ジョーと聖夜

by アリー

「おい、手を貸してくれよ、ジョー。」
 キッチンから健の声がする。俺は読みさしの新聞を放り投げると慌ててキッチンへと急
いだ。
 健はミルクのパックとコップを手にシンクの前で途方にくれている。あいつの足下には
こぼれたミルクが丸いみずうみを作っていた。
「こぼしてしまったんだが、ペーパータオルの場所がわからないんだ。」
 健は俺の気配に顔をこちらに向けた。包帯が健の両眼を塞ぐように巻かれているのが痛々
しい。
「なんだ、いつもの場所においてあるだろ。え?いつもの場所なんてない?お前らしいな。」
 俺達は思わずクスッと笑う。こうして笑いあえるのも命あってのものだ。笑った後、俺
は健の顔を見つめ直した。
 俺は前回の任務の途中で命を落としそうになった。雪山で遭難しかかったのだ。ちょっ
とした雪崩に襲われ動けなくなり、やっとの思いで送った俺の通信を聞いて健は駆け付け
た。そして、雪に埋もれていた俺を引っぱりだし、装備のほとんどを雪に持っていかれた
俺に自らのゴーグルを渡したのだ。
 凍傷になりかけた手はピッケルを握るのもやっとの状態であり、さらに登山靴に取付け
たアイゼンがグラグラになっていた俺には、ゴーグルなしではとても難しいルートを乗り
きることはできなかっただろう。健は裸眼のまま俺を下界に連れ戻し、その代償としてひ
どい雪眼にかかってしまったのである。
 2、3日で直ると博士から説明を聞いた時には心からほっとした。くるくると表情をか
えるあの美しい青い瞳が二度と見られなくなったとしたら、俺は自分のことを一生許さな
いだろう。
 俺はペーパータオルで床を拭いてやった。
「悪いな、ジョー。ミルクの分量がわからなくてあふれてしまったんだ。」
「なにか用があるならすぐに呼べって言っているだろ。遠慮するなんて柄じゃないぞ。」
 健は困ったように微笑んだ。
 俺は健の手を引いてソファに座らせた。健はコップを両手で大事そうに持ち、ゆっくり
と口元に運ぶ。そんな健を見ているうちに夕べの出来事を思いだした。その時の亊を考え
ると体中の血が逆流しそうになる。
 俺は夕べ浴室で健にバスタオルを手渡したとき、こともあろうに健の体を見て欲情した
のである!
 健の裸は何度も見たことはある。なのに一体どうしたことなのか?
 俺は女が好きか。イエス。男が好きか?ノーだ。それは今も変わらない。夕べ、あんな
亊になったのは、それが健だったからである。健が俺の本能に火を点けたのだ。
 健が俺の体の一部に起こった反応に気付かなかったのは幸いだった。この時ばかりは健
の眼が見えなくてよかったと胸をなで下ろしたものである。
 その夜、眼の不自由な健を一人残し、俺は街へと彷徨い出た。自分がまだ男として役に
立つか確かめる為に・・・。
 勿論、俺は大丈夫だった。情事の後、狂ったように笑いだした俺を、ゆきずりの女はびっ
くりした眼で見つめていたっけ。

「クリスマス・イブだろ、今夜。」
 健が覚束ない手つきでコップをテーブルの上に置いた。
「俺にかまわず街に遊びに行ってこいよ。俺はもう大分慣れた。夕べも平気だったし。」
 俺が飛びだした本当の理由をこいつは知らない。俺を、いつも通りの陽気で女好きなシ
チリア男だと思っている。もっとも、俺だって夕べまではその通りの人間だったのだから
仕方ない。
「気をつかうなっていってるだろ。心配するなって、今日は俺が立派なクリスマスイブに
してやる。七面鳥を買って、シャンパンにワイン、つまみを買って、電飾はお前が見えな
いだろうから省略するとしても、やることは盛りだくさんだ。」
 健は雨上りのクロッカスみたいにパッと笑った。

 そういう訳で、俺達は二人でクリスマスを過すことになった。男同士でイブを過すなん
てのはガキの時以来初めてだ。ラジオからはクリスマスソングがつぎつぎと流れる。  
“ジングルベル”“聖しこの夜”“クリスマスの十二日間”。
 俺達はワインでごきげんに酔っ払った。
「ジョー、俺に何か食べ物を取ってくれよ。」
 俺は奮発して買込んだキャビアをのせたクラッカーを手に取ったが、健に手渡さず直接
健の口に押し込んだ。健はちょっと驚いたようだったが、いかにもうまそうに平らげた。
「うーん、美味い!見えないと普段と違った味に感じるぞ。」
 子供のようにはしゃぎだす健に、俺は調子にのって次々と食べ物を口に運んでやった。
 七面鳥ひと切れ 
「クリスマスだからな。」
 アンチョビのかけら
「しょっぱいぞ。」
 ミニトマト一個。
「俺が嫌いなの知ってるだろ。」
 オリーブ
「喧嘩を売ってるのか?」
 その時、俺は映画のワンシーンを思いだした。“ナインハーフ”でミッキー・ロークが
女に目隠しをして氷やチェリーを使ってこんな風に愛撫するプレイを披露していた。その
映画は、じつにエロティックな映画で・・・・。
 俺はまたもや微妙な気持ちになってきた。眼の前では健が口を開けて催促する。
「焦らすなよ、ジョー。」
 俺の中で何かが切れた。次の瞬間、俺は無防備な健に覆いかぶさり、その唇をむさぼっ
ていた。俺の心臓は急激に鼓動を速めた。舌を差し入れ、体をまさぐり、健をかき抱く。
シャンパンバケツに入っている氷が溶けて崩れた。
 熱い熱いキスの後、俺はそっと唇を離した。そして、たぎる情熱を押さえきれなかった
自らを恥じた。
 あいつは、きっと俺を軽蔑するだろう。そんな亊になるのなら、誰よりも近しい親友の
地位を保ったほうが賢いやり方じゃないか。俺の頭に混乱と後悔が駆け巡った。
 みじめな気持ちにひたっていた俺に向かって、健はゆっくりと顔をあげ、艶やかに微笑
んだ。健の瞳が包帯の下に隠れていなければ、その美しい笑顔はより完璧なものとなった
であろう。
 健は、たどたどしい手つきで俺の唇を探り当て、こう言った。
「お前の唇は甘いな。メリークリスマス、ジョー。」


End



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