The first Valentine

by ルーイ

健が退院して、最初の冬。遅い新年会だった。男4人は明け方まで呑んだ。
健から離れがたいらしく、試験前というのに甚平は一人で喋りまくっていた。ジョーや竜
に、小言を言う隙を与えないためだ。
卒業後はリサのところに行くんだ、と照れながらも誇らしげに胸を張る。リサからも、リ
ソース不足の穴を埋めて貰う、と言われたらしい。ただ、甚平にとって自慢になる話ばか
りではない。南部の援助ナシでやろうと、学費稼ぎに血道を上げていたら、先ずジュン
に、それから南部にバレてしまった。
オダがどんなエンジニアだったのか、知らない君ではあるまい、とふんぞり返られ、甚平
には身の置き場も無かった。南部は数冊の論文集をメモし、甚平に手渡して言った。これ
らが完璧に理解できたら、好きなようにしてよろしい。
オダの著した論文だった。量子化暗号論云々…セキュリティー・ポリシーなんたら。それ
らはこの上無く強力な睡眠薬となった。甚平は南部から学費を借りることにしたそうだ。
「リサのとこに行くってこと自体、考え直せよ」
健が言う。すっげー人使い荒いぜ、彼女。
「あのメンバーが寝る暇も無くやっとるっちゅうのに、お前なんか太刀打ちできるわけな
かろうが」
「ひっで〜。竜ってば、自分は風向きいいからって強気になりやがってさあ」
「何かいいことあったのか?」
健がジョーを見る。ジョーは肩を竦めて首を傾げる。竜は、甚平を睨み付ける。
「きっれ〜な女の子と一緒に歩いてたのさぁ。い〜い雰囲気だったぜぇ」
ジョーが唇を“お”の形にして、健が瞳を見開いて、固まった。

**

竜は、自分をブ男だと思っている。卑下しているわけではないが、健やジョーといった、
男の中では最上位の容姿に恵まれた者と長く一緒にやってきたせいか、その思いは根強い
ものがあった。
女の子はああいう男が好きなのだ。無理も無い。自分が女でもそうだ。

性格は、悪いほうではない。部下の女性たちには人気があると思う。たまに一緒に呑むて
いどの女友達はいる。親しくなりかけた女性もいた。しかし、友達に紹介してと強請られ
て、ジョーには会わせることができなかった。ジョーについて行かない女なんか居ないと
思うからだ。

少女というには薹が立っている、女と表現するにはまだ幼い。彼女に出会ったのは墓地だ
った。
竜は時々、そこに墓参に訪れる。「人は2回死ぬ。1度目は息絶えたとき、2度目は皆に
忘れられたとき」と聞くか読むかしたことがあった。忘れられないでいた。その墓の主か
ら、家族はとうに喪い、親戚も無いのだと聞いていた。訪なう者も無く朽ちていく墓標は
悲しすぎる。
季節の花を手向け、枯葉に埋まった碑を清める。彼と一緒に働いた、短い時間を思う。そ
れは、お役所勤めも悪うない、と思わせてくれた最初の仕事だった。
科学忍者隊が解散して、竜はISOの職員になった。入り込んで驚いた、真摯に働いてい
る人間は一握りだった。ほとんどの者が、どうやって楽をするか、それしか考えていな
い。その空気に馴染めず、かといって、やっといいところに就職したと喜ぶ両親を嘆かせ
ることもできず、竜は悶々と日々を過ごした。ジョーと仕事を共にすることは、皆無だっ
た。空軍仕事でライズに会うと嬉しかった。南部は遠い。健はいない。寂しかった。

その日も、黙って墓前に座り込み、独りごちた。
「もうちょみっと、あんたと仕事をしたかったぞい」
もそりと立ち上がった。昼下がりの、森の香りが満ちる道をぽつぽつ辿った。
目の前に、小さな影が浮かんで、次第に大きくなってきた。誰か来る。竜は彼女と擦れ違
った。べっぴんさんだな、と思った。その時は、それだけだった。

あの日は雨だった。煙る雨脚の中を、彼女と擦れ違った。あのときの、と思った。
傘も差していなかった。竜は、一度は立ち止まり、手の傘と、小さくなっていく後ろ姿を
見比べてへどもどした。汗だけ掻いて、声など掛けられる訳もなく、また歩みを進めた。
墓標を見て、ぎょっとした。来た途を、泡を食ってとって返した。草に埋もれる白い墓標
には、花柄の傘が差しかけてあった。

「ちょっと」
体のわりには、竜は足が早い。科学忍者隊G5号だったのだ。
「あの」
彼女は、露骨に警戒しながら、竜を振り返った。人気の無い、こんなところで、と竜はと
たんに真っ赤になった。これではストーカーだ。
「あんた、オダくんの」
彼女の緊張が一気に解けた。ええ、そうよ、と応える唇添いに雨が流れた。竜は不器用に
傘を差し出した。
「彼の知り合いの人なら、濡れとるんをほっとくわけにはいかん」
彼女が傘をそこに置いてきた理由は分かる気がした。だから、あの女物の傘はそのまま放
って来たのだった。
「ましてや、あんたみたいにほそっこいおなごを。寒そうでいかん」
ほれ、と鼻面に傘を突き出す。彼女は小首を傾げてそれを受け取った。
「そいじゃな」
竜にしては、上出来だった。しかしその先など考えも及ばない。竜は、高速ダッシュで逃
げ去った。

次に会ったのは、ISOのエントランス・ホールだった。
「やっぱりそう!」
彼女は竜に、乾いた傘を押しつけた。
「あなた“りゅう”っていう人でしょう?ユリウスから、聞いてたわ」
やっぱガールフレンドだったか、と竜は職員の視線を気にしながら頭を掻いた。
「すっごく褒めてたから、思い出せたの。このあいだはどうも有り難う」
これから上がりか、と言う。肯、と答えたら、じゃお茶でも、と誘われた。
彼女はアリスと名乗った。暗褐色の髪と真っ青な瞳。
「雨が降ると気になって、つい」
と小さく口籠もった。ガールフレンドだったのか、と問うたら、違うと首を横に振った。
「ユリウスは好きな人が他にいるって言ってた。私、相手にしてもらえなかったの」
「こんなにかわいいのにの。冷たいやっちゃ」
彼は難しい戦争後遺症を抱えていた。きっとそのせいだ、と竜は思った。
お茶をしただけだった。地下鉄の駅で別れ際、彼女から竜の携帯の番号を聞いてきた。彼
女は嬉々としてそれをプッシュした。竜の携帯がブルブルと震えた。
「また、会えるわよね?電話しても、いいわよね?」

休みが近づいて来ると、アリスから連絡がくる。世間で言うところの、デートの約束をし
て切る。竜の生活は、変わった。

**

「お前にガールフレンドぉ??」
健が首ッ玉に齧り付いて来た。竜にソノ気は無いが、相手が健だとどきどきする。
「でかした、でかした」
ジョーが肩をばちこんばちこん。そんなに喜んでくれなくても、と思う。失礼なやっ
ちゃ、とも思う。でも、やっぱこの味が一番いい、と噛み締める。しかし。
「紹介しろよ」
二人同時。甚平は意味ありげににやついている。竜の気持ちが、甚平だけには読めてい
る。畜生、よりによっていっとうムカつくヤツに…一体ドコで。大手を振ってデートして
る、アリスはかわいい美人だ。目立つだろう。見つかっても仕方ないか、とも思った。
(実は竜の巨体のほうがよほど目立っているのだが)
「なぁ、俺たちに紹介しない、ってテは無えよな」

アリスが何のつもりで、自分みたいな冴えない男に逢いたがるのか、竜には分からない。
現代ッコのすることだ。いずれは飽きて、携帯のあの曲はならなくなるだろう。でも。

まだ、健やジョーには会わせたくない、竜は笑ってはぐらかした。
あと半月ちょっとで、バレンタイン・デーだ。その加減を見て、考えよう、と。


END−The first Valentine



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