も一緒になったことが
ある、いわば戦友だ。
ジュンが妊娠してから、ピンチのときは助けてね、の言葉とは裏腹に、ジョーにSOSが
発せられることは皆無だった。実際には切迫流産しそうになったとか、過労で倒れたと
か、いろいろとあったらしい。甚平や南部が恐慌を来す事態にも陥った。しかし、ジュン
はジョーや健には報せるなと言い張って譲らなかった。
女だから、女のくせに。
そう言われたくない一心で突っ張り通した10代を、ジュンは引きずっている。
何があっても二人にだけは弱音を吐きたくない。ジュンもまた、10代の頃と、そんなと
ころだけは変わっていなかったのだ。

アレックスと親しくなるきっかけは、マリアの急病だった。ISOの託児所に連れて入っ
た途端、お腹が痛いとぐずつき始め、やがて火がついたように泣き始めた。余りの泣き声
に、徹夜明けで帰宅しかけていたアレックスが、ひょっこり現場を覗き込んだ。
幼児の大泣き、それはよくある話しだ。その子供の頭を撫でながら、ジュンが、今にも泣
きそうな貌をして途方に暮れていたのだった。

誓って、ジュンもマリアも大切にする。
アレックスは、ジョーにこの上無い真剣な表情で言い切った。
アレックスは洒落っけもあるし、良いポストにもついている、いわばISOでは狙い目の
独身男性である。ジョーは、そんな男がどうしてよりによってシングル・マザーの家事力
限りなくゼロのジュンを選んだのか、少々不思議だった。
昔のお前たちはさ。
とアレックスは言った。やることなすこと、なんか刹那的で、いつ死んでもいいと言わん
ばかりで、俺はそういうところが好きになれなかったんだ。ジュンというかG3も、いか
した娘とは思っていたが、まぁ、それだけだったな。
でもな、とその大男は照れ笑いした。マリアを抱きしめて、泣きそうな貌してるジュン
は、最高に綺麗だった。明日を思って、一年先、十年先を思って頑張って頑張って、でも
不安で、…うまく言えないんだが、一生懸命ママをやってる顔がドツボでね。俺が力にな
れるなら、なんだってしてやりたいと思ったのさ。俺んちは貧乏人の子沢山だったから、
俺は子守も得意だし。

切ないような、寂しいような、そんな心持ちになったのを、ジョーは否定しない。
が、自分の子供を産んだ女が、別の男を好きになる、そういう嫉妬とは違うものだった。
男友達が結婚したときに思う、もう誘っちゃ拙いんだな、という感覚に近いものだった。
大きなアレックスと並ぶと、ジュンは本当に小さくて、腹が立つくらい可愛かった。マリ
アはアレックスを“アレックス”と呼び、ジョーを“パパ”と呼ぶ。
いいじゃないか、その通りなんだから、とその男はジョーにウィンクした。
心が軽くなるような安堵感と確かな諦め。良かったな、ジュン。

甚平は、ISOに就職して、リサの部隊に配属になった。
甚平は甚平なりに、オダの穴を埋めたいと努力している。が、そうそう思い通りには行っ
ていないらしい。
所属長のリサは、いいんじゃないの、と余裕の笑みを見せる。オダが20年でやったとこ
を、甚平は50年かけてやればいいのよ。
100年かかるんじゃないのか、という健とジョーのツッコミに、アレックスが呵々と笑
って言った。人一倍体力あるからそのアドバンテージで50年なんだ。
甚平は、うへぇ、と頭を掻く。セキュリティ室のメンバーに笑いが広がる。職場でもコメ
ディリリーフで大活躍らしかった。
ついでに言うと、気になる女の子もいるようだ。どこの誰とは、口を噤んで話そうとしな
い。マリアだけの甚平でいてくれるのも、もうちょっとかもしれないわねぇ、とジュンは
微笑し、マリアはきょとんと甚平に懐いている。

竜は、結婚した。
アリスという、青い瞳と暗褐色の髪が、ちょっと健を思わせる女性だ。で、アーサー・ラ
イズと、義理の従兄弟になった。
アリスは戦争で両親を亡くし、ライズの祖父母の元に身を寄せていた。アリス自身は母親
の婚家の姓を名乗っていたので、竜は“ライズ”ゆかりの娘とは知らないで付き合ってい
たのだった。
竜がアリスを両親に紹介してから、アリスは竜にアーサー・ライズを紹介した。
祖父母よりも百倍怖い従兄がいて、これをコマせば後は楽勝、という触れ込みだった。竜
は産まれて以来最高の緊張度合いで、その“従兄”との会見に臨んだ。
会見は1分で済んだ。
なんだ竜じゃないか、アリス、お前にしては上出来だ。嫌われないように頑張れ。
アリスは狂喜乱舞した。反して竜は顎が外れた。

アーサーはお祖父さまの決めた跡取りだから、お金も持ってるし、そういう生活をしてる
けど、私は、お小遣いなんかほとんどもらってなかったのよ。だからバイトばっかりして
たし…。

亜空間を見る竜を、アリスが必死で掻き口説いている姿を、健もジョーも忘れられない。
結局、半ばアリスの押しかけ女房で決着が付いたのだ。
竜は、毎日、アリスお手製の弁当を抱えて出勤している。

悪天候に飛ぶのは辛いから、天気予報は気になるところだ。
ジョーは雨天のレースが得意だから、レース当日は雨が良いと言う。

季節が変わったら、花壇には何色の花が咲くのだろう。花の名前のプレートは挿してある
が、それだけでは健には花の顔など分からない。

季節は巡る。
花壇は毎年花を咲かせるだろう。
何年かすれば、健とてすこしぐらい花の名前を覚えるだろう。

駆け抜けるのではなく、歩き続ける。
ゆっくりと、歩き続ける。

伝説になど、ならない。


END−光ヲ紡グ



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