by アリー

月もない漆黒の闇の中、健はハンドルを握り北に向かっていた。仕事帰りの家路への
道である。時計は午後9時30分を示していた。ギャラクターとの戦いが終わり待ち望
んでいた平和が訪れたにもかかわらず、健は疲れ切った顔をしていた。
科学忍者隊の一員として青春を戦場で過してきた。しかし、むしろその苦難の日々よ
りも、待ち望んでいた平和な日常のほうが叫びだしたくなるほどつらかった。
『リーダーがそんなザマでどうするんだ!』
自分の現在の姿を見て、叱咤するジョーの姿が目に浮かぶようだった。ジョーの面影に
むかって言い訳をする。
"あの時は、お前がいつも隣にいたじゃないか"
暗い車内にカーラジオからジャズがひくく流れ、一定の間隔を置いて道端の街灯が健
の顔をオレンジ光に照らし出し出す。その単調な光が健を思い出の世界へといざなって
いった。


「北東の風、風力2、低気圧は海上に去り、明日の天候は、急速に回復に向かう見込
みでしょう。」
ジョーのしなやかな手が伸びて、テーブルの端に置いてある小型のラジオのチャンネル
を回した。
 突然、音声が途切れたので健は目を落としていた地図からパッと顔をあげた。
「ジョー、チャンネルを変えないでくれ!聞いているんだぞ。」
健はジョーを軽く睨む。健はひとつの作戦について納得ができるまで周到に準備をする
のが好きだった。既にFAXで天気図を何枚も取り寄せていたのだが、更にラジオの天
気予報で作戦地域の天気を確認していたのである。
「健は石橋を叩きすぎなんだよ。少しは適当にやることを覚えろよ」
ジョーは立ち上がり健が手にしていた天気図を取り上げた。
「これとラジオと結局おんなじ亊を言ってんだろ。もういいじゃないか。ちょっと聞き
たい番組があるんだ。」
やれやれと肩をすくめる健に、ジョーはしてやったりという顔をするとラジオのつま
みを回して耳をすませた。
『・・・・・僕は元気です。ここは清潔ですし、コーラだけは飲み放題なので、皆、
自由な時間はコーラを片手にお喋りをしています。モリスタウン、ジョン・イースター
ソン。・・・マリアへ、この前の出撃で戦功章をもらったよ。俺も前線が長いからだい
ぶ箔がついたようだ。今度の出撃のあとは休暇がもらえるにちがいないと部隊中で噂に
なっている。もちろん、そうなったら真っ先に君に会いに行く。そしたら君と・・・。
愛を込めて。セントルイス、カーティス・ワグナー。・・・』
 健は腕組みをして聞いていたが、拍子抜けの表情で集中を解いた。
「お前の聞きたい番組ってこれだったのか。ユートランド放送局の国連軍兵士向けの放
送じゃないか。なんだって、お前がこんなものを聞くんだ?」
それは兵士が故郷に残した者へ送るメッセージを流し続ける番組で、愛するものと戦
場をつなぐ絆として知られている番組だった。兵士を送りだしている多くの家庭では、
今、チャンネルをユートランド放送局に合わせ熱心に耳を傾けているに違いない。だが、
健もジョーも互いに故郷を持たない身の上である。ジョーがこの番組を聞いている亊を
知って健は驚いた。
「意外だな。」
健はからかうように言う。
「最近、はまっちまってな。まぁ、お前にも聞かせてやるよ。9時57分からアレがか
かるんだ。」
ジョーは腕時計を見て健に言った。近頃、常に苛々しているジョーにしては珍しく穏や
かな表情だった。
『それでは、番組の最後に皆さんからの圧倒的なリクエストにお答えしてこの曲をお
送り致します。ローラ・アンデルセンによる"幾千の夜を越えて"』
雑音の少し混じった音声がそう語った後、郷愁を誘うようなメロディーが流れてきた。


霧がただよう 港町の
街灯のしたで 微笑む君の姿
ぼくは両手を広げ 呼びかける
いとしい 恋人よ

ささやくように歌うそのメロディーは、健の耳にも覚えがあった。ジョーを見ると、
窓から漆黒の闇を見つめ曲に聞き入っている。
この"幾千の夜を越えて"という曲は前線の兵士たちの間で火がつき、今なお圧倒的
な支持を得ているという亊は健も知っていた。

僕の腕の中で ためらいがちに見上げ
君はうっとりとささやく
ふたりの影はやがてひとつに
いとしい 恋人よ

その日のジョーは本当にいつもとは違っていた。いや、それとも、あれが本当のジョ
ーの姿だったのか。
甘いメロディーに耳を傾けていた健がふと顔を上げると、ジョーがいつの間にか目の
前に立ち健を見つめていた。そして、健を抱きしめて、ゆっくりと唇を重ねた。そして、
そのまま二人はもつれあうようにして床へ倒れ込んだ。
「健・・・。俺はずっと・・・」
押し倒した床の上で、ジョーが健の耳元にささやいた。
「ジョー・・・・」
健の開きかけた唇をジョーがキスでふさいだ。ジョーは何かに浮かされたように健を求
めた。ジョーから逃れようともがいていた健の手もやがて力を失い、床の上に下ろされ
た。
ジョーは激しく健を愛した。健は天地がぐらぐらと揺れるような心地になり、黄色く
光る電燈とそれに重なるジョーの顔を見上げた。金色の光に縁取られた裸のジョーは美
しかった。そして、ブルーグレーのジョーの瞳はまるで傷ついた子供のようじゃないか
と、なぜか思った。

遠く離れても 忘れないように
何度も くちづけをしてくれ
君の姿を心に秘めて 僕は行く
いとしい 恋人よ

ラジオから流れる甘いメロディが健のくぐもった声をかき消して、夜は更けていった。


目を閉じれば思いだす
濡れた瞳の トルコ石の青
生きて帰れたら 再び会えるね
いとしい 恋人よ


 パパパパパァーーーー
対向車がクラクションを激しく鳴らし、健は慌ててハンドルを切った。カーブで反対車
線にだいぶはみ出ていたらしい。
「何やってんだ・・・しっかりしろ・・・。」
健はつぶやくと額に浮かんだ汗を拭い、ハンドルを握り直した。
あの夜、ジョーはいつもと違っていた。その時はそれが何なのか知るよしもなかったが、
今思い返すと、その肩にのしかかるものにひとりじっと耐えていたのだろう。
 健は煙草に火をつけ窓を半分ほど開けた。紫煙が窓の外へと流れてゆく。
俺は、どうしてジョーの態度を何も不思議に思わなかったのだろう?本当に鈍感な大
バカ野郎だ。あんな目をしたジョーを見たことあったか?誰よりも長く共に時を過ごし
た俺達なのに、なぜ気付いてやれなかったんだ。
健は陽気な音楽を流しはじめたラジオを消そうと手をのばし、その上にあるデジタル
時計が9時55分を示しているのに気が付いた。9時57分にジョーの好きだったあの
曲がかかる・・・。ためらった後、健はラジオのチャンネルを変えた。
『・・・・平和が来た。それは、とても信じられないことだ。なぜなら、戦争というも
のに慣れてしまってすっかりそれが日常になってしまったからだ。俺は、あの元の普通
の日々に戻れるだろうか。どちらにしろ除隊までは、もう少しかかるからゆっくり考え
よう。ありがたいことに考える時間だけはたくさんある。オークリッジ、トム・シンプ
ソン。』
健は煙草を燻らせながら耳を傾けた。
『皆様の絶大なるご支援を頂いていた当番組も、今回を持ちまして最後となります。平
和の訪れに感謝し、還らなかった兵士の皆様に哀悼の意を捧げつつ番組を終了させてい
ただきます。では、番組からお届けする最後のメッセージといつものとおりローラ・ア
ンデルセンの歌です。皆様さようなら、ありがとうございました。』
ラジオのDJが最後のメッセージを読み始めた。
『このメッセージは消印はだいぶ前のものですが、平和が訪れた時に読んで欲しいとの
メモがついていました。・・・・・俺はお前に真実を伝えなかった。最後の最後まで勝
手なことばかりしちまってすまない。でも、俺にとっては戦いを止めることが、何より
もつらかったんだ。お前と最後まで共に戦うことができて、今は満ち足りた気持ちだ。
今度出撃したら、俺はもう二度と戻らないだろう。死ぬときは一緒だと誓った俺達なの
に、また約束を破っちまうな。お前が目に涙を溜めて怒る様が目に浮かぶよ。俺は口
下手だから、こんな時になっても自分の気持ちをお前に上手く伝える自信がない。だか
ら、この番組にメッセージを送った。とにかく長い戦いだった。どうか、お前は無事生
き残ってこのメッセージを聞いてくれるようにと心から願っている。愛している。ユー
トランドシティ、ジョーよりKへ。』
視界が涙でにじんだ。若い女の歌うあの歌が流れ出す。

霧がただよう 港町の
街灯のしたで 微笑む君の姿
・ ・・・・・・・・

「ジョー、生きて帰ってこいよ、この曲のように・・・そして、抱いてくれよ。あの時
のように・・・。」
ラジオからは曲が流れつづけ、夜の闇に吸い込まれていった。

目を閉じれば思いだす
濡れた瞳の トルコ石の青
生きて帰れたら 再び会えるね
いとしい 恋人よ



END


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