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                       by ナッパちゃん

Art by あさりん
Art by あさりん
せーの。

片手は後ろに、もう片方の手は膝に置いて。少し前屈みに。
お互いの目を睨みつけながらふたりは、呼吸も詰めて勝負のタイミングを計る。
「ジャンケン!」
「ポン!」
・・・次の瞬間、勝者は決まっている。

「うわあぁ〜、ウッソでぇ!!」
「ふふふ。じゃあ、決まりね。頼んだわよ、甚平?」
「ずるいよ、お姉ちゃん。俺ばっかじゃん」
「甚平がジャンケンに弱いのがいけないのよ。さあ、早く片づけて! きれいに洗って
ね!」
「チェッ、わかったよ! だけど明日は負けないからね!」

        *** 

そんなやりとりが奥から聞こえてきて、カウンターの椅子に座っていた若い男がクスリと
笑った。
閉店直後のスナック・ジュン。最後に残った洗い物を片づける役は、いつもジャンケンで決
められる。オーナーであるジュンとその弟分の甚平とは、日頃は本当の姉弟でもこうはいか
ないというほど仲がいいのだが、このときだけは絶対に譲り合おうとしないのだ。
ややあって、鼻歌を歌いながらジュンが出てきた。明かりも音楽も落とされた店内に、彼女
がつけている軽い香りがふわりと漂う。健は自分のグラスを掲げて、彼女の勝利をたたえ
た。ジュンもにっこり微笑み返して、彼の隣の席に滑り込んだ。奥のキッチンからはガシャ
ガシャと食器を洗う音が聞こえてきていた。
健は、ジュンのために頭上のラックにかかっているグラスを取ってやった。ありがとう、と
礼を言ってジュンはカウンターの上のリキュールを少し注ぐ。店を開けている間には絶対に
アルコールを口にしない彼女の、最初で最後の一杯だ。
「また勝ったのか? ここんとこ、連戦連勝だな」
「ふふ。・・・内緒よ。あの子ね、チョキを出すときには右腕のココの筋肉が・・・」
と、肘の上を指して、彼女は笑った。
「・・・ちょっと張るの。おかしなクセね」
「じゃあ、絶対に勝てるじゃないか。チョキじゃないときはパーを出しておけばいいんだか
ら」
「あら、そんなことしないわ。甚平におかしいって感づかれちゃうでしょ。・・・それに、
毎日やらせるのはちょっとかわいそうだもの」
カウンターに片肘をつき、声を潜めてジュンは言った。そうだな、と健は相づちを打つ。く
すくすと笑い交わすふたりの姿は、端からは仲のいい恋人同士のようにしか見えないだろ
う。

      ***

(・・・おっと、早すぎたか)
わざわざ大きな音を立てて洗い物をしていた甚平は、手にしかけたクロスを放り出して、
洗ったばかりの皿をもう一度シンクに突っ込んだ。しんとした店からはまだ健とジュンの話
し声が聞こえている。もう5分だけふたりきりにしてやろう、と胸の奥で呟いた。

いつもは気の強いジュンが、健とふたりになると妙に”可愛らしく”なってしまう。きっと
自分では意識していないのだろうが、誰と話すより健と話すときには声が優しいのだ。
そんなジュンを見るのは恥ずかしいような嬉しいような気がして、甚平はつい彼女を茶化し
てしまう。そのたびにゲンコツを食らわされて、けれどそれでいつもの勝ち気なジュンを取
り戻したような気分もして、少し安心もするのだった。

お姉ちゃんは、健のアニキがホントに好きだ。アニキのほうは鈍いんだか他の考えがあるん
だか、知らないふりをしてるけど。

だから、甚平はチョキを出すときの彼のクセを直さない。

       ***

「・・・甚平! いつまで洗ってるの?!」
やがて、店のほうから声がかかった。助かった、そろそろ指先がふやけてきていたところ
だった。
「もう終わるよ!」
叫び返すと、グラスを拭くのは後回しにして、店へ出ていった。きっとグラスに水滴の痕が
ついて、ジュンには叱られるのだが。
もう帰るつもりか、ドアのそばに健とジュンが並んで立っていた。甚平はすばやくそこへ駆
けて行って、ジュンの脇腹を肘でつついた。
「なんだよ、お姉ちゃん。アニキと出かけるのかい?」
「ええ、そうよ。甚平も一緒にね! 健が、角のバーガースタンドへ行かないかって。モ
チ、健のオゴリよ」
「おいおい、ジュン・・・!」
「やったね! 行こうぜ、アニキ!! 俺、ちょうどハラへってたんだ。チーズバーガーと
フレンチフライと、それから・・・」
「参ったなぁ・・・ジュン、ツケは待ってくれるんだろうな?」
困り果てたように、健が頭を掻く。その健を見てジュンがどんなふうに笑ったか、先に駆け
出していた甚平には見えなかった。


              *END*
Art by ナギ
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