I wish

by アリー

夢を見た。
 雲海を遥かに見下ろすどこかの空で、俺は二機で編隊飛行を組んで飛んで
いた。
夢の中では、なぜかG-1号機ではなく、国連軍の主力機に乗っていた。
俺の斜め前にリーダー機がいた。
編隊を組んだとき計器を見ながら飛行するのはリーダー機だけだ。
僚機は、リーダーを信じ、リーダー機の翼のわずかな初動から、リーダーが
どんな飛行をしたいのかを感じとり、一つの意志をもつ生き物のように飛ば
なければならない。
互いの翼の間隔は、わずか三フィートだ。音速に近い早さで、この距離を保
ちながら飛ぶ難しさを、人に説明するにはどうしたらよいだろう。リーダー
機と僚機が、互いに心が通じ合っていなければ、共に飛べるものではない。
それは、幸せな夢だった。リーダー機のおもむくままに、急降下の底からは
るかな高みを目指してロールをしながら急上昇をする。リーダー機と俺の気
持ちはぴったり合って、それまで感じたことの無いような爽快感だった。

だから、電話の音で目覚めた時は、一瞬、電話を無視してもう一度寝直そう
かと思った。
「もしもし、鷲尾です。」
「おはよう。健。南部だ。以前から話をしていたG-1号機の改良機が完成し
たので、これから、テストフライトをして欲しい。私は今、ISOの専用飛行
場にいるのだが、すぐにこちらに来られるだろうか?」
「はいっ、すぐ行きます。」
うれしさの余り、声がはずんだのが博士にわかってしまっただろうか?
さっきの夢は、俺のG-1号機の仕上がりが素晴らしいものになっているとい
う予兆に違いない。

健が南部からG-1号の改良の件で最初に呼び出されたのは、三ケ月ほど前の
ことであった。
「今回G-1号機の改良のことで、君の意見を聞いてみたいのだが、まずこの
資料を見てくれたまえ。」
南部博士はVTRをセットしながら言った。映像は、戦闘機がランディングを
開始しているところからはじまった。
その戦闘機はテイクオフから一気に上昇した。そして、上空で宙返りを開始
した。
そこまではごく普通の映像だったが、その戦闘機は宙返りの途中で木の葉が
舞うように方向変換をした。
「なにっ」
健は思わず眼をむいた。そして、次々に映しだされる旋回や方向転換のすご
さに唖然とした。
「どうしてこんな操縦ができるのですか」
「それは、今回、開発に成功した可変式噴出口のおかげだ。」
今度は、画面が飛行機を真後ろから撮った映像に切り替わった。最後部にあ
るジェットエンジンの排気ガスの噴出口の向きが、ノズルの調節機能により
上下左右と自在に変わる。
「へぇーっ、面白いな」
「そうだ、この仕組みで旋回性能、操縦性が飛躍的にあがる。」
健は眼を輝かせて南部博士に答えた。
「博士、ぜひ、G-1号にこれを取付けて下さい。お願いします。」

あれから三ケ月。とうとうG-1号の改良機が完成し、テストフライトを行う
ことになったのだ。ISOの専用飛行場では、南部博士が健の準備が整うのを
待っていた。
「お待たせしました。」
フライトスーツに着替えた健の肩に、南部博士は手を置いた。
「G-1号機はそれ自体がモンスターだ。それに、この技術も、まだまだテス
トを重ねなければならない段階だ。無理をしてはいけないぞ。健。」
「わかっています。博士。」
健は元気良く答える。
 テストフライトとは、本来危険なものだ。テストパイロットは、テストの
内容を正確にこなすのはもちろんだが、予測不能のいかなるアクシデントに
も即座に対応できるだけの技量が必要だ。航空機を熟知し、一流の技能を持
ち、常に冷静さを保ち、繊細かつ大胆な操縦ができなければいけない。
それゆえ、テストパイロットは、飛行機乗りの中では英雄と目される。
健の心に、改良機を飛ばせるうれしさとともに、身の引き締まるような緊張
感が湧いてきた。

 滑走路上のG-1号機を見ると、近くに真紅の戦闘機が駐機していた。
「レッドインパルス! 彼らはここにいるんですか?」
健は驚いて声をあげた。
「ああ、今日のテストフライトの追跡機は、レッドインパルスの隊長が行う
ことになっている。」
追跡機とは、テストの時、共に空に上がって間近から撮影を行うための飛行
機である。
南部は書類のチェックから眼をあげ、彼ら独特の炎のような赤のカラーリン
グの戦闘機を見た。
「どうして彼が追跡機を操縦するのですか?」
「隊長も、この新技術に興味を持ち、レッドインパルスにも採用したいと考
えているのだ。」
健はうなずきつつレッドインパルスを見つめた。
健はレッドインパルスの隊長のことが、なぜか、以前から気になっていた。
隊長は、健さえ舌をまくほどの抜群の操縦の技量を持っている。健が、誰に
も負けないと自負する操縦の腕も、あの隊長と飛ぶたびに課題をつきつけら
れたような気分になる。
尊敬とライバル心、さらに、健に対してどこか青二才扱いする態度が、健の
気持ちを一層複雑にしていた。

白を基調にしたG-1号と真紅のレッドインパルスは、滑走路から大空に飛翔
をした。
そして、旋回しながら次第に上空へと昇っていった。
「すごい、なんていう旋回性能だ。」
健はおもわず声をあげる。
「機体の様子はどうだ?」
レッドインパルスの隊長の声が無線を通してヘルメット内に響いてくる。
「異常なし。」
「では、テストを開始しよう。ループ開始。」
G-1号機は、充分な速度をつけるため急降下を始める。地面が特急列車の様
にみるみる近づいてくる。それから操縦桿を引き起こすと、今までにないほ
ど、急な方向転換をとげ、上昇を開始する。Gがかかるため身体が座席の背
もたれに押し付けられる。そのまま、背面飛行に移り、天地が逆となる。さ
らに急降下をし水平飛行にもどる。
レッドインパルスは、まるでひな鳥を守る親鳥のように一定の距離を守って
追尾している。
「次はロールをさせてみろ。」
G-1号機は機体を一回転させた。
世界がぐるりと回転する。その素晴らしい手ごたえに驚いた。
「次はスピンのテストだ。」
「ラジャー。」
健は操縦桿を左手前に引き、右足を踏み込んだ。
三回、四回。スピンが続く。
「機体が振動を始めた。」
健が叫ぶ。
「ガッチャマン、スピンから回復させろ。」
五回、六回。機体の振動が激しいので、回復操作は困難を極めた。
南部は、管制塔で健と隊長機の無線のやり取りを聞いていたが、思わず椅子
から立ち上がった。
両機の無線交信が緊迫した調子に変わった。
その後、健の無線は沈黙している。おそらく必死で回復操作をしているのだ
ろう。
ようやくスピンから機を回復させた。
「振動がとまらない。」
「テストは中止だ。滑走路に降ろそう。」
隊長の冷静な声が聞こえる。G-1号は高度を下げながらも不安定な動きを繰
り返している。
南部が管制塔の巨大な窓から空を見上げると、降下してくるG-1号機と付き
添うようにして降りてくるレッドインパルスが見えた。
「健、充分な高度があるうちに射出しなさい!」
南部が無線のマイクに向かって叫んだ。
「もう少し待って下さい。なんとか降ろしますから。」
「健、無理をしては駄目だ。」
南部は、唇をかみしめた。そして、内線の受話器を取ると
「消防隊と救急車をすべてスタンバイさせてくれ。それから滑走路上の飛行
機をすべて退避させろ。大至急だ。テスト機が今緊急着陸をする。」
と命令した
 
滑走路脇には救急車や消防車が待機を終えた。
窓の外に豆粒ほどの大きさの機体が徐々に近づいてくる。
「ガッチャマン、進入高度が低すぎる。」
「これ以上、上がらない。」
「ガッチャマン」
「・・・・・・」 
「健」
隊長がゆっくりと落ち着かせるように健に話し掛けた。
「健、大丈夫。落ち着いてやれば、必ず無事に降ろせる。失速しそうになっ
たら、機首を上げすぎないように気をつけろ。」

 隊長の“大丈夫”の一言が、ぎりぎりの状態の健の心に落ち着きを取り戻
させた。
窓の外を見ると、まるで導くように、やや上空に真紅の戦闘機が飛んでいる。
 地面がぐんぐん近づいてくる。激しく揺れる機体をどうにか操り、滑走路
からオーバーランしながらも、健は着陸に成功した。

「健、どうしてすぐに脱出をしなかったんだ。」
南部は非常に厳しい顔をしていた。
「すみません。博士。どうしても博士の開発したデーターを持ち帰りたかっ
たんです。」
「健。データーと人命は引き換えには出来ない。今回の件では、科学忍者隊
のリーダーとしても、テストパイロットとしても失格だ。どんなときでも感
情だけで行動してはいけない。」
「はい。」
「わかったならいい。それから、後でレッドインパルスの隊長にも礼を言っ
ておきなさい。」
南部博士はうつむく健を残し立ち去った。
 
レッドインパルスの隊長はラウンジでコーヒーを飲んでいた。そこからは丁
度、健が南部から大目玉を喰っているところが見えた。
めずらしく厳しく叱責している南部としょぼんとしている健の姿が、無声映
画の登場人物のように見える。
時計に眼をやり、そろそろ基地へ帰ろうかと立ち上がると、目の前に健が立
っていた。
「さっきは、ありがとうございました。みっともない所をお目にかけてしま
って。」
「べつに、みっともなかったわけではない。テスト機にはつきものの事故だ。
むしろ、君はよくやった。」
「パイロットとしての判断ミスですよ。今、南部博士からも、たっぷり怒ら
れました。」
「あそこで、機を捨てるかどうかは操縦士の技量による。もちろん、南部が
指示した時点で脱出しなければならない奴もいるだろう。だが、俺の考えで
は、君なら地上に降ろせると思ったし、事実そうなった。」
「でも、最後に失速しそうになった時、操縦桿を引きすぎるなっていっても
らって・・・あれで命拾いしました。」
「俺も昔、テストパイロットを生業としていたことがあった。その時よく似
た状況を経験をしたからな。」
「へぇー、隊長もテストパイロットをしていたんですか!僕の父もそうだっ
たんです。もしかしたら、ご存知かもしれない。鷲尾健太郎というんです。」
「そうか・・・。」
隊長が、わずかに表情を変えたように健には見えた。しかし、隊長がかけて
いる濃いサングラスは、その表情をほとんど完全に隠していた。
隊長は健のまっすぐな瞳から逃れるように腕時計を見た。
「残念ながらその男を知らないが、どちらにしても昔の話だ。さぁ、私はも
う行かなくてはならない。ガッチャマン、それほど、がっかりすることはな
い。南部の開発した技術は想像以上だ。G-1号にフィットするのも時間の問
題だろう。」
レッドインパルスの隊長はさっと敬礼をすると踵をかえし去っていった。
健は隊長が長い廊下を歩いてゆく後ろ姿をいつまでも見送っていた。
颯爽として、誇り高くて、いつも冷静で。俺も、あんな風になれるだろうか。
健は顔を上げた。自分にはまだまだ時間が必要だけど、いつかきっと、あん
な風になってやる。隊長の去ってゆく後ろ姿と共に、その思いをしっかりと
胸に刻み付けた。

「鷲尾、健に会ってきたのか?」
「ああ。」
格納庫では、メカニックが離陸前の最終点検を行うために赤い戦闘機に取り
付いている。
「南部、俺は、さっきお前が健を叱っているところを見たとき、猛烈にお前
に嫉妬を感じたよ。どうして、あの子を思いっきり叱っているのが、俺じゃ
ないのかってな。」
「すまない。」
「謝る必要は無いさ。あの子は素直で立派に育ってくれた。全部お前のおか
げだ。俺は自分が嫌なのだ。お前の計らいであれと会う機会を作ってもらい
ながら、訳知り顔をして、格好つけるしか能がない自分自身がな。」
南部博士は黙って隊長を見つめた。隊長は何かに気が付いたように首を傾け
た。
「おい、南部。その書類、なぜ、そんな風になっているんだ?」
南部がもっていた書類はどれも大きく波打っていた。
「あのテストの時、持っていたから・・・。」
我を忘れて、大事な書類を握り締めてしまったのだろう。
几帳面な男が、大事な書類をこんなになるまで握りしめてしまうとは、健に
対する不器用な愛情に胸を打たれた。
「ありがとう。南部。あの子を頼む。」
隊長は、愛機に乗り込んだ。ジェットエンジンが唸りをあげる。地平線に向
かって加速し大空に向かって飛び立った。旋回をしながら基地を一瞥し別れ
を告げた。
 いつか、すべての決着がついた後、あの子と共に編隊を組んで大空を飛び
たい。
敵を落とすためでなく、空を舞う二羽の鷲のように。純粋に飛行のために。
音速の壁を越え、雲海を見下ろしてどこまでも。
それは親友にさえ語ったことのない彼の夢であった。


END


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