DIABLO

by ルーイ

暗い朝だった。
いかにもといった風情の酒場の二階から、アッシュブロンドがふわふわと降りてきた。階
段の踊り場で、立ち止まり、空を仰ぐ。吐く息が白い。ジャケットの襟を立て、ポケットに
両手を突っ込んだ。

人気の無い通りを、あてどの無い足取りで横切っていく。手入れのまったくされない石畳
に、躓いて蹈鞴を踏んだ。舌打ちして、あたりに視線を走らせた。
ふと、塵溜めそのものの横道のひとつに目がとまった。
不潔で湿ったその狭い脇道から、鮮やかな黄色のノーズが顔を覗かせていた。
おいおい、と呟きながら、思わず招き寄せられ、ボンネットを見下ろした。
ファイティング・ブルのエンブレム。
まじ、ほんまもんかよ。おまえ、なんで、こんな小汚いとこにいるんだ。
道の中に入り込んだ。よくよく検分しようと、テールに回り込もうとしたとき、正面と背後に
複数の人間の気配が迫った。
俺をどうこうするのに、車を使うとは…。
一瞬にして殺気が満ちる。もとからが格別の不機嫌でもあった。フクロにしてやる、と踏ん
張ったとき、運転席側のガル・ウィングが開いた。誰か居ただと?
「そこまでだ。一緒に来て貰おう」
黒皮の上下が降り立った。長身痩躯。手強い相手ではないが、ド素人でも無い。俺に素手
とはいい度胸してるじゃねえか。一層、殺気を漲らせて身構えた。
「物騒な男だな。君の車のキーを貸せ。部下に運ばせる」
え?と萎えた。
「こいつの運転は任せる。俺は、こういうのは、余り好きじゃない」
「あんた…」
指さして、止まった。開いた口が塞がらない。
「なんだ、変装かよ」
「オフのときはこんなものだ。君の車で行くか」
「いや。ぜひこいつを転がしてみてえ」

ジョーは、ポケットから車のキーを摘み出すと、ライズに投げて渡した。

**

「なんだ。わざわざ俺にこいつを触らせてくれるため、じゃねえだろう?」
ジョーはアクセルを踏み込みながら言った。
「たちの悪い酔漢を一人、引き取ってもらいたい」
「すいかん?酔っぱらいか」
「今朝方未明に転がりこまれた。堪ったものじゃない」
健のことだ。横目で表情を計ったが、いつも通り、腹の中は全く読めない。
「やつに何かしたのか」
もはや条件反射になっている嫉妬心が湧き上がった。しかし、健の許から去ったのはジョ
ー自身からだった。やっとの思いで平静を保った。
「何も」
「やつに転がり込まれて、何もしないなんて野郎がいるか」
「実際問題として、当方の手には余る。引き取ってもらう」
「いやだね。俺は、あんなやつのことなんかもう知らねえ」
ジョーは、唇を舐めて湿らせた。
「やつは、前からあんたには一目も二目も置いてたのさ。あんたを好きで縋ったんだ。あ
んたはそんなやつを見て、なんとも思わないくらいの朴念仁かよ?」
ライズは、少し、思いを巡らせているようだった。
「君は、俺が彼を抱いても構わないのか」
こうストレートに訊かれると、構わない、とは断じて言えない。が、黙った。
「俺は多忙な身だ。片手間で済むほど、彼は容易な相手じゃない。四六時中、一緒に居て
文字通り支えてやる必要がある。どうだ。君が、俺の部下とその家族、合わせて数百人の
面倒を見るなら、俺が彼を引き受ける」
ジョーは、この申し出に、はっきり言って固まった。
「数百人とひとりかい」
「そうだ」
「そんなに、ややこしいやつかよ、あいつは」
「勝負の命運を握っている。彼の代わりは無い。俺は敗軍の将にはならない」
「そんなに大層に考えるこたぁ無いぜ。いくらやつが長官直下でもよ」
へへ、と茶化したつもりだった。しかし、
「今の彼は糸の切れた凧だ。あと一押しで発狂する」
ライズはぽんと言い放った。
「あれを引き取れるのは、君しかいないだろう」

さらにアクセルを踏み込んだ。
「あんた、俺たちの正体を知ってるな」
「俺が知っているということは、長官も彼も先刻承知だ。あの日、俺の足を止めて凶弾を
外したのは、君ではないのか」
ジョーの羽手裏剣が、ライズを暗殺者の銃弾から救ったのだった。
「参ったね」
大仰に溜息を付いて見せた。無表情を一瞥する。
「あんたが味方で良かったぜ」
「急いだほうがいい。自己嫌悪してまたどこかにふらふら出て行き兼ねない」
「そうだな。あの馬鹿が、目を醒まさないうちに行ったほうがいいだろうな」
でも、とライズに笑いかけた。
「あいつはすっげえ寝坊助なんだ。遠回りする余裕くらい十分にあるさ。噂に違わぬエン
ジンパワー。もうちっと乗り回してえ」
「好きにしろ」

誰もいないハイウェイは、ジョーの独壇場だった。

「俺を捕まえるのに、なんでこいつを?」
「大体の所在しか掴めなかったからだ。米粒じゃだめだ、スポーツカーを使え、とは、リ
サに入れ知恵された。が、まさか本当に釣れるとは思わなかった」
「俺は雀か」

コンドルだ、っつーの。
…情けねえ、と思った。
不機嫌の澱が、溶けて流れたからだった。
糸の切れた凧は、俺のほうさ。やっぱり、だめだ。お前がいないと…。

「あんた、その変装姿のほうが若くていい男だぜ」
「普段着だ。俺が夜眠っているときも軍服を着ていると思っているだろう」
「違うのかよ」
「彼に訊け」

こいつ、いつか、ぶっ殺す。


END < An extra story of Breathe [DIABLO]
注:このお話は、Breathe本編とは、ちょっと関係あるかもです(爆)




Top  Library List