June Bride  或いは、 花嫁の兄、花嫁の父

by ルーイ

ライズの見舞いに行く、と言ったら、ジュンが、じゃあお花でも持って行きなさいよ、とした
り顔で言った。肩を撃たれて入院したとき、下心アリアリの看護婦たちによって病室中を
豪華な花畑にされ、入院患者がその香りで気分を悪くするという事件が、本当に、あった。
南部の徹底した指導で、医療スタッフによる見舞い品は、現在は持ち込み禁止になってい
る。
そういえばあの部屋には花が無いな、と記憶を辿った。途中の花屋で、小さなアレンジを
拵え、ジュンはそれをジョーに、ハイ、と渡して帰ろうとした。
「選んだ以上、自分で渡せよ」
花もないが、華もない。ひとりくらい女の子の見舞客があってもいいだろう、とジョーらしい
気遣いが、あのささやかな騒動の始まりといえば、始まりだった。

眺めのよい高層階の病室の手前まで来たときだった。
「再起不能!」
開けっ放しのドアから、よく通る低音が響いてきた。ジョーもジュンも、ぎょっとして駆け寄
った。
ドアから二人で覗き込む。ダブルのスーツを着た、豪華な老人と、南部、それからニケの
隊員が数人居た。
「再起不能だ。退役して、企業入りし、まっとうな社会人として世間に貢献しろ。結婚して、
子供を設け、家庭を築くのだ」
その老人が、ライズに向かって人差し指を振り上げている。南部がハンカチで額を拭って
いる。
「ですから、ミスタ。再起不能とは、まだ」
「南部さん。いけません。そのような心遣いは無用です。ダメならダメとはっきり言って
やってください。それしきのことで凹むような根性無しには育てておりません」
「ですから、再起不能とは、まだ…」
「大体、なんだ。男っ気ばかりで、花ひとつ無いとは、情けない。お前は、この二十何年
間、何をしとったんだ。儂が入院すれば、花束の十や二十、すぐ…」
と言いながら、老人はふとドアの方を見た。
「おお、君は」
ジョーはその老人を知っていた。たまにディアブロを借りに行く、ガレージを敷地に擁す
る屋敷のオーナーだった。ランチやティーを付き合ったこともある。
「こんちわ」
ジョーは老人に向かって、片手を上げたが、老人はジョーでは無く、ジュンのほうに注目
度150%だった。ジョーには、多分、気付いてもいなかった。
「君、そこのお嬢さん、入りなさい。早く、来なさい」
老人は、ジュンに激しく手招きした。それから、周囲を見回して一喝した。
「野郎どもは即刻退去せい。遠慮せんか、遠慮を!」

ニケの隊員だけではない、南部も老人自身もが、廊下にそそくさと出てきて、ドアを閉め
た。ドアを閉める間際に、ライズの困惑したような声が聞こえた。
君は、誰だ?
ええと、あたし、その、ジョー、どこ?

病院のカフェに、老人に引きずられた南部と3人で雪崩れ込んだ。
「何だ。君のガールフレンドか」
老人はやっとジョーに気付いた。いかつい輪郭と鷲鼻。ライズの祖父、即ち、ライズ一族
の長老だった。南部の一大スポンサーでもある。
「いや。ただの同僚」
「では。あのこは南部さんとこの?」
と老人は感心したように小首を傾げた。南部は、はあ、と珍しく歯切れが悪い。
「当然、独身だな、あのこの家族は、どんな娘さんだ」
「独身でフリー。家族は弟ひとり。明朗快活、即断即行」
「親御さんはおらんのか」
「長官が身元保証人兼、親代わり」
「ISOで仕事をしとるわけだ。優秀かつ美人。よろしい、実に、よろしい」
老人は、何度も頷きながら、南部に向かった。
「どうだ。南部さん、あのお嬢さんを儂の馬鹿孫息子に下さらんか。あれは、今はまあ、
金もそう持ってはおりませんが、近いうちに儂の仕事はすべてあれに譲るつもりでおりま
す。お嬢さんに、苦労はかけません」
「は」
このときの、南部の顔は忘れられない。
「突然、そんなことをおっしゃられても、困ります。当人の意思も…」
「あれの意思なら、どうでもいい。放っておいたら死ぬまで一人でふらふらしよります。
あてがってしまえば、観念して、それなりの亭主になりましょう」
あれ、ってライズのことか、と思う。笑いをこらえるのに苦労した。
「ジュンの、ああ、彼女の意思を、私は尊重したいのです」
南部。多汗症状態だった。

「相変わらずの…」
南部は老人の高級車を見送りながら溜息した。
「凄え、パワーですよね。感心する」
「あの勢いで、資産を何百倍にも増やしたのだ。それにしても、嫡流の子息や孫を差し置
いて大佐に家督の全てを譲る、か」
南部がまた溜息をつく。
「ご老体の気持ちも分かるが、だから余計に大佐が親兄弟と折り合いが悪くなっていると
いうのに、そういうことはお考えにならんのだな」
「俺、そんなややこしいところに、ジュンがヨメに行くの、嫌ですよ」
「私も嫌だ」
「でも、大佐は、いい男だと思います」
「そうかね」
「まあ、あのジュンがそう簡単に観念しないですよ」
「無論だ」

そこに、ジュンが出てきた。
「長官、ジョー、どうしたの?」
「ジュン、え?」
時計を見た。あれから小一時間。
「お前、ずっと大佐のところにいたのか」
「そうよ。楽しかったわよ。何してたの?」
「どんな話しをしてたんだ」
「え?どんなって」
ジュンはちらっと舌先を覗かせて、笑った。ひ、み、つ!
我ながら、血の気が引く音が聞こえた。
南部のハンカチは、もう、絞れそうだった。

そして。
甚平:え?資産って?あにきのツケ、回収できる??
竜:馬鹿言うな。これからますます戦いは難しうなるっちゅーのに。ジュンが抜けたら拙
いじゃろうが。

健は、ジュンがそうしたい、って言うなら、みんなで穴くらい埋めようぜ、俺は、個人的
には、大賛成だ、と微笑んだ。

**

やっぱ、こういうのは俺の役目だよな。とジョーはジュンの背中を叩いた。
実際問題として、あれからジュンが足繁く見舞いに通っているのを知っていた。
当たらず、触らずの話題から、巧みに話しをライズに持っていく。寂しいような、悔しい
ような、妙な心持ちで、必死で普通を装った。
「で、ジュンは、大佐のこと、好きか?」
そこいらの女には、絶対に見せない、慈父のような微笑み。
「好き、っていうか。凄いヒトだな、って思うわ。分かんないとこ、全部教えてもらっち
ゃった」
くすっと肩を竦めて、分厚いファイルをバッグから掴み出す。
戦闘機の、整備マニュアル…。
「やっぱりちゃんとした知識を身に付けて、健のこと手伝いたいな、って。でも、分かん
ないことたくさんあって、困ってたの。最初のときからね、丁度いいやって思って、いろ
いろ聞いちゃった」
「はあ、丁度いい、ね」
ライズは、鴨技術長とともにマニュアルを整備した張本人だ。
「俺だったら少々のことじゃくたばらないから、今度、1番機の整備させてやる、って言
ってもらっちゃった」
きゃ、である。
「ああゆう、お兄さん、ほしかったなあ」
ジュンは、うっとりと微笑んだ。

はあ、お兄さん、ですか。
そういえば、ライズ自身のコメントを全く聞いていなかった。今度聞いてみよう。あの老
人には気の毒だが、きっと、こんなふうに言うに違いない。

面倒なやつばかり寄越すな。俺はよろず相談所ではない。

まだ、戦いは終わっていないのだから。
戦いのほかのことなど、これっぽちも、考えられはしない。
それでも、すこしだけ、殺伐とした空気を忘れることができた、数日間だった。


END < An extra story of Breathe [June Bride]
注:このお話は、Breathe本編とは、ちょっと関係あるかもです(爆)




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