遥かなる洋上にて

by アリー

ある晴れた日の午後、ジョーはコーヒーを飲もうとしていた。豆をミルで挽き、うんと濃いエスプレッソにした。木漏れ日は、トレーラーハウスの窓を通して、室内を明るく照らしている。まったく素敵な冬の午後だった。
 その時、突然、ドアをどんどんと叩く音がした。こんな無神経な事をするのは、あいつしかいない。ジョーは、口元までもっていったカップを、小ぶりのテーブルの上に置くとドアを開けた。
 健がうきうきとした様子で部屋に入ってくる。今日は二人でバスケットボールの試合を見に行く約束をしていたのだ。
「早く支度をしろよ。3分間だけ待っていてやる。」
健は、どさっと椅子に腰を下ろし、腕時計で時間を計り始める。
「何を言っているんだよ。こんなに早く出掛けてどうするんだ。
どうせ指定席なんだから、早く行っても遅く行っても同じなんだぜ。」
ジョーはコーヒーを片手に抗議する。
「あと、2分15秒。」
健はすました顔で、カウントダウンをつづけている。
「ぐずぐずしてると、試合開始の前に、スクランブルがかかっちまうぞ!」
ばかな・・・とジョーが言おうとしたとたんに、二人のブレスレッドが
鳴りだした。
二人は顔を見合わせ、同時に応答した。
「こちら健です。」「こちらジョーです。」
「私だ。至急、基地に来てくれたまえ。」
「ラジャー。」
任務至上主義者の健が、今回ばかりはくやしそうな顔をしている。無理もない
数週間もの間、この日を指折り数え、楽しみにしてきたのである。
ジョーがドアの外に立ち、今度は逆に健をせかす。
「おい、鍵を閉めるから、早く出ろよ。」
「ちぇっ」
健はテーブルの上にチケットをほうり投げると、外に向かって駆け出した。


 南部博士は、三日月基地の作戦室で、緊急出動してきた科学忍者隊の五人を前に説明を始めた。
「諸君、二週間程前、ロボット工学の第一人者であるブラウン博士が、学会出席の後、消息不明となった事件は既に知っていることと思う。」
壁面のモニターには、ブラウン博士の上半身の写真が映しだされた。意志の強そうな眼をしたこの人物は、科学者というよりむしろ冒険家のような印象を与えていた。南部は、モニターの画面を世界地図に切替え、話を続けた。
「ISOでは、この事件をギャラクターの仕業と考え、ひそかに捜査をしてきたのだが、とうとう、ブラウン博士の行方を突き止めることができた。これを見たまえ。」
画面に写っていた世界地図の焦点が、太平洋上の小島に絞られていった。
「これは北緯度10度、西経109度。パナマ運河から太平洋に向かって、2700kmの地点に位置する絶海の孤島クリッパートン島だ。」
モニターには美しい白い砂浜をもつ環礁が映っている。
「博士、ずいぶん小さな島のようですが。こんなところに敵の基地があるのですか?」
健が、真っ先に質問をした。
「うむ、ここは、どちらかというと補給基地のような小規模の基地らしい。わが三日月基地と同様に、海中部分が基地となっているのだ。ギャラクターに潜入している情報部員からの連絡で、ブラウン博士がこの島に幽閉されていることが判明した。」
「博士、ここにどういう方法で乗り込めばいいんでしょうか?こんなに見通しのいい所じゃ、空からいっても、船で近づいてもばれちまう。」
ジョーは、顎に手を当て考え込んだ。
「その通り、それが問題なのだ。単純に攻撃するだけなら、ゴッドフェニックスで急襲すればよいが、救出作戦となると、そういうわけにはいかない。
いかに敵に気がつかせずに近づくかが重要なポイントとなる。このクリッパートン島はそういった意味で、非常に救出するのに難しい島だ。」
 健は改めて、モニターを見上げた。南海の楽園そのものであるこの美しい島
が、誰も知らぬ間に、ギャラクターによって補給基地に改造されていたとは、正直いって驚いた。それにしてもギャラクターは、あと幾つ、このような秘密の基地を建造しているのだろう。長い、果ての見えぬ戦いが続いてゆく。
そんな健の一瞬の感慨を破り、南部は言葉を続ける。
「それでは、今回の作戦について話をしよう。」
五人は南部の言葉に聞き入った。作戦について綿密な説明を受け、南部が立案した作戦に、健やジョーの実際に遂行する側からの提案や質問がなされた。
 そして、最後にいつもの言葉で作戦会議は終了した。
「では、諸君の成功を祈る。」


赤道に程近い太平洋上を小型の貨物船は波をきって進んでゆく。海は明るい青色で、太陽の光をうけてキラキラと光っている。この小型の貨物船はISOが民間から買い上げ改装したもので、クリッパートン島の沖合まで、忍者隊を送り届ける任務を負っていた。そのため、乗組員は全て海軍関係者が占めていたが、外から見るとただのちっぽけな貨物船にしか見えなかった。
船の舳先には、ジョーがただひとり手すりに寄りかかり、大海原に沈み行く太陽を見つめていた。ジョーは作戦の前には、決まって一人になって集中を高める。そのことはメンバー全員が知っているので、話し掛けて集中を乱す者は誰もいない。作戦前に、行動開始から作戦終了までを頭の中でシュミレートしてみるのがジョーの癖であった。
作戦には運、不運がつきまとう。どんなに入念に準備したとしても、作戦が失敗に終わることもある。死線を幾度も乗り越えてきたからこそ、かえって、人間の存在が、いかにちっぽけであるかということを痛感するようになっていた。だから、験を担ぐというような意味で、作戦前に、運命を操る人知を越えた存在に対して作戦の成功を願う事が習慣となっていた。
ふと振り返ると、甲板では健が、作戦に使用するゴムボートに、これから使う装備を点検しながら積み込んでいる。通信機、爆薬、救命胴着、照明燈、ひとつひとつ慎重に確認するその横顔は真剣そのものだ。なぜ、こんなに緊張しているのかと考え、ジョーは気が付いた。あいつは海が絡んだ作戦となると、ここのところ、なぜか不運に見舞われていた。
健は弱みをみせるのが大嫌いだから、絶対に口にだしては言わないが、やはり、神経質になっているのだろう。健は手を休めると、大きなため息をついている。
「どうした。大鷲の健にため息は似合わないぜ。」
ジョーが声をかけた。健は顔をあげ、肩をそびやかし、視線を合わせもせずに横を向いた。
「べつに。」
可愛くねえやつ。とジョーは考えた。こいつはとにかく弱音は吐かない、任務の前には、ひとの感情など毛ほども気にしない。リーダーとしての自分に固執する。修羅場になれば、これほど頼りがいのある奴はまたといないのだが、日常生活でこうでは、時には殴りたくなってしまう。
その時ジョーは思い出した。前回の任務では、健は足を骨折したまま沖にむかって10キロちかく泳ぎ、船に救い出された時はショック状態に陥って、救急ヘリで病院送りになっていたのだった。感情を自分の内にしまい込まないで、冗談めかしてでもよいから、俺に言えばいいのに。だが、健は準備を終えると、平然とした様子を装い、操舵室の方へと歩み去っていった。
空は茜色に染まり、壮大な夕焼けが目の前に繰り広げられている。この夕陽が沈み、夜のとばりが訪れる頃、作戦は開始される。
ジョーの頭の中のシュミレーションでは、今日の作戦は大成功に終わっていた。最後にいつもの通り心の中で作戦の成功を祈るときに、特別に、俺の相棒の不運を吹き払ってください、と付け加えたのだった。


太陽が完全に水平線に没し、夕闇が迫る中、科学忍者隊の五人は小型のエンジンのついたゴムボートを、甲板から海面に降ろし、ジョー、ジュン、ジンペイはつぎつぎとボートに乗り移った。健はじっと遥か遠くの水平線を眺めていたが、海軍側の責任者である大尉の方へと振り返った。
「大尉。ありがとうございました。」
「ガッチャマン、作戦の成功をお祈りしています。」
40過ぎの髪の毛を短く刈り込んだ、いかにも海軍の軍人といった風情の大尉が、敬礼しながら返答した。リュウが健の肩をたたいた。
「それじゃあ、わしはゴッドフェニックスで待機しているわ。連絡を首を長くして待っとるぞ。」
「たのむぞ、リュウ。」
最後に健がボートに飛び移ると、ボートはエンジンの音をひくくたて、クリッパートン島へと去っていった。


 ボートは暗い海面に白い波を残し進んでゆく。聞こえるのは、エンジン音と
波の音だけであった。赤道が近い為、夜といえども蒸し暑い。
「バードスタイルは、熱帯には向いてないよな。」
ジョーは健に話し掛けた。
「ああ。」
健は方位を確認しながら答える。月のない夜である。うっかり島影を見逃しかねない。健はゆだんなく前方を見張っている。ジョーの前では、平静を装っていたものの、やはり、普段より緊張をしている自分を感じていた。口の中には、硝煙の味が沸き上がってくるような気がする。俺はやっぱり空がいい。健は星空を見上げて考えた。任務に対して、好悪を言ってはいけないと知りつつも、やはり、不運が続くとあまりいい気持ちはしない。
 ジョーは健と共に前方の見張をしていたが、エンジンの音に消されないように、健の耳に口を近付け、話し掛けた。
「おい、健。俺はさっき船で、士官たちとカードをしたんだ。」
「ああ、それで?」
「今日の俺ときたら、ものすごくツキがあって、連戦連勝さ。相手の
身ぐるみ剥がして、最後にこれまでいただいた。」
ジョーが差し出したのは、ずっしり重い大きめのメダルだった。
「へぇー、なんだか、いわくありそうなメダルじゃないか。」
「これは、その士官のラッキー・チャームなんだってさ。だから、これを
おまえにやるよ。」
健は、ジョーの方を向き直った。
「おまえが勝ったんだから、おまえのお守りにしろよ。」
「あんまりツキすぎて気持ち悪いから、もらってくれよ。いいだろ、それで、俺の気が済むのだから。」
健は苦笑して言った。
「そんなに、俺は情けない顔をしていたか?」
ジョーは健に気持ちを見透かされて、照れ臭そうに視線をそらした。健はメダルをジョーの方に押しやったが、気が変わったらしく途中で手を止めた。
「ジョー、俺は別に任務に対して、ひるんでいるわけじゃないが、まあ、いいさ。受け取っておくよ。」
健はメダルを受け取りしまい込んだ。
ジョーは心の中で再び、可愛くない奴とつぶやいた。


 海上に島影が黒く浮かびあがった。クリッパートン島だ。
エンジンの音を押さえ気味にし、砂浜へと上陸した。
暗闇に慣れた目には、砂浜が白く浮かび上がってみえる。木の陰にボートを繋ぎ、地面に伏せてしばらく辺りをうかがっていたが、夜陰の上陸に対する反応は何もなく、聞こえるのは繰り返しうち寄せる波の音ばかりであった。
「よし、いくぞ。」
健の合図で、全員が立ち上がり、浜辺から島の内部に向かって走った。
四人は、島の中央部にある換気口を目指した。それは3メートルほどの内径があったが、島の地形で巧みにカムフラージュしてあった。換気口にロープをたらし、ゆっくりと降りてゆく。下にさがってゆくにつれ、騒々しい音が聞こえてきた。20メートルほど下に降りると換気口の底にたどりついた。床には、空気の取り入れ口から漏れる光が延々と規則正しく並んでいた。
 その内の一つからそっと覗くと、その下の空間は、巨大なドックとなっていて、二隻の潜水艦が入港していた。潜水艦の中に様々な荷物を運び入れる為に動き回る者でごった返し、ドック内は喧騒に包まれていた。この小規模な基地にとって、久しぶりの客であったらしく、壁には歓迎の垂れ幕まで下がっている。
「ヒュー!“ようこそ、うるわしのフランスへ”だと。悪魔でさえ逃げだしそうな僻地の孤島のくせに、よく言うぜ!」
ジョーが口笛を吹く。
「赤道直下とはいえ、この島の領有権はフランスにあるそうだから、冗談好きの誰かが洒落て書いたのだろう。たいした盛況ぶりじゃないか。」
健はジョーの隣にやって来て、同じ隙間からのぞき込みながら言う。
「まるで、お祭り騒ぎのようだな。これで、ブラウン博士への監視が緩んでいればありがたいが・・・よし、それでは、作戦通りこれからは二組に別れて行動だ。俺とジンペイは貯水タンクへ、ジョー、ジュンはブラウン博士の救出だ。」
「ラジャー」


 健とジンペイは、換気口から、同じく基地の上層部にある貯水タンクへと向かった。
クリッパートン島のような環礁で成り立った島では、基本的に水は、雨水しか
期待できない。そのため、ギャラクターは、無尽蔵ともいえる海水を処理して真水に替えて使用しなければならないはずである。そのタンクに南部は目を付けたのだ。
 暗く細く狭い廊下を、二つの影が音もなく、すべるように動いてゆく。
廊下の片側には、貯水タンクの制御装置が並んでいる。制御室のドアの向こうには、巨大なタンクがあり送水管が何本もはしっていた。タンクに接続している装置からは、耳を塞がんばかりの作業音が鳴り響いている。
「よし、ジンペイ、タンクの土台の部分に、この爆薬をセットしろ。」
「ラジャー」
二つの影が床をけった。そして、それぞれ手にしていた爆薬を土台の柱の陰に取付けた。
「よし、今ごろはジョーとジュンが、ブラウン博士の救出をしている頃だ。
俺達は、援護のために集合地点にいくぞ。」
健とジンペイは、作業中のギャラクターの隊員を物陰に隠れてやり過ごすと、
貯水タンクを後にした。


 クリッパートン島基地のギャラクターの司令は、自らが主催する夕食会の為、一番上等の礼装に着替えていた。彼は、姿見の前で部下から上着を着せられながら、上機嫌で鼻歌を歌っていた。なにしろ、これから、エリート中のエリートである潜水艦の艦長を迎え、夕食会の主人として歓待するのだ。
この太平洋の端にある、誰からも省みられないような孤島に赴任が決まったときは、自分の未来は閉ざされたも同然だと考えていた。どんなに人里離れた基地だろうとも、ここよりひどい場所はない。なにしろ四方は海に囲まれ、息抜きををする場所さえない。基地に立ち寄る船はひと月に一度あればましなほうであり、揚げ句の果てに、ハリケーンに流された漁師どもを救助する始末である。士気は最低で、部下たちは、ヤドカリや渡り鳥しかいないこの基地を揶揄して“うるわしのフランス”と呼んでいた。こんな場所で手柄を立てることなどまったく不可能といって良かった。
ところが、二週間前に突然、思いもかけない幸運が訪れたのである。組織が誘拐したブラウンという若い科学者をこの基地で幽閉し、組織の為に研究をさせるというのだ。ベルク・カッツェ様から直接、命令を受けたときは、天にも昇る気持ちだった。研究に必要な設備やら高価な大型の機械などがすぐに手配され、つい先日据え付けが完了したところであった。
 ここ二週間の幸運に思いをはせ、司令はあることを考え付き、副官を呼び寄せた。
「そうだ、今日の夕食会に、ブラウン博士も招待するとしよう。潜水艦の
艦長達にも、ぜひ、紹介せねばな。おい、ブラウン博士を独房から連れてこい。
きちんと身なりを整えてな。急げよ。」
司令は手をこすり合わせ、笑いを堪えながら独り言をいった。
「いよいよ、わたしにもツキが廻ってきたぞ。」


 ジョーとジュンは、ひと気のない廊下を音も立てずに駆け抜け、つきあたりにある扉の前で立ち止まった。その扉の左脇に小型のディスプレイとキーボードが備え付けられており、扉の開閉はコンピュータで管理されていた。
「ジョー、この扉のむこうが幽閉用の施設になっているはずよ。」
ジュンは、小声でささやくと、素早く暗証コードをコンピュータのキーボートに打ち込んだ。すると、ピーという音と共にエラー表示が表れた。
「おい、ジュンいそげよ。健から大目玉をくらうぞ。」
ジョーは銃をかまえて、辺りを警戒している。
「へんよ。情報が間違っているとしか思えないわ。このコードじゃ開かない。」
「なんだって?」
ジョーは驚き思わず振り返り、ディスプレイをのぞき込んだ。
「そんな馬鹿な。もう一度やってみろよ!」
「何度もやったわ。でも、ダメなのよ。」
ジョーはちょっと考えて言った。
「クリッパートンと入れてみろ。」
ジュンのしなやかな指がキーボードの上をすべる。
ピーッ。エラー表示だ。
「つづりを逆にしてみろ。NOTREPPILC」
結果は同じで、扉は閉まったままだ。他にも何種類か可能性のある言葉を入力
してみたが、結果はすべて同じだった。
「だめだわ。どうしよう、時間がない。」
ジョーとジュンを目を合わせた。ジョーはジュンの瞳の中に、あせりの色を
認めた。時間はどんどん過ぎてゆく。事前に与えられた情報は間違っていた。しかし、この扉の向こうにはブラウン博士がいて、救出を待っている。
その時、ジョーは突然ひらめいた。
「ジュン、こう入力してくれ。“うるわしのフランス”。」
ジュンは一瞬、戸惑ったようにジョーを見つめ返したが、その通りに入力した。次の瞬間、まるで魔法にかかったように扉が開いた。ジュンは眼を丸くして
驚いている。
「開けゴマというと、たちまち扉は開きましたとさ。やっぱり今日は
ツイているぜ。」
ジョーはウインクをすると中にはいっていった。


「ブラウン博士、我々は科学忍者隊です。救出に参りました。」
扉の向こうには、若い背広姿の男がベッドに座っていたが、驚きのあまり、
一瞬口がきけないようだった。
「助けに来てくれたのか、ありがとう。」
無精髭を生やし、服は多少よれてはいたけれど、するどい眼光のその顔は、まちがいなく三日月基地でみた映像の人物であった。
「すぐに脱出します。なにか持っていくものがあったら、すぐに身に付けてください。」
ジョーが言うと、ブラウン博士はジョーの肩を叩いた。
「荷物などないさ。データは全部頭の中にしまってある。ここにはうんざりだ。
すぐに行こう!」
三人は独房から出ると、健達との集合地点に向かって注意深く進み始めた。


 ジョーが先頭に立ち、博士を挟んで、ジュンが後方をうかがいながら
すすんだ。
ところが、通路の曲がり角で、ブラウン博士を迎えに来た数人の兵士と出会い頭にぶつかってしまった。
「ブラウン博士!」
ギャラクターは大声で叫ぶ。
羽根手裏剣を投げ、音もなく敵を倒したが、最後の一人が力尽きる前に
警報器を押し、大音量の警報が鳴り響いた。


健とジンペイは、あらかじめ打ち合わせておいた集合地点である通路の端に、身を隠した。この先は、最初に侵入してきた換気口へ通じている。
「ブラウン博士ってさぁ、ロボット工学の権威なんでしょ。」
ジンペイが小声で健に尋ねる。
「なんだ、ジンペイ。南部博士の説明をちゃんと聞いてなかったのか?」
「聞いてたよ!だけど、どうしてギャラクターは、ブラウン博士を誘拐する必要があったのかな?」
「今まで、ギャラクターの隊員がメカを操縦していただろう。それを、ロボットに取って替わらせようというのではないかって説明していたぜ。」
「へぇーっ、ギャラクターも人手不足なんだ。」
ジンペイは妙に感心している。
「人手不足ってわけじゃないだろう。最近感じるのだが、総裁Xは、最終的には人間を信用してないような気がするんだ。もっとはっきり言えば、必要としていないというか・・・。まあ、これはあくまでも俺の個人的な意見だがな。」
ジンペイは口をとがらせて反論する。
「そんなの、変だよ。だって世界を支配するのに、人間が必要ないなんて、意味ないじゃん。」
さらに、健が言葉を継ごうとしたとき、突然、大音量の警報が鳴り響いた。
健とジンペイは驚き、周囲を見回した。ギャラクターの隊員たちが、次々と現れジョーとジュンが忍び込んでいるエリアに向かって行く。
「見つかったらしいな。よし、行くぞ。」
「ラジャー」
健とジンペイはギャラクターに向かって飛び出していった。


 司令が、まだ若造といってよい歳のふたりの艦長を迎え、乾杯をしたところで、警報が鳴り響いた。けげんな顔をする艦長達に対してつくり笑顔で席を立ち、司令は物陰で副官から報告を受けた。
「どうした、また、警報器の故障か?」
「ブラウン博士が脱走したようです。」
「なんだとっ」
司令は持っている自制心を総動員し、鼻を真っ赤にして、副官に命令した。
「ここから脱走したとして、どこへ行けるというんだ。絶対に捕まえろ!さもないと・・・。」
司令は首のところを親指で掻き切るゼスチャーをした。副官はあわてて
部屋をでていった。


 警報は3分程鳴り響いた後、ふいに止んだ。そして、恐ろしい程の沈黙が訪れた。廊下の端から大勢の敵が集まってくる足音が聞こえてくる。ジョーとジュンはうなずき合い、ジョーは博士に話し掛けた。
「仲間の所まで、一気に走ります。何があっても立ち止まらないでください。」
ブラウン博士は腹を決めたようにうなずいた。
「よしっ、行くぞっ。」
ジョーの掛け声で、三人は走り出した。


「どうしたっ、ジョーとジュンは何をしているんだっ。」
健が叫ぶ。倒しても倒しても敵の数は、まるで減る気配がない。
「二人とも、まだ来ないよっ」
健と背中あわせのジンペイが答える。
「こう敵の数が増えては、この通路を確保していられるのも時間の問題だ」
計画では、とっくに、ジョーとジュンはこの基地に幽閉されているブラウン博士を連れ出し、この場所で合流しているはずである。
 健はジンペイを見た。何十人もの敵を相手にするために、常に動き回って戦うことを強いられるため、ジンペイの額には汗が流れ、息も荒くなっていた。バック転をした後ふらついたところを、敵が狙おうとしている。健はすかさずバードランを投げた。ギャラクターは、銃をあらぬ方向に乱射しながらのけぞって倒れた。
「兄貴、サンキュウ」
 健は、なるべくジョー達のブレスレッドを鳴らしたくなかったが、そんなことを言っている余裕はない。まさに呼び掛けようとした瞬間、健のブレスレッドが鳴った。
「ジョー、ブラウン博士は無事か?」
健は襲いかかってくる敵を、撃退しながら応答する。
「救出成功、今そっちに向かっている。敵に囲まれているんだ。来てくれっ!」
「わかった。」
健は走り出しながら叫んだ。
「救出成功だ。ジンペイ、ついてこい!」
「ラジャー」
通路から広間にでると、ジョーとジュンが反対側の入口から走ってきているのが目に入った。
「アニキィ、ジョー達が来たよ!」
ジンペイがほっとしたように叫んだ。健はうなずき、三人の背後に迫るギャラクターに向かって援護射撃を始めた。しかし、多勢に無勢である。たちまち四方を敵に囲まれ混戦状態となった。ブラウン博士を中心に戦っては引きという運動を繰り返しながら、次第に連絡通路に近づいてゆく。健はジョーと目が合ったとき、満足そうに言った。
「ジョー、よくやった。」
ジョーは、当然というように親指を上に上げた。
 その時、ギャラクターの放った弾丸が手すりに跳ねて健に当たった。健は腹部を押さえて壁に飛ばされ、そのままうずくまった。
「アニキィ!」
「健!」
ジンペイとジュンが絶叫する。一瞬時間が止まったように静まり返ったが、すぐにジョーがわれに返った。ジョーは敵に向かって銃を撃ちながら健に駆け寄り、健の喉元に手を当て、脈と呼吸を確かめた。そして、ジュンとジンペイに対して指示をだした。
「俺は健を連れて、後から追いかける。ジュンとジンペイは、ブラウン博士を
ボートの所まで連れていって、積んである通信機でリュウに連絡をとれ。」
ジョーは厳しい顔をして続けた。
「もし、5分たっても俺達が行かなかったら、ボートを出せ。わかったな。」
ジュンもジンペイも不安そうな顔をしている。しかし、彼等は科学忍者隊である。任務の為には、時には非情にならなければいけないことを、よく知っている。ジュンは健の姿に目を遣ったが、健は床に倒れたままピクリとも動かない。それでも、ジュンは青ざめた顔でうなずいた。きっと、健が、そう望むだろうから・・・ジュンは心の中でそう思った。健だったら、私の頬をひっぱたいても任務を果たせって言うだろう。
「さあ、博士、こちらです。」
 ジュンとジンペイはブラウン博士を連れ、通路を駆け出した。ジョーは三人の為に援護をし、最後に手りゅう弾を二発、続けざまに投げた。敵は一旦広間の外に撤退していった。
「おい、健、どこをやられた?」
ジョーは健の身体をゆっくりと起こした。健も意識を取り戻したらしく、うめきながら目を開けた。そして、腹のあたりに手をやり、それから、不思議そうに手を見た。
「あれ、血が出ていない。」
ジョーは健のベルトの辺りをさぐった。バックルは弾が貫通したらしく、
中央に穴があいていた。
「みろよ!」
バックルの下から、例のメダルがでてきた。バックルを貫通した弾丸は、メダルに当たったらしく、分厚いメダルがひしゃげていた。健も驚きのあまり、目を丸くしている。
「驚かすなよ!やられたと思ったぜ。」
ジョーが健に手を貸しながら言う。
「俺だって、てっきり腹を撃たれたと思ったさ。これのおかげで助かった。」
健は、メダルを再びベルトに挟み込んだ。
「はっ、お前の悪運も、これで終わりさ!このメダルは本当にラッキーチャームだったんだ!」
「よし、じゃあ、ギャラクターに、脅かしてくれたお礼を忘れちゃいけないな。」
健は腰に付けていた起爆装置を取りだした。
「3、2、1、ゴー!」
健はスイッチを入れると、基地の奥の方でズシンという爆発音が数回聞こえた。
先程仕掛けた爆薬で貯水タンクを爆破したのだ。広間の奥からは、物が壊れる音、悲鳴、そして、すさまじい水音が聞こえてきた。ギャラクターも、もはや二人に反撃するどころではない。何が起こったのか状況さえつかめないまま、大混乱を起こしている。健とジョーは、床を蹴って走り出した。すぐに、ここにも水が押し寄せてくるだろう。
 必死に走った二人が、換気口下のロープに手を掛けた頃には、足下まで水が迫っていた。健とジョーはロープをつたって、死に物狂いで登り続けた。やっとの思いで換気口から転がり出た二人は、暗闇の浜辺で、大きく手を振るジンペイ達の姿を見つけた。
「良かったー、アニキ無事だったんだね!」
ジンペイはうれしそうに跳びはねている。ジュンは、後ろを向き、皆に気付かれないよう、そっと涙をぬぐった。全員が、大急ぎでボートに乗り込むと、エンジンをスタートさせ、夜の海に向かって乗りだした。
「ガッチャマン、よくぞ無事で・・・私はてっきり君が撃たれたかと思ったよ。」
ブラウン博士は、健に話し掛けた。
「博士こそ、お怪我はありませんでしたか?ギャラクターにひどい扱いを受けていたのではありませんか。」
「いや、拷問を受けるというような事はなかった。だが、彼等はずいぶん
大がかりにロボットを作ろうとしていたようだ。しかも、今までにない、自ら
“判断”を下すようなロボットをね。」
健は一瞬むずかしい顔をして考え込んだが、すぐに普段の彼にもどり、
ブラウン博士を気づかって言った。
「もう二度とこのような事がないように、護衛をつけて博士をお守りしますから、どうぞ、ご安心下さい。」
「いや、私は平気さ。話に聞く科学忍者隊をこの目で見ることができて良かった。むしろ仲間に自慢ができるよ。」
ブラウン博士は快活に笑った。
 ボートは沖合にでると、エンジンを停止した。
「よし、照明燈をつけろ。」
ジョーが手早く照明燈をつけ、上空に向かって振る。やがて、ゴットフェニックスのエンジンの音が、夜空の彼方から聞こえてきた。無線機からリュウの声が響く。
「こちらリュウ。そちらの位置を確認したぞい。これから着水する。それから、
健、レーダーに島から出ていく潜水艦の艦影が二隻映っているんだが、どうする?」
健はドックに入港していた潜水艦を思い出した。
「今回は、ブラウン博士救出を最優先にする。仕方がない、ほおっておけ。それにしても脱出に成功するとは、なかなかしぶとい奴らだ。」


 基地司令は潜水艦の司令所で、体中からポタポタと水を滴らせ、肩で息をしていた。
「くそっ、なんということだブラウン博士には逃げられ、基地は壊滅。私はもう、おしまいだ。」
隣にいた副官が、なぐさめるように話し掛けた。
「司令、気を落とされませんように。クリッパートン島は、間違いなく最悪の
環境の基地でした。どこに左遷されようとも、これ以上、条件が悪く
なるということは、まず、ございませんから。」
その時、青ざめたままじっと黙っていた艦長が、はじめて口をひらいた。
「今、建設中のカラコルム山脈の奥地にある基地は、クリッパートン島と同じぐらい人里離れた最悪の場所らしいぞ、たしか、名はクロスカラコルム基地とかいっていたが・・・。」
司令所は、重い空気に包まれた。三人の男達はそれぞれ、この先の運命に思いをはせ、黙って互いに顔を見合わせた。


 数時間後、朝もやの中、ジョーはISO専用空港のビルの屋上で朝日を見ていた。健がジョーに歩み寄り、隣に立つと缶ビールを手渡した。
「もう、夜明けか。」
二人は、缶を軽く打合せ乾杯すると、うまそうに飲み干した。空港の建物も遠くの山並みも、朝日に照らし出され白く輝いている。
「考えてみたら、昨日潰した基地が、俺達が戦い始めてから、丁度、十個目だった。」
健の言葉に、ジョーは指折り数えてみる。
「そうか、そんなになるかねぇ。」
二人はしばらくの間、朝の景色に見とれていた。鳥が鳴く声が聞こえる。
健がしばらく何か言いたそうにしていたが、とうとう口を開いた。
「ありがとう。ジョー。」
ジョーは笑いだした。
「何を、改まって言いだすかと思ったら。」
ジョーは余程おかしかったらしく、笑いが止まらない。
健は、その態度がカンに触ったようだった。
「いまの礼は取消だ。それから金輪際、おまえに礼は言わん!」
「そう怒るなって、任務は無事に成功したし、こんなにいい朝じゃないか。
今日も、何か、思いもかけない素晴らしい事が起こるかもしれない。たとえば、
そう、レイカーズのチケットが手に入るかもしれないぞ!」
健はジョーに怒ろうとして、口を開けかけたが、急に真顔になった。それから、ジーンズのポケットから例のメダルを取りだし、しげしげと眺めた。そして大急ぎで建物の入口に向かって駆け出した。
「何をしているんだ、ジョー。ぐずぐずするな!行くぞ。」
ジョーは肩をすくめたが小さく笑うと、朝の光の中、健の後を追ってゆっくりと歩きだした。



END


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