Can't help fallin' love   

by ナッパちゃん

大きく切り取られた窓の外は、色とりどりの熱帯魚たちが群れ遊ぶ楽園だ。
ここ、三日月珊瑚礁基地の司令室では、今日も科学忍者隊のリーダーと南部博士がデスク
を挟んで作戦資料を検討していた。
これが困難な作戦だということは、図版の添えられた資料を見れば一目でわかった。これ
ほどの事案は忍者隊のメンバーたちにといえども簡単には話せない、と健は小さな溜息を
ついた。
「・・・もっとも困難であると思われる項目は、このふたつだ」
コツン、と南部がペンシルの先で資料を指した。ひどく難しい顔をしていた。
「私の見たところ、色彩に難があるのではないかと思われるのだが・・・これは長官も同
席した会議で決定した重要事項なのだ。仕様の変更は容易ではない」
「それはオレに任せてください。・・・それより博士、この件です」
健はあっさり言って、箇条書きにされた次の項目を指さした。うむ、と深く頷いて、南部
も同意を表す。もしもこのような表現が許されるとすればだが、南部の表情にはこれまで
以上に困り果てたような色があった。世界は謎に満ちている。ISOきっての天才にです
ら、解決不可能な事態というものは存在するものらしい。
「それだ、健。きみに何かよい考えはないかね?」
「無茶を言わないでください。これは困難な作戦ですよ」
「わかっている。だが、組織の健全な運営のためには彼の力が必要だ。なんとしても実現
せねばならんのだ」
そう言いながらも南部の声には、かすかに絶望の響きがある。健はそんな南部を見ていら
れず、作戦資料に再び目を落としてじっと考えをこらした。
と、そのとき、彼の脳裏にひらめいた記憶があった。
「・・・博士、可能ですよ!」
「なに?」
「ただし、準備がいります。他国からの人的支援も必要になるかも知れません」
「かまわん、本当に必要なものならどのような支援でも得てやろう。本当に見込みがある
のかね、健?」
半信半疑の南部に、健はくわしく作戦の説明をした。健が話すうちに南部はみるみる愁眉
を開き、理知的な茶色の瞳には理解の光がやどった。
「・・・その作戦には、どれほどの見込みがあるのかね」
「うまく秘密裡に運べれば、かなりの成功率ではないでしょうか」
「よし、私が許可する。この作戦は君の立案だ、君にすべてを一任する!」
「ラジャー!」
南部の声は厳しかった。あらためて作戦の重要性を認識した健ははっと背筋を伸ばし、彼
のたったひとりの上官に敬礼して、風のように部屋を駆け出していった。
うらうらと晴れた、日曜日の朝。
これからレースに出かけようとしていたジョーは、左手首のブレスレットが鳴る音を聞い
て眉をひそめた。
(またギャラクターが鉄獣メカを繰り出してきやがったのか?! よりにもよって、こん
な日に・・・ついてねえぜ!)
だが、バードコールを無視することはできない。
「こちらG−2号、コンドルのジョー!」
『こちらG−1号、ガッチャマン。ジョー、至急”ジュン”に集まってくれ』
「なんだって? おい健、今日は・・・」
『重要な件なんだ、ジョー。時間がない。急げ!』
それだけ言って、健は通信を切ってしまった。しばし呆然とブレスレットを見つめていた
ジョーだったが、やがて舌打ちをして愛車に飛び乗り、ユートランドシティへ向かった。
”ジュン”には、忍者隊のメンバーたちが既に集まっていた。
最後に現れたジョーがカウンターの端に座るのを待って、健が挨拶も抜きに口を開いた。
「我々はこれからISO労働組合主催の親睦集会へ向かう。場所はユートランドスタジア
ムだ。一般の報道はシャットアウトされているが、我々が参加することはISO局員にも
知らされているから、くれぐれも皆に正体を悟られないように気をつけろ」
「・・・え?」
最初に口を開いたのは、甚平だった。
「アニキ、それ何のイベント?」
「労働組合主催の親睦会だと言ったはずだ」
「おいらたちに組合が関係あるのかい?」
「あたりまえだ。おまえも組合員だぞ、甚平。給与明細から組合費が引かれているだろう」
凛として言い放つ健に、ジュンは食い下がった。
「そうかも知れないけど、それとあたしたちと何の関係があるの?」
「オレたちの活動が彼らに支えられていることを忘れたのか、ジュン? 日頃は地味な研
究活動に明け暮れている彼らは、オレたちの活躍に大きな期待をかけている。組織の健全
な運営のためには、皆の協調が欠かせないんだ」
「だが、話が見えねえ、健」
これは何かの間違いだ、と言いたそうな顔で、ジョーが口を開いた。
「その親睦会とやらで、オレたちが何をするってんだ?」
「我々は運動会に参加する。竜はパン食い競争、甚平は障害物競走、オレとジョーは20
0m走とリレーに・・・待て、ジョー! どこへ行く?!」
「やってられっかよ!! オレは今日レースがあるんだ!」
「竜、止めろ!」
リーダーの命令は絶対だ。さっさと立ち去ろうとしたジョーを、隣に座っていた竜が後ろ
から羽交い締めにした。さしものジョーもこれでは動けないが、味方相手に羽根手裏剣な
ど使っては大顰蹙だ。
「おい、健! どうかしちまったんじゃねえのか?!」
ジョーが、肩越しに吐き捨てた。しかし健はたじろぐ様子もない。持参したバッグから淡
いピンクのワンピースを取り出し、ジュンに渡した。ひろげてみたジュンは嫌な予感にさ
っと顔色を変えた。
「健、なあに、これ? あたしに着ろって言うの?」
「そうだ。ジュンは美人だし運動神経がいいから、ぜひ応援団のリーダーをやってくれと
いう長官の命令だ」
「いやよ! こんな短いスカート・・・! それに、こんな可愛いピンクなんて、あたし
には似合わないわ!」
「そんなことないさ。着てみろよ、バードスタイルの時と同じくらいの丈じゃないか。そ
れに・・・」
ちょっと言葉を切った健の口調が、急に変わった。甚平やジョーが、だまされるなジュン、
と叫ぶ間もなかった。
「・・・オレも見てみたいよ、そんな可愛い服を着たジュンをさ。きっとすごく似合うと
思うんだ」
(命中だぜ!)
いつもながら、鮮やかな手並みというほかはなかった。健がふっと浮かべた優しい笑みは
ジュンの胸をあやまたず撃ち抜き、ちょっと小首を傾げた彼女はピンクのワンピースを胸
に抱いて
「いいわ! みんなのこと、応援してあげる!」
と言って、小走りに店の奥へ消えていった。彼女の背中を見送った健の顔は、もう笑って
いなかった。
「さて、ジョー。今度はおまえだな」
「ヘッ、このまんま連れて行けるもんなら連れてってみやがれ! 言っとくがな、健、オ
レはジュンみたいに懐柔はされねえぞ!」
「ジョー、この作戦の重要性がわからないのか?」
「作戦だとぉ?! ただの、規模のでっかい運動会じゃねえか!」
「さっき説明しただろう。これは大事なことなんだ。・・・悪いが、甚平、竜。しばらく
ふたりきりにしてくれないか。ジョーだけに伝えたい情報があるんだ」
「でも、健。ジョーは暴れるぞい」
「大丈夫だ。ここはオレに任せてくれ、竜」
言われるがままに店を出た甚平と竜は、大きな窓の外から中の様子を窺った。
「・・・ジョーのヤツ、おとなしくしとるのう」
「アニキが何か見せてるみたいだぜ」
「写真かの?」
「そうみたいだけど・・・」
ややあって、健がふたりを呼びに来た。
がっくりと肩を落としたジョーが、カウンターのスツールに座っている。ぐっとカウンタ
ーの天板を睨みつけている目がこわくて、甚平も竜も声をかけることができなかった。
ふたりの気持ちを察した健が、低く言った。
「ふたりとも、すまなかったな。ジョーはわかってくれたよ」
「ええっ、嘘だろ、ジョー!?」
思いがけない成り行きに甚平が声を張り上げた。
「ホントに運動会に出るのかい?!」
「・・・ああ、出る」
ジョーの答えは短かく、明確で、また切ないほどに厳しかった。
「・・・さぁ、次は200m走決勝です! 1コース、鷲尾健! 2コース、浅倉ジョー
ジ、3コース・・・」
満員になったスタジアムに、晴れやかなアナウンスが響いた。このレースには科学忍者隊
のメンバーも出場しているはずだという噂が(レッドインパルスによって)事前に流され
ていたため、人々は頬張りかけていた弁当さえ投げ出してトラックに注目した。
「おい、あの8人の中に科学忍者隊のメンバーがいるんだってよ!」
「そんなことはどうでもいいや、それよりあのチアの彼女、どこの部署の子だ?」
「すっげえ美人だよな〜〜!」
人々の興味の対象は様々である。
スタンドでは一足先にパン食い競争を終えた竜が、最下位になってまでせしめたたくさん
のパンを次々と口に放り込んでいた。障害物競走のネットをくぐるときにすりむいた膝小
僧に息を吹きかけていた甚平も、まるい目を見開いて楽しそうにトラックを見下ろした。
スタートラインでは、彼らの仲間が緊張した声で話していた。
「・・・負けねえぞ、健!」
「おまえはスタミナがないからな。この勝負はオレがいただきだ」
「何言ってやがる。いいか、もしもおまえが勝っても、賞品だけはよこせよ」
「ああ、約束だからな・・・さあジョー、スタートだ!」
ヨーイ、ドン!!
秋の一日、ユートランド最大のスタジアムを借り切って行われた、ISOの大運動会。
200m走の優勝賞品は、世界でたったひとつだけ作られた「シルクのレーシングスーツ
・キティちゃん」だった。
    
    
    *END*

Art by ゆうと・らん
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