THE MAN < behind Breathe 5 >

by ルーイ

ジュンは単車を従業員用パーキングに駐車して、裏口からビルに入る。
寒い日で、冬の風が頬と鼻の頭を真っ赤にしていた。庁舎の玄関ホールは、なぜだか妙に
混雑していた。人混みの中に同僚の女性を見つけ、背中を叩いた。

「おはよ。ねえ、何かあったの?」
「ナニって、ほら」
彼女は、見れば分かるでしょ、と言いたげに顎をしゃくった。
また何か会議でもあるのか。軍服だの、高級スーツだのがたむろしている中に、ジュンは
彼を見つけた。軍統合参謀本部大佐アーサー・ライズ。テレビや新聞・雑誌ごしでない彼
を見たのは、戦後初めてだった。
「バツイチ独身よお。あたしなら、絶対離婚したりしないわあ」
「あんたね、離婚するには結婚しなきゃいけないって知ってる?」
始業時間が近い。女性達が笑いさざめきながら、人垣を崩して行った。
余談だが、パイロットは目がいい。さらに、ライダージャケット姿は目立つ。
目が合った、のは気のせいではなかった。長身痩躯が、迷わぬ足取りでジュンに向かって
近づいて来た。
「ちょっとちょっと。こっちに来る来る来る〜。なんでなんでえええ?!」
ジュンも含め、女3人で後ずさり。
「久しぶりだな」
「あ、わ、あ、あ、ごぶひゃらひれまひゅ」
二人の同僚の視線が余りに痛くて訛ってしまった。
「ジョーから総合職で勤務だと聞いている」
ライズはポケットから名刺入れを取り出した。

−ジュン、あんた名刺は?!
−えとえと、席の引き出しん中。
−バカね。持って歩いてないと意味無いじゃないのっ。ほら。…これ!
隣の席の女の子。ボールペンと名刺をジュンに突き出した。
−あげる。名前と、あんたんとこの直通電話とメルアド、書きなさいよ。はい。
見上げると、何だか楽しそうに微笑を浮かべている。
そそっかしいのも、気が回らないのも変わらない、って思ってるんだわ。あ〜あ。
「ジョーにはときどき会うの?」
「うむ」
最後に会ったのはいつだろう、記憶が遠い。5人で戦っていたのが夢のように思える、穏
やかで単調な日々が続いていた。
ライズの名刺には、携帯電話の番号の走り書きが添えてあった。
「生き別れの妹を自称するくらいなら、連絡くらいちゃんと寄越せ」
おこられちゃった…。顔がまともに見られずに、俯いた。そりゃ、不義理よね。あれだけ
迷惑かけておいて…。
「彼にもよろしく伝えてくれ。俺が、退院したら連絡をしろと言っていたと」

彼って、誰?と反芻しながら、きゅんと切なくなった。
−G1の乗機の整備をできるようになりたいの。完璧にできるようになりたいの。
こんなになるとは、あの頃は想像だにしなかった。決戦後ぷっつり、会ってもいない、声
を聞いてもいないなんて、きっとこの人は思いもよらないのに違い無い。

「分かったわ。ちゃんと、必ず伝えるわ」
いつかは逢える。涙を畳み込んで、かわりにことさらにしっかりと頷いて見せた。
ライズは、ふっと目を細めると、ジュンの前から踵を返した。
ISO基地時代とは、軍服が違っていた。チャコール・グレーでハイカラーのそれは、彼
を必要以上に無機的に見せていた。

「何よお、どういうことお?知り合いですってええ?」
「あたしさ、前、ISO基地にいたでしょ?…だから…」
「な〜るほどね…でも、えらく親しそうじゃないの?ま、詳しい経緯は昼にでも」

もう2月だ。
今年もあの日には有給休暇を取る。
チョコレートを買って、滑走路脇の小さな家に行く。
ひとりごとを言って、ひとりでチョコレートを食べて、病室の下まで行ってひとりで窓を
見上げ、ひとりの部屋に帰ってくる。

−俺が手を出すところなんて全然無いぜ。いつの間に。
あたしの整備を褒めてくれた。
今でもあたしが何とかやれてるのはね、ああいう思い出があるからなのよ。

ねえ。あたしのこと、覚えてる?
ひとは憎悪が支えになることもあるんだって。それなら、あたしを憎んでよね。
あなたを封じ込めて忘れていく、時の流れを、人の移ろいやすい心を、全部あたしにブチ
込んで、命のありったけであたしを憎んでちょうだいね。
世界で一番大好きなあなた。世界で一番逢いたいあなた。

健…。


Continue to 「Valentine Simulation」…

*June Bride, Farewell, Breathe Episode-5, FULL MOONあたりに関連話しが…。
知らないうちに、結構ネタにしていたようです(^0^;)



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