PLATINUM

by ルーイ

強かに酔って迷い込んだ部屋。俺のあいつは何処にも居ない。
誰でもよかった。誰にどうされても、どうなっても、よかった。

**

「これも俺の任務だと言うのか」
「なんでもいいです。とにかく…ここに居てください」
首にしがみついて、力いっぱい引き寄せた。意外に長い睫毛が瞬き、両腕がベッドに突っ
張った。健まであと1センチ。
「何故、俺に」
「あなたが、すべて、ご存じだからです」
瞳を半ば閉じて、唇を薄く開き、舌で湿らす。
「…いいだろう…」
試すような焦らすような、軽い接吻けから始まった。飢えと焦燥を一層煽られ、野生の獣
が餌物に襲いかかるように、その唇を貪った。差入れられた舌に、舌を絡ませる、歯を立
てる。健の渇きを知ってか知らずか、男は、すうと体を離すと、ゆっくり衣服を脱ぎ捨て
た。まるで誰も居ないかのように、何処も見ていない瞳で。亜空間の静寂に、衣の軋む音
だけがたゆたった。
中途半端は不安を煽る。両の腕で胸を抱き、俯いて、息を殺した。
やがて、ギリシャ塑像さながら、大人の男の力強い腕が、健の躯を包み込んだ。健を推し
量るかのように、徐々に力が込められる。息苦しさに、瞳を閉じる。熱も冷気も痛みも、
殆ど感じなくなっている皮膚に、窒息感とともに、ヒトの温もりが甦った。
「俺の体は冷たいですか?」
「寒いのか」
低く落ちついたトーン。抱き止めたまま、健をベッドに横たえた。唇が触れるほど近くか
ら、健を黙って見詰めた。揺るぎのない視線。耐えきれず、顔を背けた。顎を掴まれ、引
き戻された。
「君の体は冷たくなどない。温かくて、…柔らかい。」
今度は、長い永い接吻けだった。眸を閉じて受け入れた。男の舌が健の舌を求めて絡まり、
丁寧に歯列をなぞった。不安ばかりが募る。置き去りにされる絶望感が湧き上がる。首に
腕を巻き付けて、力一杯抱き寄せた。
もっと、接吻けてください。もっと、強く、抱き締めてください。もっと…。
すこしでも、俺を憐れと思うなら…。
耳朶に首筋に、丹念なキス。既に硬くなり始めていた胸に、舌先が触れると、感電して震
えが走った。吐息に呻きが混じる。健の反応を愉しむように、さらに歯が立てられる。反
射的に、声が漏れる。同時に、手が股間に延ばされた。
「…あ…っ」
顎が仰け反る。やっと与えられた捌け口に、逆巻いて雪崩れ込む。だめだいやだと首を振
る。額に頬に、チョコレート色の後れ毛が躍った。
「冷たいどころか、こんなに熱い…まだ、寒いか」
耳元で囁く声が、健の深奥を抉り出す。息ができない。からだが濡れる。
「や…、止め…、もう…、…いや、だ…」
言葉とは裏腹に体を摺り寄せる。脚が容易く広げられ、膝が軽々と胸に付くほど持ち上げ
られた。冷静な指が健を探る、なお渇かせる、容赦無く追い立てる、そして…。
…ア――――ッ…
脳天まで突き抜ける衝撃。手酷い痛みとめくるめく快感。唇は血の出るくらい噛み締めら
れ、甘い幽かな溜息でゆるゆると緩む。荒々しい息遣いが重なって縺れる。うねる波に身
を任せる。漂う。揉まれる。沈んでいく。
暗く静かな水底に、横たわる。いっそ狂ってしまえたら。

このまま、消えてしまえたらいい。
あなたの中に、熔け込んでしまえればいい。
おれなんか、いなかったことになればいい。

**

胸に頭を載せると、規則正しい鼓動が響いて来た。腹這いになってにじり上がり、顔を覗
き込む。目を瞑っていた。頬摺りし、額を撫で、唇を捉えた。
睫毛が僅かに動いて、色の無い瞳が健を見た。チョコレート色の髪が、男の顔を撫でる。
男は、少し煩そうに、健の髪を掻き揚げた。
「やっぱり神さまは不公平だ」
「また、わけの分からないことを」
「あなたには、分かりません」
言い様の無い、そして謂われのない腹立ち。
「それはそうだな。君が何を考えているかなど、俺には見当も付かない」
「そんなんで…、俺を抱いたんですか」
「君が、これも俺の任務だと言った」
「俺は、仕事ですか」
悔恨、悲嘆、絶望、屈辱、ほんの少しずつではあったけれど、確かに、歴然と。
「君は睦言する相手を間違えている。今度からは、正しい部屋を訪ねろ」
「…きらいですか。おれのこと」
微笑んでいるのか、泣きそうになるのを堪えているのか、分水嶺の面持ち。
「なぜ、そこに話しが飛ぶ」
「きらいなんですね」
「嫌いじゃない」
余りと言えば余りにもこの男らしい、身も蓋もにべもない、言い方だった。
好きだ、とどうしても言わせたくなった。
「でも、好きじゃないんですよね」
「嫌いじゃないと、言っただろう…さっさと風呂に入って寝ろ」
「好きじゃないんだ」
参ったな、と男は妙に優しく微笑んだ。俺もいい加減に眠いんだが。
「好きだ」
よし、と思った。でも。
「口先だけじゃだめです」
「強制しておいて、勝手なことを言うな」
「早く眠りたいから、取り敢えず、言っただけなんでしょう?」
男が健を見詰めた。ナイト・スタンドの灯りを啜り、その双眸は金色だった。
「いや」

今度こそ、真の、悔恨。
無限大の慈しみと優しさが、健の裡の伽藍堂を満たし、溢れた。
感謝したらいいのだろうか、謝罪したらいいのだろうか。
頭の中が白くなり、健はどちらも持て余した。

嘘じゃないなら、キスしてください
どこに
唇に


END < PLATINUM
注:このお話は、Breathe本編とは、一切、全く、金輪際、関係ありません(爆)




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