CRESCENT MOON < behind Breathe 3 >

by ルーイ

春の終わりとも、夏の初めとも言える候だった。軍との、戦後処理を巡る、毎度お馴染み
の会議が終わった後。南部は、その声に呼び止められるのを待っていた。

軽い靴音が、迷い無く南部の背に追いついて来た。来たな、と振り返った。
「長官。私がこちらにお伺いするのも、遂に今日が最後ですわ」
リサが、長身の南部を見上げた。イメージとは裏腹に、彼女はどちらかといえば小柄な女
性なのだった。その退役の報せは、機密扱いで、疾うに彼女自身からもたらされていた。
「お世話になりました。ありがとうございました」
「こちらこそ、君には随分骨を折らせてしまった」
リサは彼女独特の、悪戯そうな、どこかしら人を食ったような微笑みを浮かべた。
「軍の極右派も失脚しましたし、これで私のシゴトは…」
残すところあとひとつ−。彼女は、南部を凝と見詰めた。
「統合情報部中佐リサ・シーンとして最後の、ISO長官へのお願いです」
見当は付いていた。
「歩きながら、聞こう」
余人の耳に入れられるのは、はなはだ拙い話しのはずだった。
「軍の極右派が失脚したといっても、ISOの機密を狙っている組織はいくらでもありま
す。軍の統合情報部が、ISOで為したシゴトの全て。全貌を把握しているのは私ひとり
だと、長官ご自身からも情報を流して頂きたいのです」
「全て、に関してかね。まことしやかな情報をリークするのは容易い。君はそれでどうす
る」
ここ1年ほど、そのような情報が流されているのは、南部も知っていた。
やはり、リソースはリサだったか、と南部は片手を腰に当てた。
「軍を離れて一個人となって、どうなるというのだね」
「なんとでもなりますわ」
ころころと、少女のようにリサは笑った。
「追われるのも、危険な目に会うのも、この任につくときにすでに覚悟済みです。ですが、
そんなことになるのは、私ひとりで十分」
「退役は、もう揺るがないのかね。軍を離れてしまえば、君の傘になるものもなくなるの
だぞ」
「戦争が終わった後の軍なんて、ただの税金の無駄遣い、無用の長物ですわ。抑止力とし
ては、ISOに長官が居らっしゃって、軍にアーサーが居れば済む話し。第一、あんなとこ
ろ、私にはもとから似合いませんわ」
まったく、と南部は思った。学生の頃から変わらない、乱暴なほどの割り切りの良さ。歳
を経るにつれて、少しは丸くなっていくかと思っていたが、一層に磨きが掛かってしまった。
きっと、本当に何とでもしてしまうだろう。そしてまた、この女性はますます強くなって行く。

「承知した。統合情報部関係者が行ったISOでの仕事は全て、君の管理下で、君の判断
で行われていたと。君だけが詳細を把握していると。これで良いんだね」
「ありがとうございます」
リサは南部に、美しい歯列を見せて鮮やかに微笑んだ。
「では」
敬礼をして、南部に背を向けようとするのを、寸手のところで制した。
「待ちたまえ」
亜麻色の前髪が、さらりと額に流れて落ちた。
「軍で働く気はもうないようだが、ならば、私を手伝ってはくれないかね」
際限無く強くなるのもいいだろう。しかし、人ひとりができることなど、どんなに強くて
もたかが知れている。ひとりで戦うのではなく、一緒に切り拓く、人とはもっと社会的な
生物のはずだ。
「ISOは、情報戦争に於いては非常に苦戦を強いられている。君に来て貰えると…」
望外だ、と南部は意識的に力を入れて言い切った。

リサは、薄茶色の瞳を丸くしたが、すぐに、ローズ色の唇をきれいなハート型に開いて笑
った。
「長官にそんなことを仰って頂けるなんて、私こそ望外の喜びです」
「来るね。ISOに」
「少し、時間を下さい」
「来なさい。事態は急を要する。君みたいな人材が、徒に時間を空費しているのは社会の
ためにならん」

リサ。コドモにコンピュータのレクチャーをしてくれないか。
もう昔の話し。
ちょっと扱いづらいが、私の秘蔵っ子なのだ。君なら、舐められんで済むだろう。いつな
ら、来られるかね。

諾、という返事しか待っていない南部。そんな南部に、リサはかつて一度だけ出会したこ
とがあった。あの話しを断っていたら、リサはこの場には居なかった。
南部が、照れも衒いもなく言い放った" 秘蔵っ子 "たち。
どこから見ても優等生の、実は煮ても焼いても喰えないひとりと、いかにも反抗的な、ど
うやってここまで大人を喰ってくれたかというひとりだった。当時、リサもまだ20代。
からかわれる度に本気で怒って、まともにぶつかったものだった。気が付けば、もう十年
来の付き合いになる。
そのひとりは、重い病を託ち、戦いの中に姿を消したまま。今ひとりは、半身をその友の
もとに、残る半身をいまだ戦渦に投げ出したまま。

そして、リサは。リサ自身の戦争は…。

南部はゆったりと返事を待った。やがてリサは、南部の眼を見上げて微笑んだ。

「子連れでもよろしいですか?最高のメンバーが揃っていないと、遣る気が出ませんの」
よし。南部は笑んで、頷いた。
「では、そのほかの条件など、詳細をお聞かせ下さい」
「ISOも、何かと出費が多くてね」
「私を値切るおつもりですか?」
「うむ。鋭いね」

軍統合情報部リサ・シーン中佐。
この後、ISO情報システム部セキュリティ室の長に就任。

初出勤の日、長かった亜麻色の髪は、男よりも短いショートカットになっていた。


END < CRESCENT MOON

Art by Tsukuyomi
Art by Tsukuyomi



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