ごわごわ

by ナッパちゃん


明るい日曜の朝、ピピピ、と耳元でアラームが鳴った。
ぎくりとして跳ね起きた健は反射的に左の手首を目の前にかざし、はい、と掠れ声で答え
かけたところで、ブレスレットは沈黙していることに気がついた。
「・・・オレの時計だ。すまねえな、起こして」
ぱちぱちと目をしばたたき、夢だったのかなと溜息をついていると、かすかに笑みを含ん
だ声が窓辺から聞こえた。
寝起きのぼやけた目には朝日が眩しすぎて、窓を背にして
いる
声の主は輪郭だけしか見えなかった。
控えめな電子音はサイドテーブルの上で、まだ鳴り続けている。
どさりと再び身体をベッドに沈め、健は音を頼りに手をのばして、小さなトラベルウォッ
チを探し当てた。紛らわしいアラームで彼を起こしたのは、これだったのだ。

「起きたんなら止めておけよ・・・!」
「ああ、悪かった」
口では詫びていながら、悪びれた様子もない。
明るいほうをめがけて、腹立ち紛れに健は時計を投げた。
相手は難なくそれを片手で受け止めてアラームを切り、もう一度空模様を見上げてから窓
辺を離れたようだった。
「今日、昼からレースなんだ。先に出るぜ」
「メシは?」
「勝手に食っちまった。シャワー借りていいか?」
「ああ。・・・っと、新しいタオルがあったかな」
「なんだって? オレが先週、置いてったヤツは?」
「ええっと・・・」
健は決して低血圧なたちではないが、よほど目覚めのタイミングが悪かったのか、まだ頭
がはっきりしない。
そういえば見なれないタオルがあると思ったんだ、と口の中で呟き、曖昧な記憶を探った。
「・・・この前洗って、棚に入れたと思う」
「おいおい、これはオレのだから別にしといてくれ、って言っただろう?」
「そうだっけ?」
「そうさ。おまえはすぐオイルで汚しちまったりするんだからな。あれは洗っても落ちね
えんだ。・・・どの棚だ?まさか整備場のじゃねえだろうな」
ごしごし目をこすりながら起きあがった健は、相手が見当違いの戸棚を探しているのを見
て、ため息をつきながらベッドを抜け出した。 床に投げ出してあったガウンを拾って隅
のクローゼットを開けに行き、無造作にごたごたと積み重ねたファブリックの間から大き
なタオルを引き抜いて、相手に放り投げる。
「これだろ、ジョー?」
「ああ、悪いな。・・・って、おい、ゴワゴワじゃねえか!」
「ごわごわ? 洗ってあるだけマシだろう?」
「ちぇっ、顔が痛くなっちまうぜ」
相手はぶつくさ言いながらも、さほど怒った様子でもなくバスルームへと消えてゆく。
ややあって聞こえはじめた水音が耳に心地よくて、もう一度ベッドに潜り込んだ健は枕に
頬を押しつけつつ、考えた。
(今日はレース日か。どおりで昨夜から機嫌がいいと思ったぜ)
出場するドライバーはレース前にもたくさんすることがあるだろうが、ギャラリーはスタ
ートに間に合うように行けばいい。
ならもう一時間だけ、あったかい夢の名残を見ていよう。
そう思いながら、ゆっくり健は目を閉じた。


 *END*



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