EVIL and ANGEL

by ルーイ


その夜、その時刻に、ジョーが現れることは、最初から分かっていた。

**

夜半過ぎ、健の部屋の扉は簡単に開いた。声を掛けようとして、ふたりの人の話し声に耳を
峙てた。奥のドアは中途半端に閉じられて、細く灯りが漏れていた。
ジョーは、そのドア口に立った。健が、居た。

健は、顔を伏せていた。裸の肩先に汗が光っていた。なにごとかを呟きながら、躰を揺らめ
かせる。その動きに合わせるように、頭を振って前髪を弾いた。その拍子に、ジョーを認め
た。細められた青い瞳は、笑っても、泣いてもいなかった。
健が何度か大きく震えて、仰け反った。溜め息をつき、また何ごとか囁く。今度こそ、健はジ
ョーを振り返り、真っ正面から見詰めて宛然と微笑んだ。
まだ、繋がったままだった。

体を少しずつずらせ、横たえながら、健は腕の中の白い体に丁寧に口付けを繰り返す。極
上のガラス細工を扱うように、優しく優しく抱き締める。健が、セックスの相手にここまでの
繊細さを見せることがある。ジョーにとっては、それだけで十分に感動的な光景ではあった。

「驚いたな」
健が、半身を起こし、黒髪を弄び始めたとき、ジョーはベッドの脇に歩み寄った。
「何が」
「やけにお優しいじゃねえか」
「5つも年下じゃ、いつものようにはいかないさ」
なるほどね、と答える代わりに苦笑した。健は、チカラと寝る。それは、政治力だったり財力
だったり、或いは任務遂行のための切り札だったりする。チカラのある存在は、年の離れた
中年以上の男であるのが普通だ。

健に寄り添うように、ぐったりと寝入ってしまっているその相手は、軍統合情報部のエース
で、南部孝三郎をして、百年に一人の逸材と讃えさせたテクニカル・エンジニアであり数学
者だった。ユリウス・オダ少尉。少し東洋系の入った、確かに誰もが気に留める、容姿の持
ち主だった。
ジョーがベッドに腰掛けると、健が、軽く睨み付けて来た。
起こすな、と?ふん。まるで母鳥みたいだな。

「いつからだ?」
「今夜から…」
健は何かを思い出すように、ふふんと笑った。
「ISOに軍の一部隊が駐屯するって話しが出てる。軍の人間がどっと押し寄せてくる前に、
こいつが…」
微笑みながら、黒い前髪を掻き揚げて、撫で付ける。
「ISOに一人きりで心細いうちに、ってちょっと焦っちまった。お前が常日頃俺にどんなに気
を遣ってくれてるか、分かったような気がするぜ」
「ああ、俺はいつも粉骨砕身努力してるさ。で、晴れてこいつもお前のモノかい?」
健は、う〜ん、と唸りながら、悪戯そうにジョーを見た。
「それが、いつもとシチュエーションが違うせいか、確信が持てない」
そう。俺だってお前を失うのが、抱くほどに恐くなる。ジョーはそんな健を見詰めた。壊すほ
うが、引き裂く方が不安になるのだ。滑稽な話だが。
「お前なら、分かるのかな」
「女が相手なら外さねえが」
「男で抱くのは俺だけだって?…そこまで気を遣うなよ。お前が俺の見ていないところで何を
やってるかなんて、俺には興味無い。それより、見ろよ」
さらさらのまっすぐな黒髪は、撫で上げてもすぐに落ちてきて彫りの深い鼻梁に陰を落とす。
健は、幼児がご自慢の宝物をそうっと掲げるような笑みを浮かべた。
「そんじょそこらの女より、ずっとずっと上玉だろう?」
「馬鹿を言うな。お前に姦られたばかりで、また他の男となんて。せっかくのお宝が廃品にな
っちまったらどうする」
「他の男?他ならぬお前だろう?第一、今なら混乱してるから返って大丈夫さ。俺にするよう
に、いいや、もっともっと優しく…」
な、と健はジョーに口付けて、また、笑った。

年下の恋人が、他の男に蹂躙されているところが見たいのか、それとも、ジョーが、若い綺
麗な男を掻き抱いているところが見たいのか。きっとその両方。
それなら、とジョーはTシャツを脱ぎ捨て、寝入ったままの体を抱き起こして仰向けにした。
健はうすく笑ってベッドを降り、そのまま部屋の椅子に座を占めた。
特等席だった。

「健…」
ジョーの腕の中で、瞳が驚愕に大きく見開かれた。身を捩らせながら、今の今までそこに居
たはずの人を探して、激しく藻掻いた。
健の声が、この上無く優しく、無情に降ってきた。
「ユーリ、心配しないでいい」
月あかりだけの部屋で、健は天使よりも悪魔に近い。こんな健にとっては、人ひとりの感情
など、チェス盤の駒ほどの重みもない。

「ああ。心配はいらない」
白く呆ける顔を、静かに自分のほうに向けて深く口づけた。ピローに埋め、首筋へと、胸へ
と舌を這わせる。汗の引ききっていない体は、しっとりとジョーを絡めとっていった。
胸に歯を立て、舌で嬲ると、堪えきれない吐息が苦しげに漏れた。
「声、聞かせろよ。…恥ずかしいか?」
恥ずかしいに決まっている。男が男に抱かれて、歓喜の声を上げるなど。
「じゃあ…」
ジョーは、また唇を啄んだ。片手で胸を弄びながら、片手は体を降りていき、そっと入り口を
手探りした。健の余韻が残っているそこに、触れられれば体は瞬時に爆ぜ、跳ね返る。ジョ
ーはのし掛かって体重で動作の自由を奪い、膝先をねじ込んで脚を割った。
「ここか?」
ジョーの指の動きに、四肢の震えが伝わってくる。
「ここ?」
萎えていたそれが、ジョーの腹の下で堅さを取り戻して、首を擡げ始めていた。
「ここだな」
小さく悲鳴し、いやいやをするように頭を振る。体のほうが早いトコ素直になるものさ。欲し
いものは欲しい。悦いものは悦い…。
「力を抜きな。俺のほうが、やつよかよっぽど上手なんだぜ…」
苦労の度合いが違うからな。健を横目で見ると、両の指を絡め、うっとりと目を細めている。
畜生、何もしないでさっさとキモチヨクなりやがって。しかし。
「…嫌だ…止め…」
途切れ途切れの掠れ声が、抗うよりも強い力でジョーを押し戻した。
「…止めて…」
顔を覆い隠して緊張しきってしまっている、その華奢な体に、場違いな憐憫の情を覚え、ジョ
ーは動きを止めた。今のお前じゃ、俺のお相手はまだ無理だ。
健を振り返り、肩を竦める。ゆっくりやれよ、まだ、ねんねだ。壊れちまう。

健は、ついと立ち上がるとつかつかとベッドに歩み寄り、細い肩を掴んで少し乱暴に引き寄
せ、口付けした。黒い瞳が、さも不安そうに健を見上げた。
こんな表情をされたら、俺なら罪悪感のひとつも湧くもんだがね。
ジョーの内心など知らず、健はまだ緊張の解けない体を後ろ抱きにしながら、耳朶に吐息し
た。
「まったく…、恐がりだな。…しようのない子だ」
そして、そのまま、屹立して反り返っている己のそれに、突き立てた。
息の呑む気配、続いて押し殺そうとしても否応無く漏れる呻き。同時に健も、きつく目蓋を閉
じ、唇を噛み締めた。まだ不慣れだ。ただきつく締め上げてくるのだろう。ひどく難渋しなが
ら、健は腰を使っていた。
「俺よか、お前のほうが悦かったみたいだな」
皮肉のつもりだったが、健はあっさりと肯定した。
「ああ。俺としたことが、あのまんま達っちまいそうだった…。ユーリ、お前はお前がどんなに
綺麗か知らない…。そんなんじゃ駄目だ。お前はそれが、どんな強さや怖さを意味するの
か、知らなきゃならない…」
座位だと、体重がかかる分、一層奥に打ち込まれる。痛みに逃れようとする体を、健は押さ
えつけて逃そうとしない。そのうちに、痛みは痛みだけではなくなっていく。生き物とはそうい
うもの。セックスとは、そういうもの。

「お前、ヘビの生殺しとはこのことだぜ」
ジョーは健の後ろに回り、軽く耳朶を噛み、胸をまさぐりながら囁いた。
「それなら、来ればいいだろう?」
健がジョーをあざ笑うように睨め上げた。
「欲張りだな、お前は…」
健の体を軽く前に倒す。喘ぎが重なって耳を苛む。
「欲張りで、淫らで、人を人とも思っていなくて…」
まだ充分でないそこに、ジョーは何の躊躇も無く入り込んだ。健が息を殺し、瘧に罹ったよう
にがたがたと震えた。眦に涙が滲む。喘ぎが唇を丸く開かせる。
「どうだ?」
「…最高」
健の形の良い顎が上がり、ジョーに口付けを強請った。その腕は若い恋人をきつく抱き
締めていた。

**

達しながら、柳の精を思わせる体をなお強く掻き抱いて、背中に太陽の男の香りとぬくもり
とを感じて、健はたったひとりでたゆたっていた。

これでいい。ふたりとも、忘れられない夜になったろう?
もし、俺が居なくなっても、ジョー、お前はこの若い体を抱いて俺を見つける。
ユーリ、お前も、この男に抱かれて俺を思い出す。

俺だけのものになれ。
最後の最後まで、俺だけの…。

END



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